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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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再会と謝罪 2 - ユークリッド

おそらくアイシャはここで私に話す内容をずっと以前から頭の中で纏めていたのだと思います。

慌てず、感情的になることもなく、ゆっくりと、つっかえることなく、淡々と、幼い頃の自分と私の関係を語り始めました。


私達が生まれた日に数日の差しかない事――

近所の子供同士、しかも同性だったため、物心つく前から頻繁に遊んでいた事――

10歳を過ぎて私の家族が引っ越したことを期に疎遠となった事――

そして――


「――私は大変な状態に置かれている友達に手を差し伸べずに……怖くなって………見捨てて…………逃げたのです」

アイシャは俯く頭も、両肩も、小刻みに震えています。

これが彼女が言いづらかった事。そして、ずっと心に溜まっていたわだかまりなのでしょう。

「アイシャ」

「………」

「アイシャ」

「………」

「顔を上げてください。アイシャ」

「っ………」

恐る恐るですが、ようやく顔を上げてくれました。

「アイシャ」

「は…はい……」

「許します」

「………………は?」

私が言ったことが伝わらなかったのでしょうか。呆けた顔をします。もう1回ちゃんと伝えておきましょう。

「アイシャが私を助けられたのじゃないかと気にしていた事。よく分かりました。だからもうこの事は許します。気にしなくて良いです」

「で、でも…」

「当時はアイシャはまだまだ子供だったのですよね?スラム街まで会いに来てくれるだけでも凄いことです。それなのに恨むとかあるはずありません」

「……お嬢様。私の記憶が確かならば、アイシャちゃんのご両親が早逝されたのも同じ頃だったはずです」

母様が記憶を補足してくれます。

「だったそうじゃないですか。アイシャも苦労していたのです。それなのに子供だったアイシャに怒りを覚える事などありません」

「っ――た、確かに当時は両親が亡くなり、私の周囲も慌ただしかったのは確かです。でも!それを理由に私はユークリッドに手を差し伸べる事を怠った!!」

「でもその頃はアイシャもまだ子供だったのでしょう?しょうがないです」

「それでも……それでも、あのままにしておいたらユークリッドさまが周りの大人達に乱暴されちゃうんじゃないかということぐらいは分かる歳になっていました」

私の許しの言葉を絞り出すような声で否定します。

当の本人が許すようなことを口にしているのに……不器用、いえ、これは頑固というのでしょうか。

……まあ、私も人の事言えないところありますけど。

「ごめん……本当にごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

アイシャは両手で顔を押さえるとそのまま蹲ってしまった。そしてひたすら謝罪の言葉を口にし続けながら身体を震わせています。

私は席を外して前に座るアイシャの全身を抱きしめました。今は下手に言葉を伝えるよりも、こうすることが必要だと思いました。

「ゆ……ゆ、ユークリッド?…さま」

「ありがとう、アイシャ」

「なっ……え?……」

「そんなに思い詰めるまで私の事を心配してくれていたのですよね。

でも――そのために今までずっと苦しい思いをさせてしまって。ごめんなさい」

「ち 違う!違うっ!!私が、私が、もっとユークリッドを助けてあげられれば……」

「ふふふ。そうやって『どうにかしないと』とずっと気にかけてくれて、心配していてくれたのですよね。アイシャはとても優しいです。そんな幼馴染みがいたことが私は嬉しいですよ。ありがとう」

2度目の『ありがとう』の言葉に、アイシャの顔を崩れていく。

「う…うわあ……うわああああああーーー」

私はアイシャを抱きしめると、アイシャも強く抱きしめ返してきます。

そしてそのまま私の胸の中で堰を切ったように泣き始めました。


……。

……。

……。


しばらく抱きしめて頭を撫でたりしていると、ようやくアイシャも落ち着いてきました。

力を緩めると、アイシャの方からは身体を離します。そして、力一杯抱きついていた所為で乱れた自分の衣服を整え始めます。

私も直そうとするのを、隣の母様が制して、代わりに整えてくれました。

ふと見ると、先程までずっと外の風景をわざとらしく眺めていたシャリアが『ようやく終わった』とばかりに向き直ります。

「シャリア、もう大丈夫です。迷惑かけました」

「何の事でしょうかぁ~ シャリアにはよく分かりませ~ん」

すまし顔で答えます。

同性同士とは言え、紅い血の娘と抱き合ったとあってはミーシャの逆鱗に触れそうなので、見てなかったことにするというのでしょう。分かってますよ。

「ふふふ、ありがとうございます」

「だから何の事かわかりませ~ん」

私と母様が小さく笑っているのをアイシャが見つめています。

「?」

「……本当によかった…」

「うん?」

「…ユークリッドさまが優しいままで良かったよ」

そう言ってから、何か気が付いたのか慌てだします。

そして馬車に乗った時と同じように狭い床に身体を小さくしてひれ伏します。

「ど、どうしたのアイシャ」

「あの……ユークリッドさまは蒼い血になった…なられた?ならしゃった……」

「あ~……くすくす、普通に会話してくれていいですよ」

「え…で、でも……ユークリッドさまは蒼い血の方なんだよね?」

「えぇ、そうです」

「………」

アイシャがクリッとした愛らしい目をさらに広げて呆けています。

「アイシャ?」

「……ごめんなさい、あまり蒼い血の方らしくないからちょっとビックリしただけです」

「そんなに他の蒼い血の方とは違いますか?」

自覚はあるけど。

「う、うん」

「……ちなみにどう違います?」

「えっ、ち、違い?う~ん……言葉にするのは難しいですけど――」

「蒼い血の方はもっと乱暴だとかですか?」

「えっと……」

少し私の方を伺う視線を見せる。それはそうか、蒼い血の私の目の前では言いづらいかな?

「……確かに乱暴と言えなくもないけど、私が思うに、そもそも蒼い血の方は紅い血の者の事にあまり興味が無いんじゃないかな……と思います」

「興味が無い?」

「うん。はい。紅い血の者がどうなろうと構わない。紅い血の者が危ない目に遭っても関係無いって……うん。だから、私を心配してくれているユークリッドさまには……かなり驚きました」

「ふむふむ、私は他の蒼い血の方とはちょっと違うとは良く言われてますけど。食人嗜好も無いみたいですし…たまに血を飲むだけで満足できてしまいます」

他の蒼い血の方の話を聞く限り、私はちょっと変わっているのは自覚しています。珍しい加護持ちだというのも関係するのでしょうか?

「蒼い血に覚醒したら、紅い血だった時の血縁者をまず食べちゃうらしいから。それはおば様が無事なのを見て……何となく、そうなのかなと思いました」

詳しいですね。私でも覚醒してから教えてもらった内容なのに。

「それは…ユークリッドさまが蒼い血の方になってから、私なりに蒼い血の方の事について色々と調べたから………だって、蒼い血の事を詳しく知らないと、蒼い血の方になったユークリッドさまを助けられないじゃないかなと思って……」

ちょっと照れた表情なのが可愛いです。

しかしそんなアイシャに向けていた視線を遮るようにシャリアの顔が入ってきます。

「お嬢様。さすがにそろそろ馬車を動かしましょう。帰宅が遅くなってしまいます」

「ああ、確かにそうですね」

「も、申し訳ありません!だったら私は――」

腰をあげかけたアイシャを制します。

「アイシャ。良かったらこのまま家まで送りますよ」

「お嬢様」

シャリアが懸念の声をあげます。

「でも、シャリア。街まではもう少しありますよ?こんな山道を女の子1人で歩いて帰らせるのはどうなのかしら?」

「むぅ……」

「あ、あの……アイシャちゃんの家が変わっていないのでしたら、屋敷に帰るのと方向はほぼ同じです。途中で下ろしてあげれば済むのではないでしょうか」

母様が間に入ってくれます。

「アイシャ。家の場所は母様が知っている頃から変わってないでしょうか?」

「は、はい。一応、昔と家の場所は変わってないですけど……本当に良いのですか?」

「ええ。そういう事なら、なお断る理由はないです。いいですよね?シャリア」

「はいはい。文句はございません」

シャリアの了承も得て、アイシャの自宅に訪問する事になりました。


   *


ここがアイシャの家ですか?

馬車の小窓から見えるのはクラウサの街の市街地の一角。比較的大きな通りに面したそこに建つのは『カランド商会』という大きな看板を掲げた商店でした。

「家は大きなお店だったのですね」

「はい…本当に紅い血だった頃の事を忘れてしまったのですね……」

アイシャの表情が一瞬曇りますが、すぐに笑みが浮かびます。

「楽しい事もありましたけど、つらい事の方が多かったかもしれないから、憶えていないのはある意味良かったのかも知れないです。

幼い頃、一緒に居た頃はこの店内でお店屋さんゴッコをしたりしたんですよ。私が店長で、ユークリッドさまがお客様で買い物に来る遊び」

「へぇ~……またやりたいですね」

「え?あ、あはは……さ、流石にこの年になってお店屋さんごっこはちょっと……」

「駄目ですか?」

「っ………じゃ、じゃあ!ごっこじゃなくて、本当のお客様として、今度来店してください。私が誠心誠意、応対しますから」

「はい。是非♪」

アイシャをちょっと困らせてしまいましたが、これでアイシャに会いに行く口実が出来ました。今度買い物に行きましょう。

「ちなみに何を取り扱っているお店なのですか?」

「えっと、色々取り扱ってるけど、メインは日用雑貨と家具です」

「生活に密着した品揃えですか。売り上げも良さそうですね」

こういう事がすぐに気になってしまう辺りが、お義父様から『ユークリッドは商人みたいな考え方をする時がある』と言われてしまう理由ですね。

私の言葉にアイシャは苦笑して返します。

「あはは………だと良いのですけど……」

「アイシャ?」

「実は……最近は売り上げが芳しくなくて悩んでいるところなのです……」

「そうなのですか?」

「はい……」

ちょっと遠慮がちに、アイシャは自分の商会の状況を語り始めました。


私が言うように日用品を扱う商会なので、季節や流行に関わらず、お客様自体はそれなりにいつも来てくれるそうです。ただし利益の多くは日用品よりも家具の売り上げから得ているとの事です。確かに家具は単価が高いので、売れたときの利益は大きいのでしょう。

しかしその家具の売り上げが芳しくない――という事なのだそうです。

何でも父の跡を継ぎ、商会の代表がアイシャに代わってからというもの、御得意様が離れていってしまい、高級な家具が売れなくなってしまったそうです。代表が若輩者、しかも成人前の女性に代わったことで、高額の取引に不安を憶えた御得意様が取引を控えたり、競合する他商会に取られてしまったりしているらしいです。

さらに弱り目に祟り目と言うのでしょうか。落ち目のカランド商会を見限って、ベテランの店員達が退職したり、ヘッドハンティングで他商会に引き抜かれたりしてしまったそうです。そのために一時期は商会を回すのも一苦労していたとか――

「それでも最近はようやく若い店員達も慣れてきて業務を回せるようになってきました。それに今の商会に残ってくれたみんなは、本当にカランド商会の事を大事に考えてくれている人達ばかりだし、私の事もとても支えてくれているの。だから私がもっともっと商売の勉強をして、お客様に認めて貰えるようになれば、自ずとお客様も戻ってきてくれるはずです」

だから今も毎日勉強しています。と言って、アイシャは話を締めました。

でも、私は何となくモヤモヤします。

「アイシャ」

「はい?」

「私も何かアイシャの為に、アイシャの商会の為に、何か手伝いたいです」

「え?……えぇぇぇ!?決して!そ、そういうつもりで商会の事を言ったんじゃないよ!だ、だから気にしないでください!実際に最近は少しずつ売り上げも戻ってきてますし――」

「いいえ。私が何かしてあげたいのです」

「ゆ、ユークリッド…さま」

「そうですね。例えば――

お屋敷で使っている日用消耗品をカランド商会から買うようにするとか……でも、それでは大した売り上げにはなりませんね。お屋敷内の調度品などを更新する際に、カランド商会に持ってきて貰うとか、あとは私の部屋の調度品ですね。常々、お義父様からは私の部屋は家具が少なすぎると言われています。あまり必要性を感じないので買い足したりしていませんでしたが、カランド商会から購入するというのなら机の1つでも増やしても良いかもしれません。それか花瓶を置くための花瓶台とか2脚ぐらい購入しても良いかもしれません」

詳細は後日詰めるとして、すぐに思いつくのはそんなところでしょうか。

「ユークリッドさま…必要ないのなら無理に購入して貰わなくても――」

「いいえ。アイシャの為です。今度何か買い物させてください。それに花瓶台は実際にあってもいいなと思っていたのです。勿論、台に載せる花瓶も一緒に購入します」

「あ、ありがとうございます」

先程、来店する約束をしたのです。伺うまでに購入予定のモノが決まっている方が良いでしょう。

カランド商会の前でアイシャを下ろしてあげて、近いうちに来店することも約束しました。


通りに領主家の馬車が停まったことで、少し周りが騒ぎ出したので、大事になる前にさっさと帰るとしましょう。ただ、もう1つ。ここに来てどうしても気になっていることがあります。

「母様」

「はい」

「ちなみに私達の家はどれだったのですか?」

近所で幼馴染みなら、この通りに家があったのでしょうか。いえ、この通りの家は全部大きい家ばかりなので、それほど豊かではなかったらしい我が家は裏通りに面した家だったのでしょうか。

「この通りではなく、もう1つ裏の通りに面した家でした………ただ、大分前に引っ越してしまい、今は別の方が住んでいるかと思います」

「そうですか……」

この馬車のまま、以前の家に乗り付けるのは流石に今住んでいる人に迷惑が掛かりそうですね。

今度お忍びでこっそり今の家の様子を伺いに来ましょうか。その時はカランド商会に遊びにも行けて一石二鳥です。

そんな事を計画しつつ、シャリアが帰宅時間をとても気にしているので、これ以上長居は流石に止めておきましょう。

今日の所は素直に返ることにしましょう。

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