引きこもりと出たがり 2 - ユークリッド
数日後。
体力が回復した私は予てからのハリスハン卿のお願いに応える為に、お世話になった野戦病院を後にしました。
私の体調を気遣っていただいて、移動開始は夕暮れを選んでもらっています。
向かった先は領都ハリスハンです。
領都は領内のちょうど中央に位置し、北の間道の北側の入口近くにあった野戦病院からは北西の方向になります。今回の世界敵侵攻を防ぐ最前線であり続けた場所だそうです。激しい攻撃を受けましたが、最後まで陥落する事なく守り抜いたと聞いていました。
それは現地に着いて、よく分かりました。
領都は建物が全て石造りであり、その街の中をいくつもの城壁が年輪の様に何重にも取り囲むように立ち並んでいます。さらに最外周の外には水堀が広がっています。おそらく近くの川と直接つながっているのでしょう。そして、その年輪は中にいくほど少しずつ標高が高くなり、中央は小高い丘ほどの上に、一際大きな―――お城と言って差し支えない建物が立っています。
あれが領主一家の住むお屋敷になるのでしょうか。
木造りで城壁も堀も無いクラウサのそれとは防御力が段違いなのは素人目にも分かりました。
しかし領都に近づくにつれて無傷で守り切れたわけでもない事も分かりました。
堀こそ無傷ですが、堀に掛かる橋はおそらく正式なものではないのでしょう。街の大きさに比べて明らかに質素で頼りない作りの木製の即席橋が掛かっています。
さらに城壁の門は砕けて大部分が取り除かれており、城壁自体も外側のものほど損傷が激しいのが見て取れます。
そして城壁の中にも侵入を許したようです。
城壁に近い家ほど、扉が壊されていたり、通りに面した窓のガラスが割られていたりしているのが確認できます。
かなり激しい防衛戦が行われたのが見て取れます。
多重になっている城壁をいくつか潜っていたのち、馬車が停まります。
外は陽も完全に落ちており、街灯の灯りのみとなっています。私が外に出ても問題ない時間帯になっていました。
「姫様、着いたようです」
主治医兼、知り合いという事で案内人としてメディアナ様も同乗していただいています。今回の領都訪問の間、ずっと傍についてくれるそうです。
護衛についてもらっていた赤い血の兵士の方が外から馬車の扉を開けてくれます。
先にメディアナ様が降りて、私の下車をエスコートしてくれました。
「ユークリッド姫。ご無事でなによりです」
馬車を降りた私を出迎えてくれたのは、とても多くの兵士とその集団の中央に立つ蒼い血の者――バルア様でした。
「バルア様!安否は聞いていましたが、バルア様もご無事なようで良かったです」
「い、いいえ。私など姫様に比べれば大した怪我も無く、全然問題ございません」
嬉しさのあまり駆け寄った私に少し面食らったようですが、すぐに笑みを返してくれます。
無事なのは聞いていましたが、こうやって直にあって無事を確認出来たなら安心できますね。
そんなバルア様の視線が私の肩口あたりに移ります。
「ユークリッド様……その腕は…」
バルア様が自分の事のように、痛そうに顔を顰めています。
本当に色々な人に心配を掛けてしまってますね。私は。
「ご心配なく。しばらくすればまた生えてきますから」
「そ、そうですね。ユークリッド様はとてもお若いから回復も早いのでしょう。そうですよね姉さん」
「ええ。ルプ」
「姉さん?ルプ?」
「ルプとは彼、ルプサ・リ・バルアの愛称です。私と彼は遠縁の親類で、昔から一緒にいることが多かったので……まあ、姉弟のような関係なのです」
「はい。なんというか幼なじみみたいなものです」
「ふ~ん……姉さんと言う事は、メディアナ様の方が年上――」
「姫様。そういう詮索はあまり感心できませんよ」
「あ、あはは…そ、そうですね」
笑顔が笑ってなくて怖いです。
「えっと、そ、それはともかく。姫様。先程のはあまり褒められた行動ではありませんでしたよ」
バルア様が私を見ます。
あれ?何かマズいことをしたでしょうか?
「未婚の若い女性が、先程のように親族ではない男性に駆け寄るなど……変な誤解を招きます」
ん…そんなに近かったでしょうか?
クラウサの家ではあれぐらい日常茶飯事ですけど、一般的には違うのかもしれません。まあ、その可能性は高いですね。何せ周りに居る蒼い血の者はあの義父に、女神のような神殿長だけですから。
「たしかにねぇ~。勘違いする男の人って多くて困るよね。例えば、目の前の男とか」
メディアナ様が面白そうに見る先は―――当然、バルア様です。
……確かにバルア様のお顔が少し赤い気がします。
「なっ…こ、これは違う。そういう事ではなくて」
「何が違うのよ?姫様が綺麗だからドキドキしてるのでしょ?」
「た、確かにユークリッド様は美しいけど………」
あのぉ……私を挟んでそう言う話はできれば控えて貰えませんか。聞いているこちらも少し恥ずかしいです。
「……って、姉さん!そういうことじゃなくて!」
「じゃあどういう事なのよ?」
「…………憧れです」
「憧れ?」
「……ええ」
私が傍に居るととても話しづらそうですが、姉には逆らえないようで渋々口を開きます。
「姫様にはご迷惑かもしれませんが……私には、先日の世界敵を相手に立ち回っていた姫様の姿がとても気高く見えたのです」
「私の姿…ですか?」
「ええ、単騎であれだけの世界敵に囲まれながら、手足剣先に炎を灯しながら糸を引くような剣筋を残しつつ舞うように敵を遇っていくその姿は、まるで物語のようで――」
バルア様が少し遠い目をします。
「なるほどね~……いつもの病気が出たか」
そんなバルア様をみてメディアナ様が少し呆れた感じに納得した声を出します。
「病気……ですか?」
「そうだよ姫様。この子はね――」
「ね、姉さん!?うっ…」
止めに入ろうとするバルア様をメディアナ様が切れ長の瞳による一睨みで黙らせます。
これだけで2人の間の力関係が分かってしまいますね。
「姫様。この子はね、昔から英雄譚が大好物なんですよ」
「英雄譚ですか?」
「はい。建国王の物語――聖女マリアの物語――そして一番のお気に入りが世界敵の大軍を1人で駆逐した名も無き黒騎士の物語――
おそらく姫様と、その名も無き黒騎士の姿を重ねて悦に浸ってるのですよ。この子は」
今挙げられた3つの話とも初めて聞きました。
貴族の間ではよく知られた物語なのでしょうか。
「しかもこの子は物語を自分で書いたりしているのですよ」
「えっ?それはすごいです!」
「ね、姉さん……」
「たぶん、今は姫様を題材にした物語を絶対書いていますよ。間違いないです」
「そうなのですか?」
「………そんな事無いです」
見上げた私の視線から目を逸らしました。
これは間違いなく『そんな事ある』反応ですね。
別に良いですけど、物語が出来たら一番初めに読ませて欲しいものですね。




