11 クロード少年の憧れ
「ところで……そいつがあの……」
私の隣りにいる相棒をチラチラと見ながら、ブルーノートさんが遠慮がちに尋ねてきた。
うん、やっぱり気になるよね。
さっきから切り出すタイミングを窺っていたのは分かっていた。
「はい。この子がマンドラゴラのキャロです」
『おう、よろしくな兄ちゃん。俺っちがキャロラインだ』
「マジか……」と驚きを隠せない様子のブルーノートさん。
それでも小さな手を差し出してきたキャロと、握手をしっかり交わしている。
「良かった……俺、魔境に来て本当に良かった……」
「そ、そんなに感動するほどなんですか?」
『キャロキャロ。俺っちこそ、そう言ってもらえると光栄だぜ!! キャロキャロキャロ!』
英雄として魔族領の最前線を行く彼でも、マンドラゴラとの遭遇はかなりの衝撃だったみたい。
まるで憧れの人に会ったファンみたいに、キラキラとした顔をしている。
私はブルーノートさんが食べていた生ハムをつまみ食いしながら、それを微笑ましく見ていた。
他の三人も負けず劣らず、キャロに興味津々の様子だ。
特にクロードなんて、ここに来てからずっとソワソワしっぱなしだった。
バンズさんとラパティさんがキャロと挨拶している間も、一人でぼうっと突っ立っている。
「いやいやいや、ちょっと待てよお前ら!」
「ん? 急に大人しくなったと思ったら、今度はどうしたんだよクロード」
と思ったら、フリーズしていたクロードがいきなり戻ってきた。
ちっ、クロードの分のお肉を横取りしようと思ったのにできなかった……。
「マンドラゴラってあの精霊種だろ!? 精霊姫を守護する伝説の!! お前ら、なんでそんな冷静なんだよ!?」
「おう、あのマンドラゴラだぜ!? すげぇよな!!」
『おっ? 人間領では俺たちがそんなに有名なのかい?』
怒鳴るクロードさんとは打って変わって、変わらず嬉しそうな様子のブルーノートさん。
顎髭をジョリジョリさせながら、感慨深げにキャロを見つめている。
キャロもキャロで、自分が人間領で伝説になっていると聞いてすっかり上機嫌だ。
「あのマンドラゴラが、どうしてこんな普通の顔してここに居るんだって話だよ!! もっと驚けよ!」
「お、おおう……? いや、もっと驚けって言われてもなぁ……」
「十分驚いてるよな、俺たち」
「えぇ、これ以上ないくらいに興奮してますよねぇ」
どうもクロードさん的には、マンドラゴラと出逢えたのはもっと壮大な出来事だったみたい。
他の英雄メンバーに比べても反応が段違いだ。
……にしてもあのクロードがねぇ。
最初はあんなにクールなイメージだったのに。
そこまでマンドラゴラに憧れていたのかな?
「あぁ、クロードは小さい頃から好きだったもんなぁ。童話の『精霊姫と八人のマンドラゴラ』がよぉ」
「あぁ、アレなぁ!! 母ちゃんに寝物語で聞かせてもらってたわ!! あの頃が懐かしいぜ!」
「僕も妹によく話しましたよ……いい思い出です」
ブルーノートさんの言った童話のタイトルには、私も聞き覚えがある。
バンズさんもラパティさんも記憶にあるようだ。
何しろこの童話は、人間領では広く知られたお話だしね。
残念ながら私は読み聞かせてもらうような経験は無かったけれど、本は教会で読んだことがある。
『おお、精霊姫もちゃんと出てるんだな。どんな話なのか俺っちにも聞かせてくれや』
「ん? いいぜ、語り聞かせなら得意だからよ!!」
マンドラゴラ本人(?)が興味を示したことで、ブルーノートさんは酒瓶片手にノリノリで話し始めた。
――精霊姫と八人のマンドラゴラ。
それは神聖な土地に住む麗しき精霊の姫が悪の魔王に連れ去られ、それを八人のマンドラゴラたちが協力して魔王城へ奪還しに向かうという涙あり、笑いありの大冒険譚だった。
「いやぁ、ドラゴンの攻撃から仲間を守るために自分が犠牲になるマンドラゴラがカッコ良くてよぉ。竜騎士は俺の憧れだったんだよ」
実際に彼の話す物語は、内容を知っている私でもとても面白かった。
特に臨場感たっぷりに語るドラゴンとの命を賭けた一騎打ちをするシーンは、皆が思わず固唾を飲んでしまうほどだった。
乾いた喉をお酒で潤しながら、思い出に浸る竜騎士。
今はただの酔っ払いにしか見えないけれど、それで本当にドラゴンを討伐しちゃったんだから凄い。
他の三人も、途中まではウンウンと感慨深げに聞いていた……んだけど。
「いや、一番槍を務め上げ続けた剣士が一番カッケェだろう!!」
「はぁ~、分かってませんね。彼らが無事に魔王を討伐できたのは魔法使いのサポートあってこそです」
「……お前ら、あの可憐な精霊姫を忘れるなよ!?」
どのキャラクターが一番好きか?という話になった途端。
それぞれが違うマンドラゴラを推したがゆえに、白熱した議論が始まってしまっていた。
いや、クロードだけは姫が推しみたいだけど。
「こんな感じで男なら誰しもが一度は聞いたことがある話なんだよ、コレは。俺みたいに登場人物に憧れるやつだって多い。だからホンモノのマンドラゴラに会えたとあっちゃ、そりゃあもう大事件なのさ」
「はい……良く分かりました。本当に、すごく」
『キャロキャロキャロ!!』
「キャロは他人事じゃないんだからね……?」
しっかし、私もマンドラゴラを生み出してしまった張本人だけど……うーん。
まさかここまで大事になるとは思わなかったなぁ。
「はぁ、そうですか……じゃあ皆さんの憧れの象徴であるマンドラゴラを具材にした食堂を始めるのは、やっぱり止めておいた方が良いみたいですね……」
取っ組み合いにまで進展してしまった三人を眺めながら、そう判断する私。
あーあ、我ながらこれは良いアイデアだと思ったんだけどな~。
でもさすがに、この村で住む人たちの反感を買ってまでやろうとは思えないものね。
「「「「それは違う」」」」
「え? いや、だってみなさん、憧れだって……」
みんな大好きマンドラゴラさんが食材にされちゃうんですよ??
今だって、あれだけ言い争いをしていたじゃない。
「絶対に食べたい。頼む、後生だから食べさせてくれ」
「あぁ。ここまで聞いておいて食えないとなったら憤死する」
「物語は物語。食事は食事ですので」
「是非、頼む」
四人ともが真顔のままジリ、とにじり寄るようにアピールするので、思わず私はのけ反って引いてしまった。
あぁ、これはマジのやつだ。目が全く笑っていない。
むしろ今すぐにでもキャロを捌いて喰わせろと言いかねない雰囲気だ。
だが流石にキャロをこんな野獣どもに食べさせるわけにはいかない。
「そ、そうですか……実はここに昨日捌いたマンドラゴラがあるので、皆さんにもお裾分けしようかと思っていたのですが……」
「「「「やったぁあああ!!!!」」」」
うん、この様子だったら別にマンドラゴラを使って料理を出すことに問題は無いようね。
余計な心配をする必要は無かったみたい。
『キャロキャロ。俺っちも随分と人気者になっちまったな~!』
「うん、でも受け入れてもらえそうで良かったね」
私とキャロはお互い目が合うと、ニッコリと笑い合った。
よっし、それじゃあ……みんなでマンドラゴラパーティだ!!