12 第1回、マンドラゴラ試食会
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お世話になった英雄パーティの四人に、私が育てたマンドラゴラを試食してもらうことになった。
……のは良かったんだけれど。
「どうして他の傭兵さんたちまで集まっているんです……?」
「いやぁ~。たまたま居た奴にちょいっと話したら、コイツらも喰いてぇって言い出してよぉ」
「「「お願いしまーす!!」」」
せっかくならマンドラゴラと他の食材を使った料理を、ということで四人には適当に食材を集めて貰うことに。
私もマンドラゴラを準備するため、一度教会に戻っていた。そして荷物を持って酒場へと帰ってきたら……この有り様だったのである。
「まぁ、皆さんも食材を持って来てくれたみたいですから、私は別に良いんですけど。でもどうして皆さん、合わせたかのようにお肉ばっかり持って来るんですか……!!」
そう。私の視界にあるのは、どれも肉ばかり。
どこを見ても肉、肉肉肉……。
赤身肉に骨付き肉、霜降り肉にミンチ肉まで。
ありとあらゆる種類の肉がてんこ盛りだ。
野菜なんて、ベジタリアンなラパティさんしか持ってきていなかった。
いや、私もお肉は大好きだよ?
でも今日のメインはマンドラゴラだって言っているのに……!!
「いやぁ、やっぱり肉を食べねぇと力が出ねぇしよぉ」
「酒と言ったら肉! 肉と言えば酒だしな!!」
「マンドラゴラだって肉なんじゃないのか?」
なんかもう、みんな自分の好き勝手なことを言い始めている。
すでにお酒も入っているようで、ワイワイと乾杯をしている人まで居る状態だ。
「みなさん、傭兵をしているんだったら身体が資本じゃないんですか!! キチンと野菜の栄養も取らないと、いつかモンスターに負けちゃいますよ!?」
「「「マジで!?」」」
まったく。みんな私より大人なのに、小さい子どもみたいな好き嫌いをするんだから。
普段からどんな偏った食生活をしているのか、ちょっと心配になってくるわね。
「ははは、まるでジュリアは母ちゃんみてぇだな」
「ブルーノートさんもですよ!?」
「へっ?」
まさか自分にも向かってくるとは思っていなかったのか、キョトンとしている。
いやいや、何を他人事みたいに言っているのよ。
「そうやってお酒ばっかり飲んで!! 身体を壊したらどうするんですか……病気は浄化できないんですから、ちゃんと気を付けてくださいよ!?」
「……あー。たしかに?」
酒のツマミにハムを食べていた手を止め、ブルーノートさんは自分の恰好を見直す。
手にはアルコール度数の強い酒と塩辛い肉。
髪はボサボサ、ヒゲも生えてて服なんてずっと同じ。
誰がどう見たって、この中で一番不健康そうなのはこの人なのだ。
「息子であるクロードが注意したって、全然聞きやしないんだから。彼があんまりにも可哀想ですよ!? 敢えて他人である私が、こうして言いたくもない注意をしているんです!! これ以上、家族に心配をかけないでください!」
「う、それを言われると弱っちまうな……」
心配してくれる家族が居るなら、ちゃんと耳を貸してあげなさいよ、まったく……。
「まぁまぁ、ジュリアもその辺で。親父も流石に懲りただろうしさ。今回はそれぐらいにしてやってよ。……ありがとな、代わりに言ってくれて」
「……クロードがそう言うなら。ごめんなさい、ブルーノートさん。ご飯と家族の事になると、つい熱くなっちゃって」
「いや、心配はありがたく受け取ったぜ!! ……悪いな、ジュリア。あとクロードもな」
なんだろう、いつもならガハハハって笑い飛ばしそうなのに、珍しく真面目なトーンだ。
――あんまり深入りはしないでおこう。それよりも今は、料理の時間だ。
ちょっと気まずくなってしまった雰囲気を払拭するために、私はさっそく調理に取り掛かることにした。
「えーっと。折角だから今日は、お肉多めの炒めモノにしようかな?」
これだけ食材が集まったとはいえ、基本的にあるのはマンドラゴラの残りと大量のお肉だ。
思い付くレシピにも限りがある。ここはシンプルに肉野菜炒めがベストだろう。
そうだ!!
マンドラゴラの甘さを活かすために、追加で塩気のある調味料を加えたら美味しいかも。
「ねぇ、バンズさん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ? 金ならないぞ?」
他の傭兵仲間と談笑をしていたバンズさんを丁度見つけたので、ちょっと話し掛けてみる。
……っていうか誰が今ここでお金なんか欲しがるのよ。たとえ頼むとしても、もっとお金持ちそうな人に言うっての。
「違いますよ!! あの、もしも“魚醬”があったらそれを分けて欲しいんですけど」
「魚醬? なんだそりゃ??」
あー、やっぱり知らないかぁ。
魚醬というのは、港町や漁村で作られている調味料の一種だ。
簡単に言えば、獲った魚を塩漬けにして、更に発酵させた時に出る汁のこと。
これに含まれている魚の旨味と塩気がまたクセになるのよね。
「以前、海の方からやってきた旅の人が、街で路銀を稼ぐために屋台をやっていたんです。その旅人さんが串焼きに、魚醬を使っていまして……」
あの味は今でも忘れられないほどに美味しかった。
それこそ、有り金を全部渡して作り方を聞いてしまったほどに。
……だけど考えてみれば、この魔境じゃあ無理かも。
そもそもの話、海が無い。
魚醬自体はある程度保存が聞くけれど、わざわざここへ持ってきている奇特な人なんて居ないよね……。
「あー、どうだろうな。魔族領の山でも獲れるから、もしかしたら作ってる奴がいるかも」
「え? バンズさん、ちゃんと私の話を聞いてました? これは海の魚で作るんですよ?」
海の話をしているのに山だなんて、急に何を言い出すんだろうこの人は。
ブルーノートさんみたいに酔っ払っておかしくなっちゃった?
「バンズ、彼女は魔族領についてまだ詳しく知らないんですから。キチンと説明してあげないと」
「あっ、しまった。人間領には大山海なんて無いんだよな。ウッカリしていたぜ。サンキュー、ラパティ」
「大山海、ですか?」
「あぁ。そういう山に、海があるんだ」
どうやら魔族領では、山の中に海と同じような湖が広がっているらしい。それを大山海というらしく、当然水はしょっぱいし、塩もちゃんと採れる。
魚も泳いでいて……いるけれど、姿かたちは魔族領特有で、ちょっと変わっているらしい……。
「……なんだか凄いですね」
「だろ? 魔族領はこんな摩訶不思議な場所ばっかりなんだぜ!! 機会があったらジュリア嬢もいつか連れてってやるよ!!」
うーん、興味はあるけれどモンスターが怖い。
魔族領に行くことは禁止されてはいないけど、私がそちらへ行くことは多分無いだろうな。
とにかく、それよりも魚醬を手に入れることが先決だ。
魚醬を持っていそうな人を紹介してくれるというので、バンズさんを案内役にしてついていく。
なんでも、港町育ちのデークさんという人が居るらしい。
「おーい、デークは居るか?」
「んぁ? なんだ、バンズ。何か用か?」
バンズさんがクイっと顎で指した先には、短髪で筋肉質な身体をした男性が気分良さそうに地面に座っていた。その人は仲間の傭兵たちと一緒に、宴会中だったみたいだ。
……なんだか、ブルーノートさんみたいなオジサン連中ばっかりだなぁ。
「お? それって『海王の血』だろ? もちろん知ってるぜ!!」
「「『海王の血』……?」」
ダメ元で聞いてみたところ、デークさんは魚醬を知っていたみたいだ。
でも私の知っている名前とは違う。
海王の血だとか、物騒なワードが返ってきた。
だけどデークさん曰く、それが魚醬だという。
ちょうど今もその山海で獲れた魚で作った『海王の血』を持っているらしいので、さっそく見せて貰うことになった。
「あぁ、たしかに。これは魚醬……いえ、『海王の血』ですね」
壺の中に、ベットリと入った深紅の液体。
これがデークさんの言う『海王の血』の正体だった。
「おい、ジュリア嬢。ソイツが本当に美味いのか?」
「……えぇ。美味しかったです。バンズさんも舐めてみますか?」
「うえぇ。いや、俺はいい……。完成した料理だけ貰うわ」
色味は兎も角、匂いも味も魚醬のソレだ。
いや、味はむしろこっちの方が美味しいかもしれない。
それが魔族領で獲れた魚ゆえなのかは、私にも分からないけれど。
「ちなみにコイツが『海王の血』を作るのに使った、大山海の魚だぜ」
「うわ、コレはまたなんとも……」
デークさんが壺からヒョイっと出してきたのは、一匹の尻尾の生えた四足モンスター。
見た目は完全に、ヒレの生えたトカゲの塩漬けだった。
なんでも、人間と同じく手足を使って泳ぐらしい。
息は水中でするけれど、食事は陸でするんだとか。
私の中での魚の定義が、急速に崩壊していく……。
「でもお陰で魚醬は手に入りました。今回はコレを使ってみたいと思います!!」
なんていうか、まぁ。
素材はアレだったけど、魚醬が手に入ったのはラッキーだった。
なにしろ、デークさんは魚醬づくりのプロだった。
親が漁師だったらしく、手伝いをしていた彼は魚醬を作るのもお手の物だったらしい。
まさか魔境で、こんな素敵な調味料が手に入るだなんて!!
もし食堂が完成したら、デークさんから仕入れさせて貰おうっと。
うししし、今日はこれで良い料理が作れそうだわ。
私が調理場に戻ってくると、暇を持て余した傭兵さんたちが大量に集まっていた。
みんな、私がいったいどんな料理を作るのか興味津々のようだ。
クロードなんて、ちゃんとした料理が出て来るのか不安そうに見つめている。
けれど、心配は無用!!
「さぁ、みんなの度肝を抜いてやるわよ!!」