隧道と防衛戦 4 - ゴンゴス
坑道内での戦闘は始まってから数時間が経っただろうか。
兵士の中には疲労が見える者も少なくはないが、それでも守りやすい地形に、蒼い血の方々が率先して前線に立って指揮いただけている。このおかげによって当初想定していたよりは遙かに余力を残しながらの戦いが出来ていると思う。
勿論、相手は疲れというモノがあるのか分からない世界敵だ。楽観はできない。
そんな最中――
「伝令!伝令!」
兵士の声が隧道内に響く。
それは前線を支える兵士達からではなく、後方の、クラウサへの出口の方から聞こえてきた。
「何事かっ!」
儂の声に気が付いたのか、1人の兵士が息も絶え絶えに走り寄ってくる。
こいつは確か、神殿長の進言領内巡回に回した兵士の1人だ。嫌な予感がする。
姫様と神殿長も声に気がついてこちらに寄ってくる。
流石にバルア様はその場の指揮を優先されている。
「何かありましたか?」
「あ、え、あ…」
駆け寄る姫様に伝令の兵士が跪いたまましどろもどろし始める。
「伝令であろう!姫様にしっかり報告しろ」
「は、はっ!北の間道の峠付近にて小数の世界敵と遭遇!」
恐れていたことが現実になったか。
「巡回していた31小隊が交戦してこれを撃退しました。ただ、後続がハリスハン領側から登ってくる気配あり!」
それはそうだろう。世界敵には通るルートはある程度決まっているが、1体でも見かけたのなら、そこはもう世界敵の進軍ルートになったと見て間違いない。峠を越えて世界敵の1群がこちらに来るのは時間の問題だぞ。
「シルバーヘッド鉱山の皆さんは大丈夫なのですか!?」
「え、はっ!そ、それは…」
「姫様が問われているのだ。情報があるのなら全て話せ」
「はっ!……シルバーヘッド鉱山の坑夫長が指揮して、周辺の小さな鉱山の坑夫ら全員を一旦クラウサの街に避難させることにしたようです。続々と下山してくる坑夫を確認しました」
「そうですか。流石はドリゴです。それならば当面の危険は回避できたようですね」
姫様が心底安堵の表情を浮かべる。紅い血の者達の無事を喜ぶ領主家の姫様――やはり、なかなか慣れないな。
「しかし姫様。坑夫長とは言え、鉱山閉鎖となると、些か独断が過ぎるのではないでしょうか?」
「……坑夫の安全は引いては鉱山の運営保持、それは回り回ってクラウサ領の利益となります。私は問題ないと思いますが、この話は落ち着いてからお義父様も交えて話をするとしましょう」
「はっ」
「取り急ぎは……将軍、何か対策案はありますか?」
さて、どうするか……。
正直、現時点で打てる手はとても限られていると思われる。
この坑道の戦線での兵力を少しずつ縮小して、その余剰分を北の間道の方面の防衛に回す。ここは撤退しつつ、敵の侵攻も防ぐ――という俗にいう殿のような状況になる。
ここに残された者達はまず助からないだろうな。
そう考えると、軍の権限を渡して貰っておいて良かったかもしれん。あの優しい姫様がそんな非情な決断が出来るとは思えないから。
「将軍」
姫様の事を考えていたが、儂は姫様を見てはいなかった。
自分が呼ばれた事に気づき慌てて応える。
「はっ!」
「質問ですが、この隧道を塞ぐのは可能ですか?可能ならその方法と準備にかかる時間が知りたいです」
一瞬、想定していなかった姫様の発言が頭に入ってこなかった。
「…………隧道を塞ぐおつもりですか?」
「ええ」
言葉短く、しかしハッキリと答える。
「しかし……」
「将軍。私は可能かどうか聞いたのですが、答えをまだ聞いていませんよ」
ほんの少しだけ高圧な物言いで聞き返してきた。
しかしその姫様の顔には微かに自己嫌悪の表情が浮かんでいる様に見える。普段嫌っている蒼い血の者らしい振る舞いに近い事をしている自分に内心で拒否反応を示しているのだろう。
時間を無駄にしたくない。という思いなのだろう。
ご性格は分かっていたのに臣下失格だ。嫌な思いをさせてしまった……。
「………可能です」
少し思案してから肯首する。
隧道を塞ぐ方法に心当たりはある。
「通常は隧道を故意に崩落させるには大量の爆薬を上手く配置して使う必要があり、技術を伴いますが、このアカツキ隧道は今回のように緊急で閉鎖が必要な場合を元々想定されております。
何カ所か限定的な崩落を人為的に起こさせる仕組みが備わっております。ただ、なにぶんにも今まで必要性が無かったという事もあり、近年はまったく訓練を行っておりません。仕掛けを作動させる方法を習熟している者は殆どいないでしょう。儂ですら若い時分に1度だけ作業を手伝ったことがあるのみです。
準備するのに時間が掛かる事を想定して、短くとも……5時間ほどは必要です」
「結構です。
それでは兵100を任せます。世界敵の侵攻を防ぎつつ、隧道を塞ぐ作業を始めて下さい。私は残り50を率いて北の間道へ向かいます。隧道の封鎖が成功次第、将軍も間道へ来て下さい。グラヴィス」
「は はい!」
「ここに残って、将軍と兵100の支援をお願いします。バルア様」
「はい」
「私と共に北の間道での防衛をお手伝い下さい。お願いできますか?」
「え…ええ。私は軍人です。この武力が必要と言うならば勿論、喜んで」
バルア様はあくまでハリスハン領からの援軍であり、客将だ。いくら領主家に連なる方とはいえ、余所の領の姫様になる。命令に従う必要は無い。
しかし、バルア様はとても綺麗な姿勢で姫様に頭を垂れて、指示に従うと言った。彼も何か姫様から感化されるモノを感じたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってください。ユークリッド様」
神殿長が珍しく慌てた声を上げる。
「私をバルア様と一緒に北の間道の方へ向かわせてください。ユークリッド様はこのままここで将軍と一緒に指揮を取っていてください」
神殿長の思いはよく分かる。少しでも安全な方に姫様を置いておきたいのだろう。
儂の考えでは隧道に残るのは殿と同様で一番危険だったが、姫様の案では隧道を崩すのに人が必要かつそれまでの時間稼ぎをする為にも、こちらに多めに人を残し、残りを北の間道の方に回すようにしている。北の間道に回す兵が少ない上に、向こうでの世界敵も戦力も不明。隧道ほどには守りやすい地形でもない。
どちらにリスクがあるかは少し考えれば分かるというものである。
勿論、それは指示した姫様ご自身もよく分かっていることだろう。
「グラヴィス、これが最良の配置です。時間がありません、お願いします。納得してください」
「し、しかし――」
「グラヴィスの魔法は対象となる兵士が多ければ多いほど高い効果があります。また、この隧道で封鎖までの時間を稼ぎ、戦線を維持する事は失敗は絶対に許されません。不測の事態に対処する上でもグラヴィスの支援魔法が必要です。
それに、北の間道はハリスハンと接しています。もしかしたらハリスハンからの避難者もいるかもしれません。その場合は、ノーザンウルフ種であるバルア様と領主代行の私がいた方が何かと都合が良いです。
そして戦力的にも蒼い血で、かつ戦闘訓練を受けているバルア様と私なら、多少兵士が少なくても臨機応変に対応もできるというものです。何より北の間道の世界敵は規模が不明です。もしかしたら全然大した数がいないかもしれません。それなのに過剰な戦力を避けるほどの余裕はありません」
理路整然とした返答に神殿長も何か言いかけるが口を噤んでしまった。
この短い間にそこまで考えられた上での采配だったのですか。
ご領主様………儂は確かに貴方を親馬鹿だと思っております。
しかし、少なくとも嘘や誇張を口にされていたわけでなかった。貴方の自慢の姫様は貴方の仰るとおり十分優秀な御方でした。
姫様の立案通り、第2連隊で世界敵を引き続き防ぎつつ、第1連隊の半数で隧道を崩壊させる準備を進める。
それとは別に、姫様とバルア様は第3連隊とこちらに向かってきているはずのこれから合流予定の第1連隊の一部とを率いて北の間道の世界敵の迎撃することとなった。




