ミリリバンとクラウサ - ペテロニア
アカツキ隧道のクラウサ側の出口には、隧道を通る者達の身元を確認するための関所が設置されている。
関所には常に数名の兵士が常駐しており、行き来する者達を止めて、その身元と目的を確認している。
今も1台の馬車が関所の前に留め置かれていた。
馬車の持ち主は見当たらないが、その従者らしき身なりの男と兵士2名が何やら言い争いを続けている。
その言い争いは、クラウサの街の方角から馬で駆けてきた兵士が報告するまでしばらく続いた。
そして、報告を受けた兵士2名が関所の開けたことでようやく馬車が動き出した。
その車内からは苛立たしい声が漏れてくる。
*
「全く…私を誰だと思っているのやら。これだから田舎者どもは嫌いだ」
とは言え、アカツキ隧道の出口にある関所でなかなか許可が下りなかったのは今回が初めてかも知れない。いつもだったなら蒼い血だと証明するだけで、身元などを詳しく確認することなく入領できていた。
それが今日はわざわざ屋敷に居る領主に確認を取ると言ってダラダラと待たされたのだ。
今までこんなに入領に手続きを求められたのは記憶にない。何か変わったのだろうか。
………ふん。
情報が無くては考えても仕方がない。気分転換に外に目を向ける。
「それにして……あいも変わらずド田舎だな。ここは」
馬車についた小窓から夜のクラウサの街を眺める。
真夜中というわけでもないというのに、街道沿いの建物から漏れてくる灯りは疎ら。しかも街道に立つ街灯自体が少ないため、街全体が暗闇に覆われている。活気が感じられなかった。
まあ、単純に活気がないだけではなく、ナイトウォーカーには夜の灯りはあまり重要じゃないという事ももちろんある。
「それは仕方ないのではないでしょうか。領地も人口も我がミリリバンの5分の1以下。誇れる技術や特産品があるわけでもありませんから」
向かいに座る紅い血の執事が口を開く。会話相手として馬車に乗っている間は発言を許している。いや、道中私を飽きさせないように発言する事を命令している。だから話題を探すのに必死なのだろう。
この役目が無ければ、紅い血の者など馬車の外を歩かせている。
「ふん。貴様はもう1つ重要な事を忘れているぞ。蒼い血の者が領主殿1人だけという寂しさだ。それでは領地が栄えるはずも無い」
「失礼ながら。去年、お一人増えたのではなかったでしょうか?」
「ん?あぁ……」
神官服を身に纏う銀髪の娘が脳裏に浮かぶ。
「……居たな。あの女狐が」
「女狐……ですか?グラヴィス様はお噂を聞く限りは、女狐という印象では――」
「ふん!貴様は本人を実際に見たことないから知らないだけで………あぁぁ!やめだ!やめ!この話題はもうするな!嫌な事を思い出す!」
「も、申し訳ございません!!」
私の声に慌てて、狭い馬車の中で土下座しようとしたが、狭すぎて上手く出来ずに変な姿勢で中途半端な謝罪をする。馬車の狭さも考えずに……本当に紅い血の者どもは阿呆ばかりだ。
しばらく謝罪を繰り返していたが、いい加減狭いところでウロウロするな。殺すぞ。
「……もうよい。それより何か他に面白い事を話せ」
「は、はっ!……そ、それでは………あぁぁ、く、クラウサ卿が最近若い蒼い血の者を養女に迎えたという噂を聞きました。今夜、もしかしたら会えるやもしれません」
「…ああ、あれか。最近はあまり聞かなくなった紅い血の者からの覚醒で蒼い血の者になったという平民あがりの娘か?ふん。純血じゃない者を――混血者を蒼い血などと呼ぶな。腹立たしい」
「も、も 申し訳ありません…」
「ふん…」
まったく。ろくに時間つぶしの会話もできないとは。紅い血の者は本当に馬鹿ばかりだ。
決して大きくないクラウサの街に入ってしばらくすると、その先にある領主の屋敷に到着する。
「と、到着致しました」
「ああ」
執事は明らかにホッとした表情を浮かべる。
ふん。満足に会話を盛り上げることも出来ないとは。こいつは領に戻ったら首だな。
そんなことを考えながら、何気なく馬車を降りたところで―――
目の前の光景に目が離せなくなった。
数年前に訪れたことがあるクラウサ卿の屋敷は、玄関周りの植木が前回訪問時よりも幾分手入れされている気がするだけで、玄関までの石畳も、玄関周りの装飾も、扉も、何も代わり映えがしなかった。
ただ1つ――玄関に立って私を出迎えた者が違った。
暗闇に溶け込むような長い黒髪と対照的に仄かに光っているかのような白い肌、整った容姿に、スラッとした手足、精巧に作られた等身大人形に目を奪われた。
「お待ちしておりました」
人形が喋った!?
――いや、既に頭では理解していたが、彼女は人形ではない。
「君は?」
目の前の少女が誰なのかはおおよそ予想は付いていたが――
「初めてお目に掛かります。私はユークリッド・ル・クラウサ。先日、領主フォーティス・ル・クラウサによって養女にしていただき、クラウサ家の末席に加えていただいたものです。以後、お見知りおきを」
予想通り、噂の混血者だった。
しかし――
「これはこれは、わざわざ出迎えいただき感謝いたします。ユークリッド殿。私はペテロニア・リ・シルバーグリッジ。我が主、アリガナ・ル・ミリリバンよりクラウサ卿宛てに親書を預かっております」
顔の表面だけでだが微笑みを作って答えてやる。
混血種というだけで気に食わない存在ではあるが、意味なく敵対する事もあるまい。それにこの整った容姿に加えて、小領とはいえ領主の1人娘だ。繋がりを持っておけば追々何かの役に立つだろう。
「既に父には連絡をしております。すぐに面会可能とのことですが、今からご案内しても宜しいでしょうか?」
「ええ、是非お願いします」
「はい。ではこちらへ」
ユークリッドは柔らかい微笑みを浮かべながら、私を屋敷の中へ促した。
側仕えには馬車を見ておくように言い残し、私は彼女のあとに続く。
ユークリッドに案内されながら、彼女の歩く姿勢を後ろから観察した。
ん……本当にこれが紅い血の者から覚醒したばかりの混血者だというのか?何故歩き方がこんなに洗練されているのだろうか。身体のブレも上下への変な動きも無い。スッと空気を切るような音が聞こえてきそうな程、無駄の一切無いとても綺麗な歩き方だ。
クラウサ卿が教えたのだろうか?
いや、クラウサ卿はお世辞にも社交スキルが高くはない。
どちらかと言うと他の蒼い血の者達と比較して低い。自分の社交スキルすら磨けていない者が、他人の、しかも異性に指導できるとは思えない。
可能性があるとすればあの女狐だ。あいつは男を誑かすために一通りの社交スキルを身につけていたはず。人に教えるのも容易いだろう。
しかしこの娘が覚醒したのはつい先日のはず。そんな短期間に混血種の娘がこんなになるだろうか?
考え事をしているうちに目的地に着いたようだ。応接室へ案内された。屋敷の中の間取りも以前訪れた時から全く変わっていない。
ユークリッドは綺麗な姿勢で扉を控えめにノックする。
「お義父様、ご使者様がいらっしゃいました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼致します」
扉を開けて、私を中に招き入れる。
正面のソファーにクラウサ卿が座っていた。
相変わらず、無駄にデカい男だ。
室内に入って頭を下げる。若輩とはいえ、相手は一応領主だ。癪ではあるが、こちらが礼儀を示す必要がある。
「今夜、この月が白く輝く夜にお目通りできたこと、大変嬉しく思います。クラウサ卿」
「ああ、オレもだ。久しぶりだな。シルバーグリッジ殿」
クラウサ卿が向かいのソファーを薦めてくる。もちろん腰を下ろす。
「今日はどういったご用件かな」
「はい。目を通していただきたいものがあり持参致しました」
目的のものを防水加工した皮のカバンケースより取り出す。
「こちらが我が主アリガナ・ル・ミリリバンより預かった親書になります」
羊皮紙のレターケースから取り出したミリリバン家の家紋で蜜蝋された手紙を、恭しくクラウサ卿の前に差し出す。
「確かに。確認しよう」
クラウサ卿は蒼い血の者にして無骨な指を器用に動かして、封を切ると、中の手紙を広げて読み始める。
しかしクラウサ卿はすぐに顔をあげる。
それもそのはずだ。親書の内容は大した事が書かれていない。定型の挨拶文だけだ。本題は別にある。
「……シルバーグリッジ殿。これは?」
「申し訳ありません。親書には書けないような重要な話がございます」
訝しげな表情を浮かべるクラウサ卿。
蒼い血の者達の貴族社会では、こんなやり取りはざらにあるだろう。察しろ。
内心毒づく私を余所に、クラウサ卿は手に持った親書を畳んでテーブル脇に置き、改めてこちらを向く。
「それで。シルバーグリッジ殿、重要な話とは?」
「クラウサ卿。これは大変内密なお話でございます」
私は視線で暗に人払いを求める。
しかしクラウサ卿は私の視線を外して、壁際に控えるユークリッドを見る。
「ユークリッド、自己紹介は済んでいるのか?」
「はい。先程、玄関で」
「それでは結構。シルバーグリッジ殿、知っての通りユークリッドは私の娘にして蒼い血の者だ。同席させてもらうぞ」
政は蒼い血の者だけが行える。逆に言えば蒼い血の者ならば政に口出ししてもよい。
さらに相手は養女で混血者とは言え、領主の娘………拒否するのは無理か。
「ええ、もちろん。姫様が同席しても問題ございません」
「うむ。ユークリッド、こちらへ来なさい」
「はい。失礼します」
クラウサ卿は娘を自分の隣の席に招く。娘は小さく微笑み、私とクラウサ卿に軽く会釈をして席に着いた。
父娘関係はそれなりに良好というところか。
「――それで、文面には残せないような内密な話とは?」
「ええ。これは双方にとって文章で残っているのが見つかった場合に都合が悪いと思われる話にございます。まずはここだけの話。他言無用をお約束ください」
「誰に見つかったら都合が悪いのだ?」
「もちろん、北の野蛮なオオカミどもに、でございます」
「――分かった約束しよう。話してみろ」
クラウサ卿は一瞬思案顔になるが、ほぼ即答した。
この男、お世辞にも謀が得意ではないためにあまり深くは思案していないだろうが――しかし何やら武人の心意気だか心構えだかを重要視しているらしく、口先だけの返事をしたり、約束を違えたりというような事はしない。
まあ、そういう意味でもとても御しやすい男だ。
「ありがとうございます。
まず、我々としましては北のオオカミどもとの戦争をこれ以上続けたくないという思いがございます」
「ふむ……」
「そのためには、敵を圧倒して黙らせられる大きな戦果が必要となります」
「ん……和睦ではないのか?」
「和睦など一時の休息でしかございません。過去のやり取りを鑑みればクラウサ卿もよくおわかりかと思います。双方とも互いに疑心暗鬼に囚われて相手を信じる事ができておりません。こんな状況で和睦など成り立ちましょうか。
いえ、成り立ちません。ここに至っては一度相手を力で圧倒して黙らせる他ございません」
私の口上にクラウサ卿はとくに反応を示さないが、その隣の娘は微かに顔を顰めた。
おそらく戦火が激しくなる事への忌避感なのだろう。
実に甘っちょろい事だ。この混血者には紅い血の者達の考え方がまだ残っているようだ。為政者としての純粋な蒼い血の者とはやはり反応が異なる。
「それで、戦が必要だという考えは理解した。それは……我がクラウサにも戦争を手伝えと言うのか?」
「はっはっは、クラウサ卿には兵や資金、糧秣などを出せなどとは申しません」
そもそもこの貧乏領地にそんな事を期待してはいない。
「……それでは?」
やっと本題に入れる。
「北の間道を。使わせて頂けないでしょうか?」
「北の間道?」
「ええ。北の間道です。クラウサを囲む険しき四方山脈を北へ越えられる峠道があると聞きおよんでおります。是非、その間道を利用させていただきたい」
「それは…その間道を貴領の兵士が利用するという事か?」
「ええ。場合によってはそうなる可能性もあるかと」
言うまでもなく、その可能性しかない。さすがにそれぐらいはクラウサ卿も察するだろう。
「もちろん、利用させていただけるのならばそれ相応の報酬をお支払いします」
「報酬?」
「ええ。それと今、北のオオカミどもとの係争地となっている隧道の西の出口周辺について、クラウサと我々で分割して管理する土地にしても良いと領主様は考えております」
「分割管理だと?」
「ええ。過去にかなり遡れば、西側の出口周辺はクラウサ領だったこともあったかと。クラウサと我々で管理するのが正しいと我が領主もお考えです。
隧道の両出入り口を管理できるようになるのはクラウサにとっても利が多いかと思います」
クラウサ卿は少し渋い表情を浮かべる。
まあ、そうだろう。こいつは先に言ったように損得勘定で動くようなヤツではない。利があると言われて飛びつくどころか、不快に思うだろうな。
だからこいつの場合は――
「そもそも北のオオカミどもが彼の地を領有していた歴史は無く、それにも関わらず軍を動かしてくるのは領土的野心があるとしか思えません。彼らの好戦的な性格を我が領民は皆知っておりますれば、軍を動かすオオカミ共に領民の不安は最高潮に高まっているのです。その不安を解消してやることは為政者として当然の使命ではないでしょうか?
是非、クラウサのお力をお借りできないでしょうか」
「………」
領民や為政者の使命という話を持ち出すと、明らかに反応が良くなった。分かりやすいことだ。
一応、姫の方の反応も伺ってみたが、こちらはいずれの話でもとくに大きな反応は示さなかった。
この姫の方がよほど化かし合いには向いているのかもしれない。もしくは知識が足りなくて話しについてこれていないのか……
これで話がまとまるのならばそれで良し。断ってきたなら、断り方によってはそれを口実に次の動きが取りやすくなる。いずれに転んでもこちらにとっては悪くはない。
「クラウサ卿。ご検討いただけるならば、すぐにでも詳細を詰める用意がこちらにはあります」
そして私は最初と同様に深く頭を下げた。




