反省と新星 1 - ユークリッド
ハリスハン領からクラウサ領に戻るには、南北街道を南下して四方山脈を貫くアカツキ隧道を通る――というルートが通常ですが、先の戦いでアカツキ隧道は馬車がまだ通れないという事もあって、北の間道を馬さんには頑張ってもらって四方山脈を超える事でクラウサ盆地へと入ってきました。
峠を越えて下り始めるとクラウサ盆地の全景が視界に収めることができ、まだ少し遠いですが、盆地内にまとまった街の灯りが見えます。
あそこが領主屋敷のあるクラウサの街です。
やっと戻ってきました……。
*
下りだしてからは思いの外、早く着きました。
下りだから速度が上がったのか――嬉しさのあまり移動時間があっという間に過ぎた気がしたのか――
街に入った当初は人通りも疎らでしたが、クラウサ家の馬車が走っている事が噂になったのでしょうか?見物に人々が集まってきました。
私が小窓から外の様子を伺っていると、それを見つけた通りの人達が地面に伏して礼を示す。ただし子供達は親に倣って伏していても興味が勝るのかチラチラと顔をあげて私の方を見ている。手を振ってあげると嬉しそうに振り返してくれます。可愛いですね。
そうこうしているうちに馬車は通りから離れて、1つの屋敷に入っていきます。領主屋敷です。
馬車を降りるとみんなが出迎えてくれていました。
グラヴィス、ミーシャ、シャリア、ハイカ、ナル、ミカ、ゴンゴス将軍に軍の幹部、事務方の上級役人の方々、そしてお母様。
「ユークリッドっ――」
真っ先に抱きついてきたのは意外にもグラヴィスでした。
少し足下がおぼつかない様子で飛びつくようにして駆け寄ってくると、彼女にしては力強く抱きしめてきます。そのまま一緒に倒れないように少し魔力を使って踏ん張ります。
「…ユークリッド…」
「ご心配おかけしました。でもグラヴィス……とてもひどい顔してますよ?」
「ひどい顔にもなります」
半分冗談、半分心配で言いましたが、グラヴィスは拘束緩めずに呟きました。抱きついているので顔は見えませんが、声は冷たいです。
これは相当に怒ってますね……。
「えっと…………ごめんなさい。もう無茶はしませんから」
「………」
「……グラヴィス?」
「…絶対……ですよ」
「はい。絶対です」
「………なら今回だけは許します」
「ありがとうございます」
「でも…次は許しませんからね。本当ですからね」
「は…はい」
ザザッ!
グラヴィスとの会話が終わるのを見計らっていたかのように、たくさんの人達が駆け寄って来ました。
その先頭には、何か唇を噛んで険しい表情をしたゴンゴス将軍がいます。
ちょっと怖いですね……。
そのゴンゴス将軍はゆっくりと私の前に出てくると、土下座と言うよりも蹲るようにして平頭しだします。
「えぇぇぇ!?」
ザッザッザ。
さらに周囲に立っていた兵士の方々もゴンゴス将軍に習うように、彼の後ろで平頭し始めました。
――と言うか、この人数は三個大隊の全員がいませんか?
「あの…皆さん?」
「姫様」
「はい!」
ゴンゴス将軍の大きくはないけど、力のこもった声にちょっと気圧されてしまいます。
「このたびは姫様に取り返しのつかない大怪我をさせてしまった大失態!命でもって償わさせてください!!」
えぇぇ……自死するほどの事ですか?
私が無理した結果の自業自得な怪我ですから、皆さんが責任を感じる必要は無いと思います。
「将軍、皆さんも私の事で死なれては困ります。それに確かに大きな怪我をしましたけど、時間が経てば完治します。大丈夫です」
私の反論ぐらいは想定済みなのか、何か口にしようとしますが続けます。
「何より将軍は皆さんを指揮して、私が居ない間にしっかりとアカツキ隧道の封鎖を実行したのです。褒められこそすれ、咎めることなどありましょうか」
「しかし命令を従うのは軍人として当然――」
「はい。将軍の仰るとおりです。皆さんは軍人として、私の命令に従い、使命を見事に果たしたのです」
私は途中から欠けている右腕を掲げます。
「この怪我は私が未熟だっただけのことです。将軍の所為でも、況してや兵士の皆さんの所為でもありません」
「し、しかし姫様!?」
「いいえ。反論は許しません。将軍には今回の世界敵との戦いの教訓をこれからの部隊の練成に生かして貰わないといけないです。
そのためにも将軍職を引き続き努めて貰わないといけないです。引責辞任は勿論、自害などもっての他です」
「姫様……」
「そうですよね?お義父様」
土下座する兵士の皆さんの向こうで様子を伺っていたであろうお義父様に話を振ります。私がどう対応するか様子を見ていたみたいです。
「ああ、ユークリッドの言う通りだな。ゴンゴス、そして貴様ら」
お義父様の声に、飛び跳ねるように将軍以下の兵士の方々全員が飛び跳ねるようにお義父様の方に向かって土下座し直します。
何かバッタみたい動きで少し笑えます。笑っちゃ駄目な場面ですけど。
「貴様らの罪は死でも贖えないぐらいの大罪だ。死んだも当然のところをユークリッドの慈悲で救われた命だ。これまで以上に励め。そして、ユークリッドに命をかけて仕えろ」
素直じゃないですね。私が言わなくてもみんな死罪にするつもりなんてなかったでしょうに。
ただ、私に命までかけて使えなくていいですよ……。
「これでこの話は終わりだ。貴様ら下がれ」
「は、はっ!!」
お義父様に追い立てられるように紅い血の方々は退散していきます。
「お義父様」
「……何だ?」
「もう少し優しく言ってあげても良いのではないでしょうか?」
「ふん。死罪を見逃してやったのだ。十分優しいというものだ」
そんなものでしょうか?
それにしても――
「えっと、グラヴィス……そろそろ離してくれないかな?」
実は最初に抱きついてきてから今まで、グラヴィスは私に抱きついたままでした。
流石にもういいかなと思って頼んでみますが、グラヴィスは私に抱きついたまま首をブンブンと振ります。
「ダメです!離したらまた何かするかもしれないです!」
何かって何?危ないことですか?
さらにガッチリと抱きしめてきます。
う~ん……思いの外、グラヴィスに好かれていたみたいです。
ただ、もう1つ少し予想外だったのが――
私が視線を向けると、母様と目線が合います。
母様はミーシャ達のさらに後ろに隠れるように控えていました。目線の合った母様は僅かに微笑み返してくれるだけでした。
今のグラヴィスみたいな反応するかなと予想していたので、ちょっと拍子抜けしました。




