21 瘴気の森の決着
『くっ、ボクは負けたのか……』
差し出された手を握りながら、レモンキーのリーダーは悔しそうに立ち上がった。
……うん、小さなキャロが小さな猿の魔人を起こすってなんだかシュールな図だ。
『あぁ、中々に良いファイトだったぜ。俺っちも久々に傷を負っちまったぜ』
『ふんっ、ボクだって負けたのは生まれて初めてだよ。……だが不思議と納得もしている』
いやいやいや、待って待って?
なんだか凄く良い雰囲気のところ悪いけどさ?
クロードもウンウンと頷いてるけどさ??
――キャロは一昨日私が畑から引き抜いたばっかりだからね!?
なんで生まれたての貴方がさも何年も無傷だったぜ、みたいなカンジを出しているワケ?
『先ほどは……そっちの騎士クンも悪かったね。キミたちを証拠もなく疑ってしまった。こんな正々堂々と拳を振るえる奴が、コソコソとリモネーを滅茶苦茶になんてしないだろう』
「おぉ……なんだか知らないけど、和解出来てる。すごい……」
結局私は見ているだけだったけれど、良く分からないうちに万事解決したみたいで良かった。
……うん、良かったのだと思おう。
『分かってくれりゃあ、俺っちも嬉しいぜ。……だがそのリモネーに手を出したって奴は気になるな』
あ、たしかにそれはそうだ。
少なくとも私たち魔境村の傭兵さんたちはリモネーを伐採したりしていないはず。
なにしろ、軍にお願いして材木を譲ってもらっているぐらいなんだから。
「……軍、いやあの人たちがそんな事をするとは思えない。ジュリア、これは一度村に戻って親父に相談を……」
『グララララアアァァアアッ』
相談しよう、とクロードが言い掛けた瞬間、森の奥から何かの唸り声が轟いた。
「なっ、なに!? 今度はなんなのよっ!?」
「ジュリア、俺の後ろに。離れるなよ!!」
『ぐっ、なんだこの圧力は……ボクでも知らないぞ……!?』
ガサ、ガサガサ……と枝を押しのける音と共に、何かが近づいて来る気配がする。
それを感じ取った瞬間、私の身体は恐怖で硬直してしまっていた。
――途轍もない邪悪な、瘴気の気配だ。
その濃密な瘴気を纏ったナニカは、目に見えないにも関わらず。
ただ現れただけで、私を……私たちを恐怖に陥れていた。
「あ、ああ……っ」
「大丈夫だ、ジュリア。俺が絶対に守るから……団長!!」
『あぁ。クロードの坊主はそのまま姫を頼んだぜ……コイツだな、瘴気の森を狂わせていたのは』
キャロが言っているのは、リモネーの木を襲った犯人だけを言っているのではない。
きっと、この森の瘴気を濃くしていたのもコイツなのだ。
『マズイぞ、コレはボクたち森の守護者でも歯が立たない……!! みんな逃げるんだ!!』
キャロと堂々と渡り合ったレモンキーの彼がここまで言うだなんて。
でもその通りだ。一刻も早く逃げないと……!!
『おいおい、心配するなって。言っただろう? たとえドラゴンであろうと、ワンパンしてやるってよ』
「えっ?」
この場で唯一、余裕の笑みを崩さなかったキャロは不可視の瘴気へと向かうと――
『|フェアリーズ=ガーデン《妖精の箱庭》』
たった、一言。
そのたった一言だけで、全てが終わった。
突如地面が山のように隆起したかと思えば、その瘴気塊があったであろう場所を一瞬で飲み込んだ。
そして何事も無かったかのように、瘴気ごと消え去ってしまった……。
「キャロ……?」
『あぁ、終わったぜ姫。大丈夫か?』
な、なんなんだこのイケメン野菜は……!?
「さすが団長……いや、まさか一撃とは」
「うん。本当に凄かったんだね、マンドラゴラって……」
一層憧れを強くしたような視線を送るクロードに、私は苦笑いだ。
そういえばクロードのお父さんであり、人類最強の竜騎士でもあるブルーノートさんも、おとぎ話に出て来るマンドラゴラに憧れていたんだっけ。
見た目は爽やか美男子とオジサンで全然違うけど、やっぱり親子だったみたいだ。
……ま、脅威は去ったみたいだし。細かいことは良いか。
結局相手が何だったのかは分からず仕舞いだったけれど、キャロが本当に強かったんだってことはよく分かった。
「でも、どうしてさっきの殴り合いの時にそれをやらなかったの?」
どう考えたって、その魔法(?)があれば一瞬で片が付いただろうに。
『キャロキャロキャロ。何を言ってんだ姫は。漢同士の戦いに、魔法なんて無粋だろうが』
「団長……」
『キャロ様……!!』
あ、さようですか。
ていうかキャロを慕う舎弟、しれっと増えてません……??