19 リモネーのしゅご者
『争う意思はない? ふん。悪いけどそれをアッサリと信じられるほど、ボクらレモンキーの一族は間抜けじゃあないんだよね』
「……レモンキーだって?」
クロードの誰何に、突如現れた彼はレモンキーの一族であると言った。
私たちと同じく二本足で立ち、同じ言葉も話すけれど……アレはきっと魔族だ。
全身が短い黄色の体毛で覆われているし、手足が異様に短い。体長だってキャロと同じくらい――というか、私の膝丈ぐらいしかない。身長よりも長い尻尾が二本、お尻からニョロニョロと生えていた。
剣を構えているクロードに対し、樹上から現れた闖入者は無手の状態でこちらへと近づいて来る。
どう見たって隙だらけのはずなのに、その表情からは何故か余裕たっぷりだ。
……間違いなくアレは強者ね。
戦闘のせの字も分からない私でも、あれは絶対に油断しちゃ駄目だってことは分かる。
モンスターと違って瘴気は感じられない。
その代わりに、小さな身体から大量の魔力がこれでもかと溢れ出ている。
自分で一族と言っていたし、おそらく彼がリーダーなんだろう。
クロードもいつ集団で来られても良いように、警戒を怠っていない。
尤も、他の仲間たちが徒を組んで襲ってくるような気配は無いみたい。元々そういう指示がされていたのか、木の上から私たちの動向を大人しく窺っているようだった。
「そう言えば以前、親父がこの森で猿のような魔族を見掛けたとか言っていたな。しかしもっと森の奥深くに居るという話だったはずだ……」
話している間にも、もはや剣の切っ先に触れてしまいそうなほどに接近しているレモンキー。
クロードの言葉を聞いた彼はニヤっと笑う。
『あぁ、そうだよ。ボクたちはこの森の守護者さ。そしてこのリモネーは、食料を生み出してくれる大事な木。コレが無いとレモンキーは生きていけないんだ。逆にリモネーもボク達が居ないと育たない、いわば運命共同体なんだよ……なのにキミたちは、どうしてコレを求めるんだい?』
言葉こそ柔らかいものの、指一本触れるな、と言わんばかりの鋭い目つきだ。
どうやら、かなりお怒りらしい。これでは下手な嘘は逆効果だろう。
クロードも少し悩み――私と同じ考えに至ったようだ。
「魔境の村で建物を修繕するのに使わせてほしいんだ。無闇な伐採はしないと誓う。だから……」
「クロードっ!!」
「ちっ!!」
ズドオォンという衝突音が瘴気の森に響き渡る。
願いの言葉を言い終わる前に、クロードへと途轍もない衝撃が襲ったのだ。
それを与えたのはもちろん、レモンキーのリーダーである。
こいつは素手にもかかわらず、クロードの剣を殴りつけた。
「くっ、うぐぅ……な、んて力だ……」
『人間はいつだってそうだ。そうやって口先だけでボクら魔族を騙し、全てを奪い去っていく』
「一体なにを……」
『ボクらはね。既に一度、人間たちと森の半分のレモンキーを貸し出す約束をしていたんだよ。そしてもう半分には、絶対に手を付けないということもね。だけどキミたちは……それを破ったんだ……!!』
彼は吐き捨てるようにそう叫ぶと、憎しみと怒りを込めた拳をクロードへと向けた。
それは私の目には捉え切れないほどの速さで、クロードも辛うじて剣で受けるのがギリギリだった。
「ぐあああっ!!」
「きゃあっ!?」
良かった、間に合った……と思った瞬間。レモンキーは更に力を込めた。
クロードもこれには耐え切れず、後方にあった木まで吹き飛ばされてしまった。
いったいあの小さな身体のどこにそんなパワーがあるのだろう。……って、そうじゃない。今はそんなことよりも、クロードの身が心配だ。
「大丈夫、クロード!?」
「あ、あぁ。くそ、アイツ馬鹿みたいに強い……」
パッと見では大きな傷は負ってはい無いものの、衝撃は鎧の中の彼にまで届いてしまっている。
平気だ、と言うものの表情は苦しそうだ。
ど、どうしよう!?
モンスター相手なら簡単にねじ伏せていたクロードだけど、魔族相手だとそうもいかないみたい。
そもそも、私たちだって別に彼らを傷付けるつもりはないのに……!!
『ふんっ。ボクたちは人間と違って優しいからね。命までは奪わないでおいてあげるよ』
「ちょっと待ってよ!! そんな一方的な話をして、クロードを傷付けておいて帰るつもりなの!? 第一そのレモンキーだって、本当に人間がを奪ったっていうの?」
『……は?』
背を向け、帰ろうとしていたレモンキーのリーダーが振り返り、恐ろしい表情で私を睨んだ。
うぅ、怖い……でも怯んでいる場合じゃない!!
「だって、魔境村の人たちは最近、この森の瘴気が濃くなってから近付けも出来なかったのよ!? なのにいったい誰がレモンキーを取りに来るっていうのよ!!」
『……じゃあ、誰がやったっていうんだ!!』
『はぁ、……もうその辺でいいぜ、姫』
「キャロ……?」
私とレモンキーの間にキャロがスッと現れた。
そういえばキャロたちマンドラゴラのことを完全に忘れていた。周囲を見渡せば、五十のマンドラゴラたちが私たちを囲うように陣を組んでいる。
『キミは……もしかして魔族……いや、まさか幻想種なのか!?』
『こういう手合いは言葉じゃ通じねぇんだ。大丈夫、後は俺っちに任せな』
驚くレモンキーを無視して、私にキメ顔をするキャロ。
どうやらクロードの代わりに、彼が出陣してくれるらしい。
武器も持たず手ぶらのキャロは手をポキポキと鳴らすと、敵に向かって一目散に走り出した。
「(……何がポキポキ鳴っていたんだろう?)」
そんな事を考えながら、私はキャロの雄姿をただ見守るのであった。