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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
33/58

ハリスハンとミリリバン 5 - ユークリッド

これがここまでのあらましとなります。

思い返している間にも双方の兵士達が目の前で衝突して血飛沫が飛び交っています。

紅い血の人達だけの血が―――。

――と言うか、私はそんな事は無いけど、こんなに血が飛んでいるともしかしてお義父様とか食欲が湧いたりするのかな。

私がチラッとお義父様を見上げると、その視線にお義父様が気が付きます。

「ユークリッド。気持ちは分かるが、紅い血の者達も兵士になったからにはこういう覚悟はしている者達ばかりだ。気にすることはない」

何だか勘違いされてしまったみたいですけど、それも気になっていたのでとくに否定はしません。

「分かっています………それでも血を流すのが紅い血の人達ばかりというのが――」

「紅い血と蒼い血の者との関係はそういうものだ。納得しろとは言わないが、飲み込むように」

「……はい」

「ユークリッド――」

私の反応があまりに鈍い事が気になったお義父様が話を続けようとしましたが、何かに気が付いてその視線が私から離れます。

「お義父様?」

「オオトカゲだ」

お義父様が視線の先には、ハリスハンの軍勢から逸れたのか、4体のオオトカゲが身体をくねらせながら走ってきています。

「あれは暴走しているな。制御できていない。あのままこちらに飛び込んでくるぞ」

「どうしますか?」

「勿論、襲いかかってくるなら排除する」

そう言って豪槍エクシードを『リアリゼーション(具現)』させます。

私も倣ってコテツを『リアリゼーション(具現)』させました。

「ユークリッド」

「はい」

「右端の1体だけ少し離れているオオトカゲ。あれを倒してみるか?」

「……私に可能でしょうか?」

「普段通りの動きが出来れば造作も無い」

「分かりました。やってみます」

「ああ。任せた。残りの3体はオレがやる」

私はコテツを構えながら、お義父様から離れます。

お義父様が言った右端のオオトカゲはそんな私を見つけてこちらに迫ってきます。残りのオオトカゲはそのまま真っ直ぐにお義父様の方に走っていきます。

オオトカゲが身体を左右に捻るように振る、爬虫類特有の走り方で、細長い舌をピロピロさせながら私に迫ってきます。


右、左、右、左、右――ここです!


オオトカゲが右足を出したタイミングで、コテツを横に構えたまま私はオオトカゲに向かって飛び出すと同時に魔法を詠唱します。

『フィジカル・コンフィルマ・オムニス(身体強化・全)』

魔法の効果で加速して一足飛びに間合いを詰めると、オオトカゲの左足が踏み込むのに合わせて、その外側に身体を滑り込ませます。

オオトカゲは慌てて私に噛みつこうとしますが、踏み込んだ自分の左足が邪魔で私を噛めません。

そのまま横を通り抜けざま、水平にコテツを通します。それはオオトカゲ自身の突進力も相まって、何の抵抗もなく左足の付け根から、後ろ足を通り越して、尻尾の先までを深く切り裂きました。

コテツの切れ味はもの凄いですね。硬そうな身体を殆ど抵抗なく切り開いてしまいました。

私はそのまま横を走り抜けて、少し間合いを取ります。反撃を警戒したのと、返り血を浴びたくなかったので。

しかしオオトカゲは反撃の心配はなく、そのまま地面に崩れ落ち絶命しました。体長が大きいので血だまりもものすごいですけど……。

とりあえず他のオオトカゲがいないか周囲警戒です。どうやら最初に確認した4体の他に続くオオトカゲはいなかったようです。コテツを振って、血のりを落とします。

お義父様から教わったとおり『相手の重心を意識しろ』『相手の攻撃できない範囲を意識しろ』を実践してみましたが――うん。我ながらよく動けたと思います。お義父様なら今の動きは何点を付けてくれるでしょうか?

そう思いながらお義父様の方を見ると、両脇に血まみれのオオトカゲが伏せており、手に持つ豪槍「エクシード」には串刺しになったオオトカゲがぶら下がっていました。しかも最初に立っていた位置から殆ど動いていません。

さすがお義父様!外交は駄目でも、武力は並ではないです。頼りになります。

私はお義父様に駆け寄ります。

「お義父様!一瞬で3体も倒すなんて、流石です!カッコイイです」

「か、カッコイイか!?」

「はい。とても素敵だと思います」

「う…うううっ うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

お義父様の鬨の声です。

まあ別に、勝ち鬨でも、突撃命令でもなく、ただ単に私に褒められた歓喜の声なだけですけどね。それでもこんなことで喜んでくれるなら、褒めるのも吝かではありません。もちろん本心で凄いと思っていますよ。

お義父様の声に一瞬こっちへ向かって来かけていたオオトカゲの一群が恐れをなしたのか離れていきます。効果抜群ですね。

その代わりに、背後を守るクラウサの兵士さん達も怯えちゃってますが……。

「はっはっは!ユークリッド!お前もなかなかの動きだったぞ。とても初陣とは思えん!見事だ!」

「ありがとうございます」

良かった。私の方は合格点だったみたいです。


それからしばらく後続が来ないか警戒していましたが、オオトカゲは1体も寄りつかなくなりました。

「オオトカゲがこっちに来なくなったな」

それはお義父様の鬨の声のおかげだと思います。

「おそらく数が減って、適正個体数になったのだろうな」

あれ?他にちゃんと理由があるみたいです。

「適正個体数…ですか?」

「ああ。あのオオトカゲはおそらく『動物使役』の魔法で操っている魔物達だ。ただ、この『動物使役』は使用者の能力によって、同時に制御できる個体数に上限がある。その上限を超える個体数を一度に支配下に置こうとすると、1体1体の制御が甘くなってしまう」

「なるほど。だから倒されて数が減った事によって、操っている個体数が適正になり、細かい制御ができるようになったということですか」

「そういう事だ」

「でも、動物と仲良くなれる魔法だなんて良いですね。私も覚えてみたいですね」

「ふむ…オレは知らないが、グラヴィスは知っているかもな。しかし『対魔』の加護があるから、相手に効果を及ぼす魔法は使うのが困難かも知れないぞ」

「そうでした……残念です」

そんな事を話していると、オオトカゲに代わってハリスハンの陣から馬に乗った人影が近づいてきます。身につけているのは全身鎧と呼ばれるものですね。フルフェイスのヘルムを被っており顔は分かりませんが、男性のようです。

「はっ!はっ!はっ! クラウサ卿!急ぎゆえ馬上より失礼する。第8軍将軍ルプサ・リ・バルアです」

「ああ。バルア将軍、久しいな」

お義父様の知人の方のようです。

「ご無沙汰しております。先程、我が軍配下のオオトカゲがこちらに流れてしまった様子。もちろん敵対する気は一切ございません。正式な謝罪は後日、主様自ら行うとのこと。今はこのように乱戦ゆえ、馬上での謝罪で御容赦いただきたい」

「ああ。承知した!」

「御免!」

挨拶もそこそこにバルア様は駆けていきました。

「……良かったのですか?お義父様」

「ん?」

「お義父様なら、何か文句の1つでも言われるかと思ったのですが?」

「下の者に文句を言っても仕方なかろう。ハリスハン卿が後日謝罪すると言っているのだ。ここで細かいことを言ってもしょうがない」

「なるほど」

「それよりも、ここで我々が取るべき行動ってのはあるのだろうか?」

「……ここに至っては、殆どできる事は無いと思います。

ミリリバン、ハリスハン、いずれに助勢しても大義は得られないでしょうし、禍根を残すかと思います。それに助勢しても規模の小さい我が軍では歓迎されるかどうか。もしやるとすれば、あの両軍の境目に突貫して、両軍を強引に引き離して争いを止めることでしょうか」

「……それはオレはともかく、うちの兵士どもだけでは無理だろ」

「私もそう思います。だからもうできる事といったら、双方痛み分けぐらいで戦闘が終わるように祈る事と、戦闘終了後に領内に逃げ込んでくる他領の兵士がいないか見張っておく事ぐらいでしょうか」

小数の軍といえ、隧道の入口を塞ぐぐらいは可能でしょう。

「そうだな。将軍!」

お義父様は後ろに控えるゴンゴス将軍を呼びます。

「はっ!」

「兵をアカツキ隧道の出口まで下げるぞ。出口をしっかり塞げ。ドサクサに紛れて領内に入ろうとする者がいないかしっかり監視しろ。ただしこちらからは間違っても手を出すなよ」

「承知しました!」

将軍の指示に従って、クラウサ軍はアカツキ隧道の出口に向かって移動を開始し、私とお義父様も周囲を警戒しながら一緒に下がりました。


それから戦闘は小1時間程で終了した。


結果から言うと、ミリリバンが奇襲気味に開戦したわりには前半はハリスハンが押していました。兵士の練度の差でしょうか?魔人種固有の戦闘能力の高さの所為でしょうか。しかし数と装備品の質で勝るミリリバンが後半に押し返して、最期は双方痛み分けで終了したようです。

確かにハリスハンのオオトカゲによる突撃は有効でしたが、基本的に戦の大勢は蒼い血の者の動き次第でどうとでも変わるのがよくわかりました。

双方とも自軍に迫った敵軍の兵士を、将軍やその側近の蒼い血の者達が迫る敵兵を端から鎧袖一触で討ちとっていき、双方の攻める紅い血の兵士達がいなくなるまでそれはひたすら続きました。

最後に戦場に残ったのは蒼い血の方達と、多くの半死半生な紅い血の兵士達だけでした。

いくらオオトカゲが大暴れしても――

たくさんの紅い血の者達が命を落としても――

蒼い血の者が倒されない限りは戦は決着しない。そういうものなのだそうです。

双方攻め手の兵士がいなくなったことで、衝突は収まり、どちらからともなく陣を引いていってしまいました。

お義父様が私達に撤収の命を下したのは両陣営が完全に撤退したのを確認して半刻後の事でした。

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