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男からのおくりもの

 むかしむかし、あるところで。


***


 ルカは夕暮れで橙に染まった道を走っていました。この道は人通りの多い表通り。ただならぬ彼の様子に、しかし、声をかける人はだれひとりいません。人々は彼を避けるようにして歩いていきます。


 彼は目的地へ向かうため、大通りを過ぎると人の少ない裏通りに入りました。彼は裏通りの中でもいっとう古びた店の前で立ち止まります。しかし、店の様子を見て肩を落としました。暗く、人の姿も見えません。


「やってないなんて……ここならぼくでもお金をもらえると思ったのに」


 彼はうずくまってため息を吐くと下を向きました。そしてこぼれたその涙を、ぼろぼろの服でぬぐったのでした。


 ふと聞こえてきた足音にルカは顔をあげます。にじむ視界にはとある男が近寄ってくるのが写りました。見たことのない男の姿を、彼は呆けたように見つめます。


 その男は軍服を身にまとい、腰には剣をさしていました。秋風に銀髪をなびかせた男は、ルカのそばまでよると、そっと腰をおろして金の瞳で彼を覗きこみます。


「ぼうや、どうしたんだい?」


 「ぼうや」だなんて言われたことのないルカは涙で潤んだ目をまん丸くさせました。


「えぇと、困ったことがあるのなら僕に話してみてくれないかな?」


 男はルカの様子を見て優しげな微笑を浮かべます。


「母さんが……! 母さんを、助けてくれますか?」

「僕にできることなら、助けになるよ」

「本当に?」


 ルカの言葉に男はああ、と頷きました。


「だから、ほら。話してごらんよ」

「……うん。母さんが、こわい人におどされてて」


 彼の言葉に背を押されて、ルカは少しずつ話しはじめます。


「脅されてるって?」

「こわい人が母さんにどなってて、ぼくのこと指さして『あいつがどうなってもいいのか』なんて、ナイフも持ってるんです。もう、そいつは帰ったけど、明日までにお金を用意しろって」

「お父さんとか、助けてくれる人はいないのかい」


 男の問いかけにルカはゆっくりと首を横に振りました。


「父さんは、ぼくが生まれてすぐに死んじゃったんです。それに、近所の人たちも、ぼくの家にお金がないのを知ってるから、みんな知らんぷりで。あの人も助けになるって最初は言ってたけど、嘘つきだったんだ、きっと」

「あの人って、誰のことかな?」

「今日、母さんをいじめた人。最初は、母さんを助けるって言ってたのに、あいつ、今日になって急にこわくなって……もともと好きじゃなかったけど、母さんが我慢しろって言ってたから、そうしてたのに」


 ルカの声には少しずつ、涙声がまじるようになってきていました。そんな彼の話を聞く男の眉はどんどんとひそめられていきます。


「明日までに金を用意しろ、だなんて母さんがそんなことできるわけないんだ。ぜんぜんお金ないからって、近所の人にお金借りようとしてるの、前に聞いちゃったんです。それに、この店なら、ぼくでもお金がかせげると思ったけど、やってないし」


 彼はそこで一呼吸おくと、叫ぶようにして男に訴えました。


「だから、助けてほしいんです。ぼくのこと、どうしたっていいから」


 男は少し困ったようにルカを見つめると、そっと彼の頭に手をおきました。


「それなら。君におくりものをしようかな。僕にはもういらないものだし、ちょうど誰かにあげたいと思っていたところだったんだ。うかつに僕が手をだしてもどうなるかわからないから、君にやってもらうのが一番良い」

「おくりもの? 助けてくれるんですか」

「君のお母さんを助けるのは、君自身さ」


 そして、ルカの耳に顔を近づけてこう囁きます。


「僕からの贈り物は、ちょっと使い方が難しいかもしれない。間違えれば、ひどいことになる――僕みたいにね。だけど、君なら使いこなせるかもしれないな」


 言葉を理解できず、首を傾げているルカ。その額に男はくちづけを残したのでした。


「うわ、何するんだよ……⁉︎」

「力に溺れないように気を付けて。君の幸運を祈るよ」


 ルカが睨みつけようとすると、すでに男はいなくなっていました。元からそこには誰もいなかったかのように、あたりを見回しても人影ひとつ見えません。ルカはもうずいぶんと暗くなっていることに気が付きました。家では母親が待っていることでしょう。


「母さんが心配する前に帰らなきゃ!」


***


 家についたルカは母親からさんざん説教をされましたが、すねることなく素直にあやまり、そんな彼のようすに母親は驚きつつも、


「無事に帰ってきてくれたのなら良いわ。心配させないでちょうだい」


 と告げました。


 叱られたこともあり、なかなか今日の出来事を言い出せなかったルカですが、寝床へ向かう前に話そうと口を開きます。


「母さん、お金集まった?」

「大丈夫よ」

「嘘だ、集まるわけないじゃんか」

「本当よ」


 母親はかたくなに真実を言おうとしません。


「集まんなくても、どうにかなるかもしれないよ?」

「……え?」

「ぼく、さっき知らない人に『おくりもの』をもらったんだ。その人は、きっとぼくと母さんの助けになるって言ってた」

「どういう贈り物をもらったの?」

「えーと――」


 その質問にルカは詰まりました。実際、彼自身も何を受け取ったのか理解していなかったのです。けれど、何かをもらったのだ、ということは確信していました。


「と、とにかく、大丈夫なんだって! ぼくのいうこと信じてよ!」

「はいはい、あなたは心配しなくて良いのよ。わたしがどうにかするから」


 そう告げる母親の言葉には、どこか昏さがありました。

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