都へ
「母さん、ただいま! 今日もいっぱいお金をもらってきたよ! それでね、母さんに話があるんだけど……」
扉から顔をのぞかせたルカはそう話を切りだします。
「お帰りなさい。もうすぐ夕飯ができるから、ちょっと待っていてちょうだい」
「いや、なんか人連れてきちゃったんだけど」
「とりあえず入ってもらっていて。あと少しだから」
母親はルカの方を見向きもせずに告げました。彼女の言葉に、ルカは困ったように視線を泳がせたのち、後ろにいた人物に話しかけます。
「風も強いですしとりあえず入ってください。母さん手が離せないみたいで、ごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず」
彼が連れているのは長身の青年でした。都で働く軍人とのことで、軍服を着て腰には剣をさしていました。その姿は先日、ルカにおくりものをしたあの男に似ています。
その青年はにこやかに笑みを浮かべると、手招きをするルカへとついて家の中へと入っていきました。
ルカが雷を打ってしまった男は役人からも目をつけられていたようで、殺してしまったことよりもルカが手に入れた「奇跡の力」に注目が集まりました。雷を落としたり、火をおこしたり、といった常人には扱えないような技は「奇跡の力」とされ、そのような力を扱えるものは重宝されていました。けれど、奇跡の力を持っているかどうかは生まれつきであり、幼いころから鍛錬を積んできたものがほとんど。彼のように急に奇跡の力を得るという例は、ことさらに珍しいものでした。
力の扱いにも慣れてきたルカは森での狩猟などに同行するようになり、
「森は危ないわ、無理は禁物よ。それにわたしだって働けるのよ」
という母親の注意を無視し、奥地での危険な仕事も引き受けていました。事実、母親は長年にわたる労働で半ば体を壊しかけていましたし、彼はそんな彼女に楽をさせたかったのです。
ルカが彼を案内し、椅子に座らせたところで奥から母親が出てきました。
「お邪魔しています、ルカくんのお母さま。今回は息子さんのことで話があってうかがいました。普段は都の見回りなどを行っております、軍部のアルムと申します」
「まぁ、軍人さんでいらっしゃいますか⁉︎ 申し訳ありません、汚い家でして……」
仰っていただければこちらから出向きましたのに恐れ多いです、と母親は頭を下げました。
それに対してアルムも腰を折り、
「私の方から家に行かせてほしいと頼んだのです。話が終わればすぐ宿に帰りますから」
と表情を変えず微笑みをたたえたままに告げます。彼の腰の低い態度に彼女は戸惑ったようで、少し眉根を寄せて小首を傾げました。軍人に出会うことの少ない田舎町に暮らしていた彼女でしたが、軍人とは、気位が高く平民とは話もしようとしないものなのだと考えていたのです。
「それで、お話ってなんでしょうか?」
「息子さんにはもう話は通しているのですが、彼に私の隊に所属していただきたいと考えていまして。ただ、まだ子供というべき年齢ですし、本人の意思だけでなく親御さんの同意も必要なので――」
「ルカが、軍隊に、ですか?」
「えぇ」
母親のルカを見つめる瞳には驚愕が宿っています。ルカはまだ十四。子供というべき、どころではなくまだまだ子どもだと彼女は考えていました。
「どうしてでしょう?」
「お話しすると多少長くなってしまうのですが……、私の隊にいたある男が失踪してしまいまして」
その男は奇跡の力を使うことができ、彼の所属していた隊の中でも優秀だったのだと語りました。頼りにされ、隊の要ともいうべき人物だったのだそう。けれど、ある日突然に忽然とその姿を消してしまったと言うのです。
「置き手紙もなく、手がかりも一切なかったのですが、彼の姿をこの町で見たという情報を手に入れまして、それで私はこの町に訪れました」
「それで、見つかったのですか?」
「いいえ。ただ、最近は態度も良くありませんでしたし彼のことは諦めようかと。こうして、ルカくんに出会うこともできましたし」
ルカのことはこの町の役人から話を聞き、そんな稀有な人材に会ってみたい、と森を散策していたところで会ったのだと言いました。そして、恍惚と瞳を輝かせます。
「彼の力には驚きました。つい最近手に入れたとは思えませんね。ですからぜひ、私の隊に入っていただきたいのです」
「けど、危険じゃないですか? ルカはまだほんの子どもですよ?」
「安全は保証しますよ。都の見回りに危険な業務はほぼありませんし、彼の能力ならやっていけるでしょう。最初から大変なことをさせるつもりはありませんし」
彼の話に対して、母親は心配そうに拳を握り込み、唇を引き結びます。
「母さん、知ってる? 都に行けば、ぼく、今の十倍のお金をもらえるんだよ? ぼくだって、もう、それなりに戦えるんだよ」
母親の様子を見たルカは、きっぱりと彼女の背中を押します。強い意志がその声にはみなぎっていました。
「そしたら、もう母さんは一切働かなくても贅沢にくらせるんだよ。ぼくが行きたいって思ってるだけだから、別に母さんが都に行く必要はないんだし」
彼は男に、一年分の給金だけで一生はくらせるような仕事なのだと語っていました。まさに夢のような話だとルカは思いましたが、こんな機会に飛びつかない理由がありません。
ルカと男を交互に見やったのち、母親は微かにうなずきました。息子の強い説得に、彼女はとうとう折れたようでした。けれど心から納得したわけではなく、いまだ拳は握りしめたままです。
「あなたがそこまで行きたいのなら……いいわよ。あなたの望みを制限したいわけじゃないもの」
「本当⁉︎」
ルカは母親の言葉を聞いた瞬間、顔を輝かせます。そんな彼のようすに母親は曖昧に笑みを浮かべると、こう釘をさしました。
「えぇ。でも危険なことはしないように気をつけて。それに、粗相はしないように」
「もちろんだって!」
こうして彼は翌日、都へと旅立ったのでした。




