お姫様と使用人候補 1 - シャリア
「ふう~……」
使用人頭である祖母から言付かった用事のために領主様の屋敷から出たところ。つい溜息が漏れてしまった。
別にメイドの仕事に疲れたから出た溜息ではない。
………いや、多少は祖母に置き使われている事に辟易してはいる。しかし今の溜息の理由ではない。
理由は――ほぼ毎日の採血。
勿論それは領主様やお姫ちゃんが口にする血になる。
その日のアタシの体調に合わせて、量を調整してくれているとはいえ、毎日起きたら血を抜かれるのは正直辛い……。
しかしそれでもアタシとしては、今の環境にはかなり恵まれていると感謝してはいる。
何せ、両親が死んで2人きりになってしまったばあちゃんとアタシを揃って雇ってくれて、それなりに高い給金を貰えているし、綺麗な服も支給される。抜かれた血を補えるぐらいにはちゃんとまともな食事を貰えていて、プライバシーの守られた個室をあてがってくれている。
街の紅い血の人達の中でアタシ達よりも良い生活をしている者がどれだけいるか………おそらく、どれほどもいないだろう。
強いて不満をあげるならもう少しお休みが欲しいというぐらいだ。
2週に1日しかお休みが無いのはちょっとブラックすぎないだろうか。まあ、それには理由があるので理解はしているけど。
そもそも使用人が少なすぎるのだ。
私が産まれる前のある事件がきっかけで、ばあちゃんの除く使用人が全員解雇された事があったらしい。
それからは使用人になるには厳しい身辺調査などのクリアが必要になった。それをクリアした数少ない者が1人、また1人と少しずつ増やされている状況なのだ。
それでもまだ僅か4人だ。この倍はいても割り振る仕事はあるだろうに。さっさと使用人を増やして欲しいものだ。このままでは身体が持たない。
「シャリア、どうしました?」
黙って考え事をしていると、うちのお姫ちゃんが小首を傾げてアタシを心配そうに見てくる。苦悩とか色々顔に出ちゃっていたのかもしれない。
「いえ、何でもございません。お嬢様」
微笑み返すと、向こうも安心したように微笑み返してくる―――なんだろうね。この子の純真さは。
たくさんの蒼い血の方達に会ったことがあるわけではない。アタシが会った事があるのは領主様と神殿長とこのお姫ちゃんだけだ。
領主様はとくに優しくもないが、紅い血の人達を無駄に苛めたり襲ったりしない。他の領地の領主の中には日常的に紅い血の人をおもちゃのように嬲ったりする者もいるらしい。クラウサ住民の共通の評価は、うちの領主様は他の領主様より格段にマシというものだ。
それに対して神殿長は女神のような人だ。本当に蒼い血の方なのか疑わしいぐらいに紅い血の人達の事を大事にしてくれる。
ただ、あまりに立派すぎて少し遠い存在だ。
しかしうちのお姫ちゃんは優しいだけじゃなく、とても近い感じがする。確かに見た目は神々しくて近寄り難いけど、話してみると普通の大人しい女の子だ。最初は良い子ぶっているだけかとも思ったけど、傍にいるうちにどうも違うことが分かってきた。
これが素であり、こういう性格なのだ。
だから……アタシはこのお姫ちゃんの事が結構――わりと好きだ。
もちろん禁断の愛みたいな話ではなく、どこか妹を可愛がるような気持ちだ。
ばあちゃんにバレたら『蒼い血の方を妹扱いなど不敬極まりない!!』とビンタが飛んでくるだろう。
だから他の人には内緒だ。
でも、お姫ちゃんもアタシに姉と接するような雰囲気で話しかけてくることが時々あって嬉しくもあるし、ちょっと困ってもしまう時もあったりする。
おそらく初めて会った時に、ばあちゃんの目を盗んで雑談したのが原因だったのだろう。
あれから2人きりの時には気軽に話しかけてくるようになってしまった。まあ……ばあちゃんの前でなければアタシは全然構わないけど。
仲良くなる分には悪いことではないだろうに、ばあちゃんは節度とやらを兎角重視する。
まあ、それでお姫ちゃんの世話係から外されるのは嫌なので、普段は最低限の節度とやらを意識するようにはしている。何せ、お姫ちゃんの世話をしていると色々楽しい。例えば着替えを手伝うときなど――まさに等身大の人形遊びだ。
今も馬車の窓から外をキラキラした瞳で見ているお姫ちゃんを、傍から何気なく観察するのが楽しかったりする。
普段は上品で知的な振る舞いを見せているお姫ちゃんが、数少ない外出時には年相応の子供の表情になる。そのギャップが見ていて面白い。
キッ――
小さな軋み音を鳴らして馬車が停まった。
今夜の目的地は街中の商業街の1角。お屋敷から大した距離ではないので、あまり馬車に乗っていた時間は大したことがない。
「お嬢様、着いたようです」
「はい」
とても嬉しそうに笑顔を浮かべながら、流れるような動きで馬車の扉の取っ手に伸ばし――かけた手を引っ込めた。
やれやれ。遅れてアタシが取っ手を握り扉を開けて先に外に出る。
扉の開け閉めは基本的には傍に仕える使用人の仕事だ。
何でも自分でやろうとする傾向があるうちのお姫ちゃんは、身の回りの事も自分でさっさとやってしまおうとする。こういう場面をばあちゃんに見られると怒られるのはアタシなので止めて欲しいところだ。
まあ、ばあちゃんに言わせれば、お姫ちゃんがそういう事をするよりも先に使用人が行動するべきだ――とか言うのだろう。でもうちのお姫ちゃん、あまり運動が得意そうに見えない割りにはすばしっこくて、アタシでは全然ついて行く事ができない。
お姫ちゃんは苦笑いを浮かべながらアタシなんかに小さくお礼を言って降りてきた。
こういう所もばあちゃんに見つかると何故かアタシが怒られるから止めて欲しい所だけど、面と向かってお礼を言われては注意するのも難しく……いつも有耶無耶にしてしまう。
アタシに続いてお姫ちゃんも馬車を降りる。
馬車の前には既に数人の紅い血の人達が地面に正座して伏せていた。
そりゃそうなるよね。
店の前に突然馬車が停まり、その馬車には領主クラウサ家の家紋が刻まれている。
しかも中から人が降りてきた。
近くに居た普通の紅い血の者なら、生きた心地はしないだろうね。
「皆さん、普段通りで結構ですよ」
お姫ちゃん、それは無理ってものだ。
しかし若い女性の声に違和感を感じたのか、何人かが僅かに顔を上げてお姫ちゃんの事を伺い見る。そしてその容姿にビックリして、再び顔を伏せる。
その反応はよく分かる。うちのお姫ちゃんは初めて見たときはびっくりするよね。アタシも初めて会った時は美術品か何かかと二度見しちゃったぐらいだ。
周囲の反応にちょっと困った様子のお姫ちゃん。
しょうがないなぁ……助け船を出しますか。それなりにお給金貰っているので、その分ぐらいはしっかり働かないとね。
「こちらはカランド商会で間違いないでしょうか?」
「は は、はい!カランド商会の本店でございます」
さすがに紅い血のアタシの問いには答えられた。一番入口近くに居たアタシよりも少し上の年の若い男性店員が伏せたまま慌てて答える。
「それでは、代表の方を呼んで頂けますか?ユークリッド・ル・クラウサ姫が会いに来たとお伝えください」
「く…くくく クラウサっ!?しょ、承知いたしました!!」
その店員は跳ね起きると、そのまま駆け足で店内奥へと入っていった。
「シャリア、ありがとう」
「…別にお礼を言われるような事ではありません」
まったくこのお姫ちゃんは……簡単に紅い血の者にお礼を口にしちゃダメなんだってば。いくら言っても直そうとしないけど。
そうこうしないうちに、男性店員が戻ってくる足音が―――ただしそれ以外にもう1人の足音がする。
「ユークリッド!!――じゃない、ユークリッドさま!わざわざご足労いただきありがとうございます!」
そうそうブロンド髪のこの子だ。先日シルバーヘッド鉱山に視察に行った帰りに会ったお姫ちゃんの幼馴染み―――確か、名前は……
「アイシャ。約束通り迎えに来たよ」
そうそうアイシャちゃん。
お姫ちゃんの満面の笑みがそのアイシャという子に向けられる。アイシャも心底嬉しそうなのが見てわかる。
仲が良いことだ。
先日、腹を割って話をしたおかげで、2人の間に変な気遣いや遠慮がなくなった気がする。これも全てアタシがあの時に言った助言のおかげですね。
それにしてもこのアイシャという紅い血の娘との仲は、領主様も認めてらっしゃるそうなのだが、よく認めたものだ。普通は紅い血の友達など認めはしないだろうに……殆ど直接会話をしたことが無いけど、ばあちゃんの言う領主様を褒め称える言葉の数々を聞くに、領主様もお姫ちゃんに負けず、変な蒼い血の方なのだろうか。
まあ……その方が仕事はしやすいから私は助かるけど。
「約束…ですか?」
すぐに思い至らない様子のアイシャにお姫ちゃんが補足する。
「先日、話したではないですか。うちの屋敷の日用品など取引できるようにしたら、会う機会も増えると」
「あ…」
「日用品や装飾品、家具など、一度屋敷の中を実際に見てもらいながら、まずは費用を見積ってもらおうかなと。そのために迎えに来ました。もちろんお義父様からも許可は頂いています」
「お義父様って……りょ領主様の許可も!?」
「えぇ。基本的には私に任せるとの事です。そういう事なので、とりあえずまずは屋敷の中を案内させてください。それでこちらの商会から仕入れられる物がないか話をさせてください。どうかしら?」
「ええ!もちろん願ってもないことです!すぐに準備します!!」
興奮気味のアイシャちゃんが駆け足で一旦店の奥に戻っていく。
そして何かカバンを手に、店内の店の者に指示を出す等してから、外出の準備が出来ましたと戻ってきます。
アタシよりも若いのにしっかりした子だね。
「お待たせして申し訳ありません」
「うん、じゃあ行きましょう」
自分達の商会の代表が蒼い血の姫様と仲良くお話しながらクラウサ家の馬車に乗り込んでいく光景を、呆然と見送る店員さん達の表情が印象的だった。
可哀想に、この光景が理解できないでしょうね。
「あ…えっと……」
アタシの視線を感じたアイシャがどう対応したら良いのか少し困っている。
「私はお屋敷で使用人をしております。シャリアと申します。アイシャ様、よろしくお願い致します」
「えっ!?様っ?あ、は、はい!よろしくお願いします」
「シャリア。アイシャと私だけの時も畏まらなくてもいいですよ?」
「……そうですか?じゃあ楽にさせてもらいましょうか。宜しくね、アイシャちゃん」
「え?は……はい」
コロコロ変わるアタシの物言いに対応できず混乱しているみたい。まあ、そのうちに慣れてくれるでしょう。アイシャをお姫ちゃんの向かいの席に座るように促してから、馬車の扉を閉める。
それを合図に、御者が馬を動かし始めた。
お姫ちゃんとアイシャが早速、馬車の内装について色々と話を始める。
アイシャが言うには――
少し座席が堅いのが気になる。自分の馬車に使っている座席と同じモノを準備するので、一度試してみて欲しい。
とか――
小窓が普通のガラスを使っているのが気になる。日の光を嫌う蒼い血の方々の乗る馬車なら、遮光効果のある小さなカーテンをつけてみるのが良いのでは?今度サンプルを持っていく。
とか――
若いけど、流石は商家の娘さんだ。商売熱心だこと……




