シャリアとエバン - シャリア
夏が近づいてきている。
日に日に太陽の日差しが強くなっていく事をひしひしと感じる今日この頃。
そもそもアタシは暑いのが苦手だ。
こういう時は蒼い血の方々のお世話シフトの方が良いと感じてしまう。何せ、日中は日差しを遮断した部屋で寝て、涼しい夜に働く事ができるのだから。
世の中には深夜も茹だるように暑い地方があるらしいが、ここクラウサは地形の関係で日が当たらなければ気温は大分落ちる。真夏でも夜になれば過ごしやすい。
「でも今週は夜シフトの日が無いんだよねぇ……」
蒼い血の方々ほどではないが、紅い血とは言え、私もナイトウォーカー種の端くれである。強い日差しというのは種族的にも結構身体に堪える。心情的にも、肉体的にも、できれば涼しくて優しい月明かりの夜に仕事がしたい。
夜に生きるナイトウォーカー種も低位の者ほど日の光をあまり苦にしない。高位の者はナイトウォーカー種の利点を強く持つが、弱点も大きい。低位の者は利点が少ない分、弱点というものもそれほど激しくない。
私も適度の日の光は眩しいと感じる事はあっても苦しかったり、肌が焼けたりする事は無い。しかしそれも限度がある。強すぎるのは色々と困りものだ。
汗を垂らしつつ、シフトカレンダーを頭に思い浮かべながら、今月末のシフトまで思い出しているうちに、領主様のお屋敷に戻ってきていた。
街へのお使いからようやく戻って来られた。
顔見知りの衛兵に軽く会釈して屋敷の前庭に入ると、そこでは最近よく見る光景が目に入った。
噂の『母様』が何やら植木の手入れをしている光景だ。
何でも自分からばあちゃんに庭の手入れをさせて欲しいと言ったらしい。
「エバンさん、ホント庭の手入れ好きだよねぇ」
「あ、おかえりなさい。シャリアさん」
手を止めて、綺麗な姿勢でアタシなんかに深々とお辞儀してくる。
年下だし、同じ使用人のアタシ相手にはそんなの不要だって言っているのに、流石はあの娘の母親だ。いくら言ってもやめてくれない。見た目に寄らず実に頑固だ。
もう諦めているので好きにさせている。
「エバンさん。今、休憩中だよね?」
「はい。だからお庭を弄らせてもらっています」
いや、それタダ働きだよね?
――と、アタシは思うのだけど、この人はそんな事を思わないのだろうな。
エバンさんが懐からハンドタオルを取り出した。そしてアタシの方に差し出す。
「どうぞ。暑い中、お使いご苦労様でした」
そう言って微笑んでいるエバンさんの顔にも汗が垂れている。この日差しの中で庭仕事しているあんたの方が大変でしょうが?
……でも、借りるけど。
エバンさんはアタシが汗を拭ったタオルを返すまで、ジッと待ってから、タオルを返されると、また微笑み返してくれてから、仕事―――ではなく、趣味の庭いじりに戻る。
屋敷に戻ろうかな……。
そう思ったけど、しゃがんで楽しそうに草むしりをしているエバンさんを見ていると、何となく彼女の事が気になり始めた。
いや、前から結構気にはなっていたけど、なかなか仕事が忙しくて2人きりで話す機会も無かった。
……お昼はもう外で食べてきたし、昼休憩に何かする用事も無いし、いいっか。
アタシはエバンさんの隣にしゃがみ、雑草っぽい草を引っ張ってみる。
思いのほか、力が必要だったが、何とか草を一本引き抜くことが出来た。
エバンさんは明らかにビックリした顔をするけど、アタシの抜いた草を見ても何も言わなかった。
どうやら抜いても良い雑草だったみたいだ。また同じ形の草を抜く。
「エバンさんってさ……」
「は、はい」
オドオドした口調で答える。
倍ぐらい年上のはずなのに、この人何処か頼りないんだよなぁ。
「…庭いじり大好きだよね。昔からそうなんですか?」
「え…あ、はい。父が庭師をしていたので、子供の頃から父の仕事を見よう見まねで……そのうち、好きになりました」
「へぇ~エバンさんの父親って事は、お姫ちゃんのおじいちゃんってことですよね。おじいちゃんは庭師だったんだ。それはお姫ちゃんは知ってるわけ?」
「父はお嬢様が物心つく前に亡くなりましたし、子供の頃に父の事を話ししてあげた事はありますが……今はおそらく覚えていないと思います」
「ふぅ~ん」
ふん!……おぉ、2本目の雑草も抜けた♪
「ならさぁ~、お姫ちゃんにおじいちゃんの話をしてあげたら?たぶん喜ぶんじゃない?」
「……そうでしょうか?」
「ん?喜ぶと思うけど?自分の事、母親の事、昔の事をとても知りたがっている気がするけど?」
「……そうですね。確かにシャリアさんの言う通りだと思います。でも――」
エバンさんはしゃがんだままだけど、草抜きの手は完全に止まっている。
「――あまりお嬢様に過去の事は思いだして欲しくないのです」
エバンさんがいつもよく見る陰りのある表情になる。
これが無ければ結構美人だと思うんだけどなぁ~。なんせベースはお姫ちゃんなんだから。いや、この場合は逆か。お姫ちゃんのベースがこの人か。
まぁ……こんな苦労人の顔になっているのはおそらく、昔の酷い生活だった頃の事を思い出して、心の中のお姫ちゃんに懺悔しているのだろうな。
現実のお姫ちゃんは『気にしなくて良い』といつも口を酸っぱくして言っているが、おそらくこの人はこの先もずっと懺悔し続けるのだろうなぁ。
「……そうだ、シャリアさん」
「ん~?」
雑草を抜きながら、上の空に返事する。
……雑草抜くの、これ意外と楽しいかも。
「前から言おうと思っていたのですが、お嬢様といつも仲良くしてくれてありがとうございます」
「へ?……あ、あぁ。ばあちゃんには内緒だよ?」
「クスクス…はい。もちろん」
へぇ~。エバンさんもそういう笑い方するんだねぇ~
「お姫ちゃんとは年が近いからだろうね。よく話しかけてくれるし、アタシも……まぁ…話してて楽しいから」
「それでも、お嬢様は色々あって紅い血の頃、友人がとても少なかったです。それこそアイシャちゃんぐらいでした。だから同年代の友人と楽しくお喋りをしている姿を見るだけで、その……ホッとします」
それは何よりだね。アタシの雑談も少しは役にたっているみたい。ばあちゃんも私のそのあたりをもう少し評価して欲しいのだけど……すぐに怒るからなぁ~
「あ~そう言えば私の方もエバンさんに聞きたいことがあったんだぁ」
「はい、私にですか?」
「うん。エバンさん的にさぁ、グラヴィス様ってどうなの?」
「どう……というのは?」
「えっと…いや、言いにくいなら全然聞き流してくれていいんだけどさ。今のままいくなら、グラヴィス様が領主夫人になる可能性が高いわけじゃないですか。そうなると義理とは言え、お姫ちゃんのお母さんになるわけで。そのあたり、どういう気持ちなのかなぁ~……とか思って」
エバンさんの顔が難しい表情をしている。言葉に迷っている顔だ。
「あ~…………ごめん」
「シャリアさん?」
「ホント、ごめん。アタシって考え無しで喋っちゃうから……興味本位だけで聞く内容じゃなかったよね」
「あ、い、いえ、大丈夫です。そういうわけじゃなくて……」
エバンさんが両手を振って否定の仕草をする。
「不快に思っているとかそういう事ではなくて、上手く伝える言葉が思いつかなかっただけです。えっと……グラヴィス様をどう思うかですよね?
とても良い方だと思いますよ」
「………」
「………」
「……え?それだけ?」
「え、他にですか?………とても美しい人だと思います……あれ?そういう事ではなくてですか?」
そういう事を聞きたかったわけじゃないのだけど………アタシもエバンさんとは一緒に仕事するようになってそこそこ彼女の事が分かってきたつもりだ。これが誤魔化しとかで言っているのではなく、本心で言っているのだから困る。
………まあ…今の答えで何となく、グラヴィス様を悪く思ってはいない事だけは分かったから良しとしようかな。
「あははは。ありがとう。もう何となく分かりましたよ」
「え?あ、はい」
エバンさんはよく分からないと言った表情を浮かべたけど、アタシが納得しているのが伝わったのか、庭いじりの作業に戻った。
エバンさんはやはりあのお姫ちゃんのお母さんで間違いない。
お姫ちゃんと一緒で変わり者だ。




