決めた!
「うまーい!」
「美味しい……!」
スープを口にしたジェイドは大袈裟ともいえるリアクションで、麺を口にしたアニーシャは逆に控えめながら感激しているリアクションで、それぞれの感想を告げる。
それは、世界が違えど料理に対する、最上級の言葉であった。
「うまい、うまいよこれ! ずるるる!」
スープの次は、麺。それも、どうやらジェイドの舌を唸らせるには充分であったらしい。
先程まで出ていたはずの敬語が、もはや引っ込むほどに。
「はい、美味しいですこの……らぁめん。ずずっ」
対してアニーシャは、さすがは聖女というべきかその食べ方は上品そのものだ。だが、その表情は輝き、瞳はラーメンから離れない。
なにより、耳がこれでもかというほど動いている。左右上下に。感情を隠しきれていない証拠だ。そんなにこれ見よがしに動かしては、ジェイドにもふられてしまいかねないが……
「ん、んん! らぁめん、うまい! なんだあの店、この料理に比べたらくそじゃないか……!」
揺れ動くウサ耳が目に入らないほど、ラーメンに集中している。これは由々しき事態だ。今度から、アニーシャの貞操の危機にはラーメンを差し出そうか。
それほどまでに作ったものを美味しく思ってくれるのはヒスイにとっても嬉しい。とはいえ、先程ジェイド自身で紹介したお店の評価がとんでもないことになったのは、悪いことをしたなと思うが。
「じゃ、私も食べますか。いただきます。ずずっ……うん、美味しい!」
材料も元の世界とはいろいろ違うとはいえ、よくもまあここまで仕上げられたものだと、ヒスイは自分自身で自分を褒めてやりたい。
「ヒスイ、これなら本当に、ずずっ……お店を出せるかも、じゅるる! しませんね……ん!」
「と、止めなきゃいけないのに……でも、美味しい……ずずず!」
さて、こんなにも美味しいと言って食べてくれる二人。ヒスイはなにも、料理が得意だとは思っていない。あくまで趣味の範囲だ。
たかが趣味で、この反応。もしもこの二人が、いやこの世界の人間が、本物の料理を食べたらどうなるんだろう。お店の人が作った、料理。料理を振る舞い、生活している人の本物を。
先ほどは、ついノリ半分で言ってしまったが……果たして自分がお店を開いたら、どうなるのだろう。いや、そもそも開けるのかすらわからないが……
「……もっと、見てみたいな……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
料理を食べて、こんなに喜んでくれる……自分の料理を、喜ぶ人がいる。ヒスイにとって、それは間違いなく異世界に来てから……いや、人生で初めての感覚だ。
嬉しい……もっと、私の料理で笑顔に、なってもらいたい。と。
「……決めた。私、お店出すよ!」
「ぶっふぅ!」
「あぁっ」
ヒスイの宣言によりアニーシャは口に含んでいたラーメンを吹き出し、それをジェイドの顔面で受け止めるはめに。
ジェイドは、忌々しげな表情を浮かべている。
「あれ、てっきり喜ぶと思ったのに。ご褒美です!みたいな」
「なにを言っているのかわかりませんがヒスイ……私は食べ物を口から顔面にぶっかけられて喜ぶ変態ではありませんよ」
充分変態な気がするけど……とは、言葉を呑み込んでおく。平謝りするアニーシャを、ジェイドは睨み付けている。
どうやら、ジェイドが好きなのはアニーシャのもふもふだけであって、アニーシャに無礼を働かれたら普通に嫌らしい。ただ全身もふもふにぶっかけられたら、喜びそうな気はする。
めんどくさい性格だ。
「ま、そんなことは置いといて」
「いや、置いちゃダメでしょう。なんだかとても心外な扱いを受けている気が……」
「とーにーかーくー。私は、お店を出すよ! 本気……本気で、みんなに美味しい料理を、食べてもらいたい!」
ヒスイの中の炎が、真っ赤に燃えていた。