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3 聖女って何だったっけ……?

本日3話目です。

「えっと、今のはどういうことだ……?」


 隣りの席にいる酔っ払いのオジサンは困惑した表情をしている。

 そう言われても、私だって聞かれた質問にただ答えただけなのに。


 それよりもこっちだって絶賛お困り中だ。

 貴方に飲んでいたお酒をぶっかけられて、全身がビショビショなんだけど。

 服なんてこれしかないのよ? もし染みになったらどうしてくれる。


「ですから、ヨダレを飲ませたんです」

「……何を、誰に? いったいどうして……??」

「私のヨダレを、国の皆さんに、必要だったから、です」

「やべぇ、俺には嬢ちゃんの言ってることが全然分からねぇぞ!?!?」



 ――あぁ、やっぱり。


 この人が監視かと疑ってみたけれど、この様子だと本当に私のことを知らないみたいだ。

 それか追放されたことは知っていても、その理由までは聞いていないのかもしれない。


 と、その前に。


「続きが聞きたければ、まずはこの現状をどうにかしてくださいよ」


 オジサンにジト目を向けながら、びしょ濡れになってしまった服を指差す。


「いや、それは嬢ちゃんにも責任が……」

「良いから、早く」

「……はい、すんません」


 少しだけシュンとしたオジサンは、大人しく何処からかタオルを取り出した。

 それをひったくるようにして受け取って、さっさと自分の身体を拭いていく。


 うっ、このタオルも臭い……加齢臭かな?


「なんかスゲェ不満そうな顔だな……俺はずっと魔境や魔族領に居たからよ。国で何があったのか良く知らねぇんだ」

「タオルに文句はありません。オジサンの体臭がキツいだけです。……知らなかった理由は分かりました。仕方ないですね、それなら続きをお話しましょうか」

「うぐっ!? 最近気にしていた所を……っていうか嬢ちゃん。追放されたっていうのに、あんま気にしてねぇのな?」

「――えぇ。恥ずかしい気持ちや後悔は微塵もありませんから」




 ◇


 ――アレはそう。

 最初のキッカケは、まだ私が聖女見習いとして教会に勤めていた頃のことだった。

 生活寮にある食堂で夕飯の準備をしていた私の耳に、ニューヒン聖女長の大声が突然飛び込んできた。


「大変だわ!! ヘインター殿下が呪いで石化し掛けているそうよ! 今からここへ運ばれてくるから、急いでみんなも来てちょうだい!」



 ――ヘインター殿下が呪いに?


 持っていた包丁の動きを止め、首をかしげる。

 まな板の上の立派なエビが「どうしたの?」と私に見つめ返してきた。

 この子は流星エビの蒸し焼きにしようと、私が昼のうちに仕入れたピッチピチのエビちゃんだ。


 ……しかし今はそれどころじゃないみたい。


 聖女長の言っていたヘインター殿下とは、ここファウマス王国の第一王子だ。

 つまり彼は、次期国王となる御方。

 そんな人がどうして呪いなんかに……?


 詳しい事情は分からないけれど、あの焦りようではかなりの緊急事態みたい。

 聖女長は教会を走り回り、聖女たちを片っ端から招集しているようだった。


 こっちはもうお腹が空いているんだけど……仕方が無いか。

 見習いとはいえ、紛いなりにも私も聖女の一員だ。


「私も急ぎましょう……すぐ戻ってくるからね」


 エビちゃんに(しば)しの別れを告げた私は、他の同僚と共にその現場へと走り出した。



「これは……」


 殿下が運ばれたという救護室へやって来た私は、思わず声を失ってしまっていた。


 ベッドの上に横たわっているのは、一人の男性()()()()()


 それはとてもじゃないけれど、これがマトモな人間の姿をしているとは言い(がた)かった。



「ひどい……」

「いったい何が……」


 集まってきた他の聖女たちも、一様にして口元を抑えている。

 普通なら王子を見てそんな感想を抱いたら不敬なのだろうが、それも仕方がないと思う。


 分かる……私も同じ気持ちだもん。



「「「(全裸のエビ……)」」」



 そう、それはまるで、まな板の上に転がされ調理を待つ、大きな流星エビのようだった。


 ――正確に言えば、海老反りになった状態で硬直した、全裸の男だけど。



 聖女長の言う通り、見た目はアレにしろ彼がヘインター殿下なのだろう。

 現状で動かせるのはもう眼球だけのようで、どうやら言葉を発することは出来ないみたいだ。

 海老反りの状態で目をギョロギョロとさせながら、必死に私たちに助けを求めている。


「ヘインター様は魔境視察の際、事前の準備も無く、マナコンダとの戦闘に入ってしまわれまして……」

「ブレスで服を吹き飛ばされ、逃げようとした瞬間に、瘴気をマトモに喰らってしまわれたのですね……」


 王子をここへ連れてきたらしい兵士が必死に状況を説明する。


 それが本当なら、殿下はマナコンダという蛇モンスターとの戦闘中に、瘴気にやられて呪われたようだ。

 瘴気は様々な呪いを人間にもたらすけれど、その中でもマナコンダは相手を石化させる瘴気を持っている。


 生きている人間を一瞬でここまで戦闘不能にさせるとは……いやはや、恐るべき能力である。

 いや、目の前の獲物が突然こんな状態になったんだから、マナコンダも相当驚いただろうけど。



 ――とまぁ、状況は兵士さんと聖女長の言う通りなのでしょうね。



「いやでも、エビは無いわ」



 兵士さんの隣りで冷静に分析している聖女長には悪いけれど、私は笑いを(こら)えるのに必死だった。


 だって、この国で国王様の次に偉い御方が涙を滝のように流しながら、変なポーズで身体を硬直させて命乞いをしているのだ。


 最悪なことに、殿下の着ていた服が根こそぎ破られてしまっている。その所為(せい)で、いろんな所まで丸見えだ。


 いろんな部位が硬直したまま、聖女たちの前でさらし者になっている状態。

 エビのエビが海老反りしてるだなんて、私は初めて見ましたよ。


 せっかく顔もスタイルも良さそうなのに、もうメチャクチャだ。


 |王子のこんな姿《変態王子の海老反り固め》を見て、笑うなという方が無理というもの。

 見れば他の聖女や見習いたちも顔を(そむ)け、肩をプルプルと震わせている。


「誰か、この呪いを解ける人は居ますか!? 一刻も早く解呪しなければ……!!」


 こちらへ振り返り、私たちの顔を見ながら志願者を(つの)る聖女長。

 流石と言うべきか、他の子たちは今の一瞬で神妙な表情に戻っていた。


 ――もはやこの場でマトモなのは聖女長だけかもしれない。


「「「……」」」

「くっ、やはりみなさんも無理ですか……」


 良い手立てが何も思い付かず、悔しそうに歯噛みする聖女長。

 伝説の万能薬(エリクサー)でもあれば一瞬で治るかもしれないけれど、残念ながらここにそんな物は無い。



「申し訳ありません、私共の力では……」

「そ、そんな……!! 聖女長、女神様! どうか殿下をお救いください……!!」


 このままでは殿下は確実に死ぬだろう。

 聖女長もお手上げのようだし、兵士さんなんて神頼みまで始めてしまった。



 うん、完全に手遅れモードだ。

 実際にこの場で殿下を治療できる人間なんていないもの。


 ……まぁ、それは私を除いてだけど。


 だが私が今ここで浄化をしたら、恐らく私はこの教会に居られなくなる。今日の蒸しエビすら食べられないかもしれない。

 ……いや、エビ殿下を思い出すからどっちにしろ無理か。


 だけど、それも仕方がない……かな。

 別にこの人を助ける義理は無いけれど、見捨てる理由だって無いしね。


 今は平凡な聖女見習いをしている私だが、とある秘密がある。

 何を隠そう、私のヨダレにはエリクサーにも負けず劣らない、強力な浄化能力が秘められているのだ。

 これを殿下に飲ませれば、きっと彼は助かるはず。


 そうと決まれば、急がねばなるまい。

 タイムリミットは刻一刻と迫っている。


「ジュリアさん? 貴女いったい何を……」


 前に進み出た私を、聖女長が制止させようとする。だけどそれは当然、無視だ。

 私は怪訝な表情を浮かべている王子へとそっと近付いて――。




 ◇


「とまぁ、こんな感じで王子の命を救ったんですよ。どうです!? 私、悪くなんて無いですよね!?」

「なんか前半の話は鬼気迫る感じだったのに、途中からエビとヨダレが気になってそれどころじゃなかったぞ……」


 他からも小声で『マジで王子に自分のヨダレを口移ししたのか!?』『信じられない……』『もうエビが食える気がしない』とか言っているのが聞こえてくるけど……そうだよ?

 だって他に方法が無かったんだから仕方がないじゃない。

 そこは命が助かっただけ、有り難いと思って欲しい。


 ちなみに王子の一件はこれだけだけど、他にも私のヨダレ聖水は大活躍している。

 街に蔓延(まんえん)した毒の瘴気を(はら)うため、飲み水に使っていた井戸にヨダレを垂らしたこともあった。


 他にも細かいことを挙げたら、キリがないほどの貢献をしてきた。

 だから私はファウマス王国の英雄だと思うんだけどなー。



「そ、それで嬢ちゃんは国を追い出されたのか……?」

「いえ? まぁ多少はそれもありますけど」


 本来ならそれは殿下の命を救ったことで、一度は帳消しになったのだ。

 でもどういうわけか追放されちゃったのよね。

 ニューヒン聖女長なら理由を知っていそうだったけど、教えてくれなかったし。

 買い食いするお金欲しさに、教会に無断でヨダレ聖水を街で販売したのがバレたのかしら?



 ともかく、だ。

 品を重んじる聖女として、ヨダレは色々と相応しくなかったのだろう。

 それよりも大事なのは、これからどうやって生きていくかだ。


 だけど……。


 私は狼狽(うろた)えているオジサンを見ながら「この様子じゃ魔境でもヨダレ聖水は売れなさそうね」などと考えていた。



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