困惑の混浴と全裸事件 - ユークリッド
「本当にいいのか?」
「良いと言いました。二言はないです」
脱衣所の入口まで来てから、お義父様が確認するようにもう一度聞いてきます。
相手はつい先程、初めて知り合ったばかりの異性です――
父親です――
でも義理です――
完全な赤の他人です――
それなのに私はお義父様と一緒に脱衣所に立っています。
申し訳ないことに、先程はお義父様が力尽くで迫ってくるのではと一瞬でも疑ってしまいました。そんな懺悔の気持ちが強くて、つい首肯してしまいましたが――
やはり同情などせずに、一人でさっさと入れば良かったでしょうか。
今更後悔しても遅いですけど……。
とりあえず2人で入浴しているところを他の人に見られたくないので、着替えだけ準備してもらって、あとは使用人達の入所を禁止してもらいました。
これもよく考えると、自分からお義父様と2人きりになろうとしているのと同義です。
早まったでしょうか……。
ウンウン悩んでいる私を余所に、お義父様がさっさと脱衣所に入っていきます。
その後ろを少し腰が引けながら、渋々ついていきます。
脱衣所は入って中央は大きく開けており、左右に衣服などを載せる棚が分かれて立っています。
さすがに目の前で衣服を脱いでいくのは抵抗があるので、脱衣所の端と端に分かれてもらいました。
それを伝えてもお義父様はとくに不満は示しません。
何でしたら、終始満面の笑みですね。
若い女の子と一緒にお風呂には入れるのだから機嫌が良いのは当然なのかもしれないですけど………分かっていると思いますが、娘ですからね。私は。
お義父様に背中の向けながら、ミーシャに着させてもらった服を1枚1枚脱いでいきます。
……。
……。
………あれ?何故でしょう、あとは下着だけという所まであっという間に脱いでしまいましたが……あまり抵抗感を感じません。
ちょっとぐらい『嫌だ』とか『泣きたくなる』とか思うものかと思いましたが、案外すっと脱げました。
紅い血だった頃から男性の前で裸になるのに抵抗がなかったとか?
でも母様の話では、売春みたいな事はする寸前だったけど、経験は全く無かったみたいですし……。
も、もしかして私……もともと尻の軽い性格の女だったのでしょうか?
……。
……違うか。自分で言うのも何ですけど、そういう性格じゃないですね。私は。
もちろん恥ずかしいという気持ちはとても感じているし、自分の細い身体がいつになく心細く感じもしますが………我慢できないほどではありません。何故?
諦めの心境なのでしょうか?
相手が領主という権力者だから?
体格が圧倒的に劣っているから?
どちらもちょっとは影響してるけど、それだけが原因ではない気がします。
そんな考え事をしている間に無意識に下着まで脱いでいました…………やっぱり抵抗感が薄すぎる気がしますね。
どうしたんでしょうか、私は……。
ふと、お義父様を振り返ると、向こうは準備が既に済んでこちらを待っていたのか、真っ白なタオルを両手にこちらを見ていました。
あ……。
み…見られてしまいました!?
……。
………そして、ちょ ちょっとだけ見てしまいました。
慌てて背中を向けて身体を隠します。
せめてお義父様が持っていたようなタオルはないでしょうか………み、見当たらないです。
「ユークリッド、お前のタオルも準備したぞ」
そう言ってお義父様が近づいてくる気配がします。
え、えええっ!?
こ こっちに近づいてる!?
頭の中が混乱中――パニック状態で――うん、パニックです。
裸だからでしょうか、心臓の振動が胸の前で組んでる腕に感じられるぐらい強いです。飛び出しそうです。心音がお義父様にも聞こえてしまうのではないかと思うぐらいに五月蠅いです。
そうこうしているうちにお義父様が私の真後ろまで近づいてきたのが肌で感じます。
そして腕が伸び―――私の肩越しにタオルを渡してくれます。
「ほら。タオルだ。これを使え」
「……あ、ありがとうございます」
「うむ」
私はそれを受け取って、それを抱きしめるように前を隠しました。
あまり大きなタオルではないのでとても心許ないですが、それでも少し隠せただけでも安心感があります。
お義父様はそれ以上はとくに何もしてきません……。
もちろんされても困りますけど……。
「……」
「……」
「……い、いきます」
「ああ、入るとしよう」
脱衣所にずっといるのもおかしいので、私が先立って浴室に向かいます。
一緒に入浴は許したけど、やはり裸を異性に見られるのは恥ずかしいので、何となく背中だけしか見えないように前を歩きます。幸い、私の髪は解くと腰ぐらいまであるので、長身のお義父様から見れば背中どころかお尻も髪に隠れてハッキリとは見えないでしょう。
さらに、浴場はいつもお湯をたたえてくれているようで、すでに湯気が十分に漂っており、それが身体を多少は隠してくれた事に少しホッとしました。
「ユークリッド。折角だ、オレが身体を洗ってやろう」
お義父様が私に声をかけてきました。
肩越しにチラッと後ろを伺うととても良い笑顔を浮かべています。
う~ん……子犬を連想するような笑みです。相変わらず下心は感じられない笑顔なのが、逆に困りますねぇ……。
「背中だけでしたら………さすがに全身は恥ずかしいので」
「うむ!背中は手が届かないだろうからな。任せろ!」
そしてとてもポジティブです。
良い事だとは思いますけど。
いつも使っている木柱の腰掛けに座ります。お義父様も何処からか同じような木柱を持ってきて後ろに座りました。
身体の大きなお義父様が後ろに居ると、自分が何も身に纏っていない全裸という事もあって、圧を凄く感じます。
私は髪を纏めて、首元から前に垂らすように持ってきます。
これで背中が見えるようになったと思います。
ただしお尻の上半分も、お義父様から見えてしまっているでしょうが……もう諦めました。
「それではお義父様。よろしくお願いします」
「うむ!」
泡立てたタオルが背中に当たります。
うっ………う、うひゃぁぁーーー!さ、触られていますっ!?タオル越しですけど!触られていますよぉ!!
タオル越しでもお義父様のとても大きな両手を強く感じます。両手だけで私の背中をすっぽり覆い隠せてしまいそうです。
そしてタオルが私の背中を縦にゆっくり2往復ほどして―――止まりました。
「ユークリッド」
「は はい?」
「お前の背中はビックリするほど狭いな」
「お義父様の手が大きすぎるのでは?」
「それにとても白いな。全然汚れていない。綺麗なものだ」
「それは………ありがとうございます」
「……う~む………しかし背中だけでは物足りないな」
「お義父様、前はさすがに駄目ですよ」
「う、うむ……」
何でしょうか。後ろに目はもちろんついてないですけど、お義父様の落ち込む顔が直に見たかの如く、まざまざと脳裏に浮かびました。
………あぁーもう……しかたないですね。私も大概甘いです。
「……それよりもお義父様、逆向きに座り直してください」
「ん?」
「今度は私が背中を洗って差し上げます。でも前の方はご自分でお願いしますね」
背中越しで顔を見ていないけど、今度はお義父様の表情が落胆から歓喜へ、百面相のように変わっているのが容易に想像できますね。
振り返るとお義父様は言う通りに背中を向けて待っています。
タオルを受け取り、泡立て直してお義父様の背中を洗います。
ゴシゴシ――ゴシゴシ――
ゴシゴシ――ゴシゴシ――
ゴシゴシ――ゴシゴシ――
お、おおきい……。
「お義父様の背中は、逆に、私には、大きすぎ、ます」
「……」
ゴシゴシ――ゴシゴシ――
ゴシゴシ――
「……」
「お義父様?」
反応の無さを訝しく思って、ちょっとお義父様の顔を伺います。
これは……何でしょうか……歓喜に打ち震えているかのような満面の笑みを浮かべていますね。
「ユークリッドが…娘が背中を洗ってくれるなんて……オレは何て幸せなんだろうなぁ~………こんな幸せな父親は他にいないぞ!」
「ええ、そうですね。そもそも年頃の娘が一緒にお風呂に入ってくれる事なんてそうそう無いと思いますよ」
とりあえず喜んではくれているようなので、背中を洗うのを再開します。
「そうだよなぁ………何で一緒に入ってくれたんだ?」
ゴシゴシ――ゴシゴシ――
「……お義父様がそれを言いますか?そもそもお義父様が入ろうと誘われたのでしょ?」
「そうだけど、嫌じゃなかったか?」
さすがにお義父様の事を大誤解してしまったから、そのお詫び――ではいたたまれないですね。
「……ご心配なく。恥ずかしい気持ちはたくさんありますが、不思議と嫌とは思っておりません。本当に嫌ならば死んでも断ります」
「そうだよな。ユークリッドは可愛い顔して結構ハッキリと言い切るもんな」
内心ドキッとしますが、褒め言葉として聞き流しておきましょう。
お義父様が私の背中を洗ってくれた時の10倍ぐらいの時間をかけて、背中をようやく洗い終えました。
はい、お仕舞いです。
ナイトウォーカー種はランクに関わらず暑さ寒さに強いらしいですが、さすがにちょっとだけ身体が冷えてきました。私は髪を洗うのを後回しにして髪を頭の上で軽く纏めると早々に湯に浸かりました。
お義父様は背中以外の部分も洗って、少し遅れて入ってきます。
お義父様が私の右隣に浸かると、湯が大量に押しのけられて、その勢いで私の小さな身体は浮かんで流されそうになりました。
全裸で隣り合うのはかなり緊張します。
嫌ではないですけど、心臓に悪いのでもう少し離れて欲しいです。
しかしお義父様の方はそんな事は全く気にしていない様子で、顔を天井に向けて大きく深呼吸をしています。
「ふぅ~……やはり稽古の後の湯は気持ちいいなぁ~」
「…………ぷっ、お義父様、お年寄りみたいですよ」
「しょうがないさ。もう48だからな」
48歳ですか!?
見た目は20代半ばぐらいに見えますが、ナイトウォーカーはランクによって差はあるものの総じてとても長命らしいので、見た目の老化は遅いのでしょうか。
そう考えると、逆にナイトウォーカーとしてはまだまだ若い方なのでは?
「ユークリッドは13歳だろ?オレはその4倍近く長く生きているのだから年寄りだ」
なるほど。そう言われると大分年上に感じます。しかし――
「……私は13歳だったのですか?知りませんでした」
「ん?お前の噂の産みの母親に聞いたのだ。間違いないだろう」
いつの間に母様から聞き出していたのでしょうか。
「娘の事は少しでも色々と知っておきたかったからな。事前に話を聞いておいたのだ。お前の好きな色が白というのも、紅い血の頃から変わっていなくて安心した」
あ~それでですか。あの鎧の色が、私の好みと合っていたのは。
「あの紅い血の女も始めは大層怯えていたが、理由を話したら快く色々と教えてくれたぞ。しかも最期にはオレに向かってユークリッドを幸せにしてやって欲しいと要求してきおったからな。紅い血の者から面と向かってあんなに鬼気迫る程の形相で迫られたのは始めてだ。
ユークリッドの怖い物知らずな所は間違いなくあの女に似たのだろうな」
「………」
「どうしたユークリッド。大人しいな」
「……別に何でもありません」
母親の話をされるとなんだか聞いていてこそばゆいです。しかも今の私は嬉しくておそらくニヤニヤ笑っています。
あまり見られたくない顔なので、話題を変えましょう。
「お義父様、『母親』で思い出しました。1つ聞いておきたいことがあるのですが」
「ん、なんだ?」
「妃候補が居ると言っていましたが、彼女はこのクラウサに住んでいるのですか?」
「ああ、そうだ。街の方で神殿の長、神殿長を務めている」
クラウサ領では街と呼べる規模のモノは、この屋敷の周りに広がる、領主館のお膝元、クラウサの街しかないらしいので、神殿も結構近所にあるのでしょうか。
「それでしたら、近いうち一度会ってみたいです。義理とはいえ、将来、お義父様と結婚されれば私の母親になる方ですよね。親睦を深めておきたいです」
「うむうむ。大変良い心がけだ。そして心配するな。近いうちに会えるだろう」
「近いうち?何かご予定でも?」
「ああ。さっき話したようにオレは魔法があまり得意じゃない。だから今日教えた魔法に関する事がオレの教えられるほぼ全部だ。だからこれ以降、新しい魔法や魔法の使い方など基礎についてはその妃候補に見てもらう事になっているのだ。
何せ、あいつは魔法の腕前は一級品だからな。王都で怠惰を貪っている神官共よりもよほど実力は上だ。それにユークリッドとも年が近い。とても貴重な若い蒼い血の娘だ。お前の言うように仲良くしてやってくれ。
オレは剣術や体術を教える方に専念する」
「分かりました。ちなみに妃候補はどんな方ですか?」
「ん~……名前はグラヴィス・リ・ヴィリ。ヴィリ家は元々クラウサ家に仕える家柄だったが、10年ほど前に当主と婦人が共に亡くなってな。グラヴィスが成人するまでクラウサ家が庇護することになっていた。
今は闇の女神テネブリスのクラウサ神殿で巫女と神殿長を務めている。
歳は16。
防御魔法などの効果を向上させる『保護』の加護を持ち、王都の大学院を飛び級で卒業した補助系魔法のエキスパートだ。去年まではその大学院に通っていたが、卒業後に生まれ故郷のクラウサに戻ってきたので長らく空席だった神殿長を任せている」
「性格的なものはどうでしょうか?」
「性格か?まあ、基本的には穏やかだな。それに普段から神殿の方で紅い血の領民達と交流している所為か、他の貴族種に比べれば、紅い血の者達に対しては態度が大らかだと思う。
あとは子供が好きそうだな。神殿で紅い血の子供達の為にわざわざ読み書き教室を開いているとか言っていた。
このあたりはユークリッドも気にしているところだろ?」
凄いです。最高です。ほぼパーフェクトな性格じゃないですか。
確かに母様との関係を危惧していましたが―――これなら心配なさそうな気がします。
「ただし運動はあまり得意では……いや、かなり苦手だな。散歩するのは好きだが、身体を動かすセンスが無いとか自分で言っていたな。だから戦闘技術はからっきしだ。
肌も色白だ。まあ、ユークリッドほどには白くないが。
それとユークリッドと同じくらいに髪は長いが色は淡い銀だ。
あとはユークリッドより胸は少し大きい」
違和感なく、清々しいほどに、普通に、私の方を見ながらサラッと言い切りました。
油断していました……さすがにちょっと胸を隠します。
「……お義父様、そういう事を娘に言うのはあまりしない方が良いです。嫌われますよ」
慌てて謝罪を口にするお義父様。
…ご心配なく。大丈夫ですよ。
ここまで話をしてみて、お義父様にあまりデリカシーが無いのは何となく分かってきましたから怒ってはないです。そもそも、その事に私から指摘されて気がつくくらいの方だから裸で傍に居ても危機感を感じないのかもしれないでしょうけど。
だとすると、良い意味でデリカシーが無いと言えるのでしょうか?
いえいえ、お義父様も王都に行かれることがあるらしいので、貴族と言えば、社交の場みたいなものにも出ることもあるでしょう。もしそのような集まりで、他の領の女性に対してこの調子で話をしていてはさすがに色々危険なのでは?
………ちょっと心配になってきましたね。次に王都に行くときは可能なら同行しましょうか。
「……ユークリッド」
「はい?」
「オレはお前の事を本当の娘のように大事にするつもりだ」
「え……えっと…………ありがとうございます」
突然そんな事を言い出すから、何て返事すれば良いのか咄嗟に思いつきませんでした。
それはそうとあまりこっちを見ないでください。
「だから、お前の事をもっと色々と何でも知りたいんだ」
「…………それって?」
「お風呂は好きだとか、運動するのは好きだとか、旅行に行くのが好きだとか」
「……ああ、そういうことですか」
紛らわしいですね。
「……そうですね。お風呂は好きだと思います。身体がポカポカしてきて、ちょっと眠くなるぐらいの状態が心地良いですね。
そう言う意味だと、寝ることも好きです。身体が埋もれるぐらいの羽毛布団に、身体を沈めて寝ると、雲の上にいるみたいな気持ちになれてとても好きです。安心できます」
「そうかそうか!ではもっと良い羽毛布団を用意させよう」
「お義父様。今ので十分柔らかくて気持ちいいですよ」
「そ、そうか……」
何かプレゼントでもして気を引きたいのでしょうか?あからさまにガッカリしています。
……しかたないですね。
「それよりも、私はお義父様の事が知りたいです」
「なにっ!?」
食い付きすぎ……。
「これから一緒に生活をしていくのです。私の事だけではなく、お互いに互いの事を知っていた方が良くないですか?」
「ああ!全くその通りだ。さぁ何でも聞いてくれ!」
機嫌が直りました。あーだからって、でもあまりこっちを向かないでくださいね。
「それじゃあ……お義父様はいつから領主を務められているのですか?」
「それは……18年前になるな。オレが30歳の時だ。それまではオレの親父が領主を務めていた。みんなが先代と言ったら、大体は親父のことだ」
「親父さん……という事は、私のおじい様になりますね。今は何処に居るのですか?クラウサには居ませんよね?」
「………遠い、とても遠いところだ」
あ……軽々しく聞く話題じゃなかったのでしょうか。
とても長命なナイトウォーカー種の領主が代替わりするとしたら、亡くなられたか、隠居されたか……丈夫なナイトウォーカー種で病気はまずあり得ないでしょうし、毒物にも高い耐性があるようですし、クラウサにいないとなると―――そう言う事ですよね。
「では、おばあ様は?」
「……母上も遠いところに行かれた」
しまったー!
続けざまに軽々しく踏んではいけないところを踏んでしまったかもしれません。
「他に聞きたい事はあるか?」
「あ、え……えっと………で、では、お義父様の好きなものは何ですか?」
「ユークリッドだ」
「………間違えました」
「間違えてないよ!?」
「いえ…質問したい内容を間違えました」
「ああ、そういうことか」
「では………最近、一番嬉しかった事は何ですか?」
「娘と入浴している今。まさに今だな」
「………最近、驚いた事はありますか?」
「ユークリッドだな。魔法の飲み込みの速さには驚嘆した」
「………最近……綺麗だなって思った事はありますか?」
「ユークリッドだ。顔も愛らしいが、その肌の陶磁器を思わせるようななめらかさと白さ、見ていてこちらの眼がどうにかなるのではないかと驚愕した」
「っっ!!!」
あぁぁーもう!私はもう我慢できずに顔を押さえます。
最期のは返答を少し予想して意図的に質問しましたが………予想通りの回答が返ってきたのに悶えてしまいました。
そんな回答に少し期待していて、予想通りだったので喜んでいる自分がいます。
何しているのですか……私は。
「………あのお義父様。私の事以外で何かありませんか?」
「ん?ユークリッドの事以外でか?」
何やら本気で悩み出しました。
そんなに出てこないですか?私が来るまで何をされてなんでしょうか……。
「……あ~。2ヶ月ほど前に豊穣を祈る祭が神殿で執り行われて、オレも招待されたのだが、その時に取り仕切っていたグラヴィスは凜々しくて、装いもいつもとは違った祭祀向けの服を身につけていて大変綺麗だと思ったな」
お?おぉぉぉー!
噂の妃候補さんの事ですか!?
「いいですね!いいですよ!お義父様もやればできるではないですか!そういうのです。私が求めていたのは」
「お、おう」
「私の事は適当で良いので、妃候補様の事をもっと大事にしてください」
「何を言っている?ユークリッドもグラヴィスも、2人とも同じぐらい大事にするに決まっているだろ?」
「んん!!!」
な、なななな、何なんですかっ!?
この人は一体。わざと私をドキドキさせるような事を言ってるのですか?それとも天然ですか!?
たぶん顔真っ赤になっています。でも入浴中なのでバレないでしょう。
動悸が激しいです。湯面を眺めて落ち着きましょう。
ちょっと大人しくしていると、また隣から視線を感じます。懲りずにまた私を見ているのでしょうか。
私は身体を硬くして身構えますが、どうも視線は私の身体と言うよりは横顔をジッと向けられているようです。
「……お義父様、あまり凝視しないでくれませんか?」
「あ、す すまん……ジロジロ見られたら、そりゃ嫌だよな」
横目で覗うと、お義父様はシュンと肩を落としています。大きな身体が小さく見えてしまいます。
本当に子犬みたいですね………何だか私の方が悪いことをしているみたいです。そんな事を無いのですけど。
「いえ……恥ずかしいだけで、嫌というわけでは――」
「久しぶりだから少しはしゃぎ過ぎたのかもしれないな」
「――ん?」
久しぶり?変な表現ですね。数日前に初めて会って以来という事でしょうか?
「……いかんな」
「はい?」
「思い返せば、今夜はオレばかりが浮かれて、ユークリッドを大分振り回してしまった気がする」
あ、ようやく気がついてくれましたか?
早めに気がついてくれたので良かったです。これからもこのペースで行かれると大変ですから。
「すまなかったな。ユークリッド」
「いえいえ、気づいてもらえたなら良いです。明日からは――」
「よし!決めたぞ!」
何をですか?
突然勢いの戻ったお義父様の方を訝しく思って見ると――
ざばっぁぁん!
立ち上がりました。
うやややぁぁぁ!?
み、見えてしまいますよ!?と言うか大事な処が見えていますってば!!!目の前でっ!!!
咄嗟に視線を逸らして顔を手で覆いましたが、手遅れです。文字通り手が遅れです。しっかりと目に焼き付いてしまいました。
うぅぅ………男の人は恥ずかしくないのでしょうか?それともお義父様は見せたがりなのでしょうか?
「ユークリッド。さぁ」
お義父様が良い笑顔で手を差し伸べてきます。
だから、何がですか?
それととりあえず座ってください。目のやり場に困ります。
「詫びに髪を洗ってやろう。まだ洗ってなかったよな?」
あぁ………これは全然、全く、これっぽっちも反省していないですよね?
「……いえ、遠慮します」
「まあ、そう言うな」
お義父様はそう言うや否や、迷いなく私の腋に手を差し入れて、引っ張り上げます。
っ!!?
『ひょい』という効果音が適切なぐらいに、いとも容易く湯から引き上げられて―――湯熱でほんのり紅くなっている全身が、頭の天辺から、凹凸の乏しい胴体から、必死に隠していたデリケートな箇所から、湯に浸かったままのふくらはぎぐらいまで、ほぼ全裸が余す所無く晒されてしまいました。
「ひ……」
「ひ?」
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!???」
……。
……。
……この後のことはあまりよく覚えていないです。
薄らと覚えているのは、
我ながら怪物じみた悲鳴を上げた事と――
教えてもらいたての『フィジカル・コンフィルマ・アルマニ(身体強化・腕)』の魔法で、たっぷり強化した右ビンタをお義父様の頬に叩き込んだ――
ことぐらいまで、でしょうか。
その後どうしたのかについては、悲鳴を聞きつけて様子を見に来てくれたミーシャから伝え聞いた話でしか分かりません。
彼女から聞いた話では、私は結局髪も洗わず、浴場を飛び出して、最低限の着替えだけして、そのまま私室に閉じこもってしまったそうです。
*
そして次の日。
いつものように日が暮れて起床。食堂へ夕食をとりにいきます。
そこでお義父様と会いました。
食堂で会うのは初めてですね。
長いテーブルの一番上座に座っています。そういえば上座の席に案内された事は今まで無かったですね。あそこはお義父様の席のようです。
「あ……ユークリッド。おはよう」
「……おはようございます」
軽く挨拶だけして、お義父様から見て左側のミーシャに引いてもらった席に着きます。
着席を待ってお義父様が口を開きます。
「ユークリッド…」
「はい」
「…その……昨夜は……あれだ、オレの方があまりにも浮かれすぎていたようだ。とても不快な思いをさせてしまった。本当にすまなかった」
小さく頭を下げて謝罪の言葉を口にします。
うん。流石に今度こそは反省している様です。
声だけでなく、完全に意気消沈した姿。これが犬だったら間違いなく耳と尻尾がペタンと垂れているレベルのものですね。
謝罪が無ければどうしようかと、少しだけ不安でした。でもちゃんと反省しているみたいなのでもう怒ってはいません。
それに……半日ぶりに会ったお義父様の左の頬には赤黒く手形が小さく残っていました。
あれは内出血したのでしょうか……魔人の回復力をもってしてもまだ跡が残っています。ちょっとやりすぎだったかもしれません。
勿論!私は全然、全く悪くありませんが………悪くはないですが、一応相手は領主様だし、父親だし…なので謝っておきましょう。
「お義父様」
「な、なんだ?」
「私も昨夜は混乱していたとはいえ、平手打ちするのはやりすぎでした。申し訳ありませんでした」
お義父様も不安だったのでしょう。私の方から話しかけた事に対して、とても安堵の表情を浮かべました。
そして口にしたのが――
「ああ。このビンタの事は全く気にするな。ユークリッドでも動くとちゃんと揺れるのだと感心して見蕩れていたら食らってしまっただけのこと。オレもまだまだ未熟という事だな」
続けて、教えたばかりの強化魔法を早速使いこなすなんて、やはりユークリッドは優秀だ――みたいな事を言っていましたが、碌に耳には入ってきません。
…………えっと、揺れる云々については、何となく何の事を言っているのか分かりますけど。
そういう所ですよ。お義父様。




