あれから一週間
『ユウシャの家』……それは、勇者としてこの世界に召喚されたヒスイが、魔王退治なんか行きたくない料理のお店出す、といったわがままのために生まれた、料理店である。
だが、魔王を倒すためにこの世界に召喚された勇者の、いわば道楽が、なんの代償もなしに成り立つわけもない。料理店を続けるにあたって、条件を彼女は出された。
二週間で、この国で一番の売り上げを出すこと。それができれば、ヒスイは魔王退治に行く必要はなくなり、ここでこのまま料理店を続けることができる。
しかし、それは途方もない条件だ。言葉にすればこそ簡単に思えるなんて、そんな生易しいものではない。たった二週間で、国の中にあるお店の中で一番の売り上げを上げなければならない。
そんなこと、現実的に考えて不可能だ。無理難題とも言える条件を、しかしヒスイは呑んだ。いくら勇者がやっているお店という物珍しさがあるとはいえ、それはあまりに無謀な挑戦だ。
その後、彼女はこの『ユウシャの家』という名の料理店を、出したという情報が入った。お店を出すための建物は、条件を出した国王が与えたものだ。状況などいつでも確認できる。
そしてこの日……国王の出した条件をクリアすればヒスイの願いが叶うという約束を結んでから、一週間。
「ここか……『ユウシャの家』。はは、なんとも安易なネーミングだな」
「まだ子供なんだろ? 仕方ないさ」
『ユウシャの家』の前にやって来たのは、国王の命令で訪れた兵士二人だ。一人は人間族サード、もう一人は同じく人のような顔でありながら頭に狼の耳が生えている、狼男というやつでグラエム。二人共念のため帽子を被っており、軽い変装状態。
今、勇者がなにをしているのか、どんな状況か、直接見て確かめるようにとのご命令だ。しかも、わざわざ味を確かめてこいとの念押しぶり。
店の外に、人は並んでいない。行列もないのでは、たかが知れている。残り一週間で売り上げ一などユメのまた夢だろう。
ここで帰りたいところだが、これも任務。店の扉を開き、足を踏み入れ、食事をしてまでが与えられた任務。ちなみに、兵士二人は私服だ。兵士本来の装いでは、周りの人間に余計なプレッシャーをかけかねないし、なにより国王の遣いとわかれば勇者一行に変に思われる可能性もある。
「よし行くか。味はともかく、腹も減ったしな」
「あぁ。ま、飯食って給料もらえるってんだから、ありがたい仕事……」
「せ、ん、ぱーい!」
いざ店の中に足を踏み入れようとしていたところに、兵士らの背後から声をかけられる。それは、二人にとって聞き覚えのあるものだ。
「ピサラ、お前どうして……」
「えへへ、国王様の命で、先輩方のサポートをするよう仰せつかりまして!」
そこにいたのは、二人の部下である女兵士、ピサラ。こちらは狼男ならぬ狼女で、しかもグラエムとは違い、完全な獣……わかりやすく言うなら、二足歩行の狼だ。
桃色の毛並みは美しく、兵士内でひそかにファンクラブまであるくらいだ。
「サポートって……お前が?」
「どうせなら女性もいた方がいい、とのことで。先輩方みたいにそんなギラギラした目のお客さんだけだと怪しまれるかもしれないので」
「ぬぅ」
部下にサポートされるというのはなんともだが、国王の命であるなら仕方ない。それに、女性目線もあった方がいいのは確かだ。
というわけで、彼女を加えた三人でお店、『ユウシャの家』へと、ついに、足を踏み入れていく……
「いらっしゃいませー!」
店の扉を開けると、開口一番、元気な女性の声が店内に響く。店内は、外に行れるが並んでなかったわりにはお客で埋まっている。
「お好きな席へどうぞ!」
カウンター席と、テーブル席。空いている席へと座るよう促すのは、女性店員……というか、アニーシャだ。聖女である彼女は度々城に出入りしており、大抵の兵士とは顔をあわせている。だからサードとグラエムは変装している。なにより、ピサラが選ばれた一番の理由が、アニーシャと面識がないからだ。
「そこに座りましょう、先輩」
と、空いていたテーブル席に。サード、グラエムと座り、正面にピサラが座る形だ。
三人が座った頃合いを見計らい、店員がおしぼりとメニューを持ってきている。アニーシャではなく、クマの獣人のようだ。国王にお店を出すと進言しに行った時は、勇者とアニーシャ、そして驚くべきことに魔族を含めた三人だったと聞いているが。
あの時はいなかっただけなのか、この一週間で新たに従業員を増やしたのか。後者なら、いや前者もだが、勇者に余程の人望があるということだろうか。
あるいは、人望こそが勇者たるゆえんなのかもしれないが。
「いらっしゃいませ、お客様。こちら、メニューになります。おすすめはこちらに書いてありますが、当店のお料理はどれも絶品ですので。お決まりになりましたら、そちらのボタンを押してお呼びください」
「あ、はい……」
まだ幼い……とは思うのだが、その行動、言動は手慣れたものだ。それだけ、一週間のうちにいろいろ叩き込んだのだろう。
さて、渡されたメニュー。『ユウシャの家』という名前だけではなにを主にしている店なのかはわからなったが、さてメニューを開けばそこには、おすすめと書かれた品々が……
「こ、これは……!?」
メニューを開いた瞬間、驚愕した。そこには、自分たちの見たことのない料理が、数々の種類が、絵となって描かれていた。




