王と三領主 - フォーティス
先日のハリスハン、ミリリバンの紛争について、魔人王陛下が直接問いただしたいことがあるとの事で、両領主は王都へと呼び出しを喰らっている。
ただ、それに吊られる形でこのオレも直前まで仲立ちをしており、当時は現場にもいたという事で参考人として呼び出しを受けた。
都で王陛下とハリスハン卿、ミリリバン卿、そしてオレの4者で今回の紛争の顛末を説明するのだ。
しかしどうせ両者が互いに相手を批判し合い、どちらに責任があるのかは証拠不十分で曖昧なままに話し合いは終わるだろう。
王陛下も事なかれ主義なところがあって困る。本気で問題解決しようとは思っていないのがよく分かる。形ばかりに話し合いの場を持った事で満足してしまうはずだ。
……まあ、いつものことではある。
馬車を走らせること1週間ほど――ようやく王都へと到着したところだ。
もっと馬を駆ることも出来る。魔法を使って移動時間を短縮する方法も無い事はない。ただ今回の話し合いの主役はあくまでハリスハン卿、ミリリバン卿の両名だ。オレだけが早く王都に到着しても全然意味が無いため、通常通りの時間を掛けて王都まで来たというわけだ。
もう既に1週間もユークリッドやグラヴィスに会うことが出来ておらず寂しくはある。
とりあえず2日に1通ぐらいの頻度でオレの馬車を追いかけるように、クラウサから早馬でユークリッド差し出しの領内近況報告が届いている。それによると大きな問題も起きておらず、そつなく領内を治められているようだ。その点の心配が今のところ無いのが幸いとは言える。
それでも心配なものには変わりないのだが……。
「ご領主様」
「どうした」
この馬車と併走している兵士が呼びかけてきた。
まだ日差しのある時間帯だから馬車の窓や扉は開けず、閉めたままだ。
「王都への入城許可が出ました。宿の方に直接向かいますがよろしかったでしょうか?」
「まだ時間があるな。宿に一旦入ろう」
「はっ!」
馬車が再び動き出す。
外はまだ日中のため、窓から外を覗うわけにはいかないが、門をくぐり、通りを走っていると馬車の中に居ても外の喧噪が漏れ聞こえてくる。
相変わらず王都の賑わいは別格だ。大変栄えているのが音を聞くだけでもよく分かる。
商業的に栄えている街や特定の職業(例えば、漁師や坑夫など)がたくさん集まっている街は他にもあるが、この王都はこの国で一番歴史があり、一番大きく、人口も一番多い街だ。賑やかなのは当然だろう。
宿は王都中心部に近い、貴族種もよく利用する行きつけの高級宿を準備した。王都に留まる必要がある数日間はここに滞在することになる。
王都に近い場所に領地を持つ領の中には領地の屋敷とは別に王都にも屋敷を構えているところがいくつかある。しかしクラウサのように王都から遠く、王都を訪れる頻度の低い領地は自前で屋敷を構えるのではなく、必要な期間だけ一時的に屋敷を借りたり、今回のように宿を取って滞在したりする。
まあ、クラウサの場合は王都に屋敷を維持するような資金的余裕がそもそも無いというのも理由にあるのだが……。
ちなみに宿は何処でも良いというわけではない。ナイトウォーカー種のように夜活動して日の光が苦手など種族固有の特徴が貴族種は強くでる。そのためにどの領も種族の特性をよく理解しているお抱えの高級宿というものを抱えているものである。我がクラウサでも昔から利用している宿がいくつかあり、今回手配した高級宿『ルナ・ペルティカ』もその1つだ。
意味は「お月様の止まり木」とかそんな感じだ。どういう謂れなのかは知らん。
ただ、従業員がナイトウォーカー種の特性などをよく理解しており、サービスも行き届いている。紅い血の者が経営しているわりにはなかなかの宿と言える。オレも過去に何度か泊まったことはあるが、とくに不満を感じたことはない。
ついでだ。今まで気にしてこなかったが、これからはユークリッドやグラヴィスを連れてくることもあるかもしれない。女湯などの導線についても少し確認しておくか。
そんな事を考えているうちに馬車が停車する。どうやら件の宿屋に着いたようだ。
*
日が落ち始めた。
『ルナ・ペルティカ』で軽く小休止をしたのち、予定の時間が近づいてきたので王宮に向かうこととする。
王宮は王都の中央に位置し、王都内の主要な道は全て中央にある王宮から放射線状に延びている。実に道が分かりやすい。何処の通りに出ても王宮が道の先に見える。
1人の時は王都をこっそりと歩いて見て回ったりもしたものだが、今夜は流石に公務な上に供の兵士もいる。大人しく馬車で向かうことにしよう。
王宮のある王城は王都の中でも少し高いところにあるため、緩やかな上り坂を馬車は進んでいく。『ルナ・ペルティカ』から王宮へは特に問題なければ馬車で15分ほどだ。
仮に何か問題があったとしてもクラウサの紋章「三日月に山脈」が刻印されたこの馬車を止める事などほぼ無い。そんな事態になったならば逆に謁見どころではないだろう。
王城には紋章付きの馬車によってほぼ顔パスで入城することができた。
到着するとすぐに王宮内へと案内される。
王宮内で待合室として案内された歓談室には既に2名の先客がいた。
勿論、今日の主役――とオレは思っている、ハリスハン卿「ヴィルク・ル・ハリスハン」とミリリバン卿「アリガナ・ル・ミリリバン」の2人だ。
ハリスハン卿は銀髪、色黒の厳つい風貌は相変わらずだが、その武人然とした見た目や佇まいはオレは嫌いじゃない。しかし今日は流石に緊張しているのか、それともミリリバン卿と二人きりで1つの部屋に入れられている事が不満だったのか、部屋の隅の壁に寄りかかるようにして立っている。
対してミリリバン卿は誰に準備させたのか分からないが、ティーカップを片手にソファーに腰を下ろして優雅な風だ。余裕がある様子が逆にふてぶてしくも感じる。
ミリリバン卿も流石に今日はその周囲に女性を侍らせてはいない。
ここに至って、魔神王陛下の御前でも女性を連れていたなら、逆にその胆力に感心したところだが、当然連れてなどいない。
まあ、この男は基本的に小心者だからな。そんな度胸も無いし、冒険もしないだろう。何より損得勘定で動く男だ。自分に利の無い事はまずしないヤツだ。
「お二方、ご無沙汰しております」
望んで来たわけではないが、挨拶しないわけにもいかない。無難に二人に向かって軽く礼をする。
「ああ、クラウサ卿。久しいな」
「クラウサ卿。今日はよろしくお願いするよ」
両名とも軽く挨拶を返してきて、それっきり黙り込んだ。
やっぱり気軽に会話するような雰囲気じゃないよな。
さて、大人しく座って待っているかと思ったが、3人揃ったと言うことで迎えの者が早々に来た。
「失礼致します。お時間となりましたので3卿を謁見の間へとご案内いたします」
執事服に身を包んだデーモン種の男がオレ達を呼びに来た。
待ってたとばかりにソファーをから腰を上げてミリリバン卿が部屋を出て行く。続いて窓際に立っていたハリスハン卿が退室し、両名に先を譲ったオレが最後に部屋を出た。
王宮内の廊下は何処も天井が高く、幅も広い。
その無駄に広い通路には重厚なカーペットが敷いてあるのは勿論として、点々と等間隔に壷や彫像、騎士鎧に絵画といった芸術品が飾られている。
そう言えば……ユークリッドはこの手の芸術品にとても興味を示していたな。いつだったか、クラウサ領内の芸術品を鑑賞したいというので「ユークリッド自身がクラウサで一番の芸術品だ」と返したら何とも言えない渋い表情を浮かべていたのを思い出した。あれは失敗だったのだろう。もう本人には言わないことにした。
とりあえずクラウサでは拝めないようなモノがたくさんあるのだ。ここに連れてきたら喜ぶかもしれん。
「そう言えば――」
そんな事を思いながら歩いていると、唐突に前を行くミリリバン卿が視線を移さずにしゃべり出した。
てっきり沈黙のまま謁見の間まで移動するものかと思っていたが、唐突に口を開いた。
「――クラウサ卿には悪いことをしましたね。娘や婚約者と一緒に過ごされていた時間を潰して今回の件に付き合って貰うことになってしまって」
「…貴様が言えた事か」
ハリスハン卿が無感情な声で言い放つ。お互いに並んで歩いているが一切相手の方を向いてはいない。
「勿論、当事者だからこそ。申し訳なく思っているわけなのです」
「……陛下の指示に従ったまでです。お気遣いなく」
――と言葉では返したが、ミリリバン卿あんたの言う通りだよ。こっちは凄い迷惑かつユークリッドとの楽しい時間を犠牲にしてまでここに来てるんだよ。
クラウサを出て1週間――馬車ではなく早駆けで来れば5日掛からず来ることも可能だが、約束の日時が決まっている以上は早く来てもしょうがない。
空間転移で一気に移動する魔法もない事はないのだが、定められたいくつかの目的での来訪にしか空間転移魔法を使うのは禁止されている。誰もが好き勝手に移動してきては反乱の危険があるためらしい。
1週間か……ユークリッドは大丈夫だろうか。
思えば最初の内も5日ほど任務で離れていた事はあったが、その比ではなく何か不安だ。それだけ親しくなったという事なのだろうか。
確かに今回はグラヴィスも傍に付いてくれてはいるが、グラヴィスもまだまだ若い。彼女にも手に負えないような問題が起きたときに危ないことにはならないだろうか。心配だ……。
ああ…早くクラウサに戻って2人が無事なのを確認したい。
「――まあ、今回は事情聴取だけでしょうから早く領に戻れると思いますよ」
ミリリバン卿の話はまだ続いていた。
そうだな。早く帰れればいいな。うんうん。それには強く同意するよ。
ただ……お前が言うな。
今回の件、一番の論点は『どちらが先に手を出したのか?』という事になるだろう。
あの戦場を第三者として見ていた限りでは――
『北のハリスハン領軍の方向から複数の矢が会談中のミリリバン卿に対して射かけられて、それに対する自衛の反撃としてミリリバン領軍が戦端を開いた』
――という事になるのだが。
あくまでハリスハン領軍の方向から飛んできただけで、ハリスハン領兵が射ったという証拠は無い。
我々に合わせてもらった手前、会談の時間が夕暮れ後だったのも状況を難しくした。矢を射った者を目撃したという証言は少なくともオレは聞いていない。
もう1点。当時、飛んでいく矢を視線の端で捉えたが飛距離を上げるためだろう。少量の魔力を帯びていた。威力も魔力を込めずに射る場合よりも少し上がっていたはずだ。しかし蒼い血の者であるミリリバン卿を射殺すにはあまりにも威力も数も足りていない。あれでは仮に紅い血の女達を盾にしなかったとしても、掠り傷すら負ったかどうか怪しいところだ。
要するに、あの放たれた矢には開戦の口実にするという以上の意味が見いだせない。
ハリスハン卿とミリリバン卿、いずれも深い交流があるわけでは無いが、少なくともハリスハン卿はその見た目通りに武人の如き、戦いを大事にしている節がある。彼だけじゃなく、彼らノーザンウルフ種自体がその傾向が強い。そんな彼らがあんな搦め手のような事をわざわざするだろうか?彼らならば会談で言いたいことを言って、決裂したら『それならば一戦交えよう』と言ってのける気がする。
対して、ゴールドリッチ種――とくにミリリバン卿は噂を聞く限りではそういった小細工を好むと聞く。しかし小細工が好きならば、バレないようにするのもお手の物だろう。
例えば、矢を放った者達を特定できれば話は早いが、仮にハリスハンが犯人を捕まえていたとしても本当に犯人なのか証明する術は無い。放った矢でも残っていればそれに残留した魔力を探って、使用者を特定できるかも知れない。しかしそれはミリリバン卿の手元にあるはずだ。自分達に都合が悪いのならばどうとでも理由を付けて消失させる事は可能だ。仮に矢をこの場に提出してきたとしても、今度はその矢が本当にあの時放たれた矢なのか証明が出来ない。
いずれにしても今回の御前での話で何か進展するような状況ではない。
要するにこの話し合い自体があまり意味が無いのだ。
だから来たくなかったんだよなぁ……。
「着いたぞ」
オレの思考を遮るようにハリスハン卿が口を開いた。
オレ達3人の前には謁見の間への大扉が立っていた。
大扉の両脇を固める兵士がオレ達に一礼したのちに、大扉に手を掛ける。
どの位置に立って入室するべきか少し迷ったが、とりあえず今回のオレはあくまでオブザーバー、参考人であって主役ではない。この2人の間ぐらいを一歩下がった位置でついて行くぐらいが丁度良いだろう。
オレが定位置についたと同時に大扉が開かれる。
とりあえずできるだけ早く話を終わらせて、さっさとクラウサに帰られるようにしよう。
はぁ……ユークリッド達、無事過ごしているだろうか。




