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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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シルバーヘッド鉱山と新しい特産品 - ユークリッド

北の山の山麓にクラウサ最大の鉱山『シルバーヘッド鉱山』があります。

ただし、最大のとは言っても坑夫は10名ほどしかいない。他の領の鉱山に比べれば極小規模なモノらしいです。

しかしここで算出されている主な鉱物は比較的価値の高いものです。

それは『銀』。

これは実は結構凄い事なのではないかと思っています。調べてみましたが、確かに『金』の方が希少な貴金属としての価値は高いですが、使い道の多さでは『銀』の方が需要が高いようです。

金と同様に装飾品や硬貨の材料でもありますし、そこそこの量が採れるため、高級食器にも使われます。

あと武具の材料としても需要があるようです。お義父様からプレゼントされた私の鎧のように、モノに魔法を込めるには銀を混ぜる必要があるそうです。

それだけ利用価値のある銀が主に採れるのならば、間違いなくクラウサの特産品候補になると思います。

でも、何故かこの鉱山の大規模化という事をこれまでしてきませんでした。

いいえ、正確には大規模化ができなかったそうです。

その原因については色々記録が残っていたのだけど、どれを読んでも原因がはっきりしなかったので、直接現地に行って調べてみよう―――というのが今回の訪問の目的です。


屋敷があるクラウサの街からは少し遠いですが、歩いていけない距離でもありません。

しかし『領主の姫様が徒歩で街中を歩いてはいけません』とミーシャに怒られたので、馬車を準備してもらいました。

馬車には私と母様、シャリアの3人が乗っています。それに馬車を御する御者が1名と、単騎で騎乗した護衛の兵士が1名の計6人です。

予想はしていたけど、領内の視察ですらも1人での行動はやはり許されないようです。


馬車に揺られながら、外の景色を眺めてみます。

街中は街灯や道路沿いの民家から漏れる灯りによってそれなりに明るかった街道も、郊外に出ると一気に暗くなり、離れて点々と立つ街灯と、月明かりによって浮かび上がった木々のシルエットぐらいしか眺めるものがなくなりました。

それでも蒼い血に覚醒してから初めての外出です。そんな景色でも見ていて全然飽きません。

「姫様、ご機嫌だねぇ」

外を眺めている私に、向かいに座るシャリアが砕けた口調で言います。

シャリアは使用人で紅い血の者です。普通は私に敬語を使う立場なのでしょうけど、二人っきりの時には、同年代の友人のような喋り方で話すのを許しています。

シャリアも二人っきりの時には、ちょっと年上の姉のように接してくれます。

正確には今は二人っきりではないけど……。

シャリアの隣には母様が座っています。でも母様は私とシャリアのやり取りを微笑みながら見ています。シャリアの口調をとくに咎めたりはしません。

「外見るのそんなに楽しい?」

「はい。とっても」

窓にしがみ付く姿勢からちゃんと座り直してシャリアの方を向きます。

「蒼い血に覚醒してから、初めてお屋敷の外に外出したので、外の景色を見ているだけで楽しいです♪」

「初めてって、覚醒する前にもクラウサの街に住んでいたんですよね?」

「ほら、私は紅い血だった頃の記憶が無いじゃないですか」

「あ、そっか。あはは。でも覚えていても、姫様の昔の生活じゃあ、お出かけする事なんて全然無かったでしょうね」

「っ………」

シャリアの何気ない言葉に、母様が息を飲んだのが分かります。

「シャリア!」

「え?……あっ」

母様が口を押さえて俯いてしまいます。肩も少し震えています。

私が肩を抱いても震えは止まりません。

「シャ~リ~ア~」

「えぇぇ!?私の所為??…………私の所為か…」

私が半眼で睨むと、手を振って否定しますが、落ち込む母様の姿を見て申し訳なく思ったのか、恐る恐る反対側の肩に手を置きました。

「えっと……ごめん、エバンさん。いじわるで言ったわけじゃないの。私はすぐ思った事を口にしちゃうから……ごめんなさい」

「………い……いいえ。シャリアさんの所為じゃないです。本当の事ですから……私が悪いのです」

口を押さえながら、絞り出すように答える母様。

私が紅い血だった頃の話は、まだまだ母様にはトラウマみたいです。

「母様、気にしないでください。前にも言ったように私は紅い血だった頃の事を覚えていないのです。だから大切なのは過去ではなく未来です。これから私が色々世界を見て回る時に一緒に居てください。私はそれだけで嬉しいのですから」

そう言って軽く抱きしめてあげます。

すると少し落ち着いたのか、母様の方から身体を離しました。

「……もう大丈夫です」

「そう?」

「はい……ありがとうございます」

大丈夫という言葉ほどには、立ち直ったようには見えないけど……とりあえず身体の震えは収まって微笑を浮かべてるので大丈夫かなと思います。

「この次の視察先も決まっています。その時も是非母様と一緒に行きたいです。いえ、行きましょう」

「……ご要望とあれば同行させていただきます」

「……あ、あの……姫様、アタシは?」

「母様を苛めるシャリアはもう連れて行きません」

「そんな~!反省してるからぁ~!」

泣きついてくるシャリアが面白くて我慢できずに笑ってしまいます。

「ぷっ……ふふふ、まったくもうぉ。冗談です。シャリアもまた一緒にお出かけしましょう」


車内でしばらく和気藹々と会話をしていると、道に少し傾斜が現れてきます。

傾斜は幾分きつくなっていきますが、流石に馬車が登れないほどの傾斜ではありません。

そして、その坂道もそれほど長くは続かず、すぐに馬車が停まります。どうやらシルバーヘッド鉱山に着いたようです。

護衛の兵士がまず下馬して馬車の扉を開けてくれます。

軽く会釈して馬車から降りてみると、そこは煌々と篝火が焚かれており、坑道の入口と思われる場所に10名ほどの上半身裸の男性達が地面に伏せて頭を下げていました。

年齢は20~50ぐらいの年の泥砂まみれの男達でした。

「姫様!お待ちしておりました。今夜はご足労いただき、これほどの喜びはございません!」

集団の中央で跪く初老の男性が頭を垂れたまま挨拶をしてくれます。

白が多く交じる頭髪ですが、身体の大きさは流石は坑夫と言ったところでしょうか。大きく引き締まった身体によって、外見からは男性の年齢を分からなくさせています。

ただ、その声からは緊張しているのがよく分かりました。

「わざわざの出迎え、ありがとうございます」

緊張を解いてあげようと、柔らかな笑みを浮かべたつもりでこちらも挨拶を返しますが、私の言葉を聞いて、より一層身体が強ばらせているように見えるのは気のせいでしょうか?

「みなさん、どうかしましたか?」

男性達からはかすかにざわめきが起こっているが、皆が顔を伏せているので表情を覗うことは出来ません。

すると、最初に挨拶した初老の男性が代表して顔を上げて、恐る恐るという感じ応えてくれます。

「き、気分を害されたのならば大変申し訳ありません!」

「気分を害するなんてとんでもない。何か私が変な事をしましたでしょうか?」

自分が世間知らずなところがあるのは、自分でもよく分かっているので、変な空気になってしまったのは私が原因の可能性が高いです。

「いえ!そのような事は……ただ……」

「ただ?」

「……まさか、蒼い血の、しかも姫様から挨拶を返して貰えるとは思わなかったものですから……驚いてしまって」

思っていたのとはちょっと違いましたが、やはり私が原因だったようです。

挨拶を返してもビックリされるなんて……。

「皆さん、聞いてください」

さすがに坑夫の方々が遠慮しながらですが顔をあげてくれます。

「私は先日まで紅い血の者でした」

明らかに私の発言に困惑している表情を見せていますが、話を続けます。

「色々あって蒼い血となり、縁あって領主家に迎え入れていただきました。今は領主の娘として、様々な教養を身につけてるために勉強中の身です。そのため、あまり蒼い血の者らしくない振る舞いや言動をする事もたくさんあるかもしれません。でもこれを改めるつもりはありません」

困惑した表情がさらに深まっています。

「私はもっと蒼い血の者は紅い血の者に寄り添っても良いと思っています。私は皆さんを襲ったりするつもりはありません。だから皆さんも私に対して必要以上に恐れを抱く必要もありません」

私がそう言っても周囲の態度がすぐに変わるとは思っていません。それでもこれからは折りをみて私の考えを広めていきたいと思っている。

勿論、お義父様からは既に許可を貰っています。

……まあ、私のお願いは何でも許可してくれそうな親なので、事の重大さが理解してくれているかは分かりませんが。

「そういうわけですので、皆さん、私達には気にせず、いつも通りの作業を続けてください。私達には坑道内を案内してくれる方が1名いてくれれば結構です」

「しかし……」

「いいえ。今夜は私の方が無理言って作業風景を見せていただきに来たのです。皆さん、普段通りに作業を続けていただいて結構です。逆に普段の作業風景を見せていただきたいです。そのための視察ですので」

「……わかりました。それが姫様のご希望だというならば」

リーダーの方と思われる初老の男性が立ち上がり、他の男性の方々に指示を出します。他の方々は低い姿勢のまま一礼して坑道の中へと入っていきました。

初老の男性は坑夫達が鉱山に入っていくのを見届けることなく、再び私の前で跪きます。

「申し遅れました。儂はこのシルバーヘッド鉱山で坑夫長――坑夫共のリーダーのようなものをしておりますドリゴと申します。作業の説明などは儂からさせていただきます」

「私はユークリッド・ル・クラウサ。後ろの2人はメイドのシャリアとエバンです。今日はよろしくお願いしますね」

「………」

あれ?挨拶したらまた固まっちゃいました。

「えっと、ドリゴさん?どうしましたか?」

「あ……いえ、し、失礼しました。いよいよ姫様は普通の蒼い血の者の方々とは違うのだなと驚いておりました。まさか姫様から名乗りを返して頂けると思わなかったもので……」

「普通は挨拶しないのですか?」

「はい。『お願いします』なんて事も言いません。それと儂の事はドリゴとお呼びください。さん付けされるような身分じゃございません」

横からシャリアにも同様の注意をされちゃいました。

「わかりましたドリゴ。それではまず普段やっている採掘の方法を説明してくれますか?」

「はい。喜んで。こちらへどうぞ」

坑道へ入る手前の所で、木製の棚に向かってドリゴが何かゴソゴソとし始めました。どうやら私達の分のカンテラを準備しようとしているみたいです。

私達蒼い血の者は『完全闇視』の能力を持っていますので真っ暗闇でも視界が失われることはありません。しかし紅い血の方々はランクにより程度の差はありますが、一番低いF級となると他の魔人種よりも夜目が利くだけで、真闇では目が利かなくなるため明かりが必要となります。

あれ?これはもしかすると早速魔法が役に立つのではないですか!?

「姫さま?」

ドリゴの作業を手で制して呪文を唱えます。


『フォンス(光源)』


グラヴィスに先日教えてもらった呪文を唱えると、左の手の平が白色の光を発し始め、坑道の入口付近を明るく照らしました。うん。上手くいきました。

「わぁ~お嬢様、魔法ですか!?凄いですね!」

シャリアが感嘆の声を上げながら、光る私の手の平を色んな方向から眺めています。母様も私が魔法を使えたことが嬉しいのか、優しく微笑み返してくれてます。

ふふ~ん♪魔法を使えるようになって初めて役に立った実感が湧きます。

「さすが姫様、便利な魔法を覚えていらっしゃる。これならカンテラは不要ですな」

取り出しかけたカンテラを再び仕舞って、ドリゴ先導のもと、私、母様、シャリアの順番で坑道に入っていきます。

坑道の中は思ったよりも広く、私はもちろん、ドリゴも殆ど頭を下げることなく、立って歩けました。

ヒンヤリとした空気が漂う坑道内の岩盤は全体的にしっとりと濡れており、それに私の魔法の光が当たり、キラキラ光って少し幻想的で、非日常的な風景です。

先導するドリゴが私の足下を気にしてくれながら、ゆっくり奥に進みます。

「シルバーヘッド鉱山は歴史こそ長いですが、坑道の長さはそれほどでもありません。一番深い部分でもここから200mほどで最奥にぶつかります。そして使っている坑道入口も今入ってきた1ヶ所のみです」

「主要な鉱物は銀だと聞いているのですが、盛んに掘ってないと言うことは量はあまり採れないと言うことでしょうか?」

量が採れないのではいくら銀でも特産品にはならないかもしれない。

「はい。他のもごく少量採れますが、主は銀でございます。ただあまり掘られていないのは、埋蔵量が原因というわけでは―――口で説明するよりも、もう少し奥に入って、直接見てもらった方が早いです。

ちなみに採れた鉱石についてですが――」

足を止めて説明しようとしてくれる坑夫長に、歩きながらで構わないと伝えます。

「――では、このまま失礼して。

採れた銀鉱石は麓の精錬所に運び込んで銀鉱石から銀を取り出します。

これにはバイブキ法と言われる精錬方法が一般的で、ウチでもこの方法で精錬しています。

まず余計な岩石部分を削って綺麗にした銀鉱石を溶かした鉛につけて熱します。すると石の中の銀が溶け出して鉛に混ざります。この状態の鉛を、動物の骨粉で作った器に載せて、空気をよく当てながら高温で熱すると鉛だけが溶け落ちて、銀が残るって寸法です。

え?誰が考えたか…ですか?

確かバイブキって、ずっと昔の人だったはずです………だからバイブキ法と言われてます。ここ最近400年か500年ぐらいはこの方法が主流なんで、それよりも昔の人ですね。申し訳ありません。これ以上は詳しくは存じません」

「そうですか」

バイブキ法ですか……

何でしょう?何処かで聞いたことがあるような、無いような。屋敷の書籍でしょうか?鉱業関連の本は無かったように思いますが……。

それに気になる点がもう1つ。

「鉛ですか……身体に大事はないのですか?」

坑夫長が少し驚いた顔をします。

「はっはっは、いやいや、流石は姫様。博学でいらっしゃる。鉛中毒の事をご存知でしたか。勿論細心の注意はしますが、長くこの仕事をしているとどうしても体に悪いものが溜まっちまうみたいで……」

一応危険性は認識されているのだけど、コスト面や精錬効率から鉛を使わざる負えないそうです。

「ただ、皮肉にも産出量が少ないので、バイブキの炉に火を入れるのも週に1回のみ。精錬作業自体が少ないから、身体を壊す程のヤツはウチでは最近とんと聞かないですね」

「そうですか……どちらにせよ、そういう事なら仮に産出量を増やした場合は、そのあたりの改善も必要ですね。作業する人を増やして、1人当たりの作業時間を短くするとか。いっそ、鉛に変わる材料を使うとか。でしょうか」

「もしかして、姫様は銀の採掘量を増やそうとお考えですか?」

「ええ。クラウサには特産品というものが無いではないですか。銀を他領に売るための特産品に出来ないかと考えています」

坑夫長は今日の視察の目的をようやく理解できたようです。しかしその声は少しトーンが落ちます。

「それは素晴らしい御考えかと思いますが……ご足労頂いていておいて大変恐縮ですが……期待には応えられないかもしれません」

ドリゴはそれだけ言うと、話を止めて坑道の奥へと足を進めていった。

そして入口から20mほど奥に進んだ先の坑道でハンマーを取り出し壁を叩き始めます。


キーン

キーン

キーン


ドリゴが「どうだ」と言わんばかりにこちらを向く。

母様とシャリアは、何を指摘されているのかよく分からなかったみたいだけど――

「――金属のような音ですね」

「ええ、姫様。その通りです」

ドリゴがもう一度ハンマーを振るって音を出す。

今度は母様とシャリアにも理解できたみたいです。

「このように、どういうわけだかこの坑道の岩は何処も彼処もこんな感じで、あまりの堅さに掘るどころか削るのもままならない状態なのです。この鉱山も開かれた当初はそんな事がなかったと聞き伝わっておりますが、いつの頃からか坑道内全体がこんな岩だらけになってしまったのだそうです」

「なるほど。でも、例えばこの坑道以外を掘りなおすとか、堅くない場所を優先して掘り進めるとか、試してみた事はないのですか?」

「もちろん、他の場所から掘っていたりした事もありますが………何処から掘っても鉱脈にあたる前に、結局この岩盤にあたってしまうのです。そして何よりこの異常に堅い岩盤―――これ自体が銀鉱脈なのです」

ドリゴが言うにはこの堅い岩盤が坑道全体に広がっているらしい。

しかしこの岩盤からなまじ高純度の銀が採れるため、僅かしか採れなくても止められずに、掘り続けているとのことでした。

見た感じは普通の岩に見えますけど、ここから高純度の銀が採れるというなら、どうにかして掘りやすくする方法はないでしょうか………

何か思いつかないかな……

考え事をしながら何気に右手で件の岩盤に触れてみます。


ぱきん


ん?ぱきん?

触れた瞬間に何かが鈍く割れたような大きな音がしたような……?

振り返ると、母様とシャリアも聞こえたようで私に駆け寄ってきます。

「お嬢様!何かお怪我されていませんか!?」

2人が私の右腕を取ったり、顔を伺ってきたりします。骨でも折れたかと思ったのでしょうか?

「大丈夫ですよ。それよりも今の音は聞きましたか?」

「はい」

「ドリゴは?」

「聞きました。しかし申し訳ありません。何の音かまでは………儂も坑道内では聞いたことが無い音でした」

何だったんだろう?

もう一回岩盤を触ってみようかな。

岩盤に手を伸ばそうとした時、割れる音とは別の、人が走ってくる音が聞こえてきました。

「た、大変だ!!長!大変な事が起きたぞ!!!」

奥で作業に戻っていた坑夫の方々が血相を変えて走り寄ってきました。

「たわけがぁ!!!姫様の御前だぞ!失礼だろうが!!」

おぉっ!ドリゴの声の方がビックリしますよ。

坑道内なので、ドリゴの怒声が木霊して、反響してもの凄いことになっています。

そのドリゴの怒声に気圧された坑夫の方々は正気を戻したのか、さらに私の事を見て、顔を青ざめると凄い勢いで地面に伏せられました。

この岩の地面にそんなに勢いよく伏せたら痛くないですか?

「姫様、大変申し訳ありません。このように無骨者ばかりで礼儀がなっていなくて………」

「構いませんよ。それよりも何か慌てていたようですけど?」

「ああ、そうでした。お前達、どうしたんだ?」

「そ、それが……」

チラッと私の顔を伺ってきます。『構わないですよ』と微笑み返して促します。

「は、はい……その……さ、さっきまで奥でいつものように銀壁を削っていたんですが――」

銀壁とは、銀を多く含有するけどとてつもなく堅いこの岩盤の呼称だとドリゴが補足します。

「――銀壁が……普通に掘れるようになりました」

「………は?」

ドリゴは始め理解できないという表情だったが、何かに気がついたのか、手に持っていたハンマーを近くの壁に叩きつけました。


がんがんがん


あれ?なんだか普通の岩を叩いた時の音になってないですか?

そうこうしているとハンマーに叩かれ続けて、岩の一部がゴロっと割れて落ちました。

「………し、しんじられん」

落ちた石を拾い上げてドリゴが驚愕の表情を浮かべています。

「……姫様、一体何をなされたのですか?」

ああ……やっぱり私が何かしちゃったのでしょうか。

「すみません、何かしたつもりはないのですが……岩盤に触ったぐらいしか……」


……あっ!

触った――

『対魔』の加護――

銀は魔力の付加させるために必須の金属――


これって……。

まさか…岩盤を堅くするような魔法が、何故か銀鉱脈全体に付与されていて、私がそれを解除したから普通の堅さに戻ったということでしょうか。

理論としては合っていてもおかしくないですけど、もう正常に戻ってしまったので、証明は難しいかも知れません……。

「ドリゴ、そんなつもりはなったのだけど、もしかしたら岩盤が固くなっていたのを元に戻してしまったかもしれません」

「なんと!!

いやいや!堅くなくなったのならばとても喜ばしいことですよ!これはとても凄いことですっ!!!

ありがとうございます!!」

わっ!?

ドリゴが感極まったのか私の手を握りしめました。お義父様みたいに大きな手だけど凄いゴツゴツしてる。如何にも職人さんの手ですね。

よっぽど嬉しいのだろうけど――

「ごらぁ!!汚い手でお嬢様に馴れ馴れしく触んじゃねぇぇ!!」

あまり上品じゃない物言いでシャリアが私達の間に割り込んでドリゴに押しのけました。そして私の手を自分のハンカチで拭きだします。

それは流石にちょっと失礼すぎるのじゃない?

「し、失礼しました。あまりに嬉しくて興奮しちまって……」

「大丈夫ですよ。それよりもこれで銀の採掘をもっと行えるようになるでしょうか?」

「え、ええ!もちろんです!これから坑道全体を調べてみますが、全体の堅さが改善されたっていうなら、採掘量は数倍いや数十倍に増やせますよ!!

かぁー!もしそうなったら全然人が足りねぇや!」

人が足りないと言いつつドリゴは嬉しそうです。

「なるほど。分かりました。それではまずは坑道内の状況を確認してください。あと、見た感じは変化ありませんが、その銀鉱石の品質に影響が出ていないかも。その上で後日報告を頂けますか?」

「承知しました!」

「その報告の結果をもとに、必要なら坑夫を増やしていくなどの相談をしましょう」

「喜んで!!」

本当に嬉しそうですね。


その後、ドリゴと一緒に坑道内をもう少し歩いてみます。

歩きがてら岩盤の状態を確認して行きましたが、私達が確認した範囲では全ての岩盤の堅さが自然の状態に戻っているようでした。

ドリゴが言うには、岩盤の表面部分の確認は手分けすれば1日もあれば終わるとのことです。しかし掘り始めたは良いが、改善したのは表面だけで、岩盤の奥は変わらず堅いままでは意味が無いので、少し掘り進めてから報告したいとのことです。

確かにドリゴの言う通りです。

私は屋敷の兵士にその事を伝えれば、報告に上がってもらう日は調整して、追って連絡することを伝えました。


1時間ほど坑道内を探索した後、シルバーヘッド鉱山を後にしました。

見送りは大袈裟にしなくて良いと言ったのですが、来た時と同様に私の乗った馬車を坑夫一同が跪いて礼をして送り出してくれました。

来た時は確かに怖がられていたけど、ここを離れる段階になっては敬いと若干尊敬の眼差しはあっても怯えは感じられませんでした。

少なくともここの坑夫には、私を知ってもらえたようです。


「嬉しそうですね。姫様」

馬車が動き始めてすぐにシャリアが言います。

そういうシャリアも何だか少し嬉しそうですけど?

「ふふふ、嬉しいのは当然です。だって、これでクラウサの民の暮らしも少しは良くなるかもしれないのですから」

「民の暮らし?……それってどういう事?」

うん。説明しないと分からないですよね。

「今までのクラウサは他領に売るような特産品は無く、裕福な家が少ない為、外から娯楽品等を買う機会も少なかった上に、食料は自給自足できているので、尚更、他領から買い物する事もありません。だからここ数十年領内で使われるお金の量は殆ど変わっていないのだと思います。決まった大きさのパイをいつもみんなで分け合っていたのです。

しかし他領に銀を売る事が出来れば、領の外から入ってくるお金が増えて、領内のお金の量が増えれば、商人もモノが売れて利益を増やせますし、税金も増えます。税金が増えれば、道や溜池とかを作る事もできるようになって、皆の生活も改善すると思うのです」

とても簡単にですけど説明すると、シャリアも腑に落ちた顔をします。

「へぇ~……政治の事とか全然分からないけど、姫様が今言ったことはよく分かった」

「それは良かったです」

「それってつまり!私のお給金も増えるって事だよね?」

「そこは………頑張り次第かと」

「何でぇ~」

大袈裟に落ちこむ仕草を見せるシャリアを見て、母様も微笑を浮かべています。

良かった。来る時と違って大分落ち着いたようです。


それにしてもこの『対魔』の加護は、ある意味たいへん危険な能力ですね。

他人のかけた魔法を無効化してしまうのならば、例えばお義父様が愛用の槍と鎧に触れてしまうと、込められている魔法が解けてしまうと言うことです。鎧はサイズ調整の機能が壊れてブカブカになってしまいます。

槍に関しては、あの魔法の込められた石に戻ってしまうのでしょうか……もしかしたら込められた魔法も消えてただの石になるかも知れません。

でも私の鎧やコテツはそんな事はないので、何でも魔法を解除出来るわけでもないのかも知れません。

……今度から気をつけるようにしましょう。


馬車の若干不規則な揺れの中、そんな考え事をしていると――

「ユークリッドっ!!」

突然私の名前を叫ぶ声が外から聞こえました。

え、外から?

それと同時に止まる馬車。私と隣の母様が少し前のめりになるのを向かいのシャリアが慌てて支えようとします。ありがとう。大丈夫ですよ。そこまで極端な急停止じゃなかったので。

しかしシャリアは少し怒ったように御者席の方に向いている小窓を開けて『突然止まると危ないでしょ』などと不機嫌に注意します。

隣の母様も窓から様子を伺おうとします。

「私!アイシャよ!!話がしたいの!!ちょっちょっと!は、離して!私はユークリッドの友達なんだってばっ!!」

開けた窓から今度ははっきりと聞こえました。

私の友達?

「まぁ…アイシャちゃん」

母様が小さく呟いてから咄嗟に口を押さえます。ごめん、蒼い血の者は聴覚も良いからしっかり聞こえちゃったよ。

「母様、知っている子ですか?」

「………お嬢様が紅い血の頃の事はできるだけ思い出させないようにミーシャから言付かっていたのですが………申し訳ありません」

「私は大丈夫ですよ。それよりも外の子は?」

「っ………」

「母様?」

少し躊躇してから母様は口を開きます。

「……アイシャちゃんは……お嬢様が紅い血の者だった頃のご友人で、幼馴染みの子です」

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