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魔神女王  作者: 冬ノゆうき
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蒼い血の権利と求められる能力 - ユークリッド

グラヴィスが魔法を教えてくれるようになってから、さらに5日が過ぎました。

グラヴィスの教え方はお義父様と違って理路整然としていて、毎日、前日までの復習をしてくれるため、とても分かりやすいです。座学で話を聞いているだけでも魔法学の勉強になります。


そして、あれからいくつか魔法も教えてもらいました。

グラヴィスにも再三才能があると褒めてもらえたので、本当に自分にはそれなりに魔法の才があるようです。

お義父様にも同じような事を言われてはいましたが、親バカが言わせていると勘ぐって何となく信じられなかったので……。


そして6日目。

当初予定よりも2日延びて、久しぶりにお義父様が屋敷に戻ってきました。

「お義父様。お帰りなさいませ」

私とミーシャら使用人達、役人の幹部クラスと、そして屋敷を警備する兵士達が玄関に集合して、馬車から降りてくるお義父様を出迎えます。

馬車から降り立ったお義父様の姿は出発した時と変わりません。

迎えに出ていた私を見て満面の笑みで近寄ってくると、その大きな手で私の肩を抱きしめます。

まあ、これぐらいは予想していたので構いませんけど。

「戻ったぞ!ユークリッド!大事は無いか?」

「はい。特に大きな問題は何も起きておりません」

「うん。上々だ」

そう言って屋敷の中に入っていきます。

私はその少し後ろについて続きます。

「グラヴィスからの魔法の勉強は順調か?」

「はい。大変丁寧に教えてくれています。分かりやすいですし、グラヴィスの知識も豊富でとても勉強になります」

「魔法も教えてもらったか?」

「はい。いくつか新しく教えてもらいました」

新しく覚えた魔法を指折り伝えます。

「うんうん。上出来だ。

剣術の稽古もちゃんと続けているかい?」

「はい。お義父様が準備しておいてくれた練習メニューはちゃんとこなしていました」

「そうか……」

お義父様は少し考えてから足が止まります。

そして、中庭の方へと歩き出しました。

あれ?このまま奥の執務室や私室のあるエリアに行かれると思ったのですが……。

庭に降りると、羽織っていたガウンを脱ぎます。

「ユークリッド。ちょっと剣の稽古をしよう」

「え……今からですか?」

「ああ。ユークリッドの今の実力を確認しておきたくてな。駄目か?」

珍しく真剣な顔です。冗談とかでは無いようです。

それならば、拒否する理由はありません。私もお義父様に剣を一度見て欲しかったです。

腰帯を解いて羽織っていた厚めの上衣を脱ぎます。勿論、下にもう1枚着ています。装飾の無いシンプルな黒帯に、上衣よりも薄い生地の装飾の少ない黒い服。胸の前で襟を重ねる形は脱いだ上衣と同じ種類のものです。

この下に下着を着ているので、長袖シャツ1枚を着ているような状態でしょうか。

ミーシャがはしたないと思ったのか、顔を顰めているのが視界の端に見えます。

でも運動するのに上衣を着たままではダメですよね?

「ユークリッド。コテツを出せ」

「はい。『リアリゼーション(具現)』」

魔法発動と共に、私の右手に白木の鞘に収まった愛刀コテツが出現します。

私が魔法を使った事に、周囲から軽いどよめきが起こります。蒼い血になって1週間ぐらいしか経ってないですものね。魔法が使えるようになった事を知らなかった人は驚くかもしれません。先生が優秀なだけです。

「よし。軽く手合わせするか」

「はい。お願いします!」

コテツを鞘から抜くと、銀色に鈍く光る綺麗な刀身が姿を見せます。自分の武器ですけど、いつ見ても綺麗です。

そのまま両手で握って正眼に構えます。

対して、お義父様は武器を構えること無く立ったままです。

「お義父様?」

「ああ、オレは無手で相手する」

「え…大丈夫ですか?」

そう聞き返す事自体が失礼だと思うけど、一応確認です。

しかしお義父様は自信満々に肯きます。

「問題ない。さあ、ユークリッドの好きなタイミングで掛かってこい」

そういう事ならば、遠慮はしません。

私はコテツを構え直して――まずは『フィジカル・コンフィルマ・オムニス(身体強化・全)』。

私のように素の身体能力が低い者には必須の魔法です。

そして強化した脚力を使って、教わったすり足のような足運びで地面を滑るように間合いを詰めると、上段から一閃します。

コテツの刃はお義父様の身体の少し前を通っていきます。当たっていません。

私が間合いを間違えた訳ではありません。

お義父様がギリギリで身体を避けたのです。

勿論、避けられるのは予想していました。すぐにコテツの刃を起こして、今度はお義父様の腹部に向かって突きます。本当は急所の集まる胸を突くべきなのですが、お義父様とは身長差がありすぎるので、正中線上で狙いやすい腹部を突きます。

突き攻撃なので、先程のように後ろに下がるような動きでは躱せません。

左右いずれかに大きく動くはずです。そこを突ききらずに、横薙ぎの攻撃に切り替えて追撃します。

セオリー通りですが、完璧な連係攻撃のはずです。

しかし私の思惑に対して、お義父様は避ける事はせず、腕を伸ばすと素手でコテツに触れました。そして巻き取るような動きをさせて刀身に腕を乗せて突きの軌道を逸らします。

さらにそのまま空いている手の方は私の顔面に掌底―――の寸止めを飛ばしてきました。

コテツに気を取られて、掌底の方は全く反応できません。寸止めしてくれなければ当たって顔が潰れていたでしょう……。

「まずは一本だな」

やっぱりお義父様は武力に関しては並の実力ではありません。全く敵う気配は無いですが、それでも素手のお義父様相手です。1本ぐらいは取りたい!

「もう一本お願いします!」

「おう!」

私の反応にお義父様は嬉しそうです。コテツを離し、少し離れてから再び無形の構えを取ります。

私も気を取り直して正眼の構えを取り直します。


10分と少々―――休むことなく、相手をして貰いました。


……いや、もう……ビックリするぐらいに全く敵いません。

コテツが僅かにかすることも無く、十数回の組み手は全てお義父様の寸止めで終わりました。息も絶え絶えの私に対して、お義父様は息1つ乱れていません。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「うん。なるほどな。合格だ」

「はぁはぁ……ご…ごうかく…ですか?」

どの辺りが合格だったのでしょうか?合格になりそうな要素が全く見あたらなかったのですが……。

私の思いを察したのか、お義父様が今の動きの総評をしてくれます。

「剣の構えから攻撃への流れは文句ない。セオリー通りの基本にしっかり則った動きだった。

10数回に渡る連戦にも、集中力が最後まで切らさず、どうにかして一本取ろうという気概を持ち続けたのも良し。

それに魔法も最初から最後まで高い効果を維持し続けているのは大したものだ。しかもまだ魔力に余裕を残している。オレが見るに魔力の総量が特別多いわけではないようだから、よほど効率の良い使い方をしているのだろう。

いずれも剣や魔法を習い始めて1週間のレベルとは思えないものだった。だから合格だ」

「はぁはぁ……あ、ありがとうございます」

一応、現時点での合格ラインはクリアしたみたいです。納得したので素直に評価を受け止めておきます。

「………まあ、これから色々あるかもしれないからな。剣と魔法が上達しておくのは悪い事ではないさ」

「色々とは?」

「ん?……まあ、色々だ」

「……」

どうも先日の『襲われる』という発言といい、何か隠しているような気がします。

少し目を細めてジッと見つめていると、最初はそっぽを向いていたお義父様も居たたまれなくなってきたのか、音を上げます。

「色々あるのだ!詳しい話は、今はまだできん」

開き直りました?

「だが……ユークリッドの為を思ってのことだ。信じろ」

『信じろ』ですか………先日の全裸事件みたいな行き過ぎちゃった事はありますけど、少なくともお義父様が私を害するような事はしない―――とは『信じて』いますよ。

「……分かりました。

お義父様の決定に逆らう気など全くありませんし、お義父様の事は……その……一応、信頼しています。

でも、私にも関係するような事なら、訳ぐらいは話をして欲しいです………でないと、何だか2人の間に溝ができたようで寂しいです」

とりあえず先走って何でもかんでも決められるのは少し怖いので、一回釘を刺しておきましょう。私が寂しそうな顔をして言えば――

「ゆ、ユークリッドとの間に…溝だと……」

――ほら。お義父様が泣きそうな顔をされます。

「スマン!確かにユークリッドに関係ある事なのに、本人に何も伝えていなかった……」

「話しづらい事もあるとは思いますが、次からはちょっとだけ私にも気にかけて下さいね」

「いや!ものすごく気にかけるようにする!」

あ……いえ…そこはちょっと気にかけるぐらいでいいですよ。重いので。

「よし!早速、説明しよう!まずはこの4,5日ほど留守にしていた事についての話から始めないとな」

そう言って私の腕を掴み引っ張ります。

あれ?……この勢い、この流れは……。

「お義父様!?」

「話が少し長くなるからな。落ち着いて話せるように書斎に行くぞ」

お義父様は掴んだ腕を引っ張り、空いた手で足の方を持ち、そのまま持ち上げます。

うひゃっ!?こ、これは俗に言う―――お姫様だっこぉ!?

「ひゃっ……お、お義父様!」

「何だ?」

「そ…その……運動した後なので、ちょっと…汗臭いかもしれません……」

「全然構わん!!何せユークリッドの汗の臭いはとても良い匂いだからな!」

ひぃぃぃぃぃぃ!?

何だか犬みたいに私の身体を近づけてクンカクンカ鼻を鳴らしています!?それはとても良い笑顔で……。

お願いです……気持ち悪いので止めてくださいぃ。



結局、抵抗する事も許されずに、抱えられたまま飛ぶような速度で屋敷内を移動してお義父様の書斎まで連れてこられました。

遅れて入ってきたミーシャから、庭に脱いだままになっていた上衣を受け取り着直します。

ついでに準備してもらったハンドタオルで汗も拭いておきます。

「さて、まずはこの数日屋敷を留守にしていた理由から話そう――」

お義父様は気にした様子も無く、変わらずマイペースに話を始めます。


「オレがこの5日ほど屋敷を離れて行っていたのは、アカツキ隧道を抜けた先の領境付近だ。そこは我がクラウサ領だけでなく、北のハリスハン領と南のミリリバン領も境を接する。所謂、係争地だ」

地理に関する書物の内容を思い出します。

このクラウサは四方山脈に囲まれた盆地にある領地です。そしてその盆地の外に出るための主要な交通路が、古の時代に山脈を貫くように掘られたアカツキ隧道です。

アカツキ隧道と、その出口一帯までがクラウサの領地だったはずです。

お義父様の言われている係争地とは、そのさらに外側の土地の事なのでしょう。

「係争地という事は、その3領がお互いに自分の領地だと主張して睨みあってる――とかそういう事でしょうか?」

「ああ。睨みあっているのは間違っていない。しかし正確には3領ではなく、2領――ハリスハン領とミリリバン領が睨みあっているだけで、我がクラウサは過去に領地としていた時機があったというだけで、今は領地として主張しているわけではない」

「なるほど……でもそれなら何故、お義父様も領境まで行かれていたのですか?」

私と会話できるのが楽しいのか、終始笑顔だったお義父様の顔が、少し曇ります。

「それなんだが……その2領が問題なのだ。睨みあっていると言っても、裏で工作しあったり、外交官を送って批判し合ったりしているぐらいにはまだ良かったのだが……今年に入って、関係が一気に悪化してな。ついにお互いの正規軍を領境に展開し始めたのだ」

「せ、戦争ですか?」

「まだ開戦してない。しかしその恐れがあった。

だから、魔神王陛下の命により、オレは2領の間を取り持つために、同じように軍を率いてアカツキ隧道の向こう側に陣を張って、2領にお互い剣を収めるように仲介していたというわけだ。

予定よりも2日帰還が延びたのもそのためだ。交渉の場が荒れてな。なかなか纏まらなかったのだ」

「……ちょっと意外です」

「意外?」

「あ…えっと、その……お義父様は武人ではないですか。そういう争い事は『戦で決着をつけろ!』とか言っちゃうタイプかなと思っていたので……戦を止める為に奔走するというのが想像できなくて………」

「それはいくら何でも酷いぞ。ユークリッドよ」

「あ…あははは……ごめんなさい。

あ、でも、そう思っていたので見直しました。戦ではなく、交渉して平和的に解決しようとする姿勢。好感を覚えます」

『好感』というところで、お義父様の顔がぱっと綻びます。

あぁ…ほんと分かりやすいですね。

「そ、そうか?うんうん、そうだよな。

勿論、いざ戦となれば先陣を切って戦うが、それは最終手段だ。

元来、武を競うとは、強き者が互いの鍛え上げた力と技をぶつけ合う。そして互いに切磋琢磨する。そういうものだ。私利私欲から起こす戦には興味が無い」

おぉー!今のはちょっとカッコイイと思ってしまいました。

……あれ?

「でしたら、その係争地は今は誰が治めているのですか?その3領のいずれでもないとなると――他の領主様ですか?」

「ん?いないぞ」

「だって、現在治めている―――え?いない?」

「ああ。正確には、何処の領主からも庇護が受けられない各街や村が、自分達で代表を選出して自治をしているらしい。あの辺りはここ200年ほどそうやって独立独歩で生き抜いてきた。

『スタルテラ』――蒼い血の者達は、この地域の事をそう呼んでいる」

「どういう意味ですか?」

「愚者の土地。蒼い血の保護を受けようとしない愚か者達が集まる土地。という意味だそうだ」

「え、そんな言い方酷いです。蒼い血の方が治めてなくても、200年の間、ずっと街や村を維持できてるのだから、それって逆に凄いじゃないですか」

私がそう言うとお義父様が苦笑いを浮かべます。

え……何かおかしな事を言いました?

「蒼い血になったユークリッドが、蒼い血の者の支配を否定するような事を言うなんてな」

「あ……」

確かにそうです。私が蒼い血の者でした。

「……ごめんなさい」

「くっくっく。構わないさ」

「?」

「ユークリッドみたいなちょっと変わった蒼い血の者がいてもいいだろう」

………それって、褒めてます?貶してます?


どんどん!


執務室の扉がノックされました。力強いノックです。

母様をはじめ、使用人の人は控えめなノックをします。兵士の方々も。この屋敷でこんなノックするのは1人しかいません。

「主様!ゴンゴスです!」

やっぱり。

「ああ。入れ」

「失礼します!おぉ!姫様も一緒でしたか」

「ええ。おかえりなさい将軍」

入室してきたのはゴンゴス将軍でした。


ゴンゴス・ゴリゴース。

ナイトウォーカーのC種で、貴族種ではないにも関わらず歴代のクラウサ領主からの信頼が厚く、クラウサの1軍を預かる将軍の地位にある男性です。

若干白いものが混じった濃緑髪からも分かるように、壮年から初老に入ろうかという年齢で、聞いたところでは齢500歳近いとか。でも、お義父様並に長身で、服がはち切れんばかりに筋骨隆々の巨躯は、そんな年齢を感じさせないものがあります。

お義父様と同じく、魔法はあまり得意ではないそうですが、武器の扱いはクラウサで2番目の実力者です。ちなみに1番は当然お義父様です。

あと、顔が強面でシャリアなどは『目が合っただけで身体が震える』と酷い評価をしていましたが、その実は若い子供にはとても甘いところがあります。

ちなみに若い子供には私も含まれているようです。

私が帰還を労うと、その強面の顔がぺしゃっと崩れ、好々爺のような笑みを浮かべました。

「姫様も留守番がしっかりできたようで、感心!感心!」

あの……流石にそこまで子供じゃないんですけど。

どうも私を小さな子供のように接してくることがあります。悪気が全くない顔で褒めてくるので、文句を言う事も出来ずにいつも聞き流しています。

でも、可愛がってくれているのはよく分かるので、将軍の事を嫌っているわけではありません。

「ゴンゴス。何か?」

「あ、これは失礼しました!

報告致します。第1連隊は任務終了で解散。明日は休養日にしています。代わりに第2連隊をアカツキ隧道の守りにつかせました」

「ああ。ご苦労」

第1連隊というのはクラウサ領軍の中でも最精鋭の部隊らしいです。お義父様や将軍がアカツキ隧道の向こうまで率いていっていたのもこの部隊です。

その部隊に代わって、領内の巡警が主な任務の第2連隊がアカツキ隧道の守備に就いたということでしょうか。

「ご苦労様です。将軍」

「おぉ!!姫様に労われたならば、苦労も疲労も吹き飛びますな!ガッハッハッハ!」

苦労はともかく、疲労は消えないのでゆっくり休んでください。

「それはそうと主様。斥候の報告ですが――」

ここで将軍が私の方をチラッと伺います。

あぁ…軍事の話は聞かせられないという事ですね。

私は邪魔にならないように席を立とうとするけど、立てません。

隣に座っていたお義父様が私の肩を押さえていました。

「お義父様?」

「将軍、構わん。話せ」

「軍事の話ですが、宜しいのですか?」

「政は蒼い血の者が行う権利であり、義務だ。その義務を果たせるだけの力がユークリッドにはまだ備わっていなかったから、今までは政の話を聞かせていなかった。

しかし、ユークリッドはもう自分の身は自分で守れるぐらいの力を持った蒼い血だ。そしてこのクラウサ領主家の1人娘だ。内緒にする話など無い」

「お義父様…」

気づくと、お義父様の横顔をちょっと見蕩れていました。これはいけません。あまり見つめているとお義父様が調子に乗ります。

慌てて視線を将軍に戻します。

将軍は大きな身体を器用に折って、深く頭を下げていました。

「姫様、大変失礼致しました」

「いえ、全然気にしていませんから。頭を上げてください」

「……では、姫様もご一緒に。

アカツキ隧道の出口に残していた斥候の報告なのですが、2領とも主力部隊は引き上げたのは確認したとのことです。しかし、それでも双方100人ほどの小部隊を南北街道周辺に残して、睨み合いは続いている状況とのことです」

「ったく……早速、約束を違えやがって」

どうも先日の取り決めで、スタルテラ周辺からは両軍同時に完全撤兵する約束だったらしいです。それが結局守られなかったとのこと。

「主様。おそらく双方が疑心暗鬼になっており、兵を完全に引けない状態なのでは?」

「そうだろうな。しかしそれなら始めから兵を完全に引くなどと約束するな。と言いたくなる」

「それは……何か約束を違えなくてはいけない問題が発生したのでしょうか?」

「いえ、姫様。おそらく2領とも元々約束を守るつもりはあまりなかったのではないかと愚考致します。ただ、魔神王陛下と勅命を受けた主様の顔を立てて、一応従った素振りを見せただけかと」

「でも、それで約束を破ったのではなお悪いのでは?」

「そこは『相手が約束を守らずに軍を引かなかったから、こちらも引けなかった』などと言い訳をするつもりでしょう。この2領は昔からこんな事の繰り返しです」

それは何とも不毛ですね。

「主様。如何致しましょうか?」

「……形とは言え、一旦は取り決めの通り撤兵して見せている。しかも兵を動かしているの自領内だ。我々が改めて兵を集めるには大義名分が薄い気がするな」

「ですな。儂もそう思います」

「とは言え、監視は必要だろう。場合によっては魔神王陛下へ上申も必要だろうしな。そのためにも情報収集は怠るな」

「承知致しました。アカツキ隧道の守備に就く第2連隊から、一部を隧道の出口に展開させて両領の軍の動きを監視させましょう」

「ああ。頼む」

お義父様とゴンゴス将軍が私を挟むようにしてやり取りをしているのを静かに聞いています。

私は政の経験はありません。完全な素人なので下手に口を出さずに2人の会話を聞いていました。

思ったのは、意外にお義父様はちゃんと領主としてのお勤めが出来ているという事です。武人で政には興味が無いと思っていましたが、流石に武力だけでは無いということでしょう。

……私、先程からお義父様に対して失礼な事ばかり考えてますね。反省です。

「――ユークリッド、何かあるかい?」

「はい。何もありません」

「ん」

一応、私にも意見を聞いてくれました。勿論、口出すような事はありません。逆に2人の会話は勉強になります。

そのまま2人はクラウサ領軍の訓練計画や、領内警備に専念している新兵中心の第3連隊を早い内にアカツキ隧道の警備を経験させることなどを詰めていました。

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