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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
22/58

少年と恩人 - ナル

就寝の時間が来たので部屋の灯りを消して回る。

回ると言っても、ドアの近くとベットサイドの2カ所だけだけど。それでも1部屋に2つも光源がある何て、何て贅沢なのだろう。

ここに来た当初は、2つも灯りをつけるのが勿体なくてベッドサイドの1つだけつけて夜を過ごしていたけど、お嬢様から『私達と違って夜目が利かないナル達は、暗くて危ないから部屋は明るくしなさい。無駄使いではないから』と諭されてからは最低限部屋が暗くならない程度に2つ灯りを付けるようになった。

何せこの部屋、僕達2人だけで使うには広すぎる。

ベッドは1つだけのワイドベッドだけど、僕や妹が4人は横に並んで寝てもまだ余裕がある広さがある。

そして、そんなベッドを置いてもまだまだ余裕のある部屋には真新しい木の匂いがするタンスと化粧台とテーブルと2脚の椅子が置かれている。装飾の無いシンプルな作りのモノだけど、こんな新品の綺麗な椅子には座るのが勿体ない。汚してしまいそうだ。

他の使用人の人達から聞いた話だと、お嬢様のご友人が経営している商会から仕入れたばかりの新品の家具らしい。

僕達を地獄から救い出してくれて、こんな部屋まで準備してくれただけでも感謝してもしきれないのに、さらに先日からはお嬢様とグラヴィス様がやっている魔法の勉強会にも参加させてもらってもいる。

勉強なんてとても久しぶりだったので嬉しかったし、なによりも毎日がとても楽しい。こんなに楽しくていいのだろうかと心配になるぐらいに、毎夜が楽しみでしょうがない。

そして何よりも、自分のような子供でもお嬢様の役に立てるような力が手に入れられるという事が嬉しくてしょうがなかった。

だからせめてもの恩返しにと使用人見習いの仕事はしっかりしようと思ったら、給金も渡すとお嬢様から言われた。

もちろん拾ってもらった身でお金など貰えないと断った。しかし見習いの給金で少ないけれども、将来何か必要になった時のために貯めておきなさいと言われ、さらに『妹の為にも』と言われたら断れなかった。

あと、仕事をちゃんとする限りは3食まともな―――いや、とても美味しい食事を食べさせてくれる。ちゃんと料理された食事を貰ったのはいつ以来ぶりだっただろうか……妹など、一口食べた瞬間、嬉しさのあまり、本気の大泣きをしてしまい、先輩達を心配させてしまった。いつも仏頂面で表情が変わらないミーシャ様ですらオロオロしていた。

着る服も綺麗な仕事着だけじゃなく、何着か私服も準備してくれた。

ここでもまた妹はあんな可愛い服を貰ったものだから、興奮して夜寝る時もその服を抱いて寝ると言い出すぐらいだ。さすがにそれは皺くちゃになってしまうと説得して止めさせたけど。


そんな僕達にまともな生活をできるようにしてくれたのが―――ユークリッドお嬢様だ。


……。

……。

……。

何だろう……お嬢様のまるで天使のような――いや、天使そのものの微笑みを思い出すだけで、いつも胸が痛いくらいに脈打つ。お嬢様が近くに寄ってきた時はもっと酷い。僕の脈の音でお嬢様が五月蠅いと思わないか心配になるぐらいだ。

自分のこの状態が心配になって使用人仲間のシャリア先輩に相談したことがある。

シャリア先輩が言うには――

『それは間違いなく恋煩いだね!いやぁ~ナル君はいくつだっけ?おませさんだねぇ~。まぁ~あのお姫ちゃん相手で、しかも奴隷から救い出してくれた恩人だもんね。そういう気持ちになるのは分かるよ。うんうん』

恋煩い?詳しそうだったから解決方法を聞いてみた。

『………あ、アタシも経験があるわけじゃないから』

要するに何となく予想で言っていただけで経験があるわけではないらしい。いい加減なところがあるシャリア先輩らしい。

妹にはとても優しくしてくれているので悪い先輩では無いのだけど……。


ピカッ!!


「きゃぁぁぁぁ!!!」


分厚いカーテンの隙間からでも入ってくる稲光と落雷の音にベッドから悲鳴があがる。

今夜はとても激しい雨が降っている。

その所為でグラヴィス先生もお屋敷の方にはいらっしゃっておらず、勉強会も中止になったため、いつもよりも早めに就寝しようとしていたところだ。

この屋敷はナイトウォーカー種の蒼い血の方々が住んでいるため、この別邸も含めてどの部屋の窓も普通のカーテンに加えて、遮光用の分厚いカーテンが付いている。普段、僕達の部屋は普通のカーテンだけ引いているけど、今夜は妹のために遮光用カーテンも引いていた。

その遮光用カーテンの向こうからでも光が少し漏れてくる。

そして妹は、その光から逃げるようにベッドの中で丸まっている。


ピカッ!!

ゴロゴロゴロ!!


「いやゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


消したはずのランプの明かり並に部屋を照らす強い光と共に、ゴロゴロの音が届いた。これはかなり近い。

でも正直なところ、僕は今の稲光よりも妹の悲鳴に驚いた。

「おにいちゃん……」

ベッドに駆け寄ると、先にベッドに入っていた妹の消えそうな弱々しい声が聞こえる。

「大丈夫だ。お兄ちゃんが傍にいてやるから」

「……エバンのところにいきたい」

お嬢様の産みの母親の名を口にした。

妹はエバン様にとても懐いている。亡くなった母親に見た目の年齢が近く、穏やかな性格のエバン様に、妹も母親に対するのに近い感情を抱いてよく甘えている。

元々、子供が好きだと公言しているエバン様も喜んで妹の面倒を見てくれているように見える。僕にも甘えて良いと言ってきてくれるが、さすがに恥ずかしいので甘えたりはしない。断った時のエバン様が少し寂しそうにされるのが逆に申し訳ない気持ちになったりもする。

確かにエバン様の所に行けば、妹も落ち着くだろう。しかし確かエバン様は明日は昼勤シフトだったはず。さすがに今夜訪問するのはお邪魔すぎるだろうし、明日の仕事があるのだ。疲れを残してはいけないだろう。

「駄目だよミカ。エバン様はもうお休み中なんだから」

「いやぁー!エバンのところに行くー!」

駄々をこね始めた妹。駄々をこねながらも稲光が走るたびに悲鳴をあげ続けた。

これは逆にこのままでは騒がしくて、周りの部屋に迷惑をかけてしまうかもしれない。

エバン様には申し訳ないけど、妹を宥めて貰った方が良い気がする。

根負けした僕はエバン様に助けを求めることにした。

妹にエバン様の所に行こうと伝えて、ベッドから連れ出す。

初夏だけど、夜はまだまだ寒い。特にここクラウサは山間の土地のため、夏でもそこまで気温は上がらないらしい。僕は暑いのが苦手だから助かるけど。

寒くないように妹に綿花の綿入りガウンを羽織らせる。子供用のこのガウンも僕と妹の分をお嬢様がわざわざ準備してくれた。

妹もこのガウンはお気に入りだ。フカフカな肌触りに少し機嫌を直した妹にホッとして、手を繋いで部屋を出ようとした。

その矢先に――


ピカッ!!

ゴロゴロゴロ!!


「きゃぁぁぁぁ!!!」


部屋の扉を開けた瞬間、計ったように走った稲光に、妹は再び驚いて、僕の手を振り払って、今度は廊下に飛び出した。

そして何かに飛びついた。


「わっ………えっと、ミカ?」

わ、わわわ!?お、お嬢様の腰に妹が飛びついている!?

たまたま廊下をお嬢様が歩いていたみたいだ。

「どうしましたミカ?」

「ゆ、ユークリッドさま……」

妹は全身を震わせながらも、ガッシリとお嬢様の腰に抱きついている。

会った当初はお嬢様をあれだけ怖がっていた妹も、今ではエバン様と同じぐらいに懐いている。

しかしさすがの妹もお嬢様には遠慮しないといけないと分かっているので、すぐに離れようとする。


ピカッ!!


「ひっ!?」


再び、さっきよりは弱めの稲光が走った。離れかけた妹の腕が再びお嬢様の腰をギュッと掴む。それでお嬢様は察したのか、少し嬉しそうに膝を折って妹の身体を逆にギュッと抱きしめてくれる。

抱きしめられた事でまた落ち着きを取り戻したミカが顔を上げた。

当然お嬢様の顔がそこにあるわけで、怖がらせないように微笑んでいる。でも幼いながらに恐れ多い事をしていると思ったのか、身体を離そうとした。

「あ・・」

お嬢様の口から残念そうな声が漏れた。

一旦身体を離そうとした妹も少し申し訳なさそうに離れるのを止めて、ちょっとだけ抱きしめ返す。

ふと、お嬢様の視線が僕の方に向いた。

「お嬢様、すみません。ミカがいきなり抱きついたりして」

「構いません。この稲光の所為ですか?」

「はい。妹は雷が……その……あまり好きじゃなくて…寝られそうにないので、エバン様の所に行こうかと。エバン様と一緒なら多少は妹も落ち着くのではと思って」

「そうですか。確かにこんな激しい稲光は珍しいですから、苦手でなくとも落ち着いて寝られないかも知れませんね」

そう言って、抱きついている妹の頭を優しく撫でながら、何か思案されている。

「あ……そうだ。寝るまで私が添い寝しましょうか?母様のようには上手くできないと思いますが、私では駄目でしょうか?」

「い、いいのぉ?」

「はい。私で良ければ喜んで」

「お嬢様」

うわ!?び、ビックリした。

お嬢様のすぐ後ろにハイカ先輩がいた。相変わらず気配を消すのが恐ろしく上手な人だ。声を出すまで全然気がつかなかった。

「ハイカ、ごめんなさい。書庫で読書しているという事にして、ミーシャには黙っておいてください」

「…わかりました」

ハイカ先輩は相変わらず何を考えているのかよく分からない。無表情のまま、ゆっくりと頭を下げてから下がっていった。


「それでは横になりましょうか」

お嬢様はそういうと、ミカの手を引いてベッドに腰を下ろす。ミカは嬉しそうにベッドによじ登ると、真ん中の位置に飛び込む。

そして自分を挟むように、お嬢様の反対側に僕を手招きする。

妹の言う通り、ベッドの端で横になる。

お嬢様も横になったようで、妹を中心に3人が川の字に並んでベッドに寝た。しかしすぐに妹が不満げな声を上げる。

「お兄ちゃん、もっとこっちに寄って」

妹がそう言ってオレの服を引っ張った。

促されるように、妹の方に寄って、身体を横にして妹の方を向く。

っ………

仰向けの妹越しに、同じように身体を横に向けたお嬢様が目に入った。

一瞬、目が合ってしまったかと思ったが、お嬢様の視線は妹の方に向いていたようだ。

ベッドに入っても手が震えている妹を心配そうに見ている。

そして、落ち着かせようと妹の手を握ってあげる。妹の方もお嬢様の手をお腹の辺りでしっかり握りしめて離さない。

「大丈夫ですよ。ミカが寝るまで手を握っておきますから」

「…うん」

そう言って目を瞑る妹だが、稲光が走るたびにお嬢様の手をギュッと握りしめて身体を竦める。

しかしそれもしばらくの間だけで、段々と睡魔に抗えなくなってきた妹は稲光に反応しなくなってきた―――そして、小さな寝息を出し始める。

お嬢様はそんな妹をとても優しい、慈愛の表情を見つめる。

「……」

「……?」

っ!?

その天使のようなお嬢様を見つめすぎていた。

「ご…ごめんなさい…」

「何故謝るのですか?」

「……な、なんでもないです」

お嬢様が不思議そうにこちらを見ています。

「ナルは――」

「は、はい?」

「ナルはここでの生活はどうですか?」

「せ、生活ですか…………すごい良くしてもらってます。幸せすぎて……心配になるぐらいです」

「心配?」

「………はい。役に立たないと追い出された時に、僕はともかく………妹はもう前みたいな生活……耐えられるかどうか…」

姫様にこんな事を言うのは失礼だと分かっているけど……。

「大丈夫です。追い出したりはしませんよ」

優しい声で否定してくれた。

お嬢様ならそういうだろうと思っていても、実際に口にして貰えたらホッとする。

それと一緒に、お嬢様に守られてばかりの自分が情けなくなったりもする。

そんな心の内を見透かされているかのように、お嬢様は少し心配そうに僕の方を見ています。

「ナルは。とても頑張り屋さんだと思います」

「お嬢様?」

「まだ若いのに使用人の仕事をしながら、妹の面倒も見て、魔法の勉強だけじゃなく、剣の勉強もしています。簡単に出来る事じゃないと思いますよ。

そして、何よりもミカの事をずっと守ってきたのですものね。たぶんウィルゲット領に居た頃も、ウィルゲット領から離れる時も、奴隷商人に連れ回される間も、そして私と初めて会った時も」

お嬢様は最期は冗談を言うように小さく微笑んだ。そして慈愛に満ちた顔で妹の寝顔を見ている。こういうところは流石母娘だ。エバン様にそっくりだと思う。

「――そうして妹の事を守ってきたナルは、とても立派ですよ」

あのお嬢様からそんなお言葉を頂けて僕は頭の中が真っ白になってしまった。

妹を守るのは当たり前だ。しかしそんな当たり前をちゃんと評価してくれたのだ。嬉しさと感謝と、そしてお嬢様を大事にしなくてはいけないという使命感みたいなものから口から想いが言葉に漏れてしまった。

「将来は……妹だけじゃない。大恩のあるお嬢様の事もいつかは守れるぐらいの――」

――って!?

僕は何て大それた事を。蒼い血のお嬢様を守るなんて烏滸がましい。

「――す、すみません。僕なんかに守ってもらう必要なんてないですよね」

「いいえ、嬉しいですよ。ありがとうナル」

微笑むお嬢様から目が離せない。僕、今絶対に顔が真っ赤になっちゃってるはず。心臓がとても五月蠅い。止まれ!

……いや、止まったら困るか。

「ふふふ。ナルが大人になったら、ミカの次で良いですから、私の事も守ってくださいね」

「ど、どっちがとかじゃないです!僕はミカと同じぐらい、お嬢様も守ってみせます!」

「…おにいちゃん?」

自分の名前を呼ばれたと思った妹が微かに覚醒してむずがっている。慌てて胸の辺りを優しくとんとん叩いた。

「ごめんごめん。大丈夫。雷も収まったからゆっくりおやすみ」

「…う…ん」

妹は出した僕の手を握る。代わりにお嬢様の手が解放された。

頃合いと思ったのだろう。

お嬢様は妹を起こさないようにゆっくりとベッドから離れる。


ありがとうございました――


妹を起こさないように微かに口から言葉にして出す。

これでも五感の優れたナイトウォーカーのS種であるお嬢様なら十分聞こえるだろう。

お嬢様は小さく微笑み返してくれた。

そして殆ど音をさせずに部屋を出て行った。

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