ハリスハンとミリリバン 1 - ユークリッド
「お嬢様。この鎧はお嬢様には大きすぎるのでは?」
みんな慌ただしく準備を進めている中で、鎧の装着を手伝ってくれていたミーシャが懸念を口にします。
私も今はズボンタイプの動きやすい黒基調の服装ですが、この上から白いブレストメイルを着るところです。
確かにミーシャの言うとおり、首も脇も胸回りもお腹回りも全部ブカブカで、肩から掛けているだけのような状態になっています。
「ああ、これはそういうものなのです」
そう言って『アーミークトース(装着)』を唱えます。すると首元、脇周り、胸元が良い感じにフィットしたサイズに変化しました。お義父様から贈られた白銀のブレストメイルです。
「ほらね。ぴったりでしょ?」
「おぉ…さすがはお嬢様。素晴らしいです」
ミーシャは褒めてくれながら、現出したマントを綺麗に整えてくれます。
「ユークリッド、準備は良いか」
「あ、はい」
既に右手に朱の豪槍『エクシード』を握り、赤い全身鎧で身を包んだお義父様が馬車の前に立っています。
慌てて駆け寄ります。
「すみません、遅れました」
「仕方あるまい。急に召集したのだ。しかも初陣だ。さすがのユークリッドでも勝手が分かるまい」
そう――これから私は戦場になるかもしれない場所へと赴く。
事は突然起こりました。
私が蒼い血に覚醒するよりも遙かに以前から睨みあっている北の中領ハリスハンと南の中領ミリリバンが共に同時期に軍を動かし始めたという情報をお義父様が手に入れてきました。
この両者は私が蒼い血に覚醒した前後ぐらいにも軍を動かしており、隣接する領として、お義父様が仲介となって両軍を自領内に引かせたという経緯がありました。
しかしお義父様が仲介して軍を引かせてからまだ一月も経っていません。
お義父様が見送りに来てくれているグラヴィス達の方を向きます。
「慌ただしくてすまないが、しばらくクラウサの事は頼んだぞ」
「はい。お任せ下さい」
「いつものように、特令を除く全ての領主の権限を一時的にグラヴィスに委譲する。第2、第3連隊もすぐに招集可能な状態で待機させている。何かあれば使って構わない」
「承知致しました」
グラヴィスが恭しく答えて、それにお義父様も肯いて返します。
まさに主従のやり取りです。
……。
う~ん……間違ってはないのだけど、何だかなぁ……。
「……ユークリッド、どうした?」
え?
お義父様が怪訝な顔でこちらを見ています。気が付くとみんなの視線が私に集まっていました。
「どうしましたか?」
「あ……いや…何だか珍しく顔を顰めていたからどうしたのかと。何か懸念でもあるのか?」
わっ……顔に出てたみたいです。慌てて頬を抑えますが手遅れですね。
「あはは……えっと………お義父様とグラヴィス。婚約者同士ではないですか。だからもう少し何かあってもいいんじゃないかなぁ~……とか思って……」
あ~……
みんな、呆れたようにぽかぁ~んとした顔をしてます。それはそうですよね。あのお義父様ですら私の発言に困った表情を見せています。
でも、何故か当人のグラヴィスだけが口元を手で隠しながら可笑しそうに笑っています。
「ユークリッド。一応、公式の場なわけだしな」
「分かっています。でも夫婦は仲良く、互いを思いやる気持ちが見えた方が、周りも見ていて安心します」
全く覚えていないけど、紅い血の頃の家庭はおそらくそんな雰囲気は無かっただろうから、夫婦のそんなやり取りに純粋に憧れます。
それにお義父様とグラヴィスが一緒に居るところを見る機会があまりないので、2人がどんな感じで会話をしているのかとかとても興味があります。
「いや…そもそも、まだ夫婦では――」
「ふふふ…」
お義父様の言葉を遮るようにグラヴィスが喋ります。
「確かにこれから戦場に向かうであろう婚約者に対しては、ちょっと他人行儀なやり取りだったかもしれませんね」
軽く笑みを浮かべています。ちょっと悪戯っ子が浮かべそうな笑みです。グラヴィスがそういう笑い方をする時は悪い事を考えているときです。
「フォーティス様」
グラヴィスがお義父様の方に近づきます。
近づきます。
まだ近づきます。
まだまだ近づきます。
そしてお義父様の目の前まで来ました。逆にお義父様の方が腰が引けて半歩下がってます。
しかしそれを追うようにグラヴィスは手を伸ばして、お義父様の手を取りました。
「ぐ、グラヴィス?」
「戦になる可能性が少なからずあるという事は分かっております。ですから、個人的にはとても心配ですけど………栄えある「プリム・アグラム」の一領主として、歴史ある名家の名に恥じないご活躍をクラウサから祈っております」
そう言ってグラヴィスは握っていたお義父様の手を―――自分の頬に添えるように触れさせます。
おぉぉぉ~!?
恋人、恋人みたいですっ!
「……こんな感じで宜しいですか?ユークリッド様」
「うんうん!とても良いです!」
グラヴィスは悪戯じみた笑みを浮かべているので、私に付き合って演技してくれたのでしょうけど。うん。満足です。
「……満足か?」
お義父様が仏頂面で言います。
はい!お義父様の顔が少し赤いところも大満足です。
「…いくぞ」
お義父様は顔を変えずにそのまま皆に背を向けて、クラウサの家紋が掛けられた馬車に乗り込みました。




