ユウシャの家開店
まずは、店内の飾り付け。四人で取りかかれば、あまり時間をかけることもない。それに、この家はペイが一人で掃除できるほどの広さ……広くはないが、狭くもない。
それに、アニーシャは聖女としての振る舞いを幼い頃から叩き込まれているため、なにをどこに置いたら見映えがどうか。そういった目を養っている。聖女あまり関係なかった。
ペイも、掃除好きということでてきぱき動いてくれる。指示したことをちゃんとやってくれるし、配膳係としての的確さも、すでにあると言える。
問題は……
「あぁ、美しい……あの水色の毛並みが、動く度にふさふさと揺れて。それに、あの白いもっふもふの毛並みも、あぁあんなに魅力的に、甘美に私を惑わして……あぁっいけませんいけませんよぉぶべら!」
「いけないのはお前の脳内だ!」
さっきから、この男はなにをしているのか。せっせと働くペイ……の毛並み……とアニーシャ……の毛並み……を見て、恍惚とした表情を浮かべているではないか。
その後頭部に、思い切り蹴りを入れる。
「手伝え働けせめて彼女たちを変な目で見るな!」
「いや、しかし、これは……ほら、あんなに恥じらいも惜しげもなく、もふもふをふりふりさせて! いやらしい! ここはそういうお店なんですか!? もふっていいんですか!? いいのね!?」
「いいわけないだろ! なんだその口調! そんな目で見てるのはあんただけだから!」
……などという一幕がありながらも、店内の準備、そして看板の制作と順調に行われていった。
そして……
「かん、せー!」
「わぁー!」
「なんというか、感慨深いですね……」
なんということでしょう、ただの空き家が、あっという間にお店へと早変わり。
とはいえ、外観はお店の看板を立て、ペンキで壁をきれいにしただけではあるが。それでも、寂れた空き家とは見違えるほどになった。
壁の色は赤。看板には『ユウシャの家』という、いかにもその場で思い付きましたという名前が書かれている。
「でも、勇者のなんて……いいんでしょうか」
「いいのいいの」
あの国王は、看板名に勇者の名前を使うな、などといったことは言わなかった。ならば、使えるものはなんでも使わせてもらおう。
「勇者っていうネームバリューが、人を呼び込んでくれるなら大歓迎。そもそも二週間で国一の売り上げをあげなきゃいけないんだから、多少の力業は必要でしょ」
「まあ、そうですが……」
看板名というのは、それこそお店の目玉だ。だからこそ、一目で人目を引くような、インパクトあるものにしなければならない。
勇者という単語を使って、客が一人でも増えるのなら、存分に使わせてもらう。
「そうだ、このために私は、勇者になったんだ……」
「それは多分違います」
さて、残るはメニューだ。とはいえ、ラーメン専門店、のようななにか一つの専門にこだわるつもりはない。
店名をユウシャの家にしたのは、なにを専門として料理を出す店なのか興味を引かせるため。だがこの店は、専門店ではない……言ってしまえば、ファミレスのようなものだ。
たくさんのメニューの中から、あくまでもおすすめ商品はあるが豊富な品揃えを提供する。問題は、メニューをどのようにするのかだが……
「ジェイド、得意料理はなにかある?」
「得意、ですか。料理は基本、全般いけますよ。和食洋食魔食……」
「なんか最後聞きなれない単語があったんだけど、一応聞いておこう。聞かなくても想像つくけど、一応ね。魔食って?」
「魔物のお肉などを使った料理で……」
「却下」
ともあれ、基本なんでも作れるならば充分だ。ヒスイも、ジェイドもアニーシャにご馳走したラーメン以外にも、作れるものは結構ある。
本来なら、お店に並べるメニューの試作品を作りたいところだが……できる限り、工程は省いていきたい。だから、料理はもうぶっつけ本番でいくか。
「でもヒスイ様の料理の腕前は、わかりましたけど……」
と、心配するのはアニーシャ。実際にヒスイお手製ラーメンを食べたアニーシャには、ヒスイへのある程度の信頼がある。
だが、ジェイドはまだ、未知数だ。
「ふふ……心配ならご無用ですよ。不安に思うのも仕方ないとは思いますが、それはこのあとの働きを見せることで払拭するとしますよ」
自信満々だ。ヒスイも、直感でこの人はできる、と感じたのだ。おそらく自信の表れは嘘ではあるまい。
そうして、お店を出すための準備がちょうど、整った頃……
カランカラン
訪問者を知らせる鐘の音が、響いた。ドアが開いたら鳴るようにしてある、ヒスイのアイデアである。
お客様第一号というわけだ。
「いらっしゃいませー! 『ユウシャの家』にようこそ!」




