14 さぁ、実食です
「これは旨ぇ……!!」
「えぇ、肉が苦手な私でもこれは幾らでも食べられます」
「……最高だ」
出来立てで湯気がホカホカしている、ジュリア特製マンドラゴラの肉野菜炒め。
魔族領の食材と、誰も口にしたことのないマンドラゴラを組み合わせて作り上げたこの料理。
それを口にした傭兵さんたちは、誰しもが感動の声を上げていた。
ブルーノートさんなんて、お酒と料理を次々と口の中に放り込んでいる。
その隣りにいるクロードも、恍惚の表情でモグモグしている。
ふふふ、あんなに夢中になっちゃって……喉を詰まらせないと良いけれど。
「さて、それじゃあ私もいただこうかしら」
折角だからアツアツのうちに食べないとね。
自分用に取っておいたお皿を手に取って、まずはフォークでひと口。
「んんんんっ!! おーいしーいっ!!」
魚醬の香ばしい匂いが鼻を突き抜け、サイコロ状にカットした豚に似た肉のジューシーな肉汁が口の中に溢れてくる。
次にシャキシャキとした爆弾キャベツと鉄モヤシの歯ごたえ、マグマピーマンの苦味と辛味が一体となって、口の中で美味しいの嵐が巻き起こっている。
そして忘れてはならないのが、何といってもマンドラゴラの存在よね。
食味こそ人参に近いけれど、やっぱり甘さが段違いだった。
いや、それだけじゃない。
魚醬の塩気と他の具材が互いの良い部分を引き出し合って、美味しさの相乗効果になっている。
「凄いわ、マンドラゴラ。これは無限の可能性を秘めているんじゃないかしら……?」
単体でも美味しいのに、他の素材と合わせてもこんなに美味しくなるだなんて。
こうなってくると他のレシピも試したくなってくるわね。
食べながら想像を膨らませている私の隣りでは、当のマンドラゴラであるキャロはドヤ顔をキメている。
ちなみにキャロ達マンドラゴラは、基本的に食事はしないらしい。
だから忙しい私に代わって、出来上がった料理を率先して配膳してくれていた。
……自分を食材にした料理を自分で運ぶって、ちょっとシュールな姿だわ。
ブルーノートさんなんて、やたらとマンドラゴラ増しで盛りつけられていたし……。
そんな変わった価値観を持つ彼らだけど、今の私には称賛と感謝の気持ちしかない。
まわりの傭兵さんたちも、キャロを尊敬の眼差しで……
「「「マンドラゴラってメチャクチャ美味いんだな……」」」
いや、アレは獲物を見るような目つきだわ。
大事な私の相棒なんだから、簡単には譲らないわよ?
◇
「……もう! みんな食べるばっかりなんだから。ブルーノートさんなんて、自分で人を連れてきておいてどっかに行っちゃったし」
自分の食事を済ませた後も、私はひたすらに料理を作り続けていた。
傭兵さんたちは好き勝手食べては飲んで、酒場の中でも外でもギャーギャーと騒いでいる。
食材は追加で持って来てくれたからまだ良いけれど、作る人の大変さを分かっているのかしら?
色んな意味で涙目になりながら、追加の料理のために宝玉ネギをみじん切りにしていく。
包丁と鍋の使い過ぎで腕がもうパンパンだ。
明日は間違いなく筋肉痛ね……。
「まぁ、許してやってくれや。アイツも、ジュリア嬢のことを気に掛けてこの宴を開いたんだからよ」
「え……?」
そんな私の元へ、バンズさんが頭をボリボリと掻きながらやってきた。
あのお酒大好きブルーノートさんのことだし、自分が楽しみたいだけじゃなかったの……?
「私のため、ですか?」
「この村に来るときにも言ってただろ? ここの住人は、みんなが仲間なんだって。アイツは新入りであるジュリア嬢が孤立しねぇように、態々こんなことをしたんだよ。いわばこれは、お前さんの歓迎会、ってやつだな」
「そう、だったんですか……」
たしかに私もみんなのことを知りたいって言った。
ブルーノートさんはちゃんとそれを覚えていて。それで……。
「あんな風に自分の好き勝手やっているように見えても、案外仲間想いな奴なんだよ。なにも腕っぷしだけで、英雄だなんだと慕われてるわけじゃねーんだわ」
付き合わされてる俺たちの身にもなって欲しいけどな、と皮肉を吐くバンズさん。
だけどその表情は、ちっとも嫌がってなんかいなかった。この人だってきっと、ブルーノートさんのそういうところに惹かれているのかもしれない。
「バンズさんも、ありがとうございます」
「な、なんだよ急に。俺は何もしてねぇだろうが」
「そんなことないですよ。現に今だって、こうして私に色々と教えてくれてるじゃないですか」
バンズさんだけじゃなく、ラパティさんやクロードだってそうだ。
ちゃんと私が他の人と打ち解けているか、なにか困りごとが無いかコソッと聞いてくれていた。
他の傭兵さんたちもきっと、私が英雄メンバーと親しそうに話しているから、ある程度信用してくれているんだろうし。
「私、頑張って食堂を成功させます。それで、皆さんに美味しいものを食べてもらって恩返しします」
前線で戦うことはできない私がこの村で出来ることと言えば、料理を作ることぐらいだ。
せめて、みんなが戦いで疲れて帰ってきたらホッとできるような場所を作ってあげたい。
「……そうか。じゃあ俺たちは頑張って具材を持って帰らなきゃだな」
「ふふふ。頑張ってくださいね?」
お互いにニッコリと微笑んで、互いに持っていたカップをぶつけ合う。
気付けば辺りは陽が沈み、夜になっていた。
酒場の前に置かれたたき火を囲みながら、それぞれが楽しそうにしている。
なんだろう……みんなで食べるご飯が、こんなにも美味しく感じるだなんて。
「私、ここに来れて良かったかも……」
「ハハハ、そう思ってもらえたなら良かったぜ」
「はい!! 私、みなさんに挨拶してきます!!」
「おう、酒は飲むんじゃねぇぞ~?」
そうして私は一人ひとりに挨拶がてら杯を次々と交わしていった。
いつの間にか疲れも緊張も吹き飛び、私もみんなと同じように宴会を楽しんだ。
そんな私たちを祝福するように、空では魔境の星々がキラキラといつまでも輝いていた。
そして誰の目にもつかない物陰で、五つの小さな影が怪しげに蠢いていた。
『キャロキャロキャロ。これでマンドラゴラを布教する計画は思い通りになったぜ。あとは姫を洗脳……もとい、誘導して仲間を増やしてやるとしよう。キャロキャロキャロ……』