料理するスタイル
「さあ、ここですよ」
「おじゃっしまー!」
独特的な挨拶をしながら、ヒスイは案内されたジェイド宅へと足を踏み入れる。
ジェイドが借りている家……それは、国のわりと端の方にあった。ぽつーんと一軒家がたたずんでいる。いわく、魔族であることがバレないために、近所に家がない場所を選んだのだという。
近所付き合いがあるかないかだけで、正体がバレるかどうかの危険性は変わる。
ヒスイに続いて家に上がるアニーシャは、そんな心配があるならそもそも国内で家を借りなければいいのに、と思うのだが……
『この国のご飯はどれも美味しい。だから、私はこの国で家を借りているのです』
だそうだ。
家の中に入ると……男の一人暮らしのわりには、綺麗にしていると、少なくともアニーシャはそう感じた。まあ、アニーシャは男が一人暮らししている家に来たことなんてないのだが……
ガチャ
「……ガチャ?」
そこへ、なぜか鍵を閉める音が。ヒスイはアニーシャの正面にいるし、彼女ではない……振り抜くと、そこには玄関の扉を閉め、一人ほくそ笑むジェイドの姿。
「さて……始めましょうか」
と言い、おもむろに上着を脱ぎ始める……どころか、さらにその先、シャツまで脱いでいく。
「な、あ!?」
そこでアニーシャは、ようやく事態を理解した。ここは、男が一人暮らししている家……しかも、近所に家はない。近くを誰かが通るかもわからない。アニーシャは男が一人暮らししている家に来たことなんてない……だからか、その危険性について欠落していた。
修道院で、先輩は言っていた。男は狼だと。二人きりになってはならないと。狼の獣人はそこら中にいるではないか、と返答したら、笑われたものだ。
その意味は、あとになって聞いた。真っ赤になった。今はまさに、その状態ではないか。正確にはヒスイもいるので二人きりではないが。
こうして思想にふけっている間にも、ジェイドの素肌は露になっていく。人間と変わらない肌色の肌……程よく鍛えられた、細マッチョな筋肉。思わず見惚れてしまう。
アニーシャは、婚期が遅れる聖女について思うところはある。仕事は尊敬しているが、それはそれ。こんなところで、しかも魔族相手に純潔を散らすつもりはない。なんとか、なんとかしなければ。
馬鹿は、家の中のものを見るのに夢中なようで、背後を機にしようとしない。彼女を連れて、素早く逃げる……しかし、玄関の扉はジェイドの背後。半裸になった男の横を潜り抜けていくには、あまりにリスクが……
「ふぁ!?」
半裸に、ジェイドはなっていた。その筋肉のなんと美しいことか……まるでさっき食べたらーめん(ヒスイいわく)の麺みたいに、つやつやだ。
なんか変なことを考えつつあるアニーシャへと、ついにジェイドが近づいてくる。
「ひっ……」
こうなったら、股間を蹴り上げてでも逃げてやる。先輩が言ったいた、男の股間は武器であると共に最大の弱点だ、と。かつて暴漢に襲われた時、そこを握り潰したら逃げ出せることができたという。
ちなみにその暴漢は、後に性転換したらしい。先輩は言っていた、もげたから女になったと。
「……!」
来るなら来いと、アニーシャは覚悟を決める。ここで襲われるくらいなら、ジェイドのをもいでやる。
迫るジェイドは、アニーシャとの距離を縮めていき……手をわきわきさせるアニーシャの真横を、過ぎていき……
「……へ?」
まさかの展開に、唖然。襲われなかった、よかった……と同時、背後にはヒスイがいることを思い出す。
まさか、聖女であるアニーシャではなく、勇者であるヒスイから? そう考えた途端、アニーシャは振り向き……
「料理、開始しますか」
「だね。って、なんでジェイドさん裸!?」
「あぁすみませんお見苦しいものを。私、料理するときはこのスタイルでないと」
……上半身裸の状態で、エプロンを着用するジェイドの姿があった。俗に言う、裸エプロンである。
「なんで!?」
聖女であるアニーシャは、それを聞いたことはあっても実際に見たことはない。しかも、それは新婚妻が男を悩殺するためにやるものだと、先輩は言っていた。
しかし、目の前にあるそれは……聞いたことのあるものとは、まるで違う。そりゃ、料理のスタイルや、趣味は人それぞれではあるが……
「じゃあまずは、この小麦粉に水なんかを加えて、細く長くしていって……」
「ふむふむ」
「あれ、普通に受け入れてる」
ヒスイは、そんなジェイドの姿に対してなにを言うでもなく、キッチンでさっさと料理工程に入っている。
私がおかしいのか? アニーシャは、もう変に考え込むのをやめようと思った。先ほど変な想像をしてしまったのも、疲れているからだ。もうなにも考えない。
「で、これをこうして……」
「ずいぶん手際がいいですね。ヒスイは、料理が得意で?」
「いやー、得意ってほどでは。けど、趣味ではあるから、たまにね」
ヒスイとジェイドは、楽しげに会話をしながら料理をしている。端からなら、なるほどお似合いの二人にも見える……片方が魔族で、且つ裸エプロンでなければ。
「さあて……そろそろ水を沸騰させとかないと」
「では、火の魔法石を……」
「ノンノン、ジェイドさん。ここで私の魔法の出番ですよ」
アニーシャは背後で経過を見守る。その視線を背後に受けながら、ヒスイは己の体内の魔力を集中させ、手のひらに火の玉を作り出す。
わざわざ火を使わせてもらわなくても、これであれば代用できる。この世界では、元いた世界のような電化製品というものは存在しない。
だから、日常生活にはそれぞれの魔法属性を封じ込めた石、魔法石を使っている。料理の際は、火の属性の魔法石を使うのだ。
火属性の魔法が使えないジェイドは、火属性の魔法石を常に使っていた。
「っと、沸騰させるための水は……」
「その心配は、ありませんよ」
ヒスイがキョロキョロしたところで、ジェイドが器を出す。そして、自らの手から水を出していったのだ。
「私は、水属性の魔法が使えます」
「わぁ、すごい! 魔法石いらずだね!」
水属性と、火属性……二人の共同作業により、ラーメン作りはスタートした。