父と涙 2 - ユークリッド
そうして、件のお医者さまが来るまでの間にハリスハン卿が、私が倒れた後の事を簡単に説明してくれました。
あの峠での戦いから4日が経っていました。
一応、クラウサ領のみんなには私の安否は連絡済みとのことです。
グラヴィスが領境まで訪れたらしいですが、蒼い血の者の領を跨いだ行き来はお互いの領主の許可が必要なのだそうで、容態が安定した事だけ伝えて帰らせたそうです。
何でも昔、ある蒼い血の者が領主の許可無く隣の領に行き、そのまま隣の領に鞍替えするという事件が頻発したそうです。そのために今では送る方は勿論、受け入れる方もあらぬ疑いが掛からないように領主の許可を取るのがルールなのだとか。
蒼い血の者の人数がそのまま、その領の力のバロメータになるのですから、神経質に管理するのも仕方の無い事なのでしょう。
そういう経緯があったから、私の領内に連れてきてしまった事を気にされていたようです。
ハリスハン卿自身は自領からの連絡を受けて王都から急ぎ戻ってきたそうですが、その際にお義父様とも街道を途中まで一緒に行動していたそうです。しかし途中で別れてお義父様はそのままアカツキ隧道へ向かったそうです。
お義父様がクラウサに戻れば、改めて正式にクラウサ領から迎えが来るはずとのことです。
そうですか…お義父様もクラウサに戻られましたか。
…。
……。
……あぁ……お義父様もグラヴィスにもみんなにもとても心配掛けてしまっているでしょうね。
……。
……いえ……よく考えれば心配よりも、そもそも呆れられているかもしれません。
勝手に先走って、大怪我して、別の領の世話になっているなんて……。
そう言えば、あのアカツキ隧道も通れるようになったのでしょうか?あれも私が命じて勝手に壊してしまったはずですし……。
「ふむ。それにしても、お主は最近紅い血の者から覚醒して蒼い血の者になったと聞いているが?」
「…え?………あ、はい。そうです」
「それにしては度胸が据わっているな。戦いっぷりも勿論だが、今こうやって儂と平然と会話している。紅い血の頃から蒼い血の者達とは交流する機会があったのか?例えば、領主家お抱えの大商家の娘だったとか?」
「いいえ?父は大工職人、母は……主婦ですか。正直、かなり貧乏な家でした。日々の食事にも困るぐらいだったそうです」
「ふむ……それなのにそんな性格なのか?」
「お義父様からは『母様に似たんだ』と言われたことがあります」
一応補足しておきます。お義父様とは紅い血の頃のクズ亭主ではなく、クラウサ領主様の事ですよ。
「ん?母様とはその紅い血だった頃の母親の事か?クラウサ卿はその紅い血の女と面識があったのか?」
「知っていたというか……現在、屋敷に使用人見習いとして雇っているので、話をする機会があったみたいです」
「何?紅い血だった頃の母親がまだ生きているというのか?」
ああ、そういう事ですか。私が両親を食べていない事への疑問ですね。
「はい。覚醒した蒼い血の者は紅い血だった頃の両親を食べてしまうそうですが、父親だけ食べて、私は満足してしまったみたいです。母親は食べたいとも思いませんでしたし、今でも仲良くしています」
ハリスハン卿が理解できないといった表情をしています。
「……お主、変なヤツだな」
「はい。お義父様やグラヴィスからもよく言われます」
ハリスハン卿はツボに入ったらしく『そうかそうか』と言いながら腹を抱えて笑っています。そんなに変な事を言ったでしょうか?
「クックック、やはり面白いな、お主は………ああ、それと衣服についてはボロボロだった故にこちらで勝手に廃棄した許せ――これは嘘ではないからな」
ようやく落ち着いてきたハリスハン卿が言いました。
「ふふふ…わかっております。お手数をおかけしました」
「うむ。代わりの服は用意させよう」
ありがとうございます。と、お礼を口にしていると、何やら外が騒がしくなってきました。何か怒鳴るような声と宥めるような声が響いてきます。
「ん?……何事だ?」
あれ?ハリスハン卿も知らない事が何か起きているみたいです。
でも………あの声は――
「お義父様?」
「何?」
ハリスハン卿が疑問の声を上げると同時に、部屋の扉が荒々しく開かれます。
そんなにしては壊れてしまいますよ……。
少し傾いて戻らなくなったのではないかと思われる扉の先に立っていたのは―――
赤髪を振り乱して、必死な形相をした――お義父様でした。
お義父様は部屋のベッドに寝ている私を確認すると、
何かを叫びだすでもなく――
床を踏み抜かないか心配になるほどの勢いで走り寄ってくるでもなく――
無表情に、ゆっくりと、ベッドの横まで歩み寄ってきて、しゃがみました。
「…お義父様?」
お義父様はそのまま私の毛布越しに私の太もも辺りに顔を埋めると震えだした。
そして―――押し殺すように泣き始めるのでした。
「え……あ……お、おとう…さま…」
お義父様の頭を健在な左手で恐る恐る触ります。
その赤い髪に触れると、それはとても、とても震えていました。
いつもは見上げるような大きな背中も、今はとても小さく、弱々しく感じました。
それを見て、始めて自分が大変な事をしでかしてしまったと実感しました。
「ご ごめ……ごめんな…さい」
見捨てられるよりも――
呆れられるよりも――
怒られるよりも――
「お…義父様…ごめんなさい…
も、もう…もう無茶…しません……
…しないから…泣かないで……ください…」
――泣かれる方がよっぽど辛かったのですね。
――
――
――
どれぐらい経ったでしょうか。
私とお義父様が泣き止み、お義父様が少し落ち着いて私から身体を離したのを見計らうように1人の女性が入室してきました。
私の怪我を看てくれたお医者さまでした。
「メディアナ・ロ・コロナーレと申します。蒼い血専門の医者をしております」
薄い水色の髪を後ろで緩く纏め、白衣が似合うスラッとした長身の女性です。
そしてその頬や首から胸元にかけての肌が、トカゲのような鱗に覆われています。ノーザンウルフ種というのは哺乳類の特徴を持つ人だけかと思いましたが、爬虫類の特徴を持つ人もいるのですね。
お歳は20代後半ぐらいでしょうか。まあ、魔人種の年齢は種族ごとに大きく違って見た目ではわかりにくいのであまり触れないのが吉です。
「助けていただきありがとうございます。メディアナ様」
「あはは…様付けなど止めてください。私は職務を全うしただけですから」
照れたように笑うメディアナ様に、お義父様が我慢できずに迫ります。今にも飛びかかりそうです。
「メディアナ殿!娘は!ユークリッドはちゃんと治るのでしょうか!?」
「ひっ…!?」
「…お義父様」
私の声で少しだけ落ち着いたのか、飛びかかるのだけは留まりました。
「く、クラウサ卿!?お、落ち着いてください。大丈夫です。魔人種の中でも自然治癒能力の非常に高いナイトウォーカー種なうえに、姫様はもともとお若いですから、私の見立てでは一月も掛からず全身綺麗に元通り再生されるかと。勿論、その間は安静が必要ですが、傷が残るという事はありません」
「そ、そうか……よかった」
本人よりもお義父様の方が気にしていますね。勿論、私も自分の身体の事なので気にはしてますけど………もし多少傷が残ってしまっても、それは自業自得なので仕方ないと覚悟はしていました。
「ただ……今のご自分の身体の状態は、姫様は見ない方が宜しいかと……ショックが大きいかと思われます」
あー……それがありました。
「そ、そうだな、ユークリッドは見ない方が――」
「いえ、後でちゃんと確認させてください」
「ユークリッド!?」
お義父様だけじゃなく、メディアナ様やハリスハン卿も驚いた顔をしている。
大丈夫です。興味本位とかで確認するわけではありません。
「お義父様……自分への戒めです」
「…ユークリッド」
「同じような無茶をしないように。忘れないために」
自分のために。そしてお義父様を二度と悲しませないために。




