東風 9
「悠、お待たせ」
髭の店主がランチを彼のすぐ横に置いた。
「お、今日は天ぷらか」
私に向けた無表情とは一転して口元が綻んでいる。
なんだ、笑顔は可愛いじゃん。
店主が私と彼の間に着席したと同時に「いただきます」と手を合わせた。学校の職員以外で手を合わせてご飯を食べる人を久しぶりに見た気がする。
「…で、この子何者?」
私に対する視線が変わらず冷たいのは気のせいだろうか?
「何者って…」
苦笑いしかない。初対面でこれだけの塩対応もなかなか無いと思うんだけど。
「一見さんって大抵テーブル行くじゃん。何で囲炉裏座ってんの?」
「テーブルが満席でさ。問答無用でトメさん達の洗礼を受けてたんだよ」
「あー…トメさん達か…」
冷たい表情から一転して同情を含んだものになる。
「この子、美咲ちゃん。柿山には仕事で来たみたいだよ」
「仕事?こんな山ん中に?観光地の取材とか?」
怪訝そうな顔で私を見つめる眼は切れ長で、塩対応さえ無ければその顔にも見惚れていたかもしれない。
「柿山小で、働くことになったんです」
「「えっ?先生?」」
彼も店主も目を丸くした。
「はい…今日はその打ち合わせの帰りなんです」