表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

情緒不安定なのはヒスイだけではないようです



 ガララッ



「おっちゃん! ラーメンちょうだい!」


「らーめんってなんだ」



 店内に入ったヒスイの、第一声がそれだ。店主も、客も、そして後ろのジェイドも目を丸くしている。



「あっはー、そうだラーメン通じないんだった! いっけね!」


「ヒスイ様……?」



 逸る気持ちを抑えきれないためか、ヒスイのテンションがおかしなことになっている。こと食べ物に関しては感情の浮き沈みが激しいヒスイ……その性格を知っているアニーシャ以外は、ただ変な女が来た、と思っていることだろう。


 ただ、実際は今アニーシャもそう思っている。



「えっと……ヒスイ、キミが食べたいのは……」


「あ、これこれ! これがいい!」



 ヒスイの食べたいものを聞くジェイドの言葉を無視し、ヒスイは店内に貼ってあるチラシを指差す。そこには、なんとも美味しそうな、まさにラーメンの絵が描いてあるではないか。


 文字は読めなくても、絵はわかる。器に注がれたスープ、そして麺。あれは紛れもなく、ラーメンだ。



「あれは、この店の大人気料理。私も大好きな料理ですよ」


「おぉ!」



 やはり、あれはこの店のイチオシメニューのようだ。それに、常連であるジェイドが推すのだから間違いない。


 よって、これを三人前頼むことに。



「え、私も?」


「ったり前じゃーん!」



 困惑するアニーシャを隣に座らせる。店内の客はそれなりに多いため、カウンター席に座ることに。運良く、三人分が並んで座れるスペースがあった。


 配置は、ジェイド、ヒスイ、アニーシャという順。つまり、ヒスイは二人に挟まれる形になり、逆にジェイドとアニーシャはヒスイを挟んでの位置となる。



「……あの、ヒスイ。なんなら、席を変わりましょうか?」


「やだ。なんで?」


「いや、なんでって……この位置だともふ……いやいや、アニーシャとお話ししにくいじゃないですか。初めて会ったんだし、私が真ん中にいた方が、二人と均等に話せると思うんですよ」


「やだ」


「わがまま言わないでくださいよ。ほら、アニーシャだって私とお話ししたいですよね? ヒスイとアニーシャはいつでも話ができるんだし、ここはおとなしく私に席を譲るべきだと私は思うんですよ。いや、やましい気持ちは一切ないんですよ? ただ純粋にもふ……お話ししたいだけで。ね?」



 必死すぎるだろ、とヒスイは思っていた。あとわがままはどっちだ。ね、じゃねぇよ。


 わざわざ自分が、アニーシャとジェイドの間に入ったのは……アニーシャが危険だと思ったからだ。このもふリストをアニーシャと隣にしたら、どうなってしまうかわからない。


 今だってほら、すごい食い下がってる。真ん中にヒスイがいれば、アニーシャに手は出せないだろう。



「ヒスイ、キミは賢い子だ……どちらを選択したらいいか、キミならわかるだろう。だからさあ、早く! 席を! 変われぇ!」


「うぅうるせぇ! キレ所おかしくない!? 今私ラーメン待ちなの、この貴重な時間を潰さないで!」


「二人とも静かにしてください……」



 なぜかキレだした二人に、アニーシャは顔を赤くして水をすする。この人たちの連れだと思われたくないレベルだ。



「最近の若者こわっ」



 そう呟いたのは、ジェイドの隣に座る獣人だ。犬顔の二足歩行の彼は、ラーメンのスープをペロペロなめている。犬だけど猫舌なのだ。


 行儀が悪いとは、思わない。この世界にはいろいろな種族がいる、食べ方もそれぞれだ。



「あー、スープのにおいだけでもうお腹が……白御飯にかけて、食べたい。うへ、うへへ……」



 ラーメンの残り汁を、御飯にかけて食べる……そのなんと、美味しいことか。友達からは、太るからやめろと言われたが。


 太るのが怖くて、飯が食えるか!



「へい、お待ち!」



 そこへ、ついに待ち焦がれたラーメンがやってくる。この世界にラーメンという単語はないようだが、今やヒスイにとってそんなことはどうでもいい。


 つやつやな麺、濃厚なスープ、柔らかそうなチャーシュー……よだれが、垂れる。



「こ、これが……!」



 輝いて見える、ラーメンが。思えば、限定ラーメン以来だ、ラーメンに触れてもいないのは。いや、正しくは限定ラーメンを食べられてもいないのだ、それよりもっと前か。


 もうもうと立ち上る湯気が、香りを鼻に運んでくる。一刻も早く、それを口にしたいと、喉が騒ぐ。ラーメンの観察は、もう充分だろう、と。



「じゃ……いただきまーす!」



 この世界に、箸はない。代わりにフォークのようなもの……で食べることに。まるで日本に来たばかりの外国人になった気分だが、そんなことはどうでもいい。


 まずは、スープだ。器を持ち、顔に近づけていく。そしてゆっくりと口をつけ、見るからに濃厚なスープを口へと滑らせていく。



「ん……!」



 熱い。それに、これは鳥から出汁をとっているのか……でも、味わったことのない風味だ。この世界の生き物だからだろうか。


 ひとしきりスープを味わい、ほっとため息。濃厚なスープによりテカる唇を、ペロッと舐める。額から、一筋汗が流れる。


 続いて、麺だ。こちらはフォークに絡め、一気にすすっていく。ズルルル…………え、音を立てるのは汚いって? ノンノン、むしろ麺類は、音を立てるのがマナーなのさ。


 見た目通りツルツルで、どちらかというと太麺。ラーメンは細麺という考えが多い中で、うどんまでとはいかないまでも太い麺……その挑戦は、嫌いじゃない。


 少しもちもちしている。噛めば噛むほど、味が染み出てくる……なるほど、これはスープとの相性が抜群だ。



「ひ、ヒスイ……」


「ヒスイ様……」



 もはや周りの目など、気にならない。麺をすすり、スープを飲み、チャーシューを頬張る。流れる汗も、口の中に広がる熱さも、気にならない。


 ただ、目の前の料理を食べ尽くすだけ。



「っ……お、俺おかわり!」


「俺もだ!」


「私も!」



 ズルルルッ、ズゾゾ……チュルッ



「んくっ、んくっ……ぷはっ」



 最後の一滴までスープを飲み干し、器を置く。器の中には、なにも残っていない。麺もチャーシューも、綺麗に食べ干した。


 久しぶりだ、この食感……これが、この世界のラーメンか……



「ごちそうさまでした」


「お、ぉ……見事な食いっぷりだお嬢ちゃん」



 と、店主らしき人がヒスイに言う。流れる汗を拭いながら、ヒスイは軽く笑みを浮かべる。



「へへ、こんなにうまそうに食ってくれた客ぁ、いつぶりかね……」



 しかも、涙まで浮かべている。よほど嬉しかったのだろう。


 立ち上がるヒスイに、店主だけでなく客も視線を向ける。そして、どこからともなくなぜか拍手が巻き起こる。



「嬢ちゃんの食いっぷりに惚れちまったぜ!」


「まるで若かったあの頃に戻ったようじゃわい」


「えぇ……」



 巻き起こる拍手と黄色い声に、アニーシャは困惑しかない。ただ、なにも言わずに店から出ていくヒスイを見て……同じくラーメンを食べ終え、その背中についていく。まさか、こんな形で人々からの拍手をもらうとは思わなかった。


 アニーシャよりも少し前に食べ終えていたジェイドも、二人に続いて店を出る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ジェ、ジェイドwww も、もふリストってそんなに必死なの!? ヒスイちゃん偉い。アニーシャの盾になって、ラーメン食べて皆の注目を浴びる。これぞ、飯テロ!!! [一言] ジェイドのキレる所…
[一言] ラーメンの飯テロは、かなり食べたくなりました。私は鳥白湯が好きです(*'ω'*) そして一戦交えたのかという喝采を浴びるヒスイ。かっこいい。ラーメンを食すのは戦いなので、当然ですよね!
[良い点] ジェイド、そこまで必死ってどんだけもふリスト。そろそろドン引くよ……(笑) そして何故かヒスイがフードファイターになっている! ラーメン(厳密にはラーメンじゃなくても)うんまそ~です!! …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ