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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
18/58

お姫様と使用人候補 3 - ユークリッド

少年の身体から生えてきた緑の蔦が私に向かって伸びてくる。植物とは思えない速い動きだけど、私には全然反応可能なスピードです。

ただ明らかに敵意を感じる動きでもあります。

しかしここで迎撃して動いてしまうのは警戒心をさらに与えてしまうかも知れません――でも下手に動かなくて私が怪我してしまったら、図らずも領主家の者に手をあげたとしてこの子は重い罰が課せられるのでしょう。

どちらも嫌です。

どうしようか迷った末に、逃げずに当たって、痛くても私が我慢することにしました。

緑の蔦はまず私の右肩付近に先端で突くように当たります。


パキン。


植物らしからぬ、甲高い小さな破壊音と共に緑の蔦がキラキラした粉のようなものになって砕けて消えていく。


パキン。パキン。パキン。パキン。


胸、腕、頭、首、続けざまに緑の蔦が伸びてきたが、私に触れるや否や次々と蔦が四散していきます。

これは魔法で創り出したモノ?だから私に触れると『対魔』の加護で解除されたという事でしょうか。

でもこれが魔法ならば私が習った事のある魔法ではありません。魔法24系統の中の木系統の魔法なのでしょうか。

木系統はグラヴィスですら使うことの出来ない比較的珍しい系統の魔法だったはずです。使える種族が限られているという話だったと思います。

私が自分に起こっている事に少し驚いている一方で、少年の方は驚愕から絶望の表情に変わっていきます。それはそうですよね。自分の放った魔法を微動だにせずに無効化してしまったのですから。

しかしそれでも女の子は私から隠すようにしっかり抱きしめています。私から守ろうという姿勢が変わっていないのは大したものです。

でもここからどうしたものでしょうか。先程の雰囲気からして、蒼い血の者に対して苛烈な反応を見せていました。酷いことをされた経験でもあるのでしょうか?

抵抗を諦めたように見えた少年に、警戒を解こうと微笑みかけてみます。

それを見た少年が目をカッと見開きました。

その瞬間、今度は四方八方、私が膝をつく地面からも、緑の蔦が無数に伸びてきます。


パキン。パキン。パキン。パキン。


しかし結果は一緒です。

私はまったく動かずにそれを受け止めて、消していきます。

先程の表情を察するに、私が微笑んだのが馬鹿にされたと見えたのでしょうか……失敗です。

少年の抵抗は、ものの数秒でまた止まりました。どうやら私への警戒が解けた訳でも、抵抗を諦めたわけでもなく、魔法の使いすぎによる小休止のようです。

少年は激しく肩で息をして項垂れています。


理由はともあれ、攻撃が止まったので改めて私は子供2人を見ます。

2人は抱きあいながらも、女の子の方を少しでも私から隠そうと男の子の方が彼女を背に隠すように私をジッと睨みます。

女の子の方は少年の背に隠れてはっきりとは確認出来ませんが、顔立ちがとても似ていますね。

「おふたりは兄と妹ですか?」

「……」

「……」

返答無しですか………蒼い血の者というだけで無条件で警戒されるのは悲しいですね。

ちょっと落ち込んでいる私の横に、シャリアが移動してきました。

何やら腰に手を当てて、不機嫌そうです。

「なんて失礼な子供なんですかね」

今まで黙っていてくれたけど、流石に2人の態度に思うところがあったのか、子供達を睨み付けています。

それを見て少年の方はさらに怯えてしまっています。

「蒼い血の方であり、クラウサの姫君でもあるお嬢様に向ける目ではありません。場合によっては目玉をくり抜かれてもおかしくない所業ですよ!」

怖いことを言いますね。余所では本当にそんな感じなのですか?

「シャリア。そう言わないであげてください。

彼らも望まずにここに連れてこられたのでしょうから、とても必死なのです」

「し、しかし………む~…」

シャリアは珍しく本気で不機嫌のようです。

しかしすぐに小さく溜息をついて折れてくれました。

「………まったく、お嬢様は蒼い血の方とは思えないぐらいお優しいですね………分かりました。見逃しましょう」

「ありがとう。シャリア」

「ふぅ……ところでお嬢様、これをどうなさるおつもりですか?」

「どういう選択肢があるのかな?」

「そうですねぇ……。

 1.食す。

 2.他の蒼い血の方に売り払う。

 3.屋敷で使用人見習いとして働かせる。

 4.両親のところまで連れて行く――

ぐらいでしょうか?」

「では、4ですね」

「ええ。お嬢様なら4をお選びになると思いました。しかし今の状況で親の事が聞き出せるとは思えませんけど?」

シャリアの言う通り、警戒心しかない視線をこちらに向けてきています。

いえ、もう一度チャレンジです。

「お二人とも、お名前を教えてくれませんか?」

私ができるだけ怖くないようにしゃがみ込んで顔の高さを合わせてみます。2人の警戒は解けないです。それでもこちらが攻撃してこないと判ってくれたのか、すぐには危険の無い相手だと認識してくれたのか、先程のように抵抗してきたりはしません。

「………っ」

「ん?」

「………ナル」

少年が空気を絞り出すように言います。

「ナル。ナルですか。良い名前ですね。そちらの子は?」

「ミカ……です」

隠れている少女に代わり、少年が答えます。

「うん、とても可愛い名前です」

「それではナルとミカ。あなた方のご両親のところに案内してくれませんか?おふたりをご両親のもとに帰れるように致します」

「両親って……父上と母上のことか?」

「そうです。おふたりがいなくなってとても心配しているでしょうから」

「………いない」

「いない?」

「父さんと母さんは…もういない」

「それは……逸れてしまったとかですか?」

「………死んだ」

少年は絞り出すように悲しい単語を口にしました。

隣のシャリアはその答えに肯いています。

「お嬢様、やはりそういう事だったようです」

「どういうことですか?」

「2人は孤児なのです。普通、両親のいる子供が奴隷になることはありません。大抵は両親がいなくなり、養う者が居なくなった子供が生きるために行き着く先が奴隷なのです」

「そもそもそんな子を奴隷として売り買いするのは認められているのですか?」

「はい。決して違法というわけではありません。まあ…あまり好かれる商いではないと思います。

お嬢様、如何致しますか?4がダメのようですが――」

「4がダメならば、3しかありません」

「3というと……屋敷に連れて行くという事ですよね?」

「はい」

シャリアがとてもしぶ~い表情になります。

「シャリア?」

「まあ……そうなるような気はしていたので覚悟は出来ていますが………ああ…ばあちゃんにもの凄く怒られるだろうなぁ……」

「シャリア。大丈夫です。私が我が儘を言って、こういう事になったとミーシャにはちゃんと説明しますから」

「うん。はい……それはありがとうございます。

でも、お嬢様がいないところで一杯叱られるので……」

「えっと……そんなに叱られるのですか?」

「ええ。はい。ことお嬢様に関する場合は、それはもう周りの人が引くぐらいに叱られます」

「そ、それは……何というか……」

「まあ、お気になさらずに。これも仕事ですし、慣れていますからそれほど堪えません」

シャリアが達観したように遠い目をしながら呟いてます。

……ん?それって、結局何も反省してないのでは?

と、思いましたが、シャリアには迷惑掛けてばかりなので、そんな指摘は控えておきます。

「シャリア、いつも迷惑掛けていてごめんなさい」

「お嬢様。紅い血の者に軽々しく謝罪の言葉は口にしないで下さい。それでまた私がばあちゃんに叱られますので」

「あはは…そ、そうでしたね」

とりあえずこれ以上帰宅が遅くなると、さらにシャリアが叱られてしまいます。話を進めましょう。

「では、あとは2人が屋敷へ行っても良いと言ってくれるかですね」

「お嬢様。思いがけずだと思いますが、2人の身柄はお嬢様のものです。ご自由にされれば良いかと思います」

それでも2人には確認しないといけません。良心でとは言え、彼らの意志を確認せずに私から一方的に押しつけるのは、先程の行商人と大差ありません。

「紅い血の者を相手に遠慮などなさらなくても良いのに……」

「私が嫌なのです」

「……承知致しました。大変お嬢様らしい判断かと思います」

シャリアが諦めて一歩下がったので、再びナル達の方を向きます。

「ナルとミカ。もしも何処にも行く当てがないのなら、うちへ来ますか?使用人見習いとして働いてはもらいますが、衣食住には不自由させません」

「い、いしょく?」

「衣食住です。着るもの、食べもの、住む場所を準備するので、働いてくれませんか?」

「……僕達を…た、食べたりしないのか?」

「私が2人をですか?」

ナルが恐る恐る肯きます。

「ふふふ……とくに食べたいとは思いませんね。私は普通の蒼い血の者とは少し違うみたいなので、私の使用人である限りは身の安全は保証します。そして落ち着いたらその先どうしていくか改めて考えればいいです。その時は屋敷の使用人を辞めても構いません。拘束して自由を奪ったりするつもりはありませんから」

「……」

少年は困惑した表情を浮かべているが、私の目をしっかりと見据えてきます。

「……何でそんなこと聞くんだ」

「え?」

「蒼い血の人達は僕達の言うことなんか聞かずにさっさと連れて行くもんだろ。何でそんな事を聞くんだよ」

「ん~……普通はそうなのかもしれないですが、先程も言ったように私はどうも他の蒼い血の者達とは少し変わっているそうです」

ここで優しく微笑んでみます。

「……」

「……」

ん~……効果無しでしたか?

「ダメでしょうか?」

ナルは少し俯き考えてから、後ろに立つミカを見ます。

ミカはそんな兄をジッと見つめて小さく肯きます。

「………分かった。お前についてく」

それで決心が付いたのか、ナルが私にも頷き返してくれました。

うん、やりました♪説得完了です。


行商人は目の前での私とナルとのやり取りに目を白黒させて驚いていますが、今は相手をしている暇はありません。少しでも説教が軽くなるようにシャリアの為にも早く屋敷に戻ってあげないといけませんしね。

私が立ち上がって2人に手を差し伸べます。

ミカは反射的に手を伸ばそうとしますが、ナルがその手を押さえて、自分らで立ち上がりました。残念。

「では、2人には私の住む屋敷に案内しますね。あの馬車で移動するので乗って下さい」

2人は通りに停まっている馬車へゆっくり歩み寄るが、流石に最初に乗り込むのは気が引けるのか私の方をチラチラ見ています。

そうですね。私がまずは乗りましょうか。

「ユークリッドさま」

それまで後ろに控えていたアイシャが申し訳なさそうに寄ってきました。

「どうしました?」

「何か忙しくなりそうですから、こちらの用事は後日に変えましょうか?」

「いいえ。今こそアイシャの助けが必要なのです。一緒に屋敷に来て下さい」

「私の…助けですか?」

「はい。何せ、あの2人のための部屋をこれから用意するのですから。部屋に入れる家具を見繕って貰わないといけないです」

「ああ、なるほど」

「でも当初予定していた私の部屋の模様替えについての相談までは、出来そうにないのでそれはまた後日改めてと致しましょう」

「は、はい」

私は少し声を落としてアイシャに呟きます。

「そうすれば、またアイシャのお店に伺う口実ができるでしょ?」

「あ。ふふふ…そうですね。でも今度はご連絡ください。私の方からお屋敷へ参上しますから」

そうなると私が街に出かける口実が無くなるのでダメです。

アイシャの言葉には答えずに、通りに集まっている領民の皆さんの方を向きます。

皆さん、私達のやり取りを物珍しそうに見ていましたが、私と視線が合いそうになり、慌てて跪きます。

「皆さん。お騒がせしてしまいました。私達は帰りますので皆さんは引き続きお買い物をお楽しみ下さい。それではご機嫌よう」

軽く一礼して馬車へ乗り込みます。

続いてアイシャが乗り込み、それを見て安心したのかナルがミカの手を引いて乗ってきます。

そして最期にシャリアが『失礼致します』と群衆に挨拶をして馬車に乗ってきました。

「では、お嬢様。今度こそお屋敷へ帰りますからね」

「うん。お願い」

シャリアはホッとした顔を隠すように前を向き、小窓を開けて御者に馬車を出すように言いました。


   *


幸い屋敷に着くまでナルもミカも暴れることもなく大人しくしていました。

というよりも、一言も発せず、私の向かいに座って身体を縮めていました。突然の展開なので仕方ないですよね。

しばらくして馬車が屋敷に着いたので、馬車を降りて屋敷の正面門に立ちます。

到着するより先から、小窓から食い入るように外を覗いていたナルとミカはポカァ~んと口を半開きにして驚いて動かなくなってしまいました。まさかこんな屋敷に連れてこられるとは思っていなかったようですね。

「ここが今日から2人が住み込みで仕事をしてもらう屋敷になります」

「こ…ここで…」

「ええ。屋敷は大きいですけど、住んでいる人はあまり多くないのでみんなとはすぐに仲良くなれると思いますよ」

「………」

不安そうなナルを余所に、シャリアが当番の門兵に挨拶しています。そして『お嬢様が連れてきた子達です』と紹介しています。

門兵は何も疑問に思わないのか『分かりました。他の者にも伝えておきます』とだけ言ってそれ以上は何も追求してきません。

母様の1件などもあり、私が普通の蒼い血の者とは変わっているというのが広まっているらしく、とくに何も追求はしてきませんでした。

………色々説明しなくていいから楽なんですけどね。何だか変な人扱いされていませんか?


「お嬢様」

うわっ…。

屋敷の玄関扉の前にミーシャが凜とした姿勢で立っていました。これは叱られるのは不可避ですね……。

「お帰りなさいませ。お嬢様。そしてようこそいらっしゃいました。アイシャ様」

「ただいま戻りました。ミーシャ」

「お、お邪魔します」

アイシャも初対面だけど、何かを察したのか声が上擦っています。

しかしミーシャの視線はそんなアイシャを通り過ぎて―――その後ろに隠れるように立つ孫娘を一瞥だけした後で、私の後ろに隠れるように立っていたナルとミカに向きます。

「お嬢様。その子供達は如何しましたか?」

うぅ……抑揚のない淡々とした声で問うてくるのが余計怖いです。

シャリアじゃないですが、私だって怒っているミーシャは怖いのですよ。

でも変に誤魔化すのは悪手なのは判るので、ここは素直に事情を説明しましょう。

「実はアイシャを迎えに行ってから帰ってくる途中で――」


道ばたに店を広げている行商に会った事――

見ると商品にこの子達が並べられていた事――

気になって話しかけると献上すると言って何故か2人の身柄を渡してきた事――

使用人を捜していたので丁度良いと思って連れて帰った事――


素直に話すと言ったわりには、行商人に会って話しかけたくだりの部分を少し改善しました。あくまでたまたま感が伝わるようにです。シャリアが後で怒られるのは忍びないですからね。

「なるほど……」

ミーシャはとくに肯定とも否定とも取れない声色で小さく肯きます。

「この屋敷は人手が足りないと日頃から言っていたではないですか。彼らはまだ幼いのですぐに一人前のように仕事は出来ないと思いますが、孤児のようですので長くじっくりと仕事を教える時間はあるのかなと思うのです………どうでしょうか?」

「……承知致しました」

2人を使用人見習いとして雇いたいというところだけ、少し顔を顰めましたが、ミーシャからは肯定の意が示されました。

「良いのですか?」

「良いも何も……お嬢様がお決めになった事です。一介の使用人である私が口を出す事ではございません。それにお嬢様に使用人候補を見繕っておいて欲しいと言った手前、無碍に否定など出来ようはずもございません」

あ~そう言えばそんな話を以前にしましたね。

「経緯はともかく、使用人を増やそうとしていたので丁度良いです。お嬢様が仰るように一から鍛えてみましょう。出自が少し気になりますが……孤児のようなので何か裏があるということも無いでしょう」

私が連れてきたからでしょう。見習いとして迎えると言ってくれましたが、やっぱり口と態度が違いますね。使用人が不足しているのは認識していますが、積極的に増やそうとはしないミーシャの姿勢――おそらく昔に何かあったのでしょう。

聞いてみてもはぐらかされるだけでしょうし……今度、シャリアにでも聞いてみましょうか。

「ただし、やる気が無ければ追い出します。お嬢様よろしいですね」

「うん、それはしょうがないです」

「分かりました」

ミーシャはそう言って私に一礼すると、ナルとミカの2人に向き直ります。

「では2人ともついてきなさい。まずはその身なりから整えましょう。お嬢様の屋敷の中では最低限の身だしなみには気をつけてもらいます。だらしない格好をしてお嬢様のお目を汚さないように。その他の事については追々教えていくことにしましょう」

「よろしくお願いしますね。ミーシャ」

「お任せください」

「ナル、ミカ」

私の言葉に、ハッと顔を向ける2人。仕方ないですが、2人とも緊張で顔が強ばっています。私は腰を落として、視線の高さを2人に合わせます。

「2人とも、慣れない事がたくさんあるかもしれませんが、頑張ってください。頑張っているうちは上手くいかなくても、絶対追い出したりはしませんから大丈夫です」

「………はい」

不安でいっぱいの表情だけど、ちゃんと私の方を見て返事したナルはおそらく大丈夫でしょう。あとはナルの背中に隠れてばかりのミカは少し心配だけれど……まあ、慣れればまた変わってくるだろうし、このお兄ちゃんがそばに居れば大丈夫だと思います。

「それとシャリア」

「ひゃ、ひゃい!」

祖母の呼びかけに声が裏返っていますよ。

「貴方はお嬢様とアイシャ様をご案内しなさい。

……それぐらいはできますよね?」

「は、はい!もちろんできます!」

何処かの軍隊かな?

「あ、ミーシャ。その事なのだけど、私の部屋を見て貰うのは次の機会にしようかなと思います」

「と、言いますと?」

「ナルとミカの部屋を準備しないといけないでしょ?私の部屋の模様替えよりも先に、2人の部屋に必要なものを準備して貰った方が良いかと思いました」

「そうですか………宜しいかと思います」

ミーシャはちょっと間を空けてから肯定してくれました。

でも表情は変わっていないけど、内心は自分の事よりも紅い血の者の事を優先しているのに不満を抱いているのだと思います。しかし2人の部屋の準備も必要なのは理解しているので、不満を飲み込んだ。と言ったところでしょうか。

「それではシャリア。宿舎の9号室と10号室を………いえ、妹は幼いようなので2人一緒の部屋が良いでしょうね。9号室を2人に割り当てるので、お嬢様方をご案内してあげて」

「わかりました!」


   *


シャリアの案内の元、使用人用の宿舎へ案内されます。

もちろん案内されるまでもなく、場所も知っていますし、中にも入ったことがあります。

私達の住む屋敷の本邸と宿舎は隣り合い、渡り廊下で直接繋がっています。外装は一体感を出すために、本邸とほぼ同じ作りとなっています。本邸も宿舎もともに3階建てな上に、内装も本邸に見劣りしないぐらいに良い物が使われているそうです。

詳しくない人が迷い込んだなら、本邸と使用人宿舎の見分けが簡単には付かないと思います。

そんな宿舎の1階廊下を進んでいくと、建屋の奥の方に9号室があります。

ちなみに手前に1から8号室が並んでいるのですが、いずれもミーシャ達の寝室もしくは倉庫として使用しています。

そう言えば、一応屋敷のことを任されているとはいえ、お義父様には私の口からナルとミカの事は伝えておいた方がいいでしょうね。

でも今はアイシャを案内しているので、後でにしましょう。


「こちらになります」

先導するシャリアが9号室の扉を開けて私達に入室を促します。

まず私が、次にアイシャが中に入ります。

「え……え?この部屋をあの2人で使うのですか?」

アイシャがビックリした声を出します。

「ここって……私の部屋の2倍以上広いわ」

確かにそうかもしれませんね。この部屋は四方10メリトルほどの広さがあります。これはこの第9号室に限らず、使用人の私室はすべて同じサイズです。

「これは……とても広い部屋になるのかしら?」

「ええ、お嬢様。領民の一般的な部屋の広さに比べればかなり広いと思いますよ。

私がお婆ちゃんに聞いた話ですが――昔、蒼い血の方々が多かった頃は、本邸だけでなく、こちらの建物にも蒼い血の方々が住まわれていたそうです。でも蒼い方々が減ってからは本邸のみで過ごされるようになってしまい、こちらが利用されなくなったため、私達使用人が使わせていただくようになったそうです」

「なるほど。元々は貴族の方々が使われていた部屋というわけですか。それなら納得です」

アイシャはそう言って、部屋の絨毯や壁を調べ始めました。

「……蒼い血の方が使っていたのも納得です。確かに古いですが、壁紙も絨毯も上等なものを使っていますね。こちらは交換する必要は全くありません。

でも、問題は……」

アイシャが広い部屋を見渡します。

「寝台も机も家具が一切無いのは、運び込む前だからですか?」

私には分からないのでシャリアの方を見ます。

「家具の類いは一応予備はあるけど……とても古くてボロボロのベッドとかしかないから、可能なら新しいのを準備してあげて欲しいです」

勿論。そういうことなら是非アイシャの商会に準備して貰いましょう。そのためにアイシャに来て貰っているのですから。

「アイシャ。とりあえず生活する上で必要な家具は全て今回新しく揃えます。そのつもりで見ていただけませんか」

「え、ええ。全てですか?」

「はい。全てです。何でしたらカーテンも替えてもらっても結構です」

そう言われてアイシャが元々掛けてあるカーテンを調べ始めます。

「ユークリッドさま。このカーテンは替えなくてもいいと思います。大変厚くて丈夫な品です。おそらく遮光性を考えてのものでしょう。これはこのままの方が蒼い血の方が所有する屋敷としては適しているかと思います」

「でも。新しく新調した方が商会の売り上げになるのじゃないですか?」

「確かにそうですが――」

アイシャはちょっと困った顔を見せてから、意を決したように続きの言葉を口にします。

「――ユークリッドさまがうちの商会を助けようとしてくれる気持ちは大変光栄で嬉しく思います。でも私は商売人として、本当に必要とはしていないものまで売りつけて儲けたいとは思っていません。生前の両親もどれだけ儲けるかよりも、どれだけお客様に喜んでもらえるか、を常に日頃から気にかけていました。私もそんな2人のような商人を目指しているつもりです。

なので、気を掛けていただいているのに申し訳ありません。必要では無いものまで売りつけるような商売はしたくありません」

アイシャがうなじが見えるぐらいまで頭を下げます。

蒼い血の者からの要望を断って、自分の信念優先する姿勢――商売人としては馬鹿正直すぎると言われてしまうのかもしれません。

同じぐらいの質のカーテンを新しく卸した方が商会にとっては利益が出て良いでしょうに。アイシャの真面目さがよく分かります。でもだからこそお任せできるとも思ったのです。

それなのに私が横から余計な口出しをしてしまった。ここは私の方が謝罪しないといけないですね。

「いいえ。アイシャ。私の方こそごめんなさい。貴方に任せると言いながら、余計な口出しをしてしまって」

「い、いいえ!私の方こそ……蒼い血の方に対して恐れ多い事ばかり言ってしまって……」

「ふふふ、全然構いませんよ。

あ、でも、今みたいなのは私を相手にするときだけにして下さいね。他の蒼い血の方々に今みたいに反論したりしたら、どんな目に遭わされるか……私は心配です」

「あ…はい。ユークリッドさまが相手だから我が儘を言えましたけど……他の蒼い血の方々にはとてもじゃないですが無理です」

「いえ、お嬢様相手でも我が儘を言われても困ります」

少しはにかみながら答えたアイシャに、シャリアが口を出してきます。

「しゃりあ~」

「お、お嬢様。私も一応立場があるので、ここで注意しておかないと後でおばあちゃんに叱られるのですよぉ」

ええ、分かっていますよ。

だから本気で不平を口にしたわけではありません。でもここで私が言っておかないと次からアイシャが本気で萎縮してしまいますからね。

私は問題ないというようにアイシャに微笑みを返しておきます。


それからアイシャは本格的に家具の選定を始めます。

壁紙やカーペットの色、部屋の大きさ、天井の高さなどを持ってきたカバンから取り出したメモ帳に書き込んでいきます。

更に必要だと思われる家具を見繕っていきます。

2人分の広めの部屋とは言え、1部屋だけです。それほど時間が掛からず、アイシャは再びカバンから縁に金色の飾りが入れられた厚めの白い上等な紙を取り出して1枚の見積書にまとめてくれました。


書かれた見積もった内容を確認してみます。

 ダブルベッドが1台。

 ベッド横のナイトテーブルが1脚。

 帽子兼コート掛けのポールが1脚。

 タンスが1台。

 小物入れの棚が1台。

 ライティングビュローが1脚。

 ダイニングチェアが2脚。

 チェア横のネストテーブルが1脚。

そして価格が………高いのか安いのかよく分からないですね。

よく考えてみれば、私は蒼い血の者になって以来、自分でまともに買い物というものをしたことが無いので、お金の価値やモノの相場というのがサッパリ分からないのでした。

「……シャリア」

シャリアの方に見積書を差し出すと察してくれたのか、受け取ってサッと目を通してくれます。

「お嬢様。妥当な金額ではないかなと思います」

「そうですか。それではアイシャ、この見積書どおりに発注させていただきますね」

「お買い上げありがとうございます。商品が用意できましたら納品日をまた改めてご連絡致します。ちなみに差し支えなければ、うちの商会の者がこの部屋まで家具一式を配送致しますが、如何しますか?」

「ええ、見ての通りこの屋敷には人が少ないので大変助かります。シャリア。この見積書をミーシャに渡して下さい。処理をお願いします。一緒に商会の人が家具を持ち運んでくれることも伝えておいて下さい」

「はい。わかりました」



あの後、少し雑談をしてからアイシャは帰宅することになりました。

行商との事があって思ったよりも時間が経っていたのと、商品の取り寄せの手続きを少しでも早くやりたいとのことだったので、唯一手の空いていたハイカに送ってもらいました。

帰りも私が送ると言ったのですが……

とても恐縮しており、彼女が言うには紅い血の者を送り迎えする蒼い血の方など聞いたことがないとのこと。

まあ、確かに行きだけでなく帰りも領主家の者が送ったりしたなら行きでの騒ぎの比ではなくなるでしょうね……。


――と言うわけで、シャリアもミーシャのところに見積書を持って行っているため、今は1人になってしまいました。


ん?あれ…母様?

私室に戻ると母様が部屋の前で待機していました。

廊下を歩いてくる私を見つけて頭を深く下げます。

「母様、どうしましたか?」

「ミーシャが席を外しているため、今夜は私が入浴の手伝いをさせて頂きます」

綺麗な礼をしながら答えてくれます。

「それはそうですね。ミーシャにはあの2人を任せていますものね。でも使用人見習いの母様が担当を変わるのですか?

あ、いや違うよ、母様では嫌というわけじゃなくて……」

「…ふふふ」

わっ…あの母様が笑いを堪えています。

母様は笑ったところが少し私に似ている気がします。

いえ、逆ですか。私が母様に似ているんですよね。

「し、失礼しました」

私が笑い顔をジッと凝視しているものだから、気分を害したかと思われたのか、母様が取り乱します。

「ううん、全然失礼なんて無いです。母様の笑顔が見られて嬉しいなと思っていただけです」

「お嬢様……」

母様が言うには、入浴の手伝いはミーシャの推薦なのだそうだ。母様が髪を洗ってあげた方が私が喜ぶと言われたらしい。

あはは……大正解。

まだ使用人として面倒を見てもらいはじめてから幾日も経っていないのにしっかり私の性格を把握されちゃっています。

「それではお願いしますね」


着替えを準備して――

お風呂に行って――

服を脱いでいつもの切り株風の椅子に座ります。

「お嬢様、失礼致しますね」

「うん。お願いします」

母様の手が私の髪の中に入ってきます。

………。

………。

………。

とてもとてもゆっくりと丁寧に洗ってくれているのが分かります。

うん。なんだか嬉しいです。

それに目を瞑って背中を向けていても分かるぐらいに母様は機嫌が良さそうです。

「母様、今日は何か良い事があったのですか?」

「えっ?」

「何か機嫌が良さそうに感じたので。どうしたのかな?と思って」

「それは、その………今が良い事というか、幸せな気分といいますか。お嬢様の髪を洗えるなんて、嬉しくて……」

「え?えっと……それは良かったです」

他に言いようがないですね。

少し気まずいので最近の仕事状況などを聞いてみました。

最近は大分仕事にも慣れてきて、一通りはこなせるようにはなったらしい。それでも他の使用人の方が遙かに作業速度も洗練さも上とのことで、見習いを卒業するのはまだまだ先になりそうとの事です。

「それでもちゃんとシフトに入れていただけるぐらいには上達できました」

「シフトってどういう割り振りなのですか?」

「4人の使用人を3人と1人に分けて、お嬢様が起床される夜は3人。日中は1人で、週替わりで担当を1人ずつ入れ替えていきます。ただし使用人筆頭のミーシャ様は常にお嬢様が起きている夜シフトになります」

「ふ~ん、ちなみに日中のシフトではどんな事をしているのですか?」

「基本的には夜と同じで屋敷内の掃除などです。あとはナイトウォーカー以外の魔人種の役人や商人の方が不定期に訪れますので、その対応をしています」

「へ~私が寝ている間にそういう事もしているのですね」

「はい。あ、勿論、屋敷の中に入れているわけではありません。正面門脇の応接室で商談するか、もし荷物を運び入れる場合でも使用人の宿所までで、決して屋敷には入れません」

「ふふふ、大丈夫。そんな心配してないですよ」

ちなみに宿所とはこの屋敷と門との間の庭に面した場所に建てられている使用人の寝室や食堂がある建物です。この屋敷ほどではないですが、使用人4人が住んでも全然部屋が埋まらないぐらいの大きな建物です。

そういえば、あの宿所も掃除しないといけないですよね。少ない使用人で大変です。


そうこうしていると髪を洗うのが終わりました。

母様は油を流し終えた髪を整えてくれていますが、気配だけで分かるぐらいに、とても残念そうです。

しょうがない……。

「母様」

「は、はい」

「背中が届かないので、そのまま背中も洗ってくれませんか。前は自分で洗いますので」「はい!」

あぁ……背中越しで見えませんが、私に少し似た顔で凄く嬉しそうな表情をしている母様が容易に想像できました。

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