お役目はおしまい
「そんなわけで、魔王さんの胃袋を掴んできました、ぶい」
「…………」
国王は、城に戻ったヒスイの報告を受けていた。城を出る前、魔王を料理で説得すると言っていたが……正直、期待はしていなかった。
だが、帰って来て早々に聞かされたことは……魔王始め魔族たちに料理を振る舞い、味に満足しただけでなく、人里には手を出さないという取引を持ちかけた。そして実際に、魔王は取引に応じた。
魔王は魔族を率いて帰っていったらしい。曰く、このままヒスイの料理が食べられなくなるのはもったいない……とのことらしい。
あまりの出来事に、国王はもはや頭を抱えるしかない。
「いやぁ、ホントにやってのけるとは……」
「心臓が止まりそうだった」
アニーシャとペイが、それぞれ口を開く。二人にとっては、本当にさっきの時間は地獄だっただろう。
魔族相手に取引など、気が気でなかった。それに、あんな恐ろしい集団を相手にして平然としているヒスイがおかしいとさえ感じた。
「とにかくこれで、もう人里が襲われることはなくなったよ。やったね」
「……本当なのか?」
一応こんなんでも勇者だ……ヒスイの言葉に、嘘はないだろう。しかし、逆はどうだ。
相手はあの魔族。しかもその頂点に君臨する魔王が、人間との約束を果たして、守るだろうか。帰ったと見せかけて、実はどこかを襲ってたり……
「それは本当です。魔王様は、約束を守るお方……あなたが考えているような狡くてゲスなことは絶対に致しませんので、どうかご安心を」
「ふんっ……あれ、今わしのことなんて言った?」
正直国王にとって、魔族の保証などなんの安心にもならないが……それを口にしたら、またヒスイに突っかかられそうなのでやめておく。
だが、聖女も安心だと言っていることだし……ここは、様子を見ることとしよう。
「だ、か、ら。私の勇者としてのお役目は終了、ってことでいいんだよね?」
「え? あ、あぁ、まぁ……そう、なんじゃないかの?」
「なんで疑問」
形はともあれ、魔族か人里を攻めてくることはなくなったのだ。言ってしまえば、それが勇者の役目で……それを果たしたとなっては、ヒスイの役目が終了したということになる。
突然の話に、国王は目をぱちくりさせる。しかしそれは、当然の話。魔王を倒したあと……正確には倒してはいないが……それは、ヒスイがもうこの世界にいる意味もなくなるということで。
その話に、アニーシャやペイは動揺を隠せない。こんないきなり、そんな話になるとは、思っていなかったのだ。
「確かに、もう魔族の脅威がなくなれば……お主の役目は、終了と言える」
「そんな……じゃあ、ヒスイ様……もしかして……」
ここにいる必要がないのだから……ヒスイは、元の世界に帰る。それが、必然だろう。いつかその時は来ると思ってはいたが、こんなに急に……
ヒスイの背に、アニーシャは呼び掛ける。それに、ヒスイはゆっくりと答えていき……
「うん、私のお役目はおしまい。だから私は……やりたいことをやる!」
「……え?」
振り向いたヒスイの表情は、無邪気な子供かと思うくらいに笑顔で。
「私は、元の世界に帰るよ。でも、その前に……私の料理の味を、三人に伝授する! それが、私のやりたいこと!」
「いや、今までもやりたいことしかやってない……って、伝授!?」
「そう。魔王さんたちは、帰ったけど……それは、今後もあのおいしい料理を提供するって条件。今私が帰ったら、あの味を作れる人がいなくなっちゃう」
「確かに……私でも、無理ですし」
ジェイドの料理スキルも、ヒスイ級だ。だが、そこはやはり生まれた世界の違いか……ヒスイの料理の味には、届かない。
だから、ここにいるジェイド、アニーシャ、ペイに、ヒスイの料理スキルを叩き込む。これが、元の世界に帰る前に、やることだ。
ヒスイが一度に教えるには、限界がある。だから、今日まで共に働いてきた仲間に、伝授するのだ。その先は、味を広めるなり、三人に任せようと思う。
「よぅし、そうと決まれば早速、料理修行だぁ!」
「ちょ、ちょっとヒスイ様ー!」
部屋から飛び出していくヒスイと、それを追う三人。変わった、どころではない勇者パーティーの後ろ姿。それを見て国王は、うっすらと微笑み……こんなことを、思った。
「元の世界、か……まずいな、早く帰還方法見つけないと」
まさかこんなに早く解決するとは思っていなかったので……帰還方法は、不明だった。




