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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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危機と世界敵 1 - ユークリッド

こんこん…


「お嬢様、就寝中に大変申し訳ありません。お伝えしたいことがございます」


…扉をノックする音と……たぶん母様の声…


「失礼致します。お嬢様」

そしてもう一度声がして、静かに扉が開く音――誰かが近づいてきます。

未覚醒の頭を動かして、薄目を開けてみると、天蓋からかけられた薄布の萱をゆっくり開いて、母様が入ってきました。

「……母様?」

「はい。起床には少し早いのですが、至急お伝えしないといけない事が発生致しました」

「うん……」

いまいち母様が話している内容が頭に入ってきません。

仰向けの私は両手を中空の天蓋に伸ばします。

母様がそれを掴んで身体を起こそうとしますが――その前に母様に抱きつきます。作戦成功です。

「お、お嬢様……」

「かあさまぁ……」

はぁ~…母様はぽかぽか暖かいし、匂いがなんだか落ち着きます。

そのまま胸元に顔を埋めていると、しばらくしてゆっくりと頭を撫でてくれます。

少しだけそのままで甘えさせてくれてから、母様が力を込めて身体を離そうとします。

紅い血の母様相手に、未成年とはいえ蒼い血の力ならば抗うことは容易いですが、無理矢理は良くないです。無理矢理だと、あのお義父様と一緒になってしまいます。

なので、素直に離れました。

「……お嬢様、ハリスハンからご使者様がいらっしゃっています。何か大変な緊急事態が起きたようです。かなり面会を急がれているようでした」

…………ハリスハンからの使者?

寝起きに母様の香りで、ちょっとした陶酔状態だった私の頭が一気に覚醒しました。

「今の時間は?」

「夕方16時になるところです」

「使者殿は蒼い血の方ですか?」

「はい。ハリスハンのルプサ・リ・バルア様と名乗っております」

蒼い血の方が使者に来られたという事は、挨拶などではないでしょう。先日のミリリバンのコウモリさんのように領主の親書などを携えてきたとかでしょうか。

しかし現在、ハリスハン卿はお義父様と一緒に王都へ行かれているはず。領主が不在の中でこちらにも領主が居ない事を知っていて使者が来る―――これはただ事ではないかもしれません。

「ミーシャ様も面通ししましたが、初めて訪れる方のため、本人かどうかの確認は取れておりません」

「分かりました。至急会いましょう。案内してください」

「お着替えは?」

そうですね。流石にこのネグリジェのカッコで会うわけにはいかないですか。

「とりあえずガウンを羽織るだけでいいです。突然の訪問、向こうも構わないでしょう」

私はそれだけ言うと部屋を出ます。

母様が後ろから慌てて厚手のガウンを引っ張ってきて羽織らせてくれます。

「ありがとうございます」

「ご使者様は応接室の方に案内しております」

この時間帯に歩き回ることは殆ど無いですが、さすがナイトウォーカー種の蒼い血の者が住む屋敷です。遮光は完璧で廊下の風景は夜に起床したときと何ら変わりはありません。

歩きながら母様が髪を梳かしてくれて、後ろで軽く結ってもくれました。前髪も少し整えてくれます。

これで最低限の見た目にはなったでしょう。

歩きながらなのにさすがです母様。


応接室に着くと、1人の蒼い血の方が待っていました。

白髪の男性で鎧姿ですが、軽装の鎧です。少し草臥れた印象がありますが、身なりはそれなり整っています。軍人さんなのでしょう。少し細身ですが体格も悪くありません。頭髪の色は地毛のようでそれほどお年は召されていない印象です。

何よりも特徴的なのは頭から生えている犬やオオカミを想像させる耳と、腰の辺りの尻尾です。ハリスハンから来られたのなら、彼はノーザンウルフ種ですね。獣の特徴を身体に持つ獣人とも呼ばれるノーザンウルフ種らしい容姿です。

一瞬、部屋に控えていたミーシャと視線が合います。

明らかに私のカッコに不満があるようです。

「ミーシャ。緊急だから無理言ったのです」

「……承知しております」

こうして釘を刺しておけば母様が怒られることはないでしょう。

私は使者に向き直ります。

使者も立ち上がり、正式な挨拶の姿勢を取ります。

「お待たせしました。私はユークリッド・ル・クラウサ。フォーティス・ル・クラウサの娘になります。父はご存じかと思いますが不在のため、クラウサ領領主名代を任せられております」

「クラウサ卿がご不在なのは承知しております。突然の訪問をお許しください。我が名はルプサ・リ・バルア。ハリスハンにて第8軍の預かる者です」

「一軍を預かるとは……将軍ということですか?」

「はい。ただし、今は率いる兵もいない名ばかりの将軍ですが――」

バルア様は悔しさの滲んだ、しかし何処か自虐的な笑みを浮かべます。

「第8軍はハリスハン軍の中でも特殊で、兵はヒトではなく、オオトカゲなどの魔物で編成されています。私の魔法によって使役した魔物で構成された軍なのです」

「あ……もしかして、先日のハリスハンとミリリバンの争いで、お義父様と私に馬上から謝罪されていたのはバルア様でしたか?」

何処かで聞いたことある声だと思っていましたが、あの時の軍人さんだったのですね。

前回は馬上から兜を被った状態での対面だったので気がつきませんでした。

「ええ。あの時はオオトカゲが多すぎて、一部が制御できず、ご迷惑をおかけしました」

なるほど。あのオオトカゲさん達で構成されたのが第8軍と呼ばれていて、バルア様はその将軍というわけですか。

「あの時のオオトカゲさん達はどうしたのですか?」

「……ミリリバンとの戦いを終えた後、半数に減ったオオトカゲの補充と休養を兼ねて、領内の東部の丘陵地帯で軍を休めていました。しかし世界敵の侵入を確認して迎撃に向かった際に、善戦空しく、オオトカゲ約100体が全滅となりました。そのために現在、第8軍は兵がいない状態なのです。その後、ハリスハン領のほぼ中央に位置する領都まで防衛線を下げましたが、周辺領地への援軍要請を検討することになり、兵がいなくなって手持ち無沙汰だった私が南のクラウサ領に派遣されたというわけです」

何だかよく分かりませんが、最近また何か大きな戦闘があったようです。

「ちなみにその……せかいてき?…という何でしょうか?」

バルア様は一瞬驚いた表情をさせるが、すぐに何か思い出したようです。

「ああ、これは失礼しました。ユークリッド様は蒼い血に覚醒して間もないのでした。世界敵の事をご存じなくて当然です。知っている前提で話を進めてしまい失礼致しました」

そう言って一から説明してくれるみたいです。

めんどくさがる様子もありません。先日戦闘中にも関わらず、わざわざ謝罪に来たのといい、この方、良い人ですね。

「でも『使役』の魔法でまた魔物を集めれば、軍の再編は普通の兵士よりも早い気がしますが?そんな簡単な事ではなかったりするのでしょうか」

「ユークリッド様はまだ魔法を勉強中だと思いますので知らないと思いますが、『使役』は自分の魔力と引き換えに獣を使役するのですが、使役に使用した魔力は解除するまでは術者には戻ってこず、解除した後もゆっくりとしか回復しません。おそらく私の魔力が完全に戻るのはあと1週間は掛かるでしょう」

「なるほど。とても便利そうですけど、制約も大きいのですね。無学ゆえ失礼な事を聞きました。申し訳ありません」

「いいえ、構いません。

それよりも私がここへ伺ったのは、先程言ったようにハリスハンへの救援をお願いしたくまいりました。そして、至急クラウサとしても対応を検討しないといけないと助言に参った次第です。

タイミングが悪い事に、我が領もですがご領主が不在かと思います。クラウサにも何か助けられないかと考えて、使者として参りました」

「分かりました。ご警告いただき、ありがとうございます。ハイカ」

壁際に控えていたハイカを呼びます。

「はい、こちらに」

「お義父様に連絡をしたいです。早馬を至急準備してください」

「承知致しました」

ハイカは頭を下げて急ぎ退室します。

「あと……母様」

「はい」

「ゴンゴス将軍を至急こちらに呼び出してください」

「畏まりました」

母様が静かに退室していきます。使用人の姿も作法も大分様に成ってきました。

同様に部屋に控えていたナルを見ます。

「ナル」

「は、はい」

「グラヴィスを呼んできてもらえますか。その後はミカと一緒に部屋で休んで結構です」

「わかりました。でも僕はまだ働けます」

「ミカを部屋でずっと1人にはできないでしょ?」

「……はい」

ナルは渋々返事をするとミカを連れて部屋を出ました。

今回の問題、まだまだ長引きそうなので、休める人は今のうちに休んでおいた方が良いと思います。

一通り指示を出し終えてバルア様に向き直ると、とても驚いた、不可解な表情を浮かべていました。

「バルア様?」

「あ…失礼。その……先程の『母様』と呼ばれた者は?」

やはりそこが気になりますよね。

「はい。私の産みの母親になります」

「確か……ユークリッド様は紅い血から覚醒されただったはずですよね?母親を食さなかったのですか」

「はい。私はちょっと変わった蒼い血みたいで、母を食べたいと思いませんでした」

ややこしい話にしたくないので、とりあえずニコリと微笑んで誤魔化しておきましょう。

とりあえず、これ以上詳しい話は軍事はゴンゴス将軍と、内政はグラヴィスに同席してもらってからにしましょう。

それまでにお義父様へ出す手紙を準備しておきます。

私はバルア様に断って机に向かいながら、残っているミーシャにバルア様へ出していたトマトティーのおかわりを入れてもらいます。シャリアは夜当番だったはずなので、そろそろ交代で起きてくるでしょう。

ミーシャが私にもトマトティー(仮)を出してくれました。

いつも夕食で食べているトマトジュース(仮)でも十分美味しいのだけど、いつも同じ味では少し飽きてしまうので、私の希望で色々混ぜた嗜好品を試しています。

お義父様はアルコールを入れてトマトブランデー(仮)にして飲んでいるように、私は緑茶と混ぜてのトマトティー(仮)を好んで飲んでいます。

ハーブティーなども試してみましたが、味や香りに癖のあるお茶よりもシンプルな味わいのものがトマトジュース(仮)に合う事が分かったため、今では緑茶一択です。

「ありがとう。ミーシャ」

ミーシャは静々と頭を下げて、壁際に引きます。

その姿をバルア様がジッと見ています。

「どうされましたか?お口に合いませんでしたか?」

「いや、このお茶?は飲みやすくてとても美味です。そうではなく……ここの紅い血の者達はとても普通ですね」

「普通ですか?」

「いや…説明が難しいな。えっと……我がハリスハンでは紅い血の者達は街の者はもちろん使用人に至っても皆、蒼い血の者達を畏怖し会話もままなりません。もちろん恐怖されるだけの事をしているのですが……。

しかしここクラウサではそんな事は無く、紅い血の使用人達は普通に会話をしている。恐怖に身体を震わせてもいない」

そういうものなのでしょうか?

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