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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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北の台地と熊退治 2 - ユークリッド

将軍が改まって少し真面目な表情に戻ります。

「ところで姫様」

「はい?」

「差し支えなければで宜しいのですが、今からご視察に行かれる目的をお聞きしても宜しいでしょうか。それによっては護衛の方法なども変わってくるかもしれませんので」

ああ、そう言えば目的を話してませんでしたね。

「そうですね。別に秘密にしているわけでもないですし、将軍にはお話ししておきますね。これはまだお義父様と私の間で計画しているだけで、実現できるかは分かりませんが――」

そう前置きをした上で、お義父様に提案した内容を簡単に説明します。


北の台地を農地化できないかなと思っていること。

それにはこの地を灌漑をしないといけないので、その水資源を確認しに河や池を確認しに行こうとしていること。


「なるほど……灌漑ですか」

「はい。将軍は昔から軍務で第一線に就かれていて、過去の領主の方々とも交流があったかと思います。今までに北の台地を開拓しようというお話は無かったのでしょうか?」

「有ったか無かったかと問われれば、計画自体は何回か上がった事があったと記憶しています。しかしいずれも本格的に動くことなく立ち消えしていきました」

「そうなのですか?それは何故でしょうか」

「儂も内政屋では無いので細かいことは分かっておりませんが……現状でも食料生産が足りないという事が無かったため、金を掛けてまで農地を広げようという話にならなかったのだと。住宅地についても人が少ないために今のクラウサの街の敷地で十分宅地は賄えており、こちらも金を掛けてまで街を広げるという選択肢に至らなかったのかと認識しております」

なるほどです。確かに今のクラウサに新しい農地も住宅地も求められていませんものね。

「姫様は農地を広げてどうされるおつもりでしょうか?」

「新しい農地で出来た食物はクラウサ内では消費しきれないのは分かっております。余剰の食料は自給できていない他領に交易品として売ろうと思っています」

「なんと……交易に」

驚いた表情を浮かべるゴンゴス将軍。

「将軍は反対でしょうか?」

「あ、いえ!紅い血の儂が政に口を出したりなど……仮に出せたとしても反対などとは思わないでしょう」

「では賛成ですか?」

「それは……」

「将軍の老練さから来る率直な感想が聞きたいです。参考に教えていただけませんか?」

「………これはあくまで儂個人の考えですが、交易品が増えるというのは好ましいことかと存じます。姫様がご推察の通り、領内だけでは領民の食料を完全に賄えていない領地は確かにいくつか存在します。さらに珍しい食物ならば、王都の富裕層など買い手はいるかと思います」

将軍は渋い顔をするが、少し重くなった口でもちゃんと答えてはくれた。

「なるほど。富裕層向けの嗜好品としての食物という事ですね。果物とかの甘味でしょうか……将軍、ありがとうございます。大変参考になりました」

「滅相も無い!頭をお上げください!儂は何となく思った事を口にしただけのこと。蒼い血の方々の領分に立ち入ってしまったかも知れないことをお詫び申し上げます」

『政は蒼い血の者がする』というお話の事でしょう。

上に立つ者としてはそれでも良いかも知れませんが、アイデアは広く集めた方が絶対良いと思います。そこに紅い血だからとか蒼い血だからとかは無いかと思うのですけど………このあたりの感覚が、私が変わった蒼い血の者だと思われている所以なのでしょうか……。


そんな話を将軍としばらくしていると馬車の足がゆっくりとなり、そして停まりました。

(ちなみに母様はその間はずっと私の横で嬉しそうに微笑み続けているだけでした)

「将軍、もう目的地でしょうか?」

「……いえ、少し問題が発生したようです」

そう言って将軍は静かに馬車の扉を開けて外へ出ました。

私も馬車からは降りませんが、開いた扉の端から外の様子を伺います。

「うわぁ~……」

馬車から見える範囲の景色に私はつい声を上げてしまいました。

辛うじて馬車が通るための草が刈られた道が延びている左右を私の膝高さより少し低いぐらいの背の低い草が生い茂った草原がそこには広がっており、その蒼い草原にも所々隙間が見えます。馬車の照明ではそこまでハッキリとは照らさていませんが、おそらくそこには自然の溜め池や河川があるのでしょう。

基本的に明るい緑色の好きな私には、この広がる綺麗な自然の光景に少し見蕩れてしまいました。

事前に聞いた情報ではこの辺り一帯は同じような景色が広がっているそうです。周囲には同じような池が点在していると聞いています。

「おい。何事だ」

将軍が近場の兵隊さんに声をかけると、兵隊さんは車内に私がいるのもあってか大変恐縮した様子で声を抑えて答えます。

「先発していた斥候が大型の獣と遭遇しました」

「大型の獣?回避は可能か?」

「申し訳ありません。不意な遭遇だったため、既に獣からは警戒されております。引くことは難しいかと思われます」

そう言って馬車の進行予定だった方向に視線が向きます。

私も将軍もそちらを見ると、兵隊達が立つ更に先に何か大きなものがノソッと立っております。

「あれは……大班熊ですな」

「大班熊?」

「はい。体の白黒のまだら模様が特徴的な熊です」

「へぇ〜何だか愛嬌がある見た目ですね」

「確かに愛嬌があると言えなくもありませんが、しかし見た目とは裏腹に獰猛で悪食です。時には人も喰らいます」

「えっそうなんですか!?」

「はい。おい。何体確認できている」

「はっ。遭遇したのは2体。探知に引っかかったものも2体です。近くに他の個体は居ないようなので、はぐれの若い雄のようです」

さすが軍人さんです。兵隊さんの1人が探知系の魔法を使っています。周囲の生物を探索しているのでしょう。

「よし。部隊を2つに分けて1体ずつ当たれ。こちらが行動したら向こうも動き出すぞ。準備は迅速にな」

「はっ」

将軍の指示が兵隊さん達の間に迅速に広がっていきます。

「『リアリゼーション(具現)』」

私はコテツを具現化しながら馬車を降りようとしましたが、その前に将軍が立ち塞がりました。

「将軍?」

「姫様、もしかしてご自分で大斑熊を討ちとろうとお考えじゃないでしょうか」

「え、ええ。私も少しは剣を扱えるようになりましたし、おそらくあの大斑熊が相手ならば―――」

力量を推し量る限りは私でも討伐可能な相手に見えました。

しかし私のそう発言を遮るように将軍がハッキリと言います。

「姫様。ここは我々の日頃の訓練の成果をそこでご覧下さい」

これは暗に『危険だからここで大人しくしていてくれ』と言っているのでしょうか?

うーん……正直言うとちょっとだけあの熊と戦ってみたかったですけど……万が一にも私が怪我したら、原因が私にあるとしても、お義父様はゴンゴス将軍の事をすごく怒るでしょう。それは申し訳ないです。

「何より――」

将軍は続いて、意味ありげに視線をずらします。

その視線の先には母様がとても不安そうに私の方を見ていました。

そうでした……母様に心配させるのは本意ではありません。

私はコテツの柄を握っていた手を、とりあえず鞘の方に移して構えも解きます。

「はい、分かりました。ではお任せしますね。お気を付けて」

「ご心配なく。こんな時のために我々はいるのです。障害は早々に排除してみせます」

そう言って逆に将軍の方が一歩前に出て、腰に下げていた長剣を手にします。

「皆の者。姫様の御前であるぞ。日頃の訓練の成果をご覧頂く絶好の機会だ。各自奮迅せよ」

「はっ」

「最初の突進さえ気を付ければ、接近戦ならば十分仕留められる相手だ!気を抜くなよ!」

「はっ!」

将軍の指示で兵隊達が訓練された動きで周囲に散らばります。


兵隊さん達のうち4名が剣を抜いて前に立ちます。残り3名は前には出ずに後ろへ控えます。そして何か魔法を唱え始めました。あれは肉体強化系の魔法ですね。その魔法が前衛4名に行き渡る頃には大斑熊もこちらの戦闘準備に反応したのか動き出しました。

てっきりその大きな身体を使って声を上げたりと威嚇してくるものと思いましたが、大きな見た目に反して狩人のように足音を殺すように抜き足差し足で静かに近づいてきます。しかしその両まなこは赤くギラついて興奮しており、明らかにこちらを獲物として見ているようです。

前衛の4名に強化魔法が行き渡った直後ぐらいに2頭の大斑熊が動き出します。それは巨体に見合わず、思ったよりも俊敏です。

1頭の大班熊の突進を上手く躱せず、兵隊さんが1名程吹っ飛ばされましたが、将軍の指示通り、残りの兵隊さん達で大班熊を2頭とも囲みます。

吹き飛ばされた兵隊さんもすぐに起き上がって参戦します。貴族種ではないとは言え、ナイトウォーカーなので獣の突進を1発くらったぐらい動けなくなるという事はありません。

そこからは2頭の大斑熊と4名のナイトウォーカーの兵士による極近接戦闘となりました。

兵士の剣が大斑熊の腹を切ると、傷が浅いからかすぐさま大斑熊の反撃の爪が兵士の肩を切り裂きます。そしてその負傷を後衛の3名が魔法で治癒するという流れです。

総合的な戦闘力では大斑熊1頭に対して兵隊さん2名でほぼ互角の実力だと感じました。

現在、人数的に大斑熊1頭に前衛の兵隊さんが2名で対処していますので、戦況は均衡していますが、後衛の魔法の援護がある分だけこちら側が少しずつ押してきているようです。


それにしても、これは――

「……姫様。如何致しましたか?」

「えっ…あ、えっと……」

傍に控えて指示を出していた将軍が一通り指示を出し終えて余裕がでてきたからか、こちらに声を掛けてきました。

「物足りませんか?」

「あ……その……」

うっ…顔に出ていたようです。将軍に心の内を言い当てられてしまいました。

「失礼ながら。姫様はご領主様との手合わせでしか他者が戦っている姿を見ることは今まで無かったのではないかと思います」

「…はい」

「姫様が認識されているナイトウォーカーの強さというのはあくまで蒼い血の方々のレベルのものです」

将軍が部下の兵士達の戦いぶりに視線を向けたまま――

「――そしてこれが、一般的な紅い血の者達の実力なのです」

「……そうなのですか」

「はい。正確には兵士として戦う訓練を受けている分、街に住んでいる他の紅い血の者達よりも戦闘力は遙かに上です。それでもあのレベルなのです」

「…将軍?」

将軍の言う事は初めて知りましたが、よく理解できます。でも何を伝えたいのかがよく分かりません。

将軍は私の頭と同じぐらいの高さになるまで深く頭を垂れます。

「紅い血の者風情が大変失礼な事を申していることは重々承知しております」

「構いません。続けてください」

「……しかしこれだけは知っておいていただきたいので無礼を承知で申し上げます。

ご覧の通り、蒼い血の方々と紅い血の者達ではその能力に雲泥の差があるのです。それはナイトウォーカー種だからという訳ではありません。あらゆる魔人種がそうなのです。

これが領の力が蒼い血の方々の人数で決まると言われる所以。それだけ蒼い血の方々の御身はとても大切なものなのです」

伝えたい事が分かってきました。

「ですから、ほんの僅かでも御身に危険が発生するような事はこれからも避けていただきたい」

「うん」

「そのためならば、我々紅い血の者達を犠牲にしても構わないのです。くれぐれも優先順位をお間違えの無いように」

「……」

「姫様」

「……」

「姫様っ」

「………分かりました」

「姫様」

将軍が少し嬉しそうな声を出します。

将軍の進言。とてもよく理解はしました。

でも、でも、紅い血よりも蒼い血の命の方が大切という話には納得はできませんでした。しかしそれを口にしては、今度は将軍が納得しないでしょう。

「蒼い血の者の人数がそのまま、その領地の力の表すという言葉の意味がよく分かりました」

「はい。ですから、それだけご領主様は姫様に期待されているのです」

「期待されるのは純粋に嬉しいですけど……凄い重圧を感じます」

「微力ながら、このゴンゴス、姫様をお助け申し上げる所存です。それと散々失礼な事を申し上げてしまった事。重ねて申し訳ありませんでした」

「失礼だなんて……全然構いません。こういった事はお義父様からはおそらく教わる機会が無い事だと思います。こういった事をこれからももっと色々と私に教えてくださいね」

「姫様…」

「頼りにしていますよ。ゴンゴス将軍」

「はっ!!」

将軍の強い応答の声に重なるように、兵士さん達の勝利を告げる鬨の声が聞こえてきました。



その後、ゴンゴス将軍達の護衛のもと、無事に当初の目的の水源の視察は完了できた。

結論から言うと水源には十分な水の量があり、北の台地の灌漑化は可能だった。

しかしここで灌漑化の工事を始めるのならば作業者とは別に、大斑熊のような野生動物から作業者を守る警備する者達が必要だろう。しかもそれなりの人数の戦える者達が必要になります。

軍人さん達の中から定期的に巡回してくれるようにお願いできないだろうか。お義父様に報告して、早速これからの事を相談しなくてはいけません。

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