15 奇跡のマンドラジュース
魔境の村で行われた宴会が終わった次の日のこと。
私は家として住んでいる教会で頭を抱えていた。
「マンドラゴラ料理が受け入れられたのは良かったわ。これなら魔境食堂はやっていけそうね」
結局、あの後もずっと私は料理を作り続けていた。
残りのマンドラゴラはキャロを含めて五体にまで減り、持って来てもらった肉は全てみんなのお腹の中へと納まった。
あの調子なら、いきなり閑古鳥になることは無いと思う。帰る時も早く開店してくれと懇願されてしまったし。
「だけど、肝心の食堂となる場所がこれなのよね……」
どこを見渡しても、建物として成り立っている箇所が無い私の住処。ここへ来て三日目になるけれど、漸く簡単な掃除が終わっただけだ。
もちろん、家具なんてカビたベッドとかガタガタなテーブルと椅子ぐらいしかない。
幸いにもまだ雨は降っていないけれど、屋根も穴だらけ。壁も窓みたいに開いていて、いつまたあの六脚ネズミが襲ってくるかも分からない。
「うーん。修理もしたいけれど、私一人じゃやっぱり厳しいわ」
村の誰かに大工さんは居ないのかな。
そういえば村の建物は誰が建てたのかしら?
「おぉい……すまねぇ。ジュリアの姉ちゃんはいるか?」
「はーい。誰かしら?」
そんなことを考えていたら、教会の表玄関の方から私を呼ぶ声がした。
なんだか様子がちょっと変だったけど……どうしたのかしら?
「あら、デークさん。昨日は魚醬をありがとうございました。……ってどうしたんですか、具合悪いんですか!?」
声の主の元へ向かってみると、そこに居たのは昨日宴会でお世話になった港町育ちのデークさんだった。
だけど玄関の壁にもたれかかっていて、なんだか具合が悪そうだ。
「あ、あぁ……どうやら二日酔いみたいでな。生憎と回復魔法が使える治療師が遠征に出払っちまっててよ……悪いんだが、聖女の力でどうにかならねぇかな?」
「ふ、二日酔い……」
なにか重大な病気か呪いにでも掛かったのかと思えば、そんなしょうもない理由の訪問だった。
ていうか村にお医者様は居ないのかぁ。
たぶん軍の駐屯地の方へ行けば軍医さんが居るんだろうけど。
「残念ですが、聖女の浄化は瘴気によるものしかできないんですよ。だから病気や二日酔いの類は……」
「そうなのか……うぅ、頭が割れそうだ……」
「あんなに浴びるほど飲むからですよ、まったく……」
イタタタ、と頭を抱えてその場で蹲ってしまうデークさん。
どうにかしてあげたいところだけど、回復薬すら持っていない私にはどうしようもない。
と、ここで私の視界に入ったキャロを見て、あることを思い付いた。
「――そうだ!! 薬は無いんですけど、代わりになる物ならあるかもしれません!!」
「ほ、ホントか!? た、たのむっ!! 聖女様っ、どうか俺を救ってくれぇ~!!」
髪に縋るかのように私にしがみついて来ようとするデークさんを交わしながら、私はキャロに向かってニッコリと微笑んだ。
『あぁ、たしかに俺っちが作ったマンドラジュースは栄養たっぷりだぜ。二日酔い程度なら簡単に綺麗サッパリよ!!』
「やっぱり!! あの時飲んだ私もあっという間に回復したものね!!」
ガリガリとマンドラゴラの足をすりおろしながら、私とキャロはキャッキャと楽しそうに教会のキッチンで話していた。
そう、私が疲労で倒れた時にキャロたちが作ってくれたあのマンドラジュースを作っているのだ。
ひと口であれだけ重かった身体が軽くなったんだし、二日酔いもきっと良くなるはず。
「昨日さんざん喰っといてアレだが、こうして生の状態で身を削られていくサマを見るのは複雑な気分だな……」
このマンドラジュースは生きたままのマンドラゴラをペースト状にする必要がある。
そんなわけで私は今、身を捧げてくれた一体を両手で抱え、ゴリゴリと音を立てながらまさに削っている最中だった。
だけど彼らには痛みなんて無いみたいだし。むしろ恍惚な表情を浮かべているんだよねこの子……
『俺たちゃみんな、食材として使われることに生き甲斐を感じているからな!! ましてや主である姫に抱かれながらなんて、幸せ以外の感情は無いさ』
「そ、そういうものなのか……やっぱり幻想種は不思議だ……」
まぁ、こんなのは慣れよ慣れ。
私も最初は戸惑っていたけどね。美味しく調理してあげることが彼らの願いだって、今ではもう分かったから。
「はい、これで完成です。どうぞデークさん」
「大丈夫なのかコレ……いや、昨日も食べてるから平気なんだろうけどよ……」
コップに並々と注がれた赤色のジュース。
量は沢山あるので、私の分も作ってみた。
「いいから、飲みましょうよ。はい、かんぱーい」
「か、乾杯……」
デークさんのカップにガコンとぶつけ合い、私がお先にグビっと飲む。
うん、やっぱりマンドラジュースは最高ね。
労働で疲れた身体に染み渡るわ。
ちょうど喉が渇いていたから、余計に美味しく感じる。
「本当に美味しそうだな……よ、よし」
はいはい、さっさと飲んじゃってくださいな。
「……!? こ、これはうめぇ!! なんだこの飲み物は!!」
うんうん、そうでしょうとも。
「あ、あれ……? 頭痛がもうしねぇ!! それどころか全身に力が漲るようだ!」
分かるわ~、徹夜で作業できるぐらいエネルギッシュになれるわよね。
そうだ、これも食堂のメニューに加えようかしら。
「見てくれ、この力を……!!」
「それはもう、分かりましたから。私も忙しいので、治ったのならさっさと出ていって……えっ?」
――バキイッ!!
教会の修復作業に戻ろうとした私の目の前で、デークさんがなんとテーブルの角を握り潰した。
「どうだ、素手でこんな強い力が湧いて来たぜ!!」
「……デークさん」
「お、どうした? このジュース、売り出したらスゲェことになるぞ!!」
いつも以上にエネルギッシュになれたのが嬉しいのか、すっごいドヤ顔をしているデークさん。
だけど、私はそんなことどうだっていい。何てことをしてくれたのよ、この人は……!!
「他人の家のテーブルを握り潰しておいて、他に何か言うことは無いんですか……?」
「ひっ……オーガ!?」
ただでさえマトモな家具が無いっていうのに、これ以上壊されたら私のメンタルが壊れる。
「人が……住む家もボロボロで……悩んでいるっていうのに……!!」
「わ、悪かったって……」
「私の大事な家が……ここしか居場所は無いのに……」
号泣しながら、デークさんの肩を掴んでブンブンと振り回す。
さすがにヤバいことをしたと気付いたのか、私にされるがままだ。
「分かった、分かったよ! テーブルなら、俺が直してやるからよ!!」
「え……デークさんが?」
「そ、そうだ! タダってワケにはいかねぇが、この村の建築には俺も携わってるんだ。大工仕事は任せてくれ!!」
「本当ですか!? やったぁあああ!!!!」
助かった、怪我の功名だわ!!
懸念事項であった食堂の修繕への道筋ができた!
ふふふ、これで私の城の完成がまた近づいたわね……!!
「だが、材料が無いんだ。悪いが森に木材を採りに行ってもらえるか?」
……えっ、それ私が行くの!?