13 魔境食材の脅威
食材の準備が出来た私はさっそく調理に取り掛かる。
まずはマンドラゴラの下準備だ。
「念のため余裕を持ってマンドラゴラたちを持ってきてよかったわね……」
『キャロキャロ。残った奴らが姫のキスを羨ましそうにしていたけどな!」
想定していたよりも人数が集まったせいで、昨日捌いた子だけではどう考えても足りなかった。なので私は一度教会に戻った時に、残っていた彼らを連れて来ていたのだ。
そして新たに食材へと手早く変えていった。
みんな私のキスを所望するせいで、ギャラリーの傭兵さんたちには異様な目で見られてしまったけれど、これは必要な儀式だと思って割り切るしかないのよね。
「いいなぁ、俺も聖女ちゃんにキスされてぇな……」
「おい、馬鹿なことを言うんじゃねぇ。お前も食材みてぇに捌かれてぇのか!? 見ろよ、あの包丁捌き!! 尋常じゃねぇぞ!!」
「ありゃスゲェ……聖女じゃなくて元料理人だったのか……?」
む、レディーに対して失礼な発言が聞こえるな。
まぁ、たしかに料理の腕にはちょっとだけ自信がある。
つまみ食いの為に教会の食事係を立候補したし、それを数年続けたお陰でそれなりに上達したからね!
お陰で教会の仕事の殆どが料理になってしまったけれど……あれ? もしかして本当に聖女じゃなくて料理人として生きていけたのかも!?
こうしている間にも、次々とヒト型から短冊切りの食材へと変化していくマンドラゴラたち。それが終われば、他の野菜をサクサクとカットしていく。
今回作るのは野菜炒めなので、ひと口サイズで大丈夫だろう。
「そしてこの肉塊かぁ……」
「すまない、ジュリア。俺もいい加減にしろって言ったんだが……」
私の隣りで申し訳ない、とションボリしているクロード。
彼はむしろ私の補佐兼、何かあった時の護衛としてついてくれている。
肉だけじゃなくって野菜も食べろ、と言っているのに傭兵さんたちは聞かないのだ。
お肉を食べて力を付けなきゃ仕事にならないのは分かるし、入れてあげるつもりだけどさ……。
「うーん、見たことも無い肉ばかりだわ。……それっぽい肉から使ってみようかな?」
「何か聞きたいことが有ったら、都度言ってくれ。……料理は出来ないが」
「うぅん、ありがとう。助かるわクロード」
私が野菜炒めに使ったことのあるのは、脂の旨味が強い豚の肉なんだけど……残念ながらここには無い。ここは同じように適度に脂身が乗った、このピンク色をしたお肉を使ってみよう。
これも少し大きめのサイコロ状にカットする。
あとは借りてきた一番大きなサイズの大鍋を火にかければ、準備は完了だ。
「よーし、じゃあ後は焼きますか!」
しっかりと大鍋に火が回ったあたりで、お肉の脂身を敷いてから豚モドキ肉を投入する。
じゅああああっ……!!
「「「おおおっ!!??」」」
肉が焼ける音と共に、香ばしい匂いが周囲にぶわっと広がった。
それを見た傭兵さんたちは興奮した様子で歓声を上げている。
「すごい、これが魔族領の食材……!!」
香りだけで食欲をとんでもなく刺激してくる。
間近で調理している私のお腹がギュルギュルと鳴り始めた。
『おい、姫さんよ。料理にその聖水を入れる気か?』
「おっと、危ない。ありがとう、キャロ……!!」
口からヨダレが垂れそうになっていたのを、ジト目のキャロが注意してくれた。
さすがに人様に出そうとしている料理に、自分のヨダレは入れちゃマズいわよね。
ヨダレの代わりに塩を入れて、お肉の下味はこれでよしっと。
「あ、そうだ。ブルーノートさん」
「おう、俺を呼んだか? 悪いが手伝いはできねぇよ?」
いつものお酒を飲みながら、フラフラと歩いているブルーノートさん。
まったく、この人は……。
きっと奥さんは相当苦労しているんだろうな~。
ヘラヘラと緩みきった赤ら顔で返事をする彼は、やっぱり伝説の英雄には見えない。
「それは期待してませんから大丈夫です。それよりも、そのお酒。少し分けてくれません?」
「酒? なんだ、ジュリアも『魔女の脇汗』が飲みたいのか?」
「飲みません!! 料理に使うんです!!」
こんな酔っ払い相手に、キチンと対応するのがめんどくさくなってきた!!
差し出された酒瓶をひったくると、お肉が入っている鍋にドバっと突っ込んだ。
「おおっ!? 酒を料理に使うのか!! 良く分かんねぇけど、メッチャ旨そうだな!!」
「肉の臭み消しです。酔っ払うためじゃありませんからね」
大好きなお酒を料理に使ったことで、ブルーノートさんが興奮し始める。
あぁもうっ、作業の邪魔っ!!
グイグイと鍋を覗いてくる彼を下がらせて、私は鍋に集中する。
表面に焦げ目が軽くつくまで、強火でサッと炒めていく。
「よし、こんなものかな?」
炒め終わったら一度肉を取り出し、次は他の具材に取り掛かる。
マンドラゴラと、ラパティさんが持って来てくれた野菜だ。
爆弾キャベツ、マグマピーマンに鉄モヤシ。
香りづけにニンニク豆のみじん切りをたくさん。
どれも魔族領で採れる野菜たちだ。
あ、いやマンドラゴラはちょっと違うけど。
これらを炒めていくと、お肉に負けず劣らず良い匂いが立ち昇り始めた。
「これは楽しみね……!!」
『キャロキャロ。スゲェだろ? 魔族領の野菜が持つポテンシャルはハンパねぇんだ』
「うんうん!! 他の野菜もいつか使ってみたいわ」
やばい。調理をしているだけですっごく楽しい。
えっと、次は……と考えていたら、視界の端に変なモノが映り込んだ。
何だろうとそちらに目を移すと、机の上に置いておいたお肉の山に伸びる沢山の手が。
「つまみ食いをしたら、この後の完成品は罰として抜きですからね?」
「「「……!!??」」」
『おぉ、こわ……』
ちょっと油断したらこれである。
つまみ食いをしたくなる気持ちも分かるけれど、ここは厳しくしないとダメだ。
キッチンでは私が上官である。
『姫ってやっぱり人間じゃねぇんじゃねーか? なんかドラゴンみたいな威圧出てたぞ?』
「そんなことありませーん。私はいたってフツーの乙女でーす」
こんなか弱い女の子に対してドラゴンだなんて、まったく失礼しちゃうわ。
お皿に伸びていた手が何故かガタガタと震えているけれど、アレだって気のせいだ。
さて、野菜にも十分に火が通った。
最後に魚醬の出番だ。
鍋にお肉を戻し、よく混ぜ合わせる。
そして仕上げに、港町育ちのデークさん特製のこのタレを回し入れていく。
ジュワワワワッ……!!
「「「「な、なんだコレは……!!」」」」
「ふふふっ、凄いでしょう!?」
具材たちの匂いに加えて、魚醬の程よく焦げた匂いが混ざり合う。
ただでさえ単体だけでも良い匂いだったのに、全てが合わさった途端に香りの爆弾へと変貌した。
「「「「は、早く喰わせてくれ!!」」」」
「はいはい、これで完成ですよ~」
本当に驚くべきは、実際に食べてからだ。
さぁ、これでマンドラゴラの特製肉野菜炒めの完成よ!!