心を動かせるならば
城の外では、たくさんの国民が押し寄せ、声を張り上げていた。百を越え……さらに、どんどん増えていく。
その声の中で主張すべきものが「ユウシャの家をやめさせるな」、「ヒスイちゃんの料理が食べたい」、「もっと料理作ってくれよ」というもので……いわゆる、ヒスイたちを応援するためのものだ。
中には、ヒスイたちも見覚えのある……常連の顔も、ある。つまりは、さっきも言っていたとおり……ユウシャの家を畳むことが決定したことを、どこかからか聞き付けた国民が、それを阻止するために押し寄せたと。
なんとも、すごい光景だ……まさか、一つの店の存続のためだけに、これだけの人が動くとは。
「こ、国王様……」
「うーむ……まさかこんなことになろうとは」
国一番の売り上げを出すことはできなかった。けれど、ヒスイの料理を、ユウシャの家を、待っている人たちがこんなにもいる。
それは、国王の考えを改めさせ……
「少しくらいいいじゃないかー、融通を聞かせろー!」
「頭でっかちのくそ親父ー!」
「人の心を置いてきたのかー!」
「……!」
国王、怒りに震える。
「ありゃー……おっさん、あんた人望ないね」
「や、やかましいわ! これはそう……国民たちと、それだけ距離が、近いということじゃろう!」
「むなしくなるだけだよ」
と、国民からの国民の評価は置いておいて……これだけの人が、ユウシャの家を望んでいるのだ。さすがに、それをばっさりと切り捨てるほど人でなしではない。
だが、約束は約束。それも大事。ここであっさりと決断を覆すのは、国王である前に人としての問題だ。だから……首を縦には、触れない。
「……勇者殿は、戦いもすることなく……こんなにも多くの人に、認められているのだな」
「うん?」
勇者というのは、召喚された役割を果たしたとき……また期待として、もてはやされるもの。だがヒスイは、魔王討伐どころかこの国から一歩も外に出ていない。
なのに、これだけの人間の信頼を、勝ち取っている。あるいはそれが、彼女の……戦いなのかも、しれない。
「じゃが、約束は……」
「うーん……わかってる。わかってるんだけど……私も、ここまで求められて、はいそうですかってあっさり引き下がるのもなぁって、思い始めてきちゃって……」
ヒスイは、揺らいでいた。
「おそらくですが、城の中にもいると思いますよ……ヒスイの、ユウシャの家を存続させてほしいと、願うものは」
「ぬっ?」
ジェイドが、言う。その指摘に、あからさまに何人かの兵士が肩を震わせるが……それを国王は、見逃す。代わりに、ジェイドに向かって……
「ええい、口を挟むな魔族風情が!」
と、やはり魔族に対しては風当たりが強い。
おそらくだが……国民がヒスイに魔王討伐に行かせたいのは、約束よりも魔族憎しの気持ちが大きいからなのだろう。なんで憎いのかはまったく興味がないが。
それと、魔王が人間の住まう場所を襲わないと保証があれば……きっと、その気持ちも収まるはず。
ヒスイの料理の美味しさに、国民が心動かされたように……
「あ、そうだ」
ヒスイは、そこで思い付く。料理によって、人の心を動かすことは確認できた。ならば……相手が、誰であっても心を動かせるのではないか。
そう、たとえば……
「あ、ヒスイ様、また変なこと考えてる」
アニーシャだけではない……ジェイドも、ペイでさえも、ヒスイがなにかしら妙なことを考えているであろうことは、わかった。




