北の間道と死線 1 - バルア
私の趣味は読書だ。
貴族種の趣味としてはわりとポピュラーだ。高尚な趣味だと思われがちで周囲からの受けも良く、実際に様々な教養が身につく。私のように戦場に立つ事を生業としている者達の中でも趣味にしている者は多い。
読書の中でもとくに好んで読むのが伝記物の書物だ。
中でも英雄譚が好きで、好きが高じて趣味のレベルだが自分で書き物をしたりもしている。
過去の偉人達が偉大だったのは当然として、現在を生きる者の中にもそれらの人達と並び立つような将来偉人として書き残されるような方々がたくさんいる。
私の身近では、我が主にして北領ハリスハンの現領主ヴィルク・ル・ハリスハン様。
かのお方は、寒さが厳しく貧しいが領土ばかり広いハリスハンを立て直すために、鉱物資源の交易を積極的に進められた。あの方が領主となってからの数十年でハリスハンの街並みは見違える程豊かになったものだ。そして、前回、前々回の世界敵の侵攻の際も指揮を取り、これを見事に撃退している。間違いなくハリスハンの中興の祖と言われるようになる方だと思っている。
そんな私が憧れて止まない英雄がもう一人、いま私の目の前にもいるかもしれない。
*
数時間前にさかのぼる。
数十名の兵士を引き連れて、アカツキ隧道を出たのは真夜中だった。
ナイトウォーカー種には最適な時間帯なのだろう。私には少し眠気を感じる時間ではあるが。
クラウサの街に戻ってきた私とユークリッド姫は領内巡回で分散している兵力の集結を待っていた。元々人数は少なく心許ないが、それでも一般兵でもいるに越した事は無い。最悪、姫の盾ぐらいには使えるだろう。
しばらく待つと、各地に散らばっていた兵士達が町の中央広場に集結する。
「巡回任務に就いていた第1連隊の一部46名も合流完了しました!」
「ご苦労様です」
中央広場の真ん中にある石造りの池には銅像が立っている。
クラウサ領の初代領主にして最初の20領「プリム・アグラム」を立ち上げた1人の像。大分、雨風で摩耗しており、その容貌は伺うのは難しい。
そんな像を背に、ユークリッド姫は兵士の報告に頷き、兵士達を見回す。
「我々はこれより北の間道に出現したと思われる世界敵の討伐に向かう。兵士の皆さんには日頃の訓練の成果を存分に見せて頂きます」
「はっ!!」
「それと――」
今度は広場の端の方で不安そうにこちらを伺っている街の者達の方を見る。
「――街の皆さんは心安らかに、でも今夜だけは家で大人しく静かに過ごしていただき、我々の帰還を待っていて下さい」
民衆から小さくない歓声が挙がる。
大人達だけではない。子供達からも姫の名を呼ぶ声が飛ぶ。
ユークリッド姫はそれに軽く手を振ってから馬車へと乗り込んでいく。
「バルア様は私と同席ください。少し話したいことがございます」
「承知しました」
バタン。
馬車の扉が閉まり、馬車が動き出す。
「………」
「………」
しばらく馬車内に沈黙が続いた。ん?何か話があったのではなかったかな?
「……ユークリッド姫?」
「あ~……」
私が声を掛けると同時に姫は自分の膝小僧に突っ伏した。
「ど、どうされましたか?」
「バルア様、実は私、あのような演説めいたものをするのがとても苦手で……緊張しました。やりつもりはなかったのですが」
「苦手?そんな風には全く見えませんでしたよ。とてもしっかりやられていて、大変立派にみえましたが。苦手ならば何故?」
「それは……本当はあんなこと言うつもりはなかったんですが、明らかに兵士の皆さんが不安そうな様子でしたので、士気にも影響しますし、それが街のみんなにも何となく伝わっているみたいで、皆さん不安そうだったのでその不安が少しでも取り除ければなと思ってつい言ってしまいました」
少し恥ずかしそうな仕草を見せる姫。初めて年相応の少女の仕草を見たような気がする。
「そう言うことですか。しかしそうは言っても先程のはなかなかのものだったと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「はい。私が思いますに恐怖や力で支配し押さえつける者達はたくさんいますが、過去に英雄や名君と言われるような領主達は、その多くがそういった下々に対して些細な気遣いができ、心を掴むのが上手かった者達が多かったと思います。彼らはその者達の力を引き出したり、心の安寧をもたらして平和に発展した社会を築くことができた」
姫が少し驚いた表情を見せます。それも無理はありません。クラウサほどではないですが、私の今の発言も一般的な青の血の者からすれば若干異端な考えになります。
「――なので、そういった気遣いはおろそかにしてはいけないのだと私は考えています」
「あ、ありがとうございます。過去の英雄とかを引き合いに出されては気が引けますけど……でも、バルア様からそんな事を言って頂けるなんて思ってませんでした。それなら先程のも少しは意味があったのかなと思います
すみませんでした。話は変わりますが本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「はい。もちろん」
「ありがとうございます。
将軍にも言ったように私は戦術の学を学んでおりません。差し出がましいお願いなのは重々承知しています。ご助力いただけないでしょうか」
「もちろんです。ただ私も北の間道がどういった場所か知りませんのでまずそれを教えていただけないでしょうか」
「実は私も実際に行ったことがありません。ただ話に聞くところによると切り立った岩山の間にあるせまい峠道とのことです。
ただしアカツキ隧道ほどには狭くないようなので少数で多数の敵を防ぐというのは難しいかもしれません」
なるほど。先んじて兵士を配置できていれば崖から岩を落とすなどの罠を作る事が可能そうな地形だが、今回に限ってはその時間は無いと考えた方がいいだろう。
「急場な上に情報も少ないので、この段階であまり有効な策はありませんが……常套手段はあります」
「何でしょうか?」
「紅い血の者達を前に立たせて盾にしつつ、我々蒼い血の者が攻撃に専念して世界敵を確実に倒していくというものです」
「………」
こう言えば、そういう表情をされますよね。予想はしていました。
姫は明らかに嫌悪を見せている。
「お気に召さないならば、逆にしましょう。紅い血の者達を半分に割って、我々の後ろに付けます。あくまで世界敵を倒すのは我々ですが、我々が世界敵と1対1で戦えるように紅い血の者達には周囲と背後を守らせ牽制させます。基本的に1対1ならば蒼い血の者ならば世界敵には負けません。スタミナが持つ限りはこの方法で敵を抑える事は可能です」
「それは良いですね」
今度のはお気に召したようだ。
「ただし、我々のスタミナが尽きれば紅い血の者達では抑えきれません。総崩れです。お気を付け下さい」
「わかりました」
*
馬車を走らせること、1時間あまり。
馬車が突如止まる。
それにあわせて馬車に駆け寄ってくる音がした。
「姫様!」
「どうしましたか?」
ユークリッド姫がすぐに反応して馬車の扉を開けて赤い血の兵士と相対する。
メイドがいないので仕方ないが、普通は蒼い血の令嬢が赤い血の者と面と向き合って会話をすること自体があり得ない事ではある。
「もうすぐ峠なのですが!あ、あれをご覧下さい!」
赤い血の兵士が指さす先――それは荒涼とした山道が登っていく先の、まさに兵士が言うように峠と思われる。
その峠の手前を指さしている。
「っ!?」
姫がその方向を一瞥した後に、声にならない声を上げて馬車から飛び降りる。
「ユークリッド姫?」
「子供が襲われています!!」
そんな叫び声を馬車に残して、峠に向かって走り出す。
ユークリッド姫が飛び出した。
世界敵に囲まれている少女と思われる者に向かって一足飛びに駆け寄っていく。
「こ、子供?」
しかしあれは――
「姫っ!!それは罠です!」
すぐに警告の言葉を発したが、ユークリッド姫は私の想像を超える脚力で、あっという間に馬車から離れていき、世界敵の群れへと突っ込んでいく。
駆け寄る姫に対して、右手から3体、左手から2体の世界敵が迫ってきた。何れも猿のような見た目の小型の世界敵5体に対して、姫は手に持った細身の剣を左右に二振り。
あっという間に5体の世界敵が黒い霧となって霧散していく。
その勢いのまま、駆け寄った姫の手が倒れている少女に届くと思われた瞬間――今度は少女の身体の方が黒い霧となって四散した。
そしてその少女の傍に今までいなかった世界敵が出現した。それは黒い大きな花のようなものを咲かせた草そのものだった。ただし、その根元は地面に埋まっておらず、根は多足の虫のようにカサカサ動いていた。
黒い花の花心からは少女が消えた後に残っていた黒い霧が噴き出していた。
アレはこの黒い花の形をした世界敵が見せていた幻覚だ。
花の形をした世界敵は、毒の花粉をまき散らしたり、精神を混乱させる香りを漂わせたり、厄介な特性のモノが多いが、その中でも特に注意が必要なのはあの黒い花だ。幻覚を見せて、味方同士で争わせたりする。当然経験のある者はその可能性を考えるが……ユークリッド姫に伝えていなかったのは私のミスだ。
急いで馬車から飛び降りて、随伴していた兵士達に姫を守るために突撃を命じた。しかし姫の周囲や我々との間にはあっという間に複数体の世界敵が割り込んできて行く手を阻んだ。
「世界敵を駆逐して姫をお守りしろ!!」
「はっ!!」
隧道で戦っている時から見ていたが、ユークリッド姫の糸を引くような綺麗な太刀筋が世界敵達の間からしっかり確認できる。
あの数を相手に善戦されてはいるが……
あの若さでよく訓練されているのがよく分かる動きだ。
しかし…おそらく彼女は一対多の戦闘に慣れていない。いや、そもそも経験が無いのではないだろうか。常に正面の敵に全力であり、一対一では世界敵を圧倒している。
しかし次やその次の敵――その他の周囲の敵が全然見えていない。あれでは乱戦では長くは持たない筈だ。
助けに入らなければいけないのは分かっているのだが、小型ばかりだが世界敵の数が予想以上に多い。
下手に前に出ては私の方が姫の二の舞になる。
「ば、バルアさま!!!」
私と並んで突破口を作ろうと世界敵に剣を振るっていた紅い血の者が無礼にも私を叫ぶように呼びかける。
「…なんだ」
交戦中の世界敵から目を離さずに声だけで受け答える。
見ていないが件の紅い血の者がとても怯えている雰囲気が分かる。怖いなら話しかけなければ良いのに。
「あ……そ、その…」
「なんだ。何か言いたいことがあるなら早く言え」
そう思っている間にも小型の犬のような世界敵を斬り殺す。
「お、恐れながら……我々の事は構わず、姫様をお助けください!」
戯けがっ!紅い血の者に言われるまでもない!
進言してきた者を一睨みしてやりたがったが、その時間も惜しい。
愛用の武器を構えて、身体能力向上の魔法を掛けてから世界敵の集団へと突っ込んだ。惜しむは先日のミリリバンとの戦で魔力が枯渇した所為で、今はようやく普段の半分の力を出せるかどうかというところだ。
そもそもこれほどのまとまった数の世界敵に北壁を越えられること自体が想定外だ。
ユークリッド姫の言う通りだ。北の備えとしての役目がありながら、いざという時、全力を出せる状態にしていないなど愚の骨頂だった。




