シルバーヘッド鉱山からの報告と緊張感 - ドリゴ
「いやぁ~姫様にまた会えるなんてワクワクするなぁ~」
「何だよ、お前。姫様みたいなのが好みなのか?」
「わ、悪いかよ。如何にもお嬢様って感じだし、すげぇ可愛いじゃねぇかよ。何だよあのキラキラ輝いてるような肌とか、まだ誰も歩く前の積もったばかりの新雪のようだったぜ」
「まあ、確かにすげぇ可愛いのは認めるけど、もうあと5年、いや3年、年を取ってれば。全然いけるんだけどなぁ」
「3年でもお前との年齢差的にはアウトだろ」
「なんだよ、そういうおっさんだって姫様に『大丈夫です』って微笑み返された時にはデレデレだったじゃなぇかよ」
「あ、あれはそういうんじゃなくて………ウチの娘もあれぐらい素直ならいいなぁとか思っただけで…」
「そっちの方がなおキモイっての」
「わっはっは、違いねぇ~」
こ、こいつら……緊張感がなさ過ぎる!!
儂の後ろから聞こえる雑談にイライラしながらも、いつもの坑道内での怒号をこんな場所で落とすわけにもいかない。こいつらもさすがにもうすぐ大人しくなるだろうと諦めた。
儂らは約束通り、領主様の屋敷の正面玄関前に立つ。
坑夫仲間3人を引き連れて、先日の鉱脈が軟化した調査結果を報告に上がったのだ。
坑道全域の調査自体は2日間で完了させて、姫様に報告の機会を頂けないか打診したところ『お義父様も一緒に報告を受ける』と言われて、こうして領主様の屋敷まで報告に伺ったというわけだ。
しかし………姫様のお義父様って領主様だよな!領主様に対面で報告しないといけないのかっ!?
ああぁぁーー!
……緊張で心臓が止まりそうだ。
「ん?おいドリゴ。顔色がすげぇ悪いぞ?大丈夫か?」
「大丈夫か?だと……」
イライラが募って声を掛けてきた仲間をにらみ返してしまう。
「大丈夫なわけないだろうが。これからご領主様と面会するのだぞ……緊張しすぎで、腹を通り越して、胸が痛くなってきた……」
何だか本当に胸が痛い気がしてきた。胸を擦りながら顔が歪む。
「はっはっは。大丈夫だっての。あの姫様も一緒に話を聞くって言ってくれているんだから、悪いようにはしないはずさ」
簡単に言いおって………。
確かに姫様が同席してくれるのがせめてもの救いではある。
*
約束の時間よりも1時間早くお屋敷の前に集合していた。
当然だが遅刻など絶対に厳禁だ。
門構えとその先に広がる庭園やその奥の屋敷はとても立派だが、相変わらず人の気配が少ないお屋敷だ。待っている間も殆ど人の出入りは無かったが、門兵が立つよりもさらに外の門の端の方で邪魔にはならないようにジッと時間が来るのを待つ。
そして約束の時間と同時に、使用人の女性が正面の玄関に現れた。
お嬢様が坑道に視察に来られた時に一緒に居た侍女2人とはまた違う女性だ。お嬢様と同じ黒髪が珍しい、10代後半の大人しそうなメイド服の少女だ。
「ドリゴ様と坑夫の方々ですね。お待ちしておりました。どうぞご案内致します」
「どうも…」
どう返答すれば良いのか分からず、何となくソレっぽいことを口にすると、肯定と受け取ったのかメイドの少女は表情一つ変えずに歩き出す。儂らは置いてかれないように慌ててそれについていった。
屋敷の中も外と同様に人が殆どおらず、儂らの歩く足音だけが響く長い廊下を進んだ先でメイドの少女が立ち止まって振り返った。
「こちらでご領主様、姫様がお待ちです」
そう言ってこれまた重厚で高そうな木製の扉に手を掛けた。
「シルバーヘッド鉱山、坑夫長ドリゴ様、他、坑夫の者達がお目通りを願っております」
「ああ。入れ」
「失礼致します」
メイドの少女が重厚な扉を押し開けると、中は来賓を迎える部屋のようだった。
部屋の中央には一枚モノの木板を利用した長机。その両端には白いソファーが並べられている。
そしてその両端の奥の側に姫様と―――遠目で何度かご尊顔を拝したことがあるご領主様が座られていた。
ふぅ~……落ち着いていけよ。儂。
「こ、今夜はご尊顔を拝しましたこと、恐悦至極に存じます。シルバーヘッド鉱山で坑夫長を務めさせていただいております。ドリゴと申します。以下は同じくシルバーヘッド鉱山で働いている者達です」
「………」
ご領主様から何も返事はないが、ここで顔を上げて確認などしてはいけない。顔をあげてよいのはご領主様が許可したときのみ。これ以上発言しても良いかどうかもご領主様が許可したときのみだ。
「………おもてをあげろ」
許可が出たので顔を少し上げる。
………え?なぜ?
何故か分からないが、ご領主様が大変不機嫌そうに見えるぞ。心なしか睨まれてさえいる気がする。ま、マズい、なにか粗相をしただろうか!?
「貴様がドリゴか」
「は、はっ!」
「……娘が鉱山視察の際には世話になったらしいな」
「は、はいっ!姫様にはわざわざご足労いただき鉱山の現状を確認いただけました事。大変感謝しておりますれば、しかもそれだけでなく生産をあげられないという問題についても解決していただき、日々感謝を忘れた事が無く、しかも我々紅い血の者たちの話にも耳を傾けていただけるということ自体が、それだけでも希有なことだと言うのに、さらに紅い血の者だというのに坑夫達の心配までしていただいた底知れず懐深くとても拾い心の持ち主だと感服しつつ―――」
「……長い」
「――は、はい!…あ、え?」
「話が長い」
「あ……………も、申し訳ありません!!」
や、ややや、やってしまった!?
考えていた台詞をすべて一気に言ってしまったっ!?
後ろに控える仲間達も文字通り息を止めて微動だにできなくなっているのが肌で感じた。
「……ぷっ」
そんな凍りつきかけていた部屋の空気を吹き飛ばすように、一人の噴き出すような声がなった。
姫様だった。
「ふふふふ……お義父様、ドリゴやみなさんは緊張しているのですから、あまり冷たく話しかけないであげて下さい」
「ふん。別にそんなつもりはない。普通だ。長いから要点だけを話せと注意しただけだ」
「だ、そうですよ。ドリゴ。お義父様はとくに怒っているわけでも、不機嫌だというわけでもありませんから。普段通り話をしてくださればいいですよ」
そう言って、いつぞやと同じように儂に小さく微笑み返してくれる姫様。
いや……流石に普段通りは無理ですが―――変な緊張は吹き飛びました。ありがとうございます。
「……それと。お前達、立って報告しろ。そこに跪かれるとこの机が邪魔でこっちからお前達が見えない」
自分の目の前の机をコンコンと軽く叩きながら領主様が言われる。
姫様のような優しい口調ではないが、確かにその淡々とした口調は機嫌が悪いというわけでもないようだ。
「は、はい。では失礼ながら――」
儂がそう言って立ち上がったのを見計らって、後ろの者達も立ち上がった気配がした。
「…要するに、娘のおかげで鉱山の環境が改善したから感謝に堪えない。
そういうことだろう?」
「は、はい!まさに仰るとおりであります」
「そうでしょうか?私が何かしたから改善したという証拠も特にありませんが……」
姫様が控えめに謙虚な発言をされるが、あの状況では姫様のおかげ以外にありえない。
「いえいえ!これはまさに姫様のおかげとしか言いようがございません。感謝してもしきれません」
「ふふふ、別に私がどうにかしたとは限らないですよ?」
「いいえ!姫様がお手を触れられた時から岩質が明らかに変異致しました。儂は無学で、全然物を知りませんが、こと岩の事に関しては長い経験がございます。間違いありません」
「わかった。ユークリッドが多大な貢献をしたのは既に理解している。今日聞きたいのはその先の話だ。掘りやすくなったことで具体的にどのくらい採掘量を増やせるのだ。そういった話を聞かせろ」
優しい声色の姫様とは違い、領主様の声は抑揚無く淡々と、しかし何故か腹にズンと響く声だった。だからといって震えて返答が遅れては駄目だ!
「……5倍、は確実に増やせるかと……ただ、現在10名の坑夫で2交代で掘っていますが、この人数では掘りやすくなったとは言っても、限界がございます。もう少し人が増えれば――」
「では、何人必要なのだ。具体的に申せ」
「……まずは、倍の20名で十分かと。坑道はまだ狭く、一度に多くの坑夫を入れても効率は上がりません。坑道を伸ばしていく過程で少しずつ人を増やす事をお許し頂けるのならば………当面の目標としては100名ぐらいまでは増やしたいかと。その頃には現状の20倍、いや40倍の量を採れるかと思っております」
「ふむ――」
領主様が顎に手をやり思案顔をされる。そして徐ろに横を見る。
「――ユークリッド。今の話、どう思う」
「はい。経験に裏付けされた良い案かと思います。この場で一番鉱山について詳しいのはドリゴです。彼に増員のタイミングなどもすべて任せてしまった方が宜しいかと思います」
そう言って儂に微笑みかける姫様を目にした瞬間―――儂は身体が震えるのが止まらなくなった。
これは恐怖の震えではない。
歓喜の震えだ。
坑夫として長年勤めてきた経験や知識を、まさかあの蒼い血の方々に、しかも領主一家に認めていただけるなんて。何より紅い血である儂に全件を任せるという―――ここでご期待に添えなければ、儂は何を百年近くも坑夫を続けてきたのか。意味が無くなってしまう!!
「はっ!お任せいただければ、必ずや成果を上げてみせます!!」
「お義父様、いかがですか?」
「ふむ……」
ご領主様から値踏みするように見られるが、ここで視線を逸らしたりすれば自信が無いと受け取られかねない。儂はジッとご領主様の視線を受け止めた。
すると微かにご領主様が笑みを浮かべたように見えた。
「問題ない。ユークリッドの言う通り、坑夫長に一任しよう」
「ドリゴ、よかったですね。お義父様から許可を頂けました。これからも定期報告は欠かさずに、それと当面の必要な資材や資金は申告してください。可能な限りすぐに準備します」
「はい!」
「期待していますよ」
「ははぁ!!お任せくださいっ!!」
*
「ふはぁ~生き返る~」
領主様、姫様との会談を終えて領主屋敷から出たところで連れの者達が深呼吸するように声を漏らした。
屋敷に入る前はあんなに喋り通していたくせに、屋敷に入った途端一言も喋らなくなりおって……こいつらは。
「お前ら!分かっているんだろうな」
「へ?」
「へ?じゃねぇ!蒼い血の方々が儂らに鉱山を完全に任せると言われたんだ。もしこれで結果が出なかったら、家族もろとも打ち首だ」
屋敷から無事出られた安堵感が吹き飛ぶように絶望に表情を浮かべる。こいつら…気が付いていなかったのか。
「ど、ドリゴ、どうするんだよ」
「慌てるんじゃねぇ」
そうだ慌てるな。
確かに全権任されたが、それは儂らだけでも出来ると見込んでくれたからだ。何よりあの姫様の期待にはなんとしても応えたい。
「心配するな。普通に掘れるなら先月よりも、去年よりも、生産量上がるのは当たり前の状況なんだ。怠けず働け。それだけだ」
「そ、そうだよな……普通にやれば今までよりも掘れるのは間違えないんだ」
「そうだ。しかも生産量が増えればもしかしたら褒美が貰えたりするかもしれないぜ」
「おぉぉ!確かに」
現金なものですぐに顔色がよくなりやがった。しかし嘘はついてない。勝算どころか勝って当たり前の状況だ。
「よしお前ら!早速鉱山戻って計画立て直すぞ」
「おっう!!」
儂のかけ声に、元気を取り戻した仲間達が応える。
これからが本当の正念場だ。




