義理娘と難題 - フォーティス
久しぶりの屋敷での食事になる。
ここ数日ほど『アカツキ隧道』の外側の出口付近で再び問題が発生したので、その解決のために出張っていた。
この『クラウサ』の地が唯一外界と街道で繋がっている『アカツキ隧道』は何を置いても常に安全を確保しなくてはいけない。そのために渋々出かけていたわけだが――
食事を終えて一息ついていると、ホールの正面扉が開かれる。
使用人はこの扉を使うことが出来ない。この正面扉をくぐってホールの出入りを許されているのは蒼い血の者だけだ。
そしてこの屋敷で蒼い血の者はオレの他には1人しかいない。
あぁぁぁ~!!愛しの我が娘ユークリッドぉぉ~!!
予想通り、入室してきたのはユークリッドだった。
私を確認すると、軽く会釈と笑みを見せてから私の方へと静々と歩いてくる。光が吸い込まれてしまうぐらい黒く艶やかな髪は、今夜は頭の左右で緩く円盤上に纏められていていつもと雰囲気が少し違う。
でも良い!とても似合っている。
そして白というよりは銀糸を織り込んだような鈍く光沢のあるローブのような裾の長い衣装を身に纏っている。清楚な雰囲気が出ていてこれまたユークリッドによく似合っている。これも良い!使用人どもは良い仕事をしているようだ。
私は待ちきれずに席を立つと、彼女の方に歩み寄る。それを見てユークリッドは立ち止まり、再び笑みを浮かべながら会釈する。
「お義父様。おはようご――ぶっ」
愛娘ユークリッドに走り寄って正面から抱きしめた。
「ああ!おはようユークリッド!」
「む~む~む~」
「今夜はとても良い天気だぞ。月がとても綺麗だ」
「む~む~む~」
「そうそう。今夜の髪型は独特だな。いや、これはこれで愛らしくて可愛いぞ」
「む~!む~!」
「そういえばな―――ん?どうしたんだい?」
「むー!」
何かオレの身体をポコポコ叩き始めた。
「ん?ああ、少し強く抱きしめすぎたな」
「ぷはぁぁ~!お義父様、絞め殺す気ですかっ!?」
「そう言って、少し怒った表情で見上げるユークリッドも可愛いなぁ!」
「……お義父様、せめて心の声は口に出さないでください」
いかんいかん、つい口に出してしまっていた。あまり言い過ぎると娘に嫌われるからな。気をつけないと。
「まあ、いいですけど………お義父様、今日のご予定は?」
「予定?今日はしばらく留守にしていたからな、事務仕事が溜まっているのでそれを処理するために執務室に籠もりだ。あ~心配するな。訓練の方はグラヴィスに見てもらうようにお願い済みだ」
「そうですか………お忙しいと思いますが、早めに伝えておきたいことが3点ほどあります。お時間頂けませんか?」
「ああ、いくらでも。丸一日でも構わないぞ」
「いえ、丸一日はちょっと………でしたら、今から食事しながらでもよろしいですか?」
「もちろん」
オレが奥の席に戻って座り、続いてユークリッドがテーブルの角を挟んで左の席に上品に腰を下ろす。
前から不思議だったのだが、この娘はつい最近まで紅い血の者の中でもかなり低い水準の貧困生活を送っていたと聞く。その割には最低限の礼儀作法を身につけている。口調も丁寧だが何故なのだろうか。あまり紅い血の頃の生活には良い思い出が無いから思い出させない方が良いと使用人からは助言されてもいる。
まあ、過去の事だ。わざわざ聞くまでもあるまい。今、礼儀作法が出来ているというのならそれで十分だ。
使用人がユークリッドのための食事を準備するために奥に下がっているうちに、ユークリッドは早速話を始めた。
「まず1つめは、先日話した特産品についてです。昨日、予定していたようにシルバーヘッド鉱山の方に行ってみたのですが――」
鉱山を視察した時の話を始めた。
長年の問題があり、高純度の銀が採れるが、量を採る事ができなかった。それが視察中に改善して、大量に銀を採掘することが可能になるかも知れないとの事だ。
それが本当なら間違いなくクラウサの特産品となり得る。
ろくに外に向けて輸出するモノが何も無い現状を改善できるかも知れない。
「一応、坑夫の方々に坑道内全体で改善されているかを確認してもらっています。近日中に報告があると思います」
「ふむ……それは興味深いな。オレもその報告を聞いてみたいな」
「はい。お義父様も是非。日程は調整して改めてご連絡致します」
とても嬉しそうに微笑んでいる。オレが鉱山に興味を示したことが嬉しいのだろう。よし、もう少しこの話題を続けるか。
「それにしても1回訪れただけで解決してしまった問題というのはなんだったんだ?」
「それがもう1つのお伝えしたいことです。そのシルバーヘッド鉱山の問題というのが、銀鉱脈自体は豊富に確認されているのですが、その岩盤が異様に堅くて殆ど掘り出す事ができなかったのです」
「異様に堅い?」
「はい。坑道を管理する者が言うには鉱山が開かれた当時はそんな事は無かったそうです。しかしある時から岩盤が金属板のように固くなったそうで、掘ると言うよりも削らないと採掘できない状態になったってしまいました。そのために少量の銀しか採れなかったのだそうです」
なるほどな……。
しかしそんな報告を受けたことが無いな………いや、オレが興味なかったから聞き流していただけで報告されていたのか?
「それで、その異様に堅いのをどうやって改善したのだ?」
「私が岩盤に触ると、軽い破裂音がして、普通の堅さに戻りました」
「……ん?それって」
「はい。私が触った時に戻った現象―――これって魔法が解除されたという事でしょうか?」
「……すまん。前にも話したように『対魔』の加護というのはとても珍しい加護であまり情報が無いのだ。正直、ユークリッドが言うような現象なのかはオレには分からん」
「そうですか。すみません、私もまさか改善するとは思っていなかったので堅かった状態での調査が全然足りませんでした。もう少し調査をしてから触れば良かったです………」
「まあ…それはしょうがないだろう。予想できる類いのモノではないし、オレも詳しく説明できていなかったからな。気にしすぎるな」
「ありがとうございます。ただ、ちょっと気になるのは自然にそういった魔法が銀鉱脈とは言え、岩盤に宿るものなのでしょうか?」
「まず、聞いたことが無いな」
「……となると、誰かが?」
「そうなるな……」
ユークリッドが到達した結論は間違っていないと思う。
それが悪意を持ってなのか、何かの拍子にたまたまなのか。
「分かった。この件はオレの方で調べてみよう」
「よろしいのですか?」
「ああ。目的はともかく、第3者の仕業なら外部もしくは過去にクラウサにいた者になる。それを調べるのはユークリッドには難しいだろう」
「確かにそうですね。それでは調査の方はよろしくお願いします」
ちょうどユークリッドと同じ黒髪の若い使用人――確かハイカという名だったか――がなみなみに血が注がれたユークリッド用のワイングラスを持ってきた。
「うむ。で、あと1つは?」
「あと1つは、その……これは報告と言うよりも……お願いになるのですが――」
ユークリッドが珍しく歯切れの悪い口調になる。ユークリッドからのお願いか、珍しい。
「お願いかい?良いよ良いよ。ユークリッドのお願いなら何でもOKだ」
「………せめて話を聞いてから判断してください」
ふむ。またちょっと怒らせてしまった。
「お義父様は『カランド商会』をご存じですか?」
「カランド商会?………確か、街にある紅い血の者が経営している商会にそんな名前のがあったような」
「はい。そのカランド商会です」
「それがどうしたのだ?」
「そのカランド商会の現在の代表が私の幼馴染みなのです。これも先日のシルバーヘッド鉱山を視察した帰りなのですが―――」
何でも紅い血の頃の幼馴染みと関係を回復させたが、その幼馴染みが経営する商会が苦しい経営状況のため、少しでも助けてあげたいらしい。ちなみに同い年の女だそうだ。
「――それで、このカランド商会は主に家具、あとは日用品などを取り扱っているそうなのです。それで…屋敷の中のそういったモノをカランド商会から購入してあげたいのですが………駄目でしょうか?」
「別に良いぞ」
「え?」
「前にも言ったが、屋敷の中の事はユークリッドに全て任せる。好きにすればいいぞ」
「それは私としては助かりますけど………あまり好き勝手に何でも許しちゃうのはどうなのでしょうか?」
「ふむ……そういう事を自分から言うような子には好きにさせても問題ないと思うけど?」
ユークリッドがグッと口噤んでしまう。
くっくっく、珍しくユークリッドに口で勝てそうだ。
「………一応、取引があれば幼馴染みと会う機会も増えるのではないかという打算もあってのお願いなのですが」
「仲良くしたい相手なのだろ?丁度良いではないか、話をする機会ができて。それに住処の中の生活用品を何処から購入するかなど、住む者の自由だろ?逆にユークリッドが何を気にしているのかがわからん」
「それは……税金の使い方とか……癒着とか…」
ん?本当に珍しいぐらいにユークリッドの言葉の歯切れが悪い。
「いえ……いいです。私の考えすぎだったのかもしれません。カランド商会に一度見積を出させてから考えてみます」
「ああ、好きにしなさい」
「それと………その幼馴染みとの関係ですが…」
「うむ」
「相手は紅い血の子なのですが、仲良くしても宜しいのですか?」
「おいおい。ユークリッド、本当にどうしたのだ?」
「え……どうしたとは?」
「紅い血の者だからとかで気にするなんてユークリッドらしくないな。どうせオレが駄目だと言っても仲良くするつもりなのだろう?気にすることはない」
驚いた表情を見せるユークリッドにオレの方が驚く。今日のユークリッドは本当にらしくないな。
「仮に付き合うのはやめろと言っても、どうせ隠れてこっそり会ったりするのだろ?それなら禁止にするだけ無駄だろう。ただし、深い関係にだけはなるなよ」
「深い関係?」
「肉体関係だ。後始末が面倒だ」
「あの……アイシャは女性ですよ?」
「名前で察してる。男が相手ならそもそも許さん。
しかし中央の蒼い血の者達の貴族社会では、女と女、男と男で繋がるなどは、ざらにある事だ」
「それは……何というか、理解しづらい社会ですねぇ」
拒否反応を示すユークリッド。そういう反応を示すのならば心配はなさそうだ。
「まあ…それはともかくとしても、オレは出来るだけユークリッドの希望を叶えてやりたいとは思っている。反対はせんさ」
「……お義父様は器が広いです。ちょっとだけ、好きになりました」
「えっ…ちょっとだけなのか…」
「ふふふ、嘘です。大好きですよ」
ヒャッホーウ!!!
「それなら、今夜は大好きな父と一緒に寝るか」
「それは遠慮いたします」
即答だ。まあさすがにOKとは言わないと思ったので、ダメージは小さい。でもゼロではない。ダメージを誤魔化すように苦笑して手をひらひら振った。
「分かっている。冗談だ。冗談」
「え……冗談ですか?なんだ。入浴を一緒するぐらいなので、別に一緒に寝るぐらいは構わなかったのですけど……」
「え?」
「……って……え、え?……あれ…私、何だか感覚が麻痺してきていませんか?」
ユークリッドは何やら頭を抱えてウンウン唸り始めた。
この子は本当に今日はどうしたのだろうな。
「ユークリッド、大丈夫か?」
「は、はい……はい。大丈夫です。一時の気の迷いです」
えっと…『何が?』と聞いたら泥沼になりそうな気がするな。うん。スルーしてあげることにしよう。
「うむ。それで話というのはこれで全部か?」
「あ、はい。聞いて頂きありがとうございました」
「ああ。これぐらい構わないさ。
それではオレはそろそろ行くとしよう。先程も言ったように今日は一日執務室に籠もって仕事だ。不在にしていた間の書類が少し溜まっているからな。何かあれば執務室に来なさい」
「ご心配なく。できるだけ邪魔はしないようにいたします。お務め、頑張ってください」
自己嫌悪?から復活したユークリッドがニコリと微笑み返してくれる。
よし。これで今日も1日頑張れそうだ。
*
ユークリッドを食堂に置いて、オレは執務室に向かった。
扉の前までは使用人がついてきたが、部屋についている必要はない。と下がるように行って1人で執務室に入る。
室内には―――当然、誰もいない。
オレはそのまま窓の傍の執務机に腰を下ろす。一呼吸、間を置いてから気配を探った。
「……いるか?」
「はっ……傍に」
中庭に向いている窓の方から低い男性の声が聞こえてくる。もちろん不審者ではない。蒼い血の者が少ない我が領地で、思うように動けない私の代わりに、目となり耳となる男だ。
非常に便利な男だが、公にできる立場の者ではない。ユークリッドやグラヴィスにはその存在を内緒にしている。
「まずアカツキ隧道の件だ。事後処理はどうなった」
「はい。先日の睨み合い後、フォーティス様の仲立ちで双方とも一旦兵を引きはしましたが、北のハリスハン、南のミリリバンともに付近の砦まで引き上げたのみで正規兵はもとより、傭兵も解散させてはいません。いつまた睨み合いが再会してもおかしくはない状況かと」
ふ~……やはりか。
クラウサから見て、北のハリスハン、南のミリリバンはともにクラウサよりも大きく、力のある領地だ。
北のハリスハンは鉱業と林業が盛んな軍事力の高い領地。
南のミリリバンは水運と農業が盛んな経済力の高い領地。
しかしお互いにアカツキ隧道の東の出口周辺の土地スタルテラの領有を主張している。要するにクラウサと都を結ぶ街道を抑えたいと考えている。クラウサに害をなすつもりが仮に無くても、ウチにとってはほぼ唯一の中央と繋がる街道の治安が悪化してしまう。大変迷惑な話だ。
そこで第3者として、2領が軍を動かすたびに、仲裁に出るのがオレの最近の一番の仕事になってしまっている。
しかしそれも今回で6回目。いい加減、効果も薄れてきたようで、互いに仲裁を聞き入れて軍を引いた次の日には、再び領境を伺うような動きをしている。
既に誰が最初に手を挙げるかの根比べのような様相になってきていた。
そもそもの問題としてはこの「アカツキ隧道の東の出口周辺」の土地に曰くがある所為だ。過去、様々な領主が代わる代わる治めてきた不安定な土地なのだ。クラウサも最大版図を誇った頃は「アカツキ隧道の東の出口周辺」を含めた一帯を領有していたこともある。
そんな土地のため、色々な勢力が領有を主張し、どの主張も一理ありながらも、決定的では無いという状態が数百年続いているのだ。
これはもう何か根本的に別の方法を考えなくては解決はいつまで経っても難しいだろう。
「……まったく。折角、ユークリッドが外貨を稼げそうな特産品に目星を付けてくれたというのに、街道が安全に使えないのでは他領へ持ち出すこともままならんではないか」
「そう言えば、ユークリッド姫。彼女は大変面白い方でございますね」
「ん?面白い?あまり聞かない評価だな。愛らしいの間違えではないか?」
「もちろん見目麗しく、仕草も可愛らしいのは見ててわかります。ただ、それだけではないものが、かの姫様にはあるかと」
「ふむ。例えば?」
「蒼い血の方らしからぬ謙虚な立ち振る舞いや、紅い血の者達への対応姿勢。元紅い血の者にも関わらず何故か高い教養。そして大変珍しい『対魔』の加護持ち。観察していて飽きませんな」
「……貴様、変な所まで観察していないであろうな」
「もちろん、淑女の秘密に触れるような所まで深入りは致しておりません。先日、フォーティス様とユークリッド様が仲睦まじく一緒にご入浴された際も、私は2人が脱衣所に入ったところでちゃんと監視を外しております」
ギリギリまで観察しているではないか!
まあ、ユークリッドの身辺を見張るように命令したのはオレなのだが……
この話をしながらニヤけているこいつの顔が目に浮かぶ。しかし窓の外に隠れているので、実際どんな表情をしているかは窺い知ることはできない。
「……まあ、よかろう。仕事熱心ということにしておこう。それよりもユークリッドの身辺の報告を」
「はい。覚醒後の生活は大分落ち着いたものになってきているようです。先程申しましたように使用人に対しても蒼い血の方とは思えないぐらい穏やかな態度で接しております。使用人達からも大変厚い好意を向けられているかと思います。これは屋敷の兵士達などにも同様の事が言えます」
「ふむ……何か幼馴染みがどうとか聞いたが、情報はあるか?」
「はい。彼女の名前はアイシャ・カランド。
主に家具を取り扱うカランド商会の長女として生を受けました。ユークリッド様とは数日違いの同い年生まれになります。幼い頃、ユークリッド様と家が近所だったという事もあり、家族ぐるみの付き合いをしていた時期もあったようですが、ユークリッド様の家庭が崩壊し、交流は途絶えたようです。先日、再開した際には当時相談に乗れなかった自分を不甲斐なく思い、ユークリッド様に謝罪の言葉を繰り返していました」
「性格は?」
「基本的には温厚ですが、ユークリッド様よりも活動的で男勝りなところもある性格のように見受けられます。ただし商家の跡取り娘として育てられているので、一般的な礼儀作法や教養は身につけています」
「カランド商会については?」
「主に家具や日用品を取り扱っている、正式に商売許可書を届け出ている商会です。ここクラウサでは3,4番目の大きさの商会になります。ただ、相次いで両親が亡くなり、今は一人娘であるアイシャ・カランドが急遽代表を務めている状況です。頑張ってはいますが、まだ未成年。何かと侮られたり、信用を得られにくかったりのようで、業績は下降気味です」
「ふむ……ユークリッドがその商会を助けたいような事を言っていたが、それはアイシャとかいう者にお願いされたのか?」
「私が聞いていた限りではユークリッド様の方から助力を提案されていました」
普通の蒼い血の者ならば紅い血の者の事など心配しないのが普通ではあるが……あの子なら十分にあり得そうな話だな。
まあ良い。商会と強い繋がりがあるのは、資金面など何かにつけて好ましい。
それにカランド商会がクラウサで3番目ぐらいの大きさだというのも好ましい。規模が小さすぎず、かといって1番大きいところと繋がって優遇していると2番手以降の全商会が不満を持って面倒だ。
先代が昔、商人達と付き合う上で注意する事として話してくれた中に、そんな話が会った事を微かに思い出した。
「わかった。カランド商会については問題ない。あと最期にユークリッドがシルバーヘッド鉱山で起こした現象についてだ」
「それに関しては、申し訳ありません。お伝えできる新しい情報は何もありません」
「ふむ……まあ、昨日の今日だ。期待はしていない。それよりもあの子の話を聞いてどう思った?」
「ユークリッド姫はご慧眼をお持ちかと」
「それはユークリッドの言う通り、硬化の魔法が鉱脈自体にかけられていたということなのか?」
「状況証拠だけで考えるのであればそれが妥当かと」
オレも同じくユークリッドの考えには賛同している。その裏付けを取りたかっただけだ。
「では聞くが、もし魔法がかけられていたとして、誰が何のためにかけたと考える」
「推測でよろしいですか?」
「もちろん」
「誰がは――中領ハリスハン。何のためには――銀市場での優位性の確保」
「妥当だな。オレもそれはまず考えた。他には無いか?」
「もしくは、その逆。誰がは――犯人を中領ハリスハンと思わせたい誰か。何のためには――中領ハリスハンとクラウサの仲違い」
「なるほど。面白い仮説だな。他には?」
「……今すぐはこれ以上何も」
少し考えてから答える。
やはりハリスハンがまずは怪しくみえるというところか……。
ハリスハンはここクラウサの北方に広がる領地だ。クラウサ以上に寒さが厳しい土地のために農業はあまり盛んではない。その代わりに鉱業を主産業としており、特に国内有数の銀鉱山を複数保有している。銀の産出量は王国で最大を誇る領だ。
自分達の銀を市場に有利に供給するために、邪魔になりそうな存在を抑えておく。ありそうなシナリオだ。
しかしわざわざ鉱山に忍び込んで工作するほどのものだろうか?発覚した場合のリスクの方が高い気がするが……。
「ちなみにユークリッド様はどうお考えですか?」
「ユークリッドには考えを聞いていない」
「ほぉ……それは勿体のうございますな。あれほど聡明な姫君です。何か気づきがあってもおかしくないと思いますが」
「勿論、何か考えはあるだろうが………ユークリッドにはあまり領外のきな臭い貴族社会を知らせたくないし、触れて欲しくもない」
「なるほど……しかし、蝶よ華よと大切に育てすぎるのもいかがなものだと思いますが?まあ、過去の事を考えますと、そういうお気持ちになるのは理解できますが――」
「黙れ」
本当にお喋りなヤツだ。オレの昔を知っているから、なおタチが悪い。
「―――失言が過ぎました。お許しください」
「あまり余計な事を言うな。
それと今言ったように王国内の政争などに巻き込まれる恐れのある事象はユークリッドには極力内緒にする。貴様もそのつもりで事に当たれ。よいな」
「はい。ちなみにグラヴィス様へは如何致しますか?」
「グラヴィスも同様だ。折角貴族社会から離れ、静かなクラウサに越してきて落ち着いてきたのだ。安易に心を乱させる必要は無い。ただしあの娘は世の中の暗い部分もある程度は経験している。場合によっては相談するかもしれん」
「承知しました。それにしても、一昨年まで領内の蒼い血はフォーティス様だけでしたが、去年、グラヴィス様が増え、今年はユークリッド様が増えて、だいぶん賑やかになって参りましたね」
そうだな。クラウサの地に蒼い血の者が1人だけの期間が長すぎた。
「いよいよ、これで私もお役目御免でしょうか」
「馬鹿を言え。お前の代わりをユークリッド達にやらせられるわけないだろう」
「はっはっは。そうですな。私のような汚れ仕事は姫様や神殿長がやるような事ではないですな」
「そういう事だ。下らないことを言っていないでもっと情報を集めろ。領内の事はしばらく良い。隣領の動向を重点的に探れ。いいな」
「はっ。仰せのままに――」
セリフと共に、窓の外の人の気配も遠ざかっていき、消えた。




