番外編 〜プロジェクトX〜 1
「ただいま…」
ドアを開けて我が家に入る。待っているのは真っ暗な部屋。悠さんの帰りが遅くなって、もう2ヶ月だ。
「もう少しで、新薬が完成しそうなんだ。その成分を使えば、ワクチンが出来上がるきっかけになるかもしれない」
世に蔓延る感染症は、私達の生活を変えた。製薬会社で薬品の研究を担う彼は、感染症と戦うべく、研究により力を入れていた。
最近は花屋にも顔を出していないらしい。そんな時間があるなら研究に時間を割きたいと言い切り、もっぱら研究室に篭りきりなのだと、花屋の店長を兼任する所長さんが話していた。
悠さんが研究に没頭することで、世の中の為になっている。未知のウイルスに慄き恐れ、マスクを着けたり人との距離を取ったりと窮屈な生活を強いられている私達には希望の光だ。わかっている。わかっているのだけど。
まだ新婚ともいえる私達。あの結婚式からまだ半年しか経っていない。なのに、悠さんと過ごせる時間は2月頃から徐々に減っていた。この4月から柿山小で担任になって前よりは忙しくなったからまだ寂しさは紛らわすことができる。それでも、私は悠さんと過ごす時間が欲しかった。今は非常時だ。我儘を言ってはいけない。それはわかっているのだけど。
一人で食べる夕食に、すっかり慣れてしまった。
悠さんは今日も、カロリーメイトを夕食にしているのだろうか。昼食ならともかく、夕食はお弁当にして渡すことは食中毒的に難しいのだ。