大切なのは、みんなの笑顔
「ありがとうございましたー!」
「またのお越しをお待ちしております!」
ピサラ、サード、グラエム……三人の客は、食事を終えて満足そうに帰っていった。それを、アニーシャとペイは見送る。
また店内に戻ったところで、アニーシャはキッチンで調理しているヒスイのところへと向かった。
「ヒスイ様、やりましたね!」
「んーなにがー?」
どこか嬉しそうなアニーシャの声にも、手を止めることなくヒスイは料理作りを進めていく。
その邪魔をしてはいけないと、アニーシャは口早に話し始める……
「今の三人……王国の、兵士ですよ」
「ふーん」
「変装しているようでしたが、あれは間違いないです。もう一人の女性は見覚えがなかったですが、あの様子から察するに同じく兵士の方かと」
アニーシャにバレないように変装をしていたサード、グラエムであったが、アニーシャにはバレバレだったようだ。
「へーえ」
「きっと、国王様の命でこのお店の様子を見に来たんですよ。でも、見ましたあの顔! 大満足って顔でしたよ!」
「そだねー」
「国王様にもいい評価が……ヒスイ様?」
口早にいくら話しかけても、帰ってくるのは空返事ばかり。いくらアニーシャであっても、不機嫌な表情を隠しきれない。
「聞いてます? 国王様の……」
「命令で来たって言う三人でしょ? でも、それが兵士だってだけで、ホントにあのおっさんの命令で来たのかはわかんないじゃん。プライベートで来たのかも」
「……それは、そうですが。って、おっさんじゃなくて国王様!」
「いい、アニーシャ。私たちがやっているのは、美味しい料理を作りそれをお客さんに提供すること……相手が兵士でも、市民の皆さんでも、国王のおっさんでも。やることは変わらない。媚びることじゃなく、相手に美味しいと思わせることなんだから。ううん、みんなの笑顔が見たいんだから」
「……ヒスイ様!」
今来た客が、お偉いさんでも一般人でも……やることは、なにも変わらない。今自分たちがやっているのは、人に媚びることではなく、美味しいものを作り上げること。
だから、相手が誰であっても、関係ない。そのヒスイの言葉に、アニーシャは胸を撃たれたように衝撃を受ける。
「私、大事なことを忘れてました。そうですよね、大切なのは心……あぁ、神よ……」
「ふふ。ほら、また客足が増えてきた。ペイちゃんを手伝ってあげて」
「はい!」
軽く目に浮かんだアニーシャは、気合十分の様子でキッチンから出ていく。今のやり取りを聞いていたカウンターの客も、感心したようにうなずいている。
アニーシャの背中を見送り、客たちに営業スマイルを向け……ヒスイは、こんなことを考えていた。
(いょっしゃーっ、やってやったぞあのひげ親父! まさかさっき来たのが、城の兵士だったとは……アニーシャにはああ言ったけど、あれから一週間のこのタイミングで城の兵士が来たんだ、十中八九探りを入れてきたに違いない。どうせ無理だと思ってたんだろうけど、ざぁんねん! あの三人の顔を見れば、どれだけ美味しかったのかはわかる! 国王の命な上に真面目そうだったあの三人なら、正直に感想を言うだろう……あぁ、あの国王の悔しそうな顔が見てみたい! それに触発されて、もっと城の人間が来たら面白い。さらに国王本人まで来たらもっと面白い。もしそんなことになったら、あの頑固なひげ親父のだらしない顔を衆目にさらして……くく、くふふ……!)
こんなことを、考えていた。




