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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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クラウサとミリリバン - フォーティス

ペテロニア・リ・シルバーグリッジがミーシャに案内されて部屋を出て行く。

ふぅ~……。

相変わらずペテロニアのヤツと話をしているとイライラする。どうしても損得勘定で物事を判断しているところがにじみ出ている。オレはヤツのようなのは生理的に受け付けないのだろうな。

しかもそれ以上の問題として――チラチラとユークリッドの方を流し目しおってから……

「……目を潰してやろうか」

無意識に動いていたオレの唇を、何かヒンヤリしたモノが吸い付く。

それは隣に座るユークリッドの左の人差し指だった。立てられた指は唇に沈黙して欲しそうにくっついた。

オレが疑問を顔に浮かべると、ユークリッドは空いている右手の人差し指を自分の唇に同じように立ててから、スッと立ち上がった。

そして、先程までペテロニアが座っていた対面のソファーに触れる。


ぱきん


甲高い小さな破壊音がした。なんだ?

「お義父様、失礼しました。もう良いですよ」

「今のは?」

「おそらくシルバーグリッジ様はコッソリと何か魔法を仕掛けて行ったようです。例えば盗聴などを可能にする魔法でしょうか」

驚いた。

盗聴に意識が向いた事も驚いたが、自分の加護を昨日の今日でもう使いこなしていることに。

「今のが『対魔』の加護の力なのか?」

「はい。シルバーヘッド鉱山でもこれと同じ事が起きました。あれから色々と調べてみたのですが、自分で言うのもあれですが結構便利ですね。私の能力」

ユークリッドはクスクスと小さく笑いながらオレの隣に座り直した。

いや『結構』どころではないぞ。これはいよいよ心配になってきた。いつか必ずユークリッドを利用しようとする者が現れる。

だが、オレがこの優秀だが小さな娘を守ってみせる。

―――今度こそ。

「お義父様?」

いかんいかん。険しい表情でも浮かべてしまっていたのかもしれない。少し心配そうにユークリッドが私の顔を覗き込んでいる。顔を揉んで誤魔化す。

とりあえず今は先程の話だ。

「大丈夫だ。それよりも……先程の話。ユークリッドはどう思った」

「私の意見ですか?」

「ああ。ユークリッドの考えが聞きたい」

「……私は今の2領が睨みあっている状況は、決してクラウサにとって悪いことばかりではないと考えています。逆に2領いずれかが相手を圧倒してしまうと、クラウサの立場は難しいものになるかと思います」

「その心は?」

「確かに2領が睨みあうことでクラウサと都を結ぶ街道周辺の治安が悪くなるのは、クラウサにとってはデメリットです。しかし現状、街道を利用しているのは数少ない隊商が殆どです。いくら2領でも複数台の馬車で構成した隊商を襲うという事はしないかと。それならば通商が今よりも活発にならない限りは大したデメリットにはなりません。

対して2領のいずれかが街道周辺を完全に手中に収めた場合、クラウサの外への出口も含めて、周辺を1つの領地が治める状態になってしまいます。この状態で次に手を伸ばすのは――」

クラウサという事か。頭のよく回る子だ。

「さらに北の間道を案内するだけとのことですが、その存在とルートが他領に明らかになるのは防衛上の不利となります。

逆に他領の兵を案内する事でのメリットは殆どありません。

あえて意義を言うなら、戦を早く終わらせて死傷者を抑える。と言えなくもないですが、聞く限りは大規模な戦闘は起きておらず、双方が睨みあっているだけとか」

「ああ、その通りだ。あっても主力同士を温存するような小競り合いだけだ」

「それでしたら何も気兼ねなく、現状維持を選択することがクラウサに取っては最良なのかと思います」

なるほど。理路整然と非の打ち所の無い話だ。納得できる。

本当にこの子はつい最近まで食べるのにも困るような紅い血の家庭の娘だったのだろうか。ほんの少しの情報でこれだけの答えが、そんな娘に出せるものだろうか?

「……わかった。それならば、あのコウモリには何て答えればいい?」

「コウモリですか?」

ユークリッドが小首を傾げる。

「あぁ、そうか……ヤツのように色々な勢力にコロコロと鞍替えする身の軽いヤツを、ナイトウォーカーの間では『コウモリ』と呼ぶ。一寸先はどうなるか分からない世の中を、闇に例えて、闇の中でも何処にもぶつからずに器用に飛び回るコウモリのようだ――と言う意味だ」

「それは蔑称ですか?」

「そうだな。悪い意味で使われることの方が多いな」

「なるほど。さすがお義父様、勉強になります」

まあ……あまり知らなくても良いことだけどな。

「返答としては、現時点では断るしかないかと思います」

「ミリリバンと敵対する事にならないか?」

「協力の拒否を明言する必要はないかと思います。ただ、今回の協力案については実現できないとだけ伝えれば良いかと思います。

『北の間道というのは昔はあったかもしれないが、現在利用している者はおらず、案内できる者もいない』と言う感じで答えれば良いのではないでしょうか?」

「それでヤツが納得するだろうか」

「もちろん納得はしないと思います。でも一旦引くでしょう。

こちらの言葉の真偽は判断がつかないですし、何よりこの部屋に魔法を仕掛けていたのがバレた事には、向こうも気がついていると思います。その事にこちらからあえて触れなければ、相手に対して良い牽制になります」

「なるほどな……しかしそれでは時間稼ぎにしかならないのではないか?」

「おそらくそうだと思います。なので、コウモリさんが帰られるのに合わせて、今度はこちらから2領へ『和平交渉の場を中立の立場で準備する』などと提案してみては如何ですか?第3者からの和平への調停です。頭ごなしに断りはしないでしょうし、クラウサが双方と繋がりがあるという事が暗に伝われば、闇雲に一方が圧力をかけてくることも無くなるかと」

……何だこの子は。本当に驚かされてばかりだ。

つい感極まって――

「ユークリッドぉぉぉ!お前は何て頭が良いのだぁー!オレは感服したぞ!!」

――自分の大きな身体いっぱいで、小さなユークリッドの事を抱きしめていた。

「はいはい。分かりましたから、苦しいので抱きつくのは止めてください」

胸元から娘の冷めた声が漏れていた。

渋々離れると、そこには半眼で見上げるユークリッドの顔があった。

「つれないなぁ~ユークリッド」

「もう色々と慣れました」

とくに顔を赤らめるでも無く、嫌だと暴れるでも無く、淡々と答えるユークリッドだった。

まあ『嫌だ』とか『暑苦しい』とか『臭い』とか拒絶されないだけマシと思うことにしよう。

『嫌だ』はともかく、『臭い』何て言われた日には立ち直れないかもしれん……。

い、いや!これはそういうのではなく、恥ずかしいのを誤魔化しているだけで、内心はオレに抱擁されて大層興奮しているはずだ。そうに違いない。

「……何か。とっても失礼な事を考えていませんか?」

「……べつに失礼な事など考えておらん」

「そうですか」

淡々と答えるユークリッド。

……興奮しているのくだりは流石に考え過ぎだったかもしれない。

「それで、お義父様は如何されるおつもりですか?」

「む………ユークリッドの案を採用しようと思う」

「宜しいのですか?」

「ああ、宜しい―――というか、ユークリッドの案以上のものがオレには思いつきそうにもない」

「えっと……もうちょっと頑張って考えてみませんか?お義父様」

「いや、時間の無駄だろう。ユークリッドの案でいくぞ」

「えぇえ……」


お世辞抜きでユークリッドの案は理路整然とまとまっていたし、何よりこれよりも良い案が浮かぶとは思えない中で無駄に使者を待たせるのも悪手だろう。この場には数少ない蒼い血の者が2人も居るのだ。意思決定は迅速に見えた方が良いだろう。

早速ミーシャに別室で待機させているペテロニア・リ・シルバーグリッジを連れてきてもらう。

連れてこられたペテロニアは、流石と言うべきか魔法が解除されたという焦りの素振りは一切見せていない。

「ご使者殿。今回の協力案についてだが、応えることは出来そうにない。

そもそも北の間道というのは昔はあったと聞いたことはあるが、現在利用している者はおらず、案内できる者もいないのだ」

「……そうですか。それは残念です」

「ミリリバン卿にはそのように伝えていただけるか」

「承知致しました」

ペテロニアは深く頭を下げると、チラッとユークリッドの方を一瞥したように見えた。

肝心のユークリッドは微笑を浮かべるだけで一言も発することはない。

おそらく養女だから控えめな態度を取るように心掛けているというのと、領主であるオレを立てて控えたというところだろう。

ユークリッドからの発言はとくにないようなのでペテロニアとの会談もここまでだ。

ペテロニアにとっては短い滞在となってしまったが、とくに不平を見せずにそそくさと帰領していった。

ユークリッドの言うように、魔法を仕掛けていた事について特に言及されないのも逆に居心地が悪くしていたのかもしれない。

とりあえず次はこちらが行動する番だ。ユークリッドの提案通りにハリスハン、ミリリバンの両領へ仲介する準備がある事を早急に通知しなくてはいけない。相手が次の動きを見せる前に。

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