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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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反省と新星 2 - ユークリッド

長旅という事はありませんでしたが、それでも数日掛けての馬車移動で少し疲れていたかもしれません。

お義父様から『今夜はもう風呂に入って、休め。詳しい話は明日しよう』と言ってくれたのは、私の体調を察してだったのかもしれません。


入浴ですが、当然のように母様がついてきてくれます。

ちなみにグラヴィスは今夜は教会の方で外せないお努めがあるらしく、渋々私から離れて帰っていきました。


片腕が欠損しているので脱衣に少し手間取りますが、もう慣れたものです。

手伝うと言う母様を先に浴室に入って準備をさせて、私は遅れて入浴します。

「お嬢様?」

母様が浴室に入ってもいつまでもバスタオルを身体に巻いたままの私を見て首を傾げます。そうですよね。いつもは裸で入ってきて、身体を洗ってもらうのですから……これはもう隠し続けるのは無理ですよね。仕方ないです……。

私は羽織っていたタオルを退かします。

露わになった私の裸を見て母様の顔が引き攣りました。

ああ……母様のこの顔を見たくないから隠していたのに……。

左半身は傷1つ無く綺麗です。

そして、大怪我をした右半身も傷は殆どありません。ナイトウォーカー種の蒼い血の回復力は凄まじいです。

ですが、世界敵に食いちぎられた箇所を綺麗になぞるように、脇腹から右胸の中央を通って、右肩の付け根まで、境界線がハッキリ見えるぐらいに左右の肌の色が異なります。

元々肌は白い方ですが、新しく再生した部位の皮膚はさらに青白くなってしまっています。右乳房も綺麗に半分だけ色が違います……房と言う程、膨らんではないですけど。

それに右腕はまだ肘から先が無い状態です。

とりあえず切り口には再生中を示す青い小さな泡が無数に湧いては消えているので、傷口が直に見えないのは幸いです。

私はできるだけ『何でもない』という風を装い、微笑みます。

「大丈夫です。腕が生え治る頃には肌の色も分からなくなるぐらいになると、ハリスハンのお医者さまは言っていました。蒼い血の者を専門で看ているお医者さまなので間違いありません」

「そ…そうですか」

少しだけホッとした表情を見せてから、普段通りの仕事する時の顔になり、髪を洗い始めてくれます。


ごしごし――

ごしごし――

ごしごし――


黙々と髪を洗ってくれます。

……あれ?

うーん……この違和感は何でしょうか?

ちょっと手が止まった時を見計らって、母様の顔を伺ってみます。

いつも通りの顔ですね。

「如何しましたか?」

「いえ……」

「何処か痒いところなどありましたか?」

「えっと……そういうわけではないのですけど……」

母様が表情を変えずに小首を傾げます。

「…もう少し何か………母様に泣かれたりとかするかと、ちょっと身構えていたので……」

「お嬢様が居なくなってからというもの……毎日泣き続けていましたので涙がもう涸れてしまいました」

「ぅ……そ、それは………ごめんなさい」

「いえ…」


ごしごし――

ごしごし――

ごしごし――


……沈黙が重いです。

というよりか、何だかいつもより髪を洗うのが雑というか、力が籠もっていませんか?

「あのぉ…母様…怒っています?」

「別に怒っていません」

その割にはガシガシ頭が洗われます。

「怒っていますよね?」

「怒っていません」


……。

……。

……。


「……嘘です。怒っています」

あ、やっぱり…

「心配かけてごめんなさい」

「……何に怒っているか分かりますか?」

「え?………それは……やっぱり無茶して怪我した事ですか?」


ざぁぁ~……


すぐには答えず、髪を洗い流してくれた母様。手櫛で水分を落としながら、ようやく返事してくれました。

「……私は決して怪我した事について怒っているわけではありません」

『もちろん怪我しない方が良いですけど』と付け足します。

「え?じゃあ……」

どうして怒られているのでしょう?

「怪我をしてしまったのも領民のみんなを守るために頑張ったためだという事は分かります。上に立つ者として大変立派な行いだと思います。一緒に戦った兵士の方々を守るためにも簡単な戦いではなかったのも理解できます………」

背中から聞こえる母様の声が少し上擦ります。

「……でも……それでも…私の家族はユークリッド様、あなたしかいないのです。お願いです……もうすこし、もう少し…だけでいいので……ご自分を大切に、ご自愛下さい。お願いします……」

掠れるような声で何とか言い切った母様は、私の背中に軽く凭れます。

そして私の背中には涸れたと言っていた涙が、ぽとり、ぽとり、と落ちるのでした。


どれぐらい経ったでしょうか――


落ち着いた母様が背中から離れるのを待って、母様の方に向き直ります。

「母様、これからは自分の事もちゃんと大事にします。ごめんなさい」

「い…いえ……使用人の身で大変失礼な事を言いました」

涙を拭きながらも恐縮した声を出します。

「…ふふふ」

「ユークリッド様?」

「そういえば今の母様を見ていて思い出しました。以前、お義父様が母様について言っていたことを」

「ご領主様が?」

「はい。『あんなに鬼気迫る表情で強く迫ってきた紅い血の者など過去にいなかった。ユークリッドの怖いもの知らずなところは間違いなく母親譲りだな』と」

お義父様の声マネをしてみます。

心当たりがある母様の顔が青褪めます。

「あ、あれは……冷静さを欠いていたと言いますか、大変失礼な事をしてしまいました」

「ふふふ……私は母様と似ていると言われて嬉しかったですけどね」

「ユークリッド様…」

少し笑みが浮かんだ母様から髪を纏めるので前を向くように言われます。もちろん従います。

「…お義父様に泣かれたときもキツかったですけど、やはり母様を悲しませてしまう方がとてもつらいです。本当にごめんなさい」

「いえ、もう良いです。

……それよりもご領主様が泣かれたのですか?」

「あ……口止めはされていないけど、おそらくあまり良い顔をしないと思うので、他の人には言わないでください」

母様は『もちろんです』と答えてから、何か続けて言いたそうにしています。

しばらく迷った上で、口を開きます。

「………正直言いますと、ご領主様がユークリッド様を養女にすると言われたときは……心配で心配でなりませんでした。

比べるなど大変不敬ですが…………あの人の事もあったので…」

あの人とはおそらく実の父親の事でしょうね。

確かにあの実父と重ねちゃうのは仕方ないです。

「――なので、あの時は大変失礼な事を言ってしまいましたが……今ではご領主様には大変感謝しております」

「うん。私達がまともな生活をおくれるのはお義父様のおかげですからね」

「もちろんそれもありますが…………ユークリッド様と本当の父娘のように優しく接していただき…大変仲良くもされている。それを見ているだけで私は救われた気持ちになります」

「私達は仲良いですか?」

「ええ。大変良好な信頼関係を築けていると思いますよ。信頼していなければ一緒にご入浴したりしないでしょう」

まあ、最初は逆らえないと思って渋々でしたけど……確かにそうか。本当に嫌なら習慣として続いてはいないですよね。

「でも偶に愛が重すぎる時があります」

「ふふふ…重いぐらいたくさん愛されているのです。良い事ではないですか」

「程度に寄ります」

「ふふふ…それは我が儘というものですよ。ユークリッド様」

ふむ、母様がそう言うのなら我が儘なのかもしれない。でもよかったです。母様は本当に嬉しそうです。

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