引きこもりと出たがり 5 - ユークリッド
ギルクくんと初めて会話を交わしてから1週間が経ちました。
ギルクくんも思うところがあったようで以前のように部屋に籠もりっきりという事は無くなったようです。
城内を散歩していたり、紅い血の使用人達と会話する姿を見かけるようになりました。
蒼い血の者として正しい行動なのかは分かりませんが、ギルクくん本人の希望の形に近づいてはいると思います。
私のおかげというわけではないとは思いますが、ハリスハン卿からは何だか大変感謝されてしまいました。
*
「ユークリッド様、良かったですね」
主治医のメディアナ様が隣で優しく微笑んでいます。
「身体の回復も順調ですし、クラウサ領への帰還の手続きも滞りなく完了致しましたし、本当に良かったですね」
「はい!」
そうなのです。クラウサ領に戻る目処が立ちました。
ギルクくんと会って以降も領都に部屋を準備してもらい、こちらで療養も兼ねて住まわして貰っていました。その間にもお義父様が手続きを進めてくれていたようです。先日、クラウサ領へ戻ることで話が無事にまとまったとのことでした。
話がまとまって早々にクラウサ側(主にお義父様からだと思いますけど…)から私の帰還要請があったそうです。
と言うわけで、主治医の目から見ても回復してきており、自領に戻って療養する形でも問題ないというお墨付きが出た事で、クラウサ領への帰還が決定しました。
決まってしまえば早いものです。
こちらの帰還希望もあったので、許可が出た次の日――今日、早々に帰還することになりました。準備の良い事で、クラウサからの迎えの馬車も既に到着していました。
私が行動しやすいように日が暮れるのを待って、城内正面玄関には私達と見送ってくれる方々が集まっています。
わざわざ領主であるハリスハン卿が来てくれたのを筆頭に、ハリスハン領の幹部の方々、バルア様、身の回りの面倒を見てくれていたメイドさん達、そしてギルクくんまでもが見送りに来てくれました。
見送りに来て頂いた方々と目礼で挨拶してから、ハリスハン卿の前でお礼を口にします。
「それではハリスハン卿、長い間治療いただきありがとうございました。無事、クラウサに戻ることができます」
「うむ。気をつけて帰れ。何かあれば連絡しろ。ルプサを送ってやる。ルプサは姫の事を神聖視しているところがあるからな。こき使えばよい」
そう言ってから、少し思案顔になったハリスハン卿が一歩前に出て両腕を広げます。
え……これって……
ちょっと変な間が空いて、それでも両腕を下ろさないので、しかたないです。
私も前に出てハリスハン卿と軽く抱擁します。
お義父様以外で男性にこんなにしっかり抱きしめられたのは初めてで少しドキドキしますね。
そんな私の耳元でハリスハン卿の呟きが聞こえてきます。
「……ユークリッド。お前の事は気に入った。それに息子の事もある。大きな貸しが出来たな。社交辞令などではない。本当に何か困った事があれば儂を頼れ。よいな」
「あ…ありがとうございます」
「それとアリガナ・ル・ミリリバンには気をつけろ。あれの女好きは見境と加減が無い。目を付けられれば、姫はもちろん、クラウサにも害をもたらす」
アリガナ様?ル・ミリリバンと言うことはミリリバン卿の事でしょうか。
やはりあの方が好色なのは有名なのでしょうか。
「……それほどなのですか?」
「ああ。しかもただ性欲という理由だけで女の侍らせているわけではないようだ。何か企んでいる事があるらしい」
「企んでいる?」
「詳細まではまだ分からん。しかしいずれにしても注意することだ」
「はい。ご忠告、感謝します」
「うむ」
そう言って身体を離してくれました。
わざわざそれをコッソリ伝えたかったのですか。
お言葉に甘えて、何かあったら頼らせてもらいましょう。個人的には件のミリリバン卿よりは遙かに信頼できそうですし。
ハリスハン卿から離れるのを待っていたかのように、私の元に走り寄ってくる子がいます。ギルクくんです。
「ギルク様」
「お姉さん」
右手を差し出すと彼も察したのか握手をしてくれます。
「短い間でしたが、知らない土地でもギルク様とのお話はとても楽しかったです。ありがとうございます」
「ぼ、僕こそ!お姉さんの話が色々聞けて良かったです……とても勉強になりました」
ちょっと俯き気味で顔を赤くしながらもハニカミながら応えてくれます。
あ~…何だかとても可愛いですね。弟がいたらこんな感じなのでしょうか?頭を撫でてあげたいところですが、流石にそれは子供扱いが過ぎるでしょうか……。
「あ、あの…お姉さん……」
「はい?」
「また会えますか?」
「ええ、勿論です。お隣同士なのですから、これからはもっと交流を盛んにするようにしましょう」
「うん…」
「次はギルク様の事をクラウサ領に招待しますね。是非遊びに来て下さい」
「うん。行く。絶対行く!」
「はい。その時は私の親友の事も紹介させてください」
「あ……(紅い血の女の子の?)」
「(はい、そうです)」
流石に他の人に聞かれるのは不味いと思ったのか小声になりました。なんだか2人で秘密を共有しているようで、ちょっと良いですね。
名残惜しいですが、再開の約束もしたのでこれ以上長居をしても別れづらくなるだけでしょう。
ギルクくんに微笑み返した後で私は再び見送りに集まってくれた方々に深く一礼すると、クラウサ家の紋章である「三日月に山脈」が刻まれた馬車へと乗り込みました。




