対面 12
「じゃ、一ノ瀬、俺ら出るわ」
「はい。ありがとうございました」
一ノ瀬さんが立ち上がる。
「黒瀬さん、結婚したらこっち戻るんですか?」
「それは…まだわからない」
悠さんが私を見る。
「会社も家の中も、色々あるから。奥さん、お邪魔しました」
美和さんが会釈をする。同じく私も会釈をして店を出た。
お店を出ると外の熱気に包まれる。夜とはいえ、まだ夏だ。鷺山と比べるとだいぶ蒸し暑い。東京の夜空は、数える程しか星が無い。
「ねぇ悠さん。東京に戻る可能性、あるんですか?」
「無くは無い。親父はまだ現役だし、兄貴もいるし。でもいつまでも研究に集中させて貰えるとは思ってない。親父の中で、社内での俺の立ち位置は、多分まだ未定なんだよ」
私の顔を見て、悠さんは立ち止まった。
「不安にならなくて良い。こっちに戻る時は、俺が必ず美咲を守る。美咲が嫌がる事はしない。約束する」
「私の、仕事は…?」
「こっちに戻る時は美咲にも勿論ついてきて欲しい。そのときに仕事を続けたいなら、こっちで続けたらいい。でも、戻るのは今すぐじゃない。柿山小に10年もいるわけでは無いだろ?戻るとしたら美咲の異動のタイミングとなるべく合わせられるようにするよ」
「うん…」
東京に来る可能性なんて、微塵も考えていなかった。今の暮らしの延長に、私達の結婚があると、そう思っていた。
私は、悠さんの世界の、ほんの一部しか知らなかったのだと、痛感させられた。
「路上で立ったままする話じゃないな。大事な話だ。部屋に戻ってから、ちゃんと話そう」