18 いざ、瘴気の森へ
「いやいやいや、ないないない!! 恋愛なんて無理よ無理!!」
村を出た私たちは、魔境の近くにある瘴気の森へとやって来ていた。
ここからは瘴気の影響を受けてしまうデークさんは入れないので、残りの私たちで探索だ。強力なモンスターが出てこないって聞いているけれど、気を引き締めていかないと。
だから自分の恋愛がどうこうとか、気にしている場合じゃないっての。
「……遂にジュリアが叫び始めたぞ。どうすればいい、キャロ団長」
『キャロキャロキャロ。さぁてな。俺っちは人間じゃねぇから人の心までは分からねぇわ』
「いや。団長はそこらの人間より、よっぽど人間らしいと思うけど……」
えぇい、今はそれどころじゃないのだ。
人の好き嫌いをどうするよりも、今の私はこの魔境で食堂を開くことの方が大事なのよ!
「……まぁいいか。ここからは俺がリードする。前方の索敵はするが……キャロ団長、フォローをお願いしていいですか?」
クロードが真面目な表情に切り替わった。さすが傭兵たちのマトモ枠。頼りになるわ。
『おう、任せときな。姫の周囲は俺たちマンドラ騎士団でガッチリ護るからよ』
「……色々と突っ込みたいところはあるんだけど。よろしくね、みんな」
『『キャロキャロー!!』』
誰だ、キャロ団長って。
そして結成しちゃったんだ、マンドラ騎士団。
ていうかキミ達、いつの間にそんな仲良くなったのよ……。
「……さ、行こう。日が暮れてしまうわ」
一々気にしていたらキリが無いということは、私にも何となく分かってきた。
ある程度割り切っていかないと身も心ももたないからね。
頼りになる銀鎧の戦士と、周囲をピョコピョコ走り回る風変わりな騎士たちに囲まれながら、鬱蒼とした木々の隙間を縫って歩いて行く。
根っこや落ち葉で、足元はかなり不安定だ。転んで怪我をしないよう、慎重に。
慣れない森の行軍は、ただの女である私には、やっぱり大変だった。だけど護ってもらっている安心感もあってか、私は今、この冒険をすごく楽しいと感じている。
なにしろ、こんな深い森に入ったのは初めて。
物心ついた時には街でゴミ漁りをして過ごしていたし、聖女長に拾われた後はずっと教会の中だった。だからこんな冒険が出来る日が訪れるなんて、思ってもみなかった。
……最初は怖いと思っていたけれど。クロードやキャロたちと一緒なら、ちょっとだけ冒険をしてみるのも、悪くないかも。
細かい休憩を挟みつつ、クロードにガイドをしてもらいながら探索を続けていく。
そうして木々の隙間から見える太陽が真上に昇った頃。私たちマンドラ一行は遂に、目的の木が生えている群生地へと到着した。
「見えた……あそこがリモネーの群生地だ……」
「やっと着いたー!!」
視界にあるのは、この瘴気の森にしては小さめの木。それがデークさんから聞いていた、リモネーという名の木だった。
見た目としては幾つもの蔦が編み込まれているような、変わった構造をしている。普通の木であれば、年輪が出来るように中心から外側に向かって太く、大きくなっていくだろう。
でもこのリモネーの木は、ちょっと特殊なのだ。
地下にコアと呼ばれる根茎があって、そこから生えた蔦が上に向かって伸びていく習性がある。
それが私の身長の二倍ぐらいの高さまで伸び、更には掌みたいなギザギザの葉を生い茂らせていた。
逆光で良く見えないけれど、上の方では何かの実が生っているような影も見える。
果たしてこの不思議な木が、本当に建材として相応しいのかしら?
木材に詳しくない私には良く分からないけれど、魔境で大工もやっているあのデークさんが、
『これが良い! むしろあの木じゃないと嫌だ!! あの触り心地、匂い、加工のしやすさに耐久性。どれをとっても一番なんだよ!!』
と力説していたので、きっとそうなのだろう。
「じゃあ、これを切れば良いのね? はぁ~、漸く私の出番ね!!」
長い時間を掛けて歩いてきたけど、ここまで私は、クロード達についてきただけだった。それはもう「ぶっちゃけ私要らなくない?」と心中で何度も自問自答したほどに。
でもこれぐらいの木を切るだけなら私にだってできる。多少はヨダレと料理以外にも有能だってところを見せなくっちゃね。
「……ジュリア、待って。どうやらこの木に触れて欲しくない番人が居るみたいだ」
「えっ? 番人……?」
『魔族の匂いがするな。それにどうやら、かなーり気が立っているようだぜ』
警告の言葉を受けて、私が身構えた瞬間。ガサガサと周りの木がざわめき始めた。
ここでやっと私にも、何やら木の上に潜んでいるのが分かった。
それも一体や二体ではない。たくさんの小さな影が、リモネーの枝葉に紛れている。
クロードとキャロの言葉通り、下に居る私たちにビシビシと殺気を向けられる。
私たちがこの木を伐採しに来たのを、相手も分かっているのだろう。
「森の住人よ! 俺たちは資源を得るために森へと入ったが、お前たちと争う意思はない! だが一方的にこちらへ危害を加えようというのなら、容赦はしないぞ!!」
クロードは剣を構え、いつ樹上の敵が襲ってきても良いように臨戦態勢をとる。
『気を付けろよ。向こうのボスのお出ましだ』
「……来る!」
樹上からスタッと人型のナニカが落ちてきた。それは両手を挙げて戦う意思が無いことを示しながら、ゆっくりとこちらへと近づいて来る。
用心深いクロードは警戒を緩めることなく、それを睨みつけていたが……。
一方の私は「マンドラゴラって匂いを嗅ぐ鼻なんてあったっけ?」と場違いな事を考えながら首を傾げていた。