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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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再会と謝罪 1 - アイシャ

ユークリッドは私の三軒隣の家に、私より3日遅れて生まれた同い年の幼馴染みの女の子。

商会の仕事が忙しい私の両親は、店の方に入り浸って家に居ることが少なく、物心ついた頃にはユークリッドと一緒にユークリッドのおばさまに世話してもらう事が私の日常になっていた。

しかしそれもある時期を境に唐突に終わる。

両親からユークリッドの家にはもう行っては駄目だと言われ、そのすぐ後にユークリッドの家族は引っ越しをしてしまった。まだ子供だった私は、その時に何が起きていたのか理解できなかったが、後日知ったのはその頃からユークリッドの父親が仕事を失って荒れ始めたという事だった。

10歳ぐらいになった頃、ユークリッドが引っ越した先を偶然にも知ることが出来た。

ユークリッドの父親が窃盗か何かの軽犯罪を犯し、それが噂となって私の耳にまで届いたのが切っ掛けだった。

ユークリッドの一家が住んでいた界隈は、クラウサの街の中でも最下層の生活レベルの人達が集まっているスラムの一歩手前のような地区だった。

両親の目を盗んで、久しぶりにユークリッドに会いに行った。

しかしその地区は私のように何不自由なく育った子供が足の踏み入れていいような優しい世界ではなかった。

そしてそこで子供時代を過ごしていた彼女は―――以前のようには全く笑うことはなくなっていた。

ランプの火どころか、月明かりですら綺麗に反射させていたその瞳は、死んだように濁っていて明かりが無かった。

さらに、年のわりには小柄だった身体は成長どころか一回り小さくなっており、服の上からでも分かるぐらいに痩せこけた身体をした―――一言で言って、見るに堪えられない状態になっていた。


そして、何より怖くなった。恐怖したのだ。


幼馴染みが住んでいる地区も――

変貌してしまった幼馴染みにも――


私はそれっきり、ユークリッドに会いに行く事は止めた。

それから3年後。

久しぶりに聞いたユークリッドの名前にはミドルネームと領主家のラストネームがついていた。

そして新聞や噂話などでユークリッドの直前の状況を知って、私はとても――とても後悔した。


何故………何故、一度も助けの手を差し伸べなかったのか………と。


ユークリッドともう一度話がしたい。

怒られても―――

恨まれても―――

何だったら喰い殺されたっていい。

もう一度会いたかった。

会って話がしたかった。

しかし蒼い血となり、領主様の娘ともなってユークリッドに、会う機会などそうそう訪れるものではなく、無為に2週間ほどが過ぎてしまった。


夕方、店を開く準備を始めていると出勤してきた店員の雑談が耳に入った。

『北に向かう街道に三日月の紋章が入った馬車を見た。ご領主様の馬車だけど、乗っていたのはご領主様ではなく、可愛らしい女の子だった。あれが噂のお姫様なんだと思う。夜の闇みたいに真っ黒な髪をしていたからすぐに分かった。馬車の窓から興味津々にこっちを見ていたの。しかも私に小さく手を振ってくれたの。とっても愛らしかった』

気がついた時には、私は他の店員に自慢げに話しているその店員を捕まえて、馬車が向かった先を問いただしていた。

店員が言うには、クラウサの街から北に向かって出て行った。護衛の兵士は1人だけだったので遠出ではないと思う――とのこと。

私は店員に今日は休みを取ることを伝えて、お店を飛び出していた。

そして北へ向かう街道を1人歩いて行くと、前から見えてきたのがクラウサ領主家の紋章『山脈に三日月』が入った馬車だった。


   *


勢いのままに停めてしまったクラウサ領主家の馬車の中に、私はなんと入れてもらえた。


蒼い血の方の馬車の前に飛び出すなど、轢かれても何もおかしくない行為だ。

もし運良く馬車が停まってくれたとしても、扉が開いたところで話を聞いて貰えるのだろうかと思いつつも地面に跪いたが、予想外にも馬車の主は車内で話をしようと言って、私を招き入れてくれた。

向かいの席を薦められたが、とても座れるような立場ではない。狭いが馬車の床に正座する形で車内にいた。

後ろには赤髪の若いメイドさんと、ここに居る事に驚いたけど、エバンおばさま。

そして―――私の目の前に座っているのが、幼馴染みだったユークリッドだった。

3年ぶりに会ったユークリッドは、幼い頃のように瑞々しい柔らかそうな肌をしており、髪の色こそ変わっているが、昔の面影が少し窺えるような気がした。少なくとも3年前に会った時の、私が目を背けてしまった状態の彼女ではなくなっていた。


それを見て内心は少しホッとした。


情けない話だけど、前の状態の彼女のままだった場合、面と向かって話ができるかどうか……自分でも自信が無かったからだ。

久しぶりにあった幼馴染みは微笑みを浮かべているが、それは少し困った表情も見え隠れするぎこちない笑みだった。

それは当然だ。

3年前に自分を見捨てて離れていった幼馴染みが、生活が安定した途端に現れたらどう対応しようか困るだろう。

ユークリッドは助けを求めるように、視線をエバンおばさまの方へ向ける。

「……アイシャちゃん。久しぶりですね。覚えていますか?エバンです」

「も、もちろん覚えています!エバンおばさま。忙しい両親の代わりによく私の面倒を見てくれた事、よく憶えています。お久しぶりです。ご無沙汰していました」

「ええ……それで……今日はどういった用件で?」

「はい――」

私は改めてユークリッドの方を向いて、跪く私からは見上げるように、彼女の顔をちゃんと見る。

「――ユークリッドさまと話しがしたくて、この馬車を追いかけてきました」

彼女のアーモンド型の可愛い黒瞳が、これでもかというほど大きく広がりました。

「私と話がしたくて?」

「はい!」

『自分を目の前で見捨てて、安否の確認すらしていなかったのに、今更何を言っているんだ?』と思われているかもしれない。表情には出してないが、内心呆れ返っているかもしれない。

「――ただ、1つだけお願いがございます」

それでも構わない――でもこれだけは……。

「お願い?」

「はい……私は殺されても構いません。食べられてしまっても構いません。ただ……ただ、私の話を最後まで聞いてください……お願いします」

馬車の狭い床で身体を丸めるようにして、額をこすりつけて土下座する。

愉快な話を始めるわけではない。これぐらいの事では話を聞いてはもらえないかもしれない。しかし今の私にはこれぐらいでしか想いを表す術が無い。

「う、うん。全部話を聞きますよ。幼馴染み?の話ですから。勿論です。」

土下座する私の頭に、ユークリッドの少し戸惑いつつも明るい声が降ってきた。

「あ……ありがとう…ございます」

「ううん。お礼を言われるような事じゃないですよ。それでお話というのは?」

……。

…ん?………あれ?

何かおかしい気が……。

「えっと……アイシャちゃん」

違和感を感じていた私の背後からエバンおばさまが呼びかけくる。

「お、おばさま?」

「アイシャちゃん、実はね……」

エバンおばさまが言いにくそうに口を噤んで、ユークリッドの方に視線を向けます。

ユークリッドは視線だけでおばさまの言いたいことを理解できたのか、微笑を浮かべたまま小さく頷き返します。

「…………お嬢様は、紅い血だった頃の記憶が殆どございません」

「え……」

「当時の事を殆ど憶えていないのです。それなので申し訳ありませんが、アイシャちゃんとの事も……おそらく憶えてはいないのです」

「そんな……」

「……なので、お辛いようなら全部話さなくてもいいと思いますよ」

そう言ってエバンおばさまはもう一度ユークリッドの方を伺うように見る。

ユークリッドは今度は大きく頷き返した。

「はい。アイシャは―――えっと……貴方の事をアイシャと呼んでもいいでしょうか?」

「え、あっ…も、もちろん構いません!」

「ありがとうございます。では……アイシャ」

「は、はい!」

あまりに畏れ多くてユークリッドの顔を見ることが出来ない。土下座をしたまま、声が聞こえないという事だけは無いように、大きな声でハッキリと返事した。

「貴方が何か過去のつらい話をしようとしている事は何となくですが察しが付きます」

その言葉に私は息をするのも苦しくなるぐらい胸が締め付けられる。

「それはもしかしたら私に対して何か負い目を感じている何かがあるのではないでしょうか?」

「……………はい」

無言は失礼なので返答したが、今度は絞り出すようにして辛うじて声が出た。

「でしたら、先程、母様が言われたように私は過去の記憶が殆ど残っていないのですから、アイシャが辛いようでしたら、わざわざ詳しく話をしなくてもいいですよ?」

ユークリッドが優しい笑みを浮かべて私に語りかけてくる。

その声が天使のささやきのように心地よく聞こえて私はチラッと顔を上げてしまう。

一見、聞き違えると「そんな辛い話を今更聞きたくない」とも受け取れる台詞だけど、彼女のその笑みと声色を聞くに、そこからは私への気遣いしか感じ取れなかった。

蒼い血である彼女が、紅い血である私の事を気遣ってくれている?そんな事があり得るのだろうか?

私が知っている蒼い血の方とは少し……大分雰囲気が違うような……。曲がりなりにも知り合いだからだろうか……あまり恐怖を感じるようなことも無い。

「あ~……姫様。ちょっといいですか?」

それまで黙っていた赤毛のメイドさんが発言の許可をユークリッドに求める。

「うん。どうぞ」

「えっと……私はあまり頭が良くないので上手く言葉に出来ないかもしれませんが……姫様の今の優しさはちょっと違う気がします」

「…違う…ですか?」

え??ちょ!?こ、このメイドさん正気!??紅い血の者のくせに貴族様――しかも蒼い血のユークリッドに反論し始めたよ!!?

「…どういうことですか?」

ユークリッドは少し考えてから、真意が分からないと疑問を口にします。

「すみません、えっと…あんまりうまく説明できないんですが――」

「大丈夫ですよ。ゆっくり教えてください」

「――え~っと」

メイドさんは唸るように少し考え込んだけど、それをユークリッドはジッと待っています。そしてメイドさんは自分の中で纏まったのか再び口を開きます。

「――さっきその子も言ったように彼女はかなりの覚悟を持って姫様に会いにきたんだと思います。おそらくとても話したくない内容なんだと思います。でも困らせるからといって話さなくてもいいよ。と言うのはちょっと違うかなぁと思いました。

結果的に食べられてもいいって言ってる程の覚悟で来てる彼女なら、ここで話を聞いてあげないと、今この一時は楽だとは思うのですけど、その代わり彼女は死ぬまでモヤモヤしたものを持って生きていかないといけないんじゃないでしょうか」

「………」

「………」

「………」

私は勿論勝手に発言などしないけど、ユークリッドもエバンおばさまも黙ってしまった。何か驚いて口を半開きにしている。

「姫様?……すみません、変な事を言いました?」

「いえ……」

ユークリッドは呆けたよう表情から、感動したように表情へと変わっていきます。

「シャリア!すごいです!見直しました。貴方の言っている事はとても理解できます。確かに正論ですね。驚きました。ミーシャに言って褒めてもらいましょう」

「え!?…あ…あぁ……すみません、それは勘弁してください。姫様に逆らったなんて知られてしまったらお婆ちゃんに怒られちゃいます。そんな事になったら1週間は食事抜きになっちゃいますから……」

何だかよく分からないけど、赤毛のメイドさんがとても震えだした。

このメイドさんもおかしなものだ。蒼い血であるユークリッドに意見したことよりも、自分の祖母に叱られる事に恐怖して震えているのだから。

「いや……さすがに1週間は厳しすぎるのでは――」

「いえ。私なんかよりも姫様の事が大事な祖母なら十分あり得ます」

「そ、そうなのですか……」

ユークリッドは返答に困った感じで苦笑いを浮かべてから、私の方を向き直ります。視線が重なってしまったので慌てて頭を下げました。

「えっと……アイシャ…」

「………」

ユークリッドの優しさは感じた。

蒼い血になってもこういう穏やかな性格でいてくれただけでも、私は勝手に救われた気にもなった。

でも――これは私への罰なのだ。

幼馴染を見捨てて、平気でこの年まで生きてきた私への。


ユークリッドが過去を忘れているのなら――話さない事も出来る。誤魔化して自分の都合の良い話を伝えることも出来る。

でも、私はそんな事をするつもりはない。

だって、

私はユークリッドに許して貰うためにここに来たのではない。

私はユークリッドに断罪して貰うためにここに来たのだ。

「……ユークリッドさま」

「はい」

「聞いてください。私が貴方にした事を――」

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