父と涙 3 - ユークリッド
お義父様はわざわざ怪我した身体を見る必要は無い。と、何度も渋っていたが私が頑として譲らない事が分かったのか、渋々折れてくれました。
最後に小声で『頑固者』と呟いたのはしっかり聞こえましたよ。言う事を聞かない養女で申し訳ありません。自分のためにもこれから目を背けたくはないのです。
私の怪我の話も一段落して、お義父様も少し落ち着きを取り戻してきたようです。ようやくハリスハン卿としっかり向き合って礼をします。
「ハリスハン卿、娘を救っていただきありがとうございます。言葉では言い表せない……感謝の念に堪えません」
「なぁに。我々は怪我を治療しただけだ。実際に間道の世界敵どもを駆逐したのは姫自身だ。我々は何もしていない」
「それでも治療して貰った事には感謝しています。何かお礼をさせてください」
「ふむ……」
ハリスハン卿が先程からずっと楽しそうに笑みを浮かべながら顎髭を弄っています。
「クラウサ卿はとても面白い者を養女に迎えたようだな。
我がハリスハンに養子に出さんか?どうだ?悪いようにはせんぞ?」
「駄目だっ!!駄目に決まっているだろう!!」
お義父様が他領の領主相手という事も忘れて怒鳴ります。
予想通りの反応ですけど……色々あったので弱気になっていたので、怒鳴って拒否してくれたのは無性に嬉しくて、ホッとして――
顔がニヤけそうになります。
「……お義父様、冗談なのですからそんなに怒鳴らないでください」
でも、思いと反対に『怒鳴るな』と照れ隠しで言う私は、自分でも可愛げが無いと思います。
「ふむ。冗談ではなく、本気なのだがな」
顎髭を擦りながらハリスハン卿が言います。
あ、これは先程の冗談言っていた時の顔じゃないです。本気だったみたいです。
「冗談じゃなければなお悪いわ!!」
更にお義父様の顔が険しくなりました。
しかもハリスハン卿に掴みかかります。当のハリスハン卿は面白いモノを見れたとばかりにニヤニヤしてますが……
でも!領主が余所の領主に襟を掴み上げるなんて絶対駄目なやつですよね!?
「お、お義父様――あっ」
お義父様の裾を掴もうとして、腕を伸ばしますが……掴めず声が漏れてしまいました。
無意識に肩口から先の無い右腕の方を伸ばしてました。
私が慌てて腕を引っ込めますが……
あぁ………領主2人にしっかり見られてました。
ハリスハン卿は変わらずニヤけ顔のままです。
しかしお義父様の怒りに歪んでいた顔は、歪んだままに泣き顔へと変わっていきます。
うぅ……また泣くのですか?
「お、お義父様?」
「くっ……ユークリッド……オレが側に居てやれば、そんな不自由な身体にはさせなかったのに………ぐっ、すまん……すまない……」
そう言って、泣き顔を隠すように私の腰に抱きつくとそのままお腹に顔を埋めて肩を震わせ始めました。
残っている左手でその頭を優しく撫でて上げると、身体をさらに震わせながら、さらに腰を強く抱きしめてきます。まるでもう離すのが怖いと言わんばかりに。
あぁ……何でしょうね。この身体の大きな子供は……。
「お義父様。私は大丈夫ですよ。ちゃんとここにいます。死んだわけではないのですから」
「っ………あのろくでもない陛下が呼び出しさえしなければ…オレがクラウサに居られたのに……」
ちょっ!?そんな事を言って良いのですか!?
慌てて顔を上げると、ハリスハン卿と目が合ってしまいます。
「ふむ………まあ、今の発言は聞かなかったことにしよう」
ふぅ……よかった。
「ありがとうございます。ハリスハン卿」
「ただし。代わりと言っては何だが、姫を介抱した礼も兼ねて、1つ、儂の要望を聞いて欲しいのだが」
「養子には出さんぞ」
ようやくお腹から顔を上げたお義父様が鋭く睨みながら言います。
しかしその手は私の腰に回されたままなので様に成りません。
「それは残念。養子の話も結構本気なのだがな」
「戯けたことを抜かすな。ユークリッドはオレの愛娘だ。誰がなんと言おうと手放したりはせん。仮に養子の相手が魔神王陛下であろうとも即お断りする。仮に天がオレとユークリッドの間を引き裂こうとするのならば、その運命すら打ち砕いてみせる」
すごくカッコイイ事を言っていますけど……その腕は私に腰にしがみついたままです。
「……ユークリッド姫は……存外愛されているな」
言葉を選ぶように感想を言うハリスハン卿。少し引いていませんか?
確かに良く言うなら、そうとしか言えませんよね。
「はい…」
でも、他人にそう言われて改めて思います。
何故、一瞬でもこの人に見放されると思ったのでしょうか。このお義父様が、私の事を見放す姿が想像も出来ないというのに……。
私は何を不安になっていたのでしょうかね。
そして改めて疑問に思ってしまいます―――何故、この人は血の繋がらない私をこれだけ大切にしてくれるのかと。
確かに蒼い血の者は希少だというのはわかりますが、それにしてもです。
……やはり亡くなった実の娘の代わりなのでしょうか?
まあ…仮にそうだとしても私は構いません。私が不満を言える立場ではありませんから。
「それで?」
「ん?」
「その要望とやらをさっさと言え」
お義父様……とてもお礼をする側の言葉ではないですよ。それは。
「ふむ……」
ハリスハン卿が少し困った表情を浮かべて言葉を濁します。今度は悪戯心とかではなく、本当に言葉を選ぶというか、躊躇している感じがします。
「正直、情けない話なのだが……ユークリッド姫本人に一肌脱いで貰いたいのだ」
え?私が?
「ハリスハン卿……ユークリッドが一肌脱ぐとは一体どういうことだ!!」
ちょ、ちょっとお義父様!言い回しですよ!言葉の言い回しです!!
身体から殺気のようなものが立ち上り始めていますよ!本当に脱がすわけじゃないのだから、落ち着いてください。
「まったく……娘への愛情が深すぎるな。落ち着けクラウサ卿。夜伽しろとかそういう話ではないから」
ハリスハン卿はお義父様からの殺気を気に留めた様子も無く、ちょっと呆れた感じで手を振って邪念を否定します。
「何より儂はお子様には興味は無い。姫がもう10年いや15年、年齢を重ねたのならば相手をしてやろう」
また悪い笑みが漏れていますよ、ハリスハン卿。
そしてお義父様も殺気が漏れているので少しは我慢してください。相手は揶揄っているだけです。
「そうではなくてな、ユークリッド姫、お前にはウチの息子の相手をして欲しい」
「相手とは~……あー!遊び相手とかそういう事でしょうか?」
お義父様の殺気が更に増してきたので、変な誤解に発展する前に私が釘を刺します。
愛が深いのはご自分でも言われたのですから、これ以上お義父様を揶揄わないでください。
しかしハリスハン卿は意外にもバツの悪い表情を浮かべています。余裕がないとも言えます。もしかして揶揄うつもりは無くて、どうやら無意識に言っているようです。
「まあ、遊び相手と言えなくもないのだが……」
「?」
「……息子が部屋から出たがらないのだ」




