2話 日常のおわり
「おーきたきた! ついに来たぞ!」
「よっしゃ、慎重にな…もうちょい緩めた方が…」
「いや、ここは岩場だ! 緩めたら潜られる!」
海の潮風が吹く港。そこに二人の人影があった。
喉かな潮の音ぐらいしか無い自然の空間には電車や車の音も無い。あるはただの男子高校生が二人釣りをしてはしゃいでいる姿だけだった。
「デカい!デカいぞ!!」
「よし…もう少し…もう少しだぞ…」
緊張の瞬間、釣りをする者なら誰でも精神が昂るこの時。暴れていた魚が差し出されたタモに入る。
「……よしよしよし!」
「落とすなよ・・・」
巨体が地面についた瞬間、何時間もの苦労が全て報われたように歓喜する。
「「ヨッシャアアアアアアア!!!」」
本来、釣り場での大声はマナー違反だが大物を釣り上げた者のみがその権利を有する。それを害する者などこの場んは誰もいない。
「デカい!!80以上はあるぞ! こりゃいいシーバスだ!」
「やべぇ、まだ手が震えてやがる…」
「ついにやったな! 高宮!」
「1年もかかっちまったが…やったぜ遠藤!」
そこには青春を友人と謳歌する“普通”の高校生がいた。
ーーーーーーーーーー
そこは日本。先進国と言われる進んだ国。
だがその町には近代文明の影は無い海沿いの町、ある者は人よりも猛獣の方が多い、と冗談のように本当の事を言う。
そんな海沿いを二人の男が歩く。その方には戦利品を担いで・・・。
「このシーバス…スズキはどうやって食べる?」
「そうだな…やっぱり刺身だな」
「スズキの刺身か!? なんかスズキって臭いイメージがあるんだが…」
「そりゃ都市近海に居るようなのはな。でもこの町の海で捕れるスズキは臭みなんて全くないぞ。うちの旅館でもスズキの刺身も出してるし」
「へぇ~。やぱり水が関係するのか…」
高宮が抱えるクーラーボックスに先ほど釣れたスズキが入りきらず尻尾がはみ出ていた。
「それにしてもすっかり高宮もこの町に慣れたなぁ」
「え、そうか?」
「1年前に学校に転校してきた時はビックリしたぜ…なんせ開幕『釣りをしに来ました!!』だもんな」
遠藤と呼ばれる男はゲラゲラと笑う。
「そう笑うなって…」
「まあ確かに? こんな海しかない町には海目的に来る以外無いよな!アハハハ」
「だって海外生活が長くて…それに忙しくて…まともに釣りできなかったし…」
「忙しくて出来なかったって…何してたんだ?」
「それは…知り合いの仕事を手伝何って…」
「ふーん…」
高宮に疑惑の目が向けられる。そもそもこの高宮という男はこの町に突然現れた。親も居らず親戚も居ない。そんな怪しい人間は田舎では直ぐに知れ渡る。過去の事も全て『海外で知り合いの手伝いをしていた』ただそれだけしか言わないのだった。
普通ならそんな怪しすぎる人物には誰も近づかない。ハズなのだがーー
「良いさ、言いたくなったら本当の事を言ってくれよ」
「聞かないのか?」
「爺ちゃんや親父が言ってた。『釣り好きに悪い奴は居ない』ってな」
高宮の歩行が止まる。彼は自分の事を彼らには、この町の人間には何も言っていなかった。何をしていたのか、どこから来たのか、生まれは、親は、親戚は…。何一つ彼らは聞かなかった。きっと自分に遠慮しているのだとそう思っていた、いや思おうとしていたのだ。
でも彼らは納得していた。『こいつは信用できる』。その一言で彼はこの町に居る事を許されていたのだ。
「ありがとよ…遠藤」
「気にすんな。高宮」
それ以上言葉はいらなかった。たった一年だが二人が積み上げた物はちゃんとした友情だった。
「お~~~い!!」
「ん? あれは…」
後方から何者かが自転車に乗って近づく。その姿がはっきりすると遠藤が声を上げる。
「げぇ…優衣かよ…」
優衣と呼ばれたその少女は二人横に自転車を付ける。
「聞こえてるわよ…アホ兄貴」
「なんだよ…これから俺らは高宮の家に行って|夕飯<<メシ>>にするからお前はさっさと家に帰って――」
「あ~~~!!! 高宮さん!それスズキですよね!!」
「兄貴の話し聞けよ」
優衣は高宮が持っているクーラーボックスからはみ出ているスズキの尾を指さす。まぁ彼女も遠藤の家が経営している旅館の手伝いをしているのだから尾を見れば大体の魚種の見分けがつく。
「そうだよ。遠藤と釣りに行って釣ったんだ」
「凄い!! 高宮さんが釣ったんですね!! おめでとうございます!!」
「あ、ありがとう…」
優衣はぐいぐいと高宮との距離を近づける。スズキの事をほめている…はずだがその視線は高宮のみ向けられていた。
「おい~、俺も居るぞ~、優衣~」
「アホ兄貴…さっさと家に帰ったら? 高宮さん! 捌くのお手伝いしますよ!!」
「えっと…ありがたいけど、これから遠藤と俺の部屋に行くから…スズキと言っても1匹だし。男二人いれば十分かな」
「えっ、兄貴と部屋に行くんですか!?」
「優衣ぃ~…お兄ちゃんがさっき言ったぞ~~」
完全に存在しないように扱われている遠藤兄を見ていると高宮も可愛そうに思えてくる。とりあえず道程はまだあるので歩みを再開させた。が、自転車に乗っていたはずの優衣は脚を地につけ速度を二人と合わせていた。
「そういえば優衣ちゃんは何をしてたの?」
高宮達は住居がある場所から少し離れた漁港にて釣りをしていたがその更に向こう側から優衣はやって来たのだ。本日は日曜日、学校も無い。となれば用事でもなければ外には出てないだろう。
「うちの配達を終えて帰るとこだったんです。本当ならどこかの男がやるべき仕事なんですけど」
含ませた、棘のある口調で彼女は実の兄を攻撃する。
「はぁ? 俺は釣りに行くって言ってたろ!? それに今週はお前の当番だろ?」
「確かに今週は私の当番。けどね……」
優衣は兄にだけ聞こえるように胸倉を掴んで耳元で放つ。
「高宮さんと行くだなんて聞いてないんだけど?」
「……あれぇ? 言ってなかったっけ??」
「妹の思い人と遊ぶ兄ねぇ…」
「……すまん」
そんな二人のやり取りを高宮はただ見ているだけだった。
「ちぇ…知ってたら私も行ったんだけどな~」
「なら今度優衣ちゃんも釣りに行く?」
「えっ!!! いいんですか!!」
良かれと思って提案したが想像以上に優衣は食い付いて来た。だがその後ろで大きく×を作る兄。男友達と過ごす時間は確かに楽しい時間だが仲間外れは少しかわいそうだろう。しかし行ってしまった提案を『やっぱり無し』とは言えない。
「あ…えっと…」
「約束ですよ!! 今度絶対に行きますからね!!」
「……はい」
恋する女の子のパワーには何人も勝つことはできない。兄はただ肩を落とすだけだった。
十分程歩いたとこで海と森意外に住宅が見え始めようやく人の気配がちらほらと見え始めていた。時刻は夕方、この時間で歩いている人は帰路につく者ぐらいだろう。三人は順調にその道を進んでゆく。
「それじゃここらへんで」
「そうだな。俺らは高宮の家に行くから―ー」
互いに別の道を行こうとしたが――
「どうせなら高宮さん、ウチで夕ご飯食べていきませんか?」
「「……へ?」」
突如、優衣の口から想像してなかった提案が出される。
「実は今日の予約がキャンセルになりまして、お客さんは誰も居ないんですよ。せっかくスズキもある事ですし。二人じゃ食べきれないでしょ?」
「えっと…確かに残りは保存しようと思ってたけど…」
「余ってる部屋なら好きに使ってくれていいですし! お父さんとお爺ちゃんも高宮さんに会ってみたいって!」
「あ~~、確かにおやじと爺ちゃん言ってたな…」
出された提案は魅力的な物である。高宮家の旅館は最近リフォームしたため建物全体がきれいなのだ。遠方からわざわざ泊まりに来るお客さんだっているらしい。
「でもいきなりお邪魔するのは…」
「うちは旅館ですよ? いきなりのお客様にだって対応できます♪」
ちらりと兄に視線を移すが彼は既に妹の提案に異を唱えるつもりは無いようでただ面白そうに流れを見守るだけである。
「ダメですか…?」
目をウルウルさせながらの上目遣い。ワザとなのか、それとも天然か。だがその威力は男にとって絶大である。
「……ならお邪魔させていただこうかな」
「本当ですか!! やった!!」
優衣は小さくガッツポーズをとる。
「高宮、今夜は寝かせねぇぜ」
既に事態を受け入れた兄は高宮の方に手を置き、歯をキラつけさせながら決め顔をしていた。
「おい、なんでアホ兄貴がそれを言う」
「いいじゃん!! 同い年の友達と徹夜で騒いでみたかったんだよ…」
「……私も混ぜてくれるならいいです」
既に高宮の許可も無しに夜の予定が次々と決まってゆく。
彼らにとってこんな田舎に年の近い友人が異性が居る事自体なかなかできない体験なのだ。小、中と全く変わらないメンツでの学園生活。そんななか突然やって来た高宮という存在は夢にまでみた“青春”そのものであった。
(まぁたまにはこういうのも悪くないかな)
高宮もまた初めての体験となる青春を噛みしめる。
(悪くない…悪くない時間だ…)
だがそんな日常は簡単に崩れ去るのだ。
「なぁ高宮…あれ見て見ろよ」
「ん?」
遠藤が指さした方向を見るとが自分達よりもいくつか年上の男達が集団で立っていた。多少距離があるがその者達は高宮が一年この町に住んでいて見たことが無い男達だった。
駅前の広場に堂々と駐車された大型バイクが複数。そのどれも既存の姿はしていなく明らかに改造の後が随所にみられる。バスの往来が少ないとはいえバス停に堂々と駐車しているのを見ると態度の悪さがにじみ出ていた。
「あれは…旅行客か?」
「いや…あれは隣町の奴らだな。あいつらバイクに乗って偶にこっちに来るんだよ…。いやそうじゃなくてそいつらの中心だよ」
「中心?」
言われたように男達の中心に視線を向ける。するとちらりと長い黒髪が見えた。
「あいつら…女性を囲んでるのか?」
その時、ちょうど視線上にいた男が横にずれることで中心の女性が確認できた。
長い黒髪を海風でなびかせたその女性は制服を着こんでいる。だが注目するのはそこではない。男ならば誰もが目を引かれるであろうそのプロポーション、横顔だけだが凛々しさと優雅さを彷彿とさせた。都会の中でしか、いや都会ですら滅多に見られない美人がそこにはいた。
しかしその美しさに息をのんでいる暇はない。
「なぁ遠藤、あいつら…ナンパが失敗したら素直に引き下がる奴らか?」
「多分だが…それは無いともう」
「だよな…」
彼女を囲んでいる男達は明らかに悪意を持っている事は誰にも理解できた。
「ここは警察に…」
「ここは田舎だ。来ても警官一人か二人だ…しかもあいつら全員で10人以上いるだろ…」
「まずいな…」
とりあえず最悪な状況だけは避けなければならない。
「とりあえず優衣ちゃんは先に行ってて…。俺らは――優衣ちゃん?」
「………」
この場から立ち去るという助言を聞いても優衣は反論することなく、従う訳でもなくただ彼女を睨み付けている。
(まさか優衣ちゃん…“聞いている”のか…?)
「~~~~~」
「~~~~!!~~~~!!!」
なにやら向こう側では話し合いがこじれ始めたようで男共が声を荒げ始めた。
「ちっ、遠藤。優衣ちゃんに付いていてやってくれ! 俺が行ってくる!」
「まて高宮!! あれ――」
ほんの一瞬だった。
一人の男が彼女を掴もうと腕を伸ばした瞬間、その体は数メートル上空に跳ね飛ばされていた。
ありえない光景に誰もが共通の単語を放つ。
「「「ESPだ!!」」」
女を抑え込むべく次々と襲い掛かるがまるでボールのように跳ね飛ばされる男共。常人には理解できない超常現象が目の前で実際に行われていた。
「ESPなんて…初めて見た…」
遠藤がそうつぶやく。
だがそんな異常な光景にただ一人冷静に俯瞰している人物が居た。彼は自分の知識の中にあるある単語をつい呟いた。
「インパクト…いや、ショックウェーブか…」