物思い 1
「じゃあ中で待たせてもらうわ」
中で…?家に入るってことだよね?部屋でこのお母さんと二人きりで悠さんの帰りを待つの?無事でいられる自信が無さ過ぎる。
「悠さんは…今日お見えになることを知っているのでしょうか?」
「別に伝えてなくたって問題無いでしょう?親子なんだから。早く部屋に案内しなさいよ」
本当に問題無い間柄なら事前に伝えるはずだ。いくら親子でもプライバシーは守るものだ。悠さんに確認しなくて本当に大丈夫?大丈夫ならこのお母さんからの着信を無視しないはずだ。
「何をモタモタしてんのよ。早く入りなさいよ」
強めの香水が鼻腔を突く。一緒にエレベーターに乗ったらこの匂いに酔ってしまいそうだ。何とかして悠さんに連絡を入れたい。
「悠さんに確認を、取りますね」
「確認?どういうこと?あなた随分と失礼ね。やっぱり悠とは釣り合わないわね」
鼻で笑っているが、苛つきも見られる。
「すみません。珈琲を出すべきか紅茶を出すべきか、悩んでしまったので」
そもそも悠さんに確認しないでこのお母さんを部屋に招き入れること自体が危険過ぎる。不自然でも、何とか連絡しないと。
「そんなの、どっちでも飲むわよ」
私を見下す視線は変わらない。
「いえ、お口に合う銘柄が家にあるかどうかがわからないので」
我ながら苦しい言い訳だ。強引にスマホをタップした。
「美咲?どうした?まだ職場なんだけど…」
「仕事中にごめんなさい。悠さん、お母様がマンションのエントランスにいらしてるの。お部屋で待つって仰るんだけど、どの珈琲や紅茶を出せばいいかなって…」